四季姫Biography~陰陽師少女転生譚~

幹谷セイ

文字の大きさ
272 / 336
第三部 四季姫革命の巻

第二十二章 封鬼強奪 5

しおりを挟む
 五
 榎たちがその場所へ辿り着いた時、全ては終わろうとしていた。
 暗い洞窟の先は、広い石造りの部屋になっていた。何本もの松明が部屋の随所に立てられ、室内をはっきりと映し出している。
 地面には、五芒星を模った巨大な陣が描かれていた。その陣の中心部に、人が一人、入れそうな大きさの、石の箱が置いてあった。
 綺麗に整形された、その長方形の箱は、まるで棺桶みたいで不気味だ。
 石柩の上に被せられた石の蓋が半分ほど、開いている。
 その側で、一人の老人が仰向けに倒れ込んでいた。
「翁! しっかりされよ!」
 夏が、老人の元へ駆け寄る。鬼気迫る声が室内に激しく響いた。
 体を起こされた老人は、小さな呻き声を上げる。
 意識はある。ゆっくりと目を開いた。
「何という力だ、わっぱとは思えぬ……」
 老人の、目尻に皺が刻まれた細い目は、真っ直ぐ頭上に向けられていた。榎たちも倣って、視線を上に向ける。
 部屋の天井近くに、誰かが浮かんでいる。
 まだ小さい、少年らしかった。
 着物姿ではない。よく見慣れた、現代の服装。
 榎は宙に浮かぶその人物に、声を張り上げた。
「語くんか!?」
 榎を見下ろしてきたその顔は、間違いなく語だった。
 語は榎を見つけて、嫌味な笑みを浮かべる。
 以前に見たときと変わらない、余裕に満ちた笑顔だ。
「やあ、夏姫のお姉ちゃん。随分、お早い到着だね。一番乗りだよ、おめでとう」
 語は無邪気な笑顔を一変させ、榎を指差した。
「一等賞の景品は、死刑! なんてね」
 室内に語の声が響いた瞬間、凄まじい黒い風が巻き起こり、榎たちを包み込んだ。
 強烈な邪気を浴びて、気分が悪くなる。榎は素早く剣を握り治し、空気を一凪ぎした。剣先が邪気を切り払い、拡散させた。
「この童は、何だ? とてつもない邪気を放っている」
 邪気に当てられつつも、夏は意識を保って天井を見上げた。夏の語を見る瞳の輝きは、もう子供を見るものではなくなっている。殺気が籠っていた。
「この子が、紬姫の命を狙っているんです」
 簡潔に説明するだけで、夏は何もかもを納得した形相を見せた。
 紬姫を討つだけの素質が、目の前の子供にあると、一瞬で確信したのだろう。
「なるほど。紬姫の居場所が分からぬから、封印されている鬼を放って、京中に攻撃をけしかけよう、という魂胆か?」
 夏の視線が、蓋の開いた石柩に向かう。
「まあ、そんなところ。最初は、ピンポイントに見つけさせようと思ったんだけれどさ。面倒くさいから、もう国ごと破壊してもらおうかなって」
 語のつまらなさそうな表情からは、何もかもを終わらせようという意図が見て取れた。
 そんな簡単な一言で、世界が終わってたまるか。
 多くの人達の生活が、営みが、未来が奪われてたまるか。
 榎の怒りは最高潮に達した。
「そんなこと、絶対にさせないぞ!」
「あんたの指図は受けないよ。僕は僕の好きにやるんだ」
 榎の怒声を軽く受け流し、語はゆっくり、腕を振り上げた。
 語の周囲に邪気が集まり、その姿を覆い尽くす。晴れると同時に、見知らぬ人影が語を取り囲んでいた。
 大仰な鎧を見に纏った、屈強な男たちだった。肌は青や赤、黄色や緑と、みんな異なる。
 全員、頭からは角を生やし、口から鋭い牙を剥き出している。
「何だ、こいつらは!?」
千方ちかた四鬼よんきだ。まさか、この鬼たちが現世に解き放たれるとは……」
 榎と夏は、身構えた。鬼たちは、何もせずただ立ち尽くしているだけなのに、凄まじい力を放っている。
 その存在感だけで、気圧される。恐怖に駆られる。
 正直、立っているだけでも精一杯だった。
 鬼たちは、鋭い眼力を榎たちに向けたが、特に敵意を放つわけでもなかった。揃って頭上に手を翳し、強烈な光線を放つ。
 天井が、光線の力によって粉々に砕け、穴が開いた。
 空から降り注ぐ石の雨から逃れられず、榎は立ち尽くしていた。夏がかばって部屋の隅に引っ張ってくれなければ、今頃は土砂の下敷きになっていただろう。
 土煙が収まると、頭上から太陽の光が差し込んできた。
 語と四体の鬼は、その穴から外に飛んでいってしまったらしい。
 気配が完全に消え去り、静寂が訪れる。
 また、逃げられた。
 何もできなかった榎は、歯を食いしばる。
「空を飛ばれては、追うのは無理だな」
 対して夏は、深く息を吐いた。
「だが、今、戦わずに済んで良かった。四鬼をまとめて相手にするなど、私の力が万全であっても不可能だ」
 悔しさや苛立ちの中にも、常に冷静さを醸し出している。
 夏みたいに穏やかな感情で物事を見定めるには、榎にはまだしばらく時間がかかりそうだった。

 * * *

「今は昔。天智天皇の世に於いて、伊賀の地で反乱を起こした藤原千方(ふじわらのちかた)が使役したとされる、伝説の鬼たち―—金鬼(きんき)、風鬼(ふうき)、水鬼(すいき)、隠形鬼(おんぎょうき)。その者たちを総称して、四鬼と呼ぶ。千方と戦う敵将であった、紀朝雄(きのともお)によって退散させられ、主を滅ぼされたのち、この鬼の岩屋にて封じられておった」
 陣の上に胡坐を掻き、両手で印を結びながら、翁は懇々と語った。
 目の前の、無残にも開け放たれた空の棺を真っ直ぐ見つめ、何とも形容しがたい表情を浮かべている。
 途方に暮れている、とも取れるし、かといって焦っている感じでもない。
 翁が頭の中で何を考え、どんな感情を抱ているのか、表情からは何一つ、読み取れなかった。
「難しい話は、よく分からないんですが、危険な鬼なんですか? まさか、鬼閻みたいにとてつもない力を秘めているとか……」
「秘めた力と申すならば、奴ら一体一体の力は、鬼閻などには遠く及ばん。じゃが、四体揃った時が厄介でな。見事な連携であらゆる術を行使し、この世をも滅ぼせるほどの力を発揮するとも言い伝えられておる」
 つまり、全員揃っていれば、その力は鬼閻をも凌ぐ可能性があるわけか。
 とんでもない化け物が解き放たれてしまった。次元が違いすぎて、榎は途方に暮れるしかない。
「だが、四鬼たちは己の意思で破壊や殺戮は行わない。奴らが認め、仕えると誓った者の命にしか従わぬ、忠実な面を持ち合わせている。誰かの命令がない限りは、さほど恐れる必要のない連中だ」
 言い換えれば、誰かの命令さえあれば、京だけでなく、この世界もろとも破壊しつくしてしまう恐れだってあるわけだが。
「じゃあ、語くんに、あの鬼たちを使役できる資格があったとしたら……。もう、間に合わないのか? あの鬼たちによって、紬姫や平安の京が……」
 榎の中に、絶望が広がる。
 たとえ、紬姫が強い悪鬼の力を受け継いでいたとしても、太刀打ちできる保証なんてない。
 かといって、語を追いかけて止める力も、今の榎にはない。
「心配なさるな。四鬼ほどの力、いくらあの童であっても、操りきれぬ。まして、封印から解き放たれたばかりじゃ、そう自由には動けますまい」
 落胆する榎に、翁は穏やかに声を掛けてくる。
 懐から、大きなお札みたいな紙を取り出し、指で文字らしきものをなぞっている。
「翁、その護符は?」
 夏が尋ねると、翁は髭の下から楽しそうな笑い声を上げた。
「四鬼の一体に、式神を取りつかせておいた。鬼の動きを妨害はできぬが、鬼たちの動きを手に取るように知ることができる。どれ、一つ、様子を見てみるとするか」
 いつ、そんな細工をしたのか。全然分からなかったが。
 翁が護符に向かって術を唱え印を結ぶと、護符に書かれた文字が消え、紙面が水面みたいに波打った。
 白かった紙の表面が複雑な色に覆われ、点描画みたいな絵に変わる。
 絵は、木々の生い茂る森の中の情景みたいだった。枝が風に吹かれるように、左右にざわざわと揺れている。
 明らかに、ただの絵ではない。
 榎と夏は、驚いた様子で護符に食い入った。
 直後、その絵の中に、一人の人物の姿が入り込んだ。
 ぼんやりしているが、その姿は間違えるはずもない。
 語だった。
「すごい、この護符、遠くの情景を写し出せるのですか」
 夏が驚いて、感嘆の声を上げる。その言葉で護符の絡繰に気付いた榎も、技術の高さに驚愕した。
「テレビみたいなものなのか? こんな時代に……」
 よく分からないなりに、榎も感心する。
 翁は榎たちの反応を楽しみながらも、護符から視線を離さず、語の動向を伺っていた。
 榎たちも口を噤み、息を殺して護符が映し出す映像に見入った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

気弱令嬢の悪役令嬢化計画

みおな
ファンタジー
 事故で死んだ私が転生した先は、前世の小説の世界?  しかも、婚約者に不当に扱われても、家族から冷たくされても、反論ひとつ出来ない気弱令嬢?  いやいやいや。 そんなことだから、冤罪で処刑されるんでしょ!  せっかく生まれ変わったんだから、処刑ルートなんて真っ平ごめん。  屑な婚約者も冷たい家族も要らないと思っていたのに・・・?

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

FRIENDS

緒方宗谷
青春
身体障がい者の女子高生 成瀬菜緒が、命を燃やし、一生懸命に生きて、青春を手にするまでの物語。 書籍化を目指しています。(出版申請の制度を利用して) 初版の印税は全て、障がい者を支援するNPO法人に寄付します。 スコアも廃止にならない限り最終話公開日までの分を寄付します。 最終話まで書き終わっていますので、ぜひお気に入り登録をして読んでください。 90万文字を超える長編なので、気長にお付き合いください。 よろしくお願いします。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物、団体、イベント、地域などとは一切関係ありません。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処理中です...