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「限界ですわ」
私はついに決断した。
この三日間、王子は相変わらず門前で旗を振り、フレデリック殿下は庭で薔薇を刈り整えながら「あなたのための庭園です」と勝手に造成を始め、昨日に至っては、謎の吟遊詩人が屋敷の屋根に登って「麗しのリリアーヌ! 空より高く愛してる~♪」と、リュート片手に大熱唱していた。
あと、屋根が少し抜けた。
修理代は、吟遊詩人の家族が泣きながら支払ってくれたが、そんなことはもうどうでもいい。
「このままじゃ、メンタルが破壊される前に物理的に屋敷が破壊されるわ」
私は屋敷の一室にある秘密の書庫へ向かう。そこには、代々我が家の令嬢たちがこっそり記してきた日記帳が保管されていた。目的は一つ。
「『公爵令嬢のための逃亡マニュアル』……!」
あった。初代令嬢・クラリッサおばあ様が書き残した、禁断の一冊。
読み始めると、そこには想像を絶する逃亡劇が詳細に綴られていた。
――婚約破棄後、恋に狂った王侯貴族に付きまとわれ、最終的には修道院に変装して逃亡。修道院でも求婚されたため、僧侶に扮して海を渡ったという。何それ、時代劇?
「けど……使える……!」
私もこのままでは公爵令嬢ではなく、“婚約破棄されたのに国中の男たちを狂わせた妖精”とか、妙な二つ名で呼ばれかねない。もう、うんざりだ。
「まずは身分を偽って、地方の田舎に逃げましょう。できれば名前も変えて……」
「――それなら拙者、協力いたす」
「誰!?」
書庫の窓枠に、逆さまにぶら下がっていたのは、黒装束に身を包んだ――忍者だった。
「初めまして。拙者、暗影(あんえい)と申す。忍びの一族、田舎支部所属」
「田舎に支部あるの!?」
「ございます。リリアーヌ殿、そなたをお守りするよう、ご先祖様の霊夢にて命じられまして」
「そんなスピリチュアルな経緯!?」
「屋敷に騒ぎが起きるたび、天井裏で耳を塞いでおりましたが、もはや限界。そなたを無事に田舎へお連れ申す」
「なんか知らないけどありがとう!」
話が早い。いや、話が早すぎて逆に怖い。
だが、この状況から逃れるには、もうこの謎忍者に賭けるしかない気がする。
「拙者の馬車は、闇夜に紛れてすでに出立準備万端……しかも偽名用の身分証も、変装衣装もご用意しております」
「至れり尽くせりすぎる……!」
「拙者、こう見えて“逃亡貴族サポート技能検定一級”持ちでござる」
「そんな資格あるの!?」
「公にはされておりませぬ。闇のギルド経由ですゆえ」
あ、これダメなやつかもしれない。
でも、ここで躊躇していたら、また王子が「リリアーヌ神社」を建てようとしたり、フレデリック殿下が「リリアーヌ美術館」の設計図を送ってきたりするに違いない。
「分かりました。今夜、こっそり出立しましょう。ちなみに目的地は……?」
「辺境の村“もやし谷”でござる」
「もやし……?」
「安心召されよ。肥沃な土地ではありませぬが、逆に誰も来ませぬ」
「うん、説得力はある……」
その夜。
月明かりの中、私は変装用の庶民ドレスをまとい、忍び足で屋敷を出た。
執事やメイドには事前に手紙を託してある。「心配しないで、リリアーヌはちょっと静かな場所で休養するだけです」と。
馬車の中で深く息を吐いたとき、暗影がポツリと言った。
「ふむ……実はひとつ、懸念がございます」
「懸念?」
「拙者がこの任務に就く際、もう一人、そなたを追ってきた者が――」
そのとき、馬車が急停止した。
「な、何!?」
「くっ、やはり……!」
馬車の扉が開き、そこに現れたのは、金髪に薔薇の花束を抱えた――
「リリアーヌ! やはり逃げようとしていたのだな!」
「フレデリック殿下ーー!?」
なぜいる!?
「お前を守れるのは私だけだ!」
「いや、あんた絶対GPSでもつけてるでしょ!?」
「おとなしく城へ帰ろう。王妃の座は空けてある」
「空けないで!」
暗影が即座にナイフを抜き、馬の足元に突き立てる。
「これ以上の追跡行動は、忍びの掟により……こう、罰する」
「掟、多くない!?」
「リリアーヌ、お前は本当にそれでいいのか? 王子のような軽率な男に傷つけられ、田舎でひっそり暮らすなんて……」
うっ……正論かもしれない。
でも――
「それでもいいの。私は静かに暮らしたいのよ……」
「ならば、共に行こう」
「は?」
「私も王家を出て、共に“もやし谷”で畑を耕そう」
「なにそのラブ農業宣言!?」
「愛と畑は耕すものだ」
「詩的なこと言ってごまかさないでください!」
混乱していると、さらに後ろから別の声が――
「リリアーヌ! 戻ってこい!」
また!?
「王子!? なんで来てるの!?」
「愛の導きだ!」
「GPSじゃないの!?」
「違う! 今回は君の靴跡を魔法でたどったんだ!」
「それGPSよりタチ悪い!!」
王子とフレデリック殿下、さらに忍びの暗影、そして私。
もはや馬車の中は修羅場。恋愛とは? 婚約破棄とは? いや、常識とは……?
「さあ、リリアーヌ。俺を選んでくれ」
「いえ、私です」
「拙者は、リリアーヌ殿が望むなら土に還る覚悟」
「戻ってこいよ!」
夜空の下、私はまた深いため息をついた。
こうして、私の静かな田舎逃亡計画は、早くも暗雲に包まれつつあった――
私はついに決断した。
この三日間、王子は相変わらず門前で旗を振り、フレデリック殿下は庭で薔薇を刈り整えながら「あなたのための庭園です」と勝手に造成を始め、昨日に至っては、謎の吟遊詩人が屋敷の屋根に登って「麗しのリリアーヌ! 空より高く愛してる~♪」と、リュート片手に大熱唱していた。
あと、屋根が少し抜けた。
修理代は、吟遊詩人の家族が泣きながら支払ってくれたが、そんなことはもうどうでもいい。
「このままじゃ、メンタルが破壊される前に物理的に屋敷が破壊されるわ」
私は屋敷の一室にある秘密の書庫へ向かう。そこには、代々我が家の令嬢たちがこっそり記してきた日記帳が保管されていた。目的は一つ。
「『公爵令嬢のための逃亡マニュアル』……!」
あった。初代令嬢・クラリッサおばあ様が書き残した、禁断の一冊。
読み始めると、そこには想像を絶する逃亡劇が詳細に綴られていた。
――婚約破棄後、恋に狂った王侯貴族に付きまとわれ、最終的には修道院に変装して逃亡。修道院でも求婚されたため、僧侶に扮して海を渡ったという。何それ、時代劇?
「けど……使える……!」
私もこのままでは公爵令嬢ではなく、“婚約破棄されたのに国中の男たちを狂わせた妖精”とか、妙な二つ名で呼ばれかねない。もう、うんざりだ。
「まずは身分を偽って、地方の田舎に逃げましょう。できれば名前も変えて……」
「――それなら拙者、協力いたす」
「誰!?」
書庫の窓枠に、逆さまにぶら下がっていたのは、黒装束に身を包んだ――忍者だった。
「初めまして。拙者、暗影(あんえい)と申す。忍びの一族、田舎支部所属」
「田舎に支部あるの!?」
「ございます。リリアーヌ殿、そなたをお守りするよう、ご先祖様の霊夢にて命じられまして」
「そんなスピリチュアルな経緯!?」
「屋敷に騒ぎが起きるたび、天井裏で耳を塞いでおりましたが、もはや限界。そなたを無事に田舎へお連れ申す」
「なんか知らないけどありがとう!」
話が早い。いや、話が早すぎて逆に怖い。
だが、この状況から逃れるには、もうこの謎忍者に賭けるしかない気がする。
「拙者の馬車は、闇夜に紛れてすでに出立準備万端……しかも偽名用の身分証も、変装衣装もご用意しております」
「至れり尽くせりすぎる……!」
「拙者、こう見えて“逃亡貴族サポート技能検定一級”持ちでござる」
「そんな資格あるの!?」
「公にはされておりませぬ。闇のギルド経由ですゆえ」
あ、これダメなやつかもしれない。
でも、ここで躊躇していたら、また王子が「リリアーヌ神社」を建てようとしたり、フレデリック殿下が「リリアーヌ美術館」の設計図を送ってきたりするに違いない。
「分かりました。今夜、こっそり出立しましょう。ちなみに目的地は……?」
「辺境の村“もやし谷”でござる」
「もやし……?」
「安心召されよ。肥沃な土地ではありませぬが、逆に誰も来ませぬ」
「うん、説得力はある……」
その夜。
月明かりの中、私は変装用の庶民ドレスをまとい、忍び足で屋敷を出た。
執事やメイドには事前に手紙を託してある。「心配しないで、リリアーヌはちょっと静かな場所で休養するだけです」と。
馬車の中で深く息を吐いたとき、暗影がポツリと言った。
「ふむ……実はひとつ、懸念がございます」
「懸念?」
「拙者がこの任務に就く際、もう一人、そなたを追ってきた者が――」
そのとき、馬車が急停止した。
「な、何!?」
「くっ、やはり……!」
馬車の扉が開き、そこに現れたのは、金髪に薔薇の花束を抱えた――
「リリアーヌ! やはり逃げようとしていたのだな!」
「フレデリック殿下ーー!?」
なぜいる!?
「お前を守れるのは私だけだ!」
「いや、あんた絶対GPSでもつけてるでしょ!?」
「おとなしく城へ帰ろう。王妃の座は空けてある」
「空けないで!」
暗影が即座にナイフを抜き、馬の足元に突き立てる。
「これ以上の追跡行動は、忍びの掟により……こう、罰する」
「掟、多くない!?」
「リリアーヌ、お前は本当にそれでいいのか? 王子のような軽率な男に傷つけられ、田舎でひっそり暮らすなんて……」
うっ……正論かもしれない。
でも――
「それでもいいの。私は静かに暮らしたいのよ……」
「ならば、共に行こう」
「は?」
「私も王家を出て、共に“もやし谷”で畑を耕そう」
「なにそのラブ農業宣言!?」
「愛と畑は耕すものだ」
「詩的なこと言ってごまかさないでください!」
混乱していると、さらに後ろから別の声が――
「リリアーヌ! 戻ってこい!」
また!?
「王子!? なんで来てるの!?」
「愛の導きだ!」
「GPSじゃないの!?」
「違う! 今回は君の靴跡を魔法でたどったんだ!」
「それGPSよりタチ悪い!!」
王子とフレデリック殿下、さらに忍びの暗影、そして私。
もはや馬車の中は修羅場。恋愛とは? 婚約破棄とは? いや、常識とは……?
「さあ、リリアーヌ。俺を選んでくれ」
「いえ、私です」
「拙者は、リリアーヌ殿が望むなら土に還る覚悟」
「戻ってこいよ!」
夜空の下、私はまた深いため息をついた。
こうして、私の静かな田舎逃亡計画は、早くも暗雲に包まれつつあった――
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