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第二章 奪い合う世界
5話 魔法から科学へ②
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「お、おい、日々喜。止せったら」
突然日々喜が、足で図解を汚す狼藉を働いた事に驚き、サフワンは慌てて、その行動を止めに入った。
「すいません。こいつ、ちょっと舞い上がっちゃって」
サフワンはそう言いながら青年の様子を窺った。青年は一変して真面目な顔つきになり、腕を組みながらじっと日々喜達の事を見つめている。それまで、読んでいた本は、何時の間にか自分の腰回りに装着されていた。
「やばい、やばい。滅茶苦茶怒ってるよ。日々喜、早く謝った方がいいって」
サフワンは小声で日々喜に耳打ちした。
「申し訳ありません。魔導士様。日々喜はトウワ国から来たばかりで、まだ、この国の習慣に慣れていないんです」
「ごめんなさい」
再び、サフワンと日々喜は青年に謝り出した。
「もういいさ。それより、君はトウワ国から来たばかりと言ったね? それじゃあ、君のその思考力は、どこで培った物なのだろう?」
「学校ですけど」
「トウワ国では、魔導の学院の建設が始まったばかり、確か早くても今年度からの開校だったと思う。別の学校で学んできたと言う事だろうか?」
青年は日々喜の顔をじっと覗き込みながら尋ねた。日々喜は無言で頷き返す。
「ふうん……。ひょっとして、君はツキモリ一門の関係者かな?」
「ツキモリ一門……? ……ツキモリ・コウイチさんの一門?」
「今は違うよ。奥方のアンナ・ツキモリ導士が、一門の長を引き継がれているはずさ」
「アンナ・ツキモリ……。確か、クレレさんの娘さんの」
日々喜は以前、コウミが話してくれた話を思い出す。ツキモリ・コウイチは、エリオットの娘の旦那であると話していた。
「その様子だと、一門の人間では無いらしいね」
青年は、当てが外れたと言う様にそう言った。
「すいません。でも、僕の師匠はコウイチさんの知り合いだと聞いています」
「そうなのかい? お師匠様のお名前は何と言うのかな?」
「コウミ」
「コウミ? 聞かない名だ。性は何と言うのかな?」
「わかりません」
「弟子の君が知らない? ……そうか、一門を開いている魔導士では無いのか。そう言えば、君は今、フェンネルの所に居るのだものね」
青年はそう言いながら、考えに耽り始めた。
「あの、フェンネルお嬢様の御知り合いだったのでしょうか?」
サフワンは青年の口から自分の主の名前が飛び出したのを聞き逃さなかった。
「学生時代の同級生だよ」
青年は思考を止める様子も見せずサフワンに応えた。それを聞いてサフワンは驚く。自分の目に狂いはなかったのだと改めて青年の姿をながめまわし始めた。
金髪に青い瞳。目鼻立ちが整ったその顔立ちからは何処か気品の様なものが漂い、いずれかの貴族の家柄出身なのではないかとさえ思えてきた。
「なあ、君。君の思考力を見込んで、一つだけ意見を聞かせてくれないだろうか」
青年は考えを纏めると、改めて日々喜に話し掛け始めた。
「意見、ですか?」
「大したことじゃないよ。魔導に関する問題を聞いてほしいんだ」
日々喜は戸惑う様にサフワンの方を見た。
「挽回するチャンスだ。日々喜、お受けして差し上げろよ」
「う、うん」
日々喜は青年の申し出を承諾した。
「トウワ人の君は、エーテル問題というのを聞いた事があるだろうか?」
「いいえ」
日々喜の返答を聞き、サフワンは驚いた表情を浮かべる。青年はそんなサフワンに意味深なウインクを送った。
「それでいいんだ。忌憚の無い意見を是非聞きたい。エーテル問題というのはね、エーテルがエレメントなのか、エレメンタルなのかが、不確定であるという話だよ」
「エーテルは魔力を定義するエレメントだと聞いています」
日々喜がそう言うと、青年は頷く。
「そう。それが、有力な説なんだ。大概の魔導士はその説を支持してる。だけど、それをちゃんと説明できた人間はいない。現状において、エーテルはエレメンタルではないと言う事が分かっているだけなのさ」
「エーテルは、エレメンタルじゃない……」
青年の話しに少し混乱を覚える。エレメントとエレメンタル。エーテルがその二つのどちらかであって、エレメンタルでは無いのだとしたら、エレメントである事が確定的なのではないのだろうか。日々喜はそう考える。
「混乱したかい? じゃあ、少し回り道をしよう」
青年はそう言いながら、地面に描かれる図解を指した。
「エーテルがエレメンタルではない要因が二つある。その内の一つがここに描かれているんだ。君には分かるかな?」
日々喜は改めて図解を見渡す。一つのアトラスフィールド内に描かれる二枚の魔法陣。それが、一枚の大きな魔法陣へと変わる流れを描いているのだろう。
「インタラクション……、相互作用か」
その途中経過に描かれる図解。その中に描かれる説明文を読み解き日々喜は呟いた。
魔導とは、火、水、土、風の四つのエレメントの相互作用によって、地上に在る全てのエレメントを作り出す。以前コウミからそう聞かされていた。そして、話を聞く中で、エレメントの相互作用とは、この世界の化学反応や物理の現象を説明するものであると解釈していたのだ。
つまり、この図解は、二枚の魔法陣が相互作用を起こし、一枚の魔法陣へと変化する流れを意味している。日々喜にはこの現象に思い当たる事があった。
「魔法陣の重ね合わせ。魔法陣同士の相互作用。そうか、魔法陣はエーテルでできているから、エーテルはエーテル同士で相互作用を起こすんだ」
正しいかどうかを確認する様に、日々喜は青年の方を向いた。青年は微笑みながら応える。
「まだ喜ぶのは早いよ。それで、半分だからね。もう一つの要因は、君にも関りを持っているんだ」
「僕にですか?」
「正確には君の出身国。そして、近隣諸国を束ねていた剣士達の国、ダイワ国と深い関りがあるんだ」
「剣……、マジックブレイカー」
日々喜の脳裏に、森でコテンパにされた時の事が思い起こされた。
「そう。魔法陣は破壊できる。それができる者が、この世界には居るんだ。彼らの剣技こそ、エーテルへの相互作用を利用した技術なんだよ」
「剣技が、相互作用を利用した技術……」
青年は頷く。
「分かったかい。エレメントは同じエレメントや、他のエレメントとも相互作用を起こす。それに対して、エレメンタルが影響を及ぼすのは、対となるエレメントの一つのみ。つまり、エーテルは、エレメンタルではないんだよ」
「……分かりました」
青年の話を聞き終わり、日々喜は一言そう答えた。エーテルはエレメンタルではない、その説明に納得しない余地は無かったが、それでも、違和感の様なものが残った。
日々喜は考える。
他のエレメントとも相互作用を起こす。それでは、何故、魔法陣に触れる事が出来ないのだろうと。先に青年が話した通り、この理屈は、エーテルがエレメントである事を主張するものでは無さそうだ。
「どうかしたかい?」
違和感の正体を探る日々喜に青年が話しかけた。日々喜は無視する。そして、地面に描かれる図解をながめ始めた。
「逆三乗の法則……。これだ、違和感の正体は」
「何だって?」
「直感に反しているんです。魔力の存在をエーテルが定義するのであれば、アトラスフィールドの中はエーテルで満たされている事になるでしょう。そのエーテルの総量はアトラスフィールドの体積、つまり、逆三乗の法則に従って増えて行きます。これは、空気を詰めた風船や、水を注いだコップ。土を入れた袋の様に、体積を広げる事はありません。他の物質、エレメントには無い特徴です。だから、エーテルとエレメント、二つを包括する新しい理屈が必要なります」
日々喜は青年の方に向き直ると、念を押す様に言葉を切った。
「さもなければ、エーテルがエレメントであると言う理屈は、ただの逆説(パラドクス)に過ぎなくなる」
青年は目を見開き、日々喜の事を見つめた。その様を見つめ、日々喜は音を立てて鼻を啜った。
「日々喜、何言ってるんだよ!」
サフワンが声を上げて割って入った。
「エーテル問題はもう解決された話なんだよ。エーテルはエレメントで間違いないのさ」
「え? そうなの?」
日々喜は確認する様に青年の方を窺う。
「まあ、そうだね……。試す様な事を言って申し訳ない」
青年はそう言いながら、胸元のポケットから一枚のハンカチを取り出し、日々喜の下に近づいた。
「もう、仕方ないな。挽回するチャンスだったのに」
「ごめん」
あからさまにがっかりするサフワンに、日々喜は謝った。
「そうとは言え、なかなか面白かったよ。これは、トウワ人ならではの視点なのか、それとも、君自身の才能なのか、とても興味深い。……君、君の名前、もう一度聞かせてくれるかな」
「長岐日々喜です。三回目ですから覚えてください」
不貞腐れる様な言い方をする日々喜に、青年は笑みを返した。
「覚えているさ、長岐日々喜。僕はアルファ・ヘリックス。アルファと呼んでくれ」
アルファはそう言うと、手に持ったハンカチを差し出す。気が付けば、日々喜の鼻から、また、鼻血が垂れ始めていた。
日々喜は、どうも、と一言断ると差し出されたハンカチを受け取ろうとする。しかし、アルファは自然に日々喜の手を避け、自らの手で日々喜の鼻血を拭き始めた。
「日々喜、君は幾つだい?」
「ひゅーろくてす(十六です)」
鼻を摘ままれた状態で、日々喜は自分の年を答える。
「その背格好なら、僕より少し上かと思ったけど同い年だね。なるほど、トウワ人は幼く見えるけど君は格別の様だ。可愛いよ」
思わぬ言葉に、日々喜は対応に困る様な愛想笑いを浮かべた。アルファにはその表情さえ愛らしく見えたのか、クスクスと笑いをこぼした。
「そのハンカチは君にあげる。それと、非礼をお詫びしなくてはいけない。すまなかったね」
「い、いえ、大した事では無いですよ」
サフワンが、日々喜に代わって答えた。
「君たちはクレレさんを訪ねてここに来たんだろ」
「そうです」
「クレレさんは工房に居ると思うよ」
「あ、ありがとうございます」
サフワンは腰を折り曲げて礼を言った。
「これから向かうかい?」
「ええ、そのつもりです」
「それじゃ、僕も一緒に連れてってくれないかな」
「え!? でも……、荷馬車なんですが……」
「戦時中は倉庫で寝泊まりした事がある。荷物扱いは慣れたものだよ」
アルファはすがすがしい程の笑みを見せながらそう言った。
突然日々喜が、足で図解を汚す狼藉を働いた事に驚き、サフワンは慌てて、その行動を止めに入った。
「すいません。こいつ、ちょっと舞い上がっちゃって」
サフワンはそう言いながら青年の様子を窺った。青年は一変して真面目な顔つきになり、腕を組みながらじっと日々喜達の事を見つめている。それまで、読んでいた本は、何時の間にか自分の腰回りに装着されていた。
「やばい、やばい。滅茶苦茶怒ってるよ。日々喜、早く謝った方がいいって」
サフワンは小声で日々喜に耳打ちした。
「申し訳ありません。魔導士様。日々喜はトウワ国から来たばかりで、まだ、この国の習慣に慣れていないんです」
「ごめんなさい」
再び、サフワンと日々喜は青年に謝り出した。
「もういいさ。それより、君はトウワ国から来たばかりと言ったね? それじゃあ、君のその思考力は、どこで培った物なのだろう?」
「学校ですけど」
「トウワ国では、魔導の学院の建設が始まったばかり、確か早くても今年度からの開校だったと思う。別の学校で学んできたと言う事だろうか?」
青年は日々喜の顔をじっと覗き込みながら尋ねた。日々喜は無言で頷き返す。
「ふうん……。ひょっとして、君はツキモリ一門の関係者かな?」
「ツキモリ一門……? ……ツキモリ・コウイチさんの一門?」
「今は違うよ。奥方のアンナ・ツキモリ導士が、一門の長を引き継がれているはずさ」
「アンナ・ツキモリ……。確か、クレレさんの娘さんの」
日々喜は以前、コウミが話してくれた話を思い出す。ツキモリ・コウイチは、エリオットの娘の旦那であると話していた。
「その様子だと、一門の人間では無いらしいね」
青年は、当てが外れたと言う様にそう言った。
「すいません。でも、僕の師匠はコウイチさんの知り合いだと聞いています」
「そうなのかい? お師匠様のお名前は何と言うのかな?」
「コウミ」
「コウミ? 聞かない名だ。性は何と言うのかな?」
「わかりません」
「弟子の君が知らない? ……そうか、一門を開いている魔導士では無いのか。そう言えば、君は今、フェンネルの所に居るのだものね」
青年はそう言いながら、考えに耽り始めた。
「あの、フェンネルお嬢様の御知り合いだったのでしょうか?」
サフワンは青年の口から自分の主の名前が飛び出したのを聞き逃さなかった。
「学生時代の同級生だよ」
青年は思考を止める様子も見せずサフワンに応えた。それを聞いてサフワンは驚く。自分の目に狂いはなかったのだと改めて青年の姿をながめまわし始めた。
金髪に青い瞳。目鼻立ちが整ったその顔立ちからは何処か気品の様なものが漂い、いずれかの貴族の家柄出身なのではないかとさえ思えてきた。
「なあ、君。君の思考力を見込んで、一つだけ意見を聞かせてくれないだろうか」
青年は考えを纏めると、改めて日々喜に話し掛け始めた。
「意見、ですか?」
「大したことじゃないよ。魔導に関する問題を聞いてほしいんだ」
日々喜は戸惑う様にサフワンの方を見た。
「挽回するチャンスだ。日々喜、お受けして差し上げろよ」
「う、うん」
日々喜は青年の申し出を承諾した。
「トウワ人の君は、エーテル問題というのを聞いた事があるだろうか?」
「いいえ」
日々喜の返答を聞き、サフワンは驚いた表情を浮かべる。青年はそんなサフワンに意味深なウインクを送った。
「それでいいんだ。忌憚の無い意見を是非聞きたい。エーテル問題というのはね、エーテルがエレメントなのか、エレメンタルなのかが、不確定であるという話だよ」
「エーテルは魔力を定義するエレメントだと聞いています」
日々喜がそう言うと、青年は頷く。
「そう。それが、有力な説なんだ。大概の魔導士はその説を支持してる。だけど、それをちゃんと説明できた人間はいない。現状において、エーテルはエレメンタルではないと言う事が分かっているだけなのさ」
「エーテルは、エレメンタルじゃない……」
青年の話しに少し混乱を覚える。エレメントとエレメンタル。エーテルがその二つのどちらかであって、エレメンタルでは無いのだとしたら、エレメントである事が確定的なのではないのだろうか。日々喜はそう考える。
「混乱したかい? じゃあ、少し回り道をしよう」
青年はそう言いながら、地面に描かれる図解を指した。
「エーテルがエレメンタルではない要因が二つある。その内の一つがここに描かれているんだ。君には分かるかな?」
日々喜は改めて図解を見渡す。一つのアトラスフィールド内に描かれる二枚の魔法陣。それが、一枚の大きな魔法陣へと変わる流れを描いているのだろう。
「インタラクション……、相互作用か」
その途中経過に描かれる図解。その中に描かれる説明文を読み解き日々喜は呟いた。
魔導とは、火、水、土、風の四つのエレメントの相互作用によって、地上に在る全てのエレメントを作り出す。以前コウミからそう聞かされていた。そして、話を聞く中で、エレメントの相互作用とは、この世界の化学反応や物理の現象を説明するものであると解釈していたのだ。
つまり、この図解は、二枚の魔法陣が相互作用を起こし、一枚の魔法陣へと変化する流れを意味している。日々喜にはこの現象に思い当たる事があった。
「魔法陣の重ね合わせ。魔法陣同士の相互作用。そうか、魔法陣はエーテルでできているから、エーテルはエーテル同士で相互作用を起こすんだ」
正しいかどうかを確認する様に、日々喜は青年の方を向いた。青年は微笑みながら応える。
「まだ喜ぶのは早いよ。それで、半分だからね。もう一つの要因は、君にも関りを持っているんだ」
「僕にですか?」
「正確には君の出身国。そして、近隣諸国を束ねていた剣士達の国、ダイワ国と深い関りがあるんだ」
「剣……、マジックブレイカー」
日々喜の脳裏に、森でコテンパにされた時の事が思い起こされた。
「そう。魔法陣は破壊できる。それができる者が、この世界には居るんだ。彼らの剣技こそ、エーテルへの相互作用を利用した技術なんだよ」
「剣技が、相互作用を利用した技術……」
青年は頷く。
「分かったかい。エレメントは同じエレメントや、他のエレメントとも相互作用を起こす。それに対して、エレメンタルが影響を及ぼすのは、対となるエレメントの一つのみ。つまり、エーテルは、エレメンタルではないんだよ」
「……分かりました」
青年の話を聞き終わり、日々喜は一言そう答えた。エーテルはエレメンタルではない、その説明に納得しない余地は無かったが、それでも、違和感の様なものが残った。
日々喜は考える。
他のエレメントとも相互作用を起こす。それでは、何故、魔法陣に触れる事が出来ないのだろうと。先に青年が話した通り、この理屈は、エーテルがエレメントである事を主張するものでは無さそうだ。
「どうかしたかい?」
違和感の正体を探る日々喜に青年が話しかけた。日々喜は無視する。そして、地面に描かれる図解をながめ始めた。
「逆三乗の法則……。これだ、違和感の正体は」
「何だって?」
「直感に反しているんです。魔力の存在をエーテルが定義するのであれば、アトラスフィールドの中はエーテルで満たされている事になるでしょう。そのエーテルの総量はアトラスフィールドの体積、つまり、逆三乗の法則に従って増えて行きます。これは、空気を詰めた風船や、水を注いだコップ。土を入れた袋の様に、体積を広げる事はありません。他の物質、エレメントには無い特徴です。だから、エーテルとエレメント、二つを包括する新しい理屈が必要なります」
日々喜は青年の方に向き直ると、念を押す様に言葉を切った。
「さもなければ、エーテルがエレメントであると言う理屈は、ただの逆説(パラドクス)に過ぎなくなる」
青年は目を見開き、日々喜の事を見つめた。その様を見つめ、日々喜は音を立てて鼻を啜った。
「日々喜、何言ってるんだよ!」
サフワンが声を上げて割って入った。
「エーテル問題はもう解決された話なんだよ。エーテルはエレメントで間違いないのさ」
「え? そうなの?」
日々喜は確認する様に青年の方を窺う。
「まあ、そうだね……。試す様な事を言って申し訳ない」
青年はそう言いながら、胸元のポケットから一枚のハンカチを取り出し、日々喜の下に近づいた。
「もう、仕方ないな。挽回するチャンスだったのに」
「ごめん」
あからさまにがっかりするサフワンに、日々喜は謝った。
「そうとは言え、なかなか面白かったよ。これは、トウワ人ならではの視点なのか、それとも、君自身の才能なのか、とても興味深い。……君、君の名前、もう一度聞かせてくれるかな」
「長岐日々喜です。三回目ですから覚えてください」
不貞腐れる様な言い方をする日々喜に、青年は笑みを返した。
「覚えているさ、長岐日々喜。僕はアルファ・ヘリックス。アルファと呼んでくれ」
アルファはそう言うと、手に持ったハンカチを差し出す。気が付けば、日々喜の鼻から、また、鼻血が垂れ始めていた。
日々喜は、どうも、と一言断ると差し出されたハンカチを受け取ろうとする。しかし、アルファは自然に日々喜の手を避け、自らの手で日々喜の鼻血を拭き始めた。
「日々喜、君は幾つだい?」
「ひゅーろくてす(十六です)」
鼻を摘ままれた状態で、日々喜は自分の年を答える。
「その背格好なら、僕より少し上かと思ったけど同い年だね。なるほど、トウワ人は幼く見えるけど君は格別の様だ。可愛いよ」
思わぬ言葉に、日々喜は対応に困る様な愛想笑いを浮かべた。アルファにはその表情さえ愛らしく見えたのか、クスクスと笑いをこぼした。
「そのハンカチは君にあげる。それと、非礼をお詫びしなくてはいけない。すまなかったね」
「い、いえ、大した事では無いですよ」
サフワンが、日々喜に代わって答えた。
「君たちはクレレさんを訪ねてここに来たんだろ」
「そうです」
「クレレさんは工房に居ると思うよ」
「あ、ありがとうございます」
サフワンは腰を折り曲げて礼を言った。
「これから向かうかい?」
「ええ、そのつもりです」
「それじゃ、僕も一緒に連れてってくれないかな」
「え!? でも……、荷馬車なんですが……」
「戦時中は倉庫で寝泊まりした事がある。荷物扱いは慣れたものだよ」
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