ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

10話 忍び寄る影①

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 魔導連合王国国内の生産物は多岐にわたっている。
 それは、ヴァーサ領で作られるコーディネートの様な物をはじめ、様々な工業製品が作られているのである。
 しかし、王都を中心とする東西南北の五つの主要領域においては、インフラの下支えともなり得るアーティファクトの力がそれぞれ働いている。この為、五つの主要領域と、その周囲の領域との間には、越えられない程の生活水準の格差が存在していた。その中で、独自のイノベーションを起こし続けたヴァーサ領は例外中の例外と言ってもいい。
 周辺各領域における産業は、主として農業、鉱業、漁業、林業と言った一次的な産業が殆どであった。とは言え、主要領域に比べて決して実りが薄いわけでもない。各領域には、人の営みを古くから見守るルーラー達が、こうした産業を人の気が付かぬ所で支えているからである。各領域で営みを築く人々と、領域の支配者であるルーラーとの関係が、良好である事がどれ程望ましい事であるかが窺える。
 こう言ったルーラーとの結びつきの強い領域の一つであるイバラ領においては、養蚕による絹糸の生産が盛んであった。しかし、ルーラーが不在である現在、その生産量は減っている。この為、幾つか稼働していない製糸工場などが領内には存在していた。
 その工場の一つ。
 外からの光を遮られた工場内に、断りもなく居付いた者達がいた。

 「畜生。一体何時まで、こんなとこに閉じ籠ってなきゃいけないんだ」

 その内の一人の女が、積み立てられた木箱に横になりながら、苛立たし気に足を打ち下ろしてそう言った。

 「傷はもう癒えたと言うのに。復讐する機会もあたしには与えられないんだ」

 イバラの森での騒動。その中で、日々喜達を襲ったマジックブレイカーの一人だった。

 「落ち着け。実際魔導は奥が深い。奴らは戦闘にこそ不慣れではあるが、その応用の範囲は想像を超えるものらしい」

 工場内に閉じ籠っているもう一人が語り掛けた。ドッシリとした巨体の男が、苛立つ女を見据える様に、対面に置かれた木箱に腰掛けている。その男は、手近に置かれたランタンの明かりを頼りにしながら、頻りに本を読んでいた。

 「何だよ、それ?」

 女が尋ねた。

 「魔導の教本だ。同じ過ちを繰り返さぬ為に、俺は魔導を研究してる」
 「研究? 相変わらず眠たい事をしているよ、あんた。そんな事より、木刀を振り回してた方が、よっぽどましだろ」
 「俺達の敗北は、俺達自身が相手を侮った事にある。その調子では、何度挑んだところで、お前に勝目は無い」
 「何だと? あたしは負けちゃいない!」

 女は身を起こしてそう言った。

 「いいから、これを見ろ。奴らがどの様な手段で魔法陣を張るかが書かれている。お前がこの事を知っていれば、この事に注意していれば、敗北する事は無かった」

 ドッシリした男は女の方に向き直りながらそう言うと、自分の読んでいた本を指差し、その内容を示す。
 女は男の示す本を一瞥するが、直ぐに視線を落とした。

 「どうしたノブカ? 貸してやる。読め」
 「あたしは、字が読めない。読んでおくれよ、モチマル」

 ノブカの言葉にモチマルは一笑した。

 「ちゃんと聞いておけ」

 そう言うと、モチマルは魔導の教本を音読し始めた。
 暗い工場の中で二人の異国の戦士達が、互いに顔を近づけ、ランタンの光源を頼りに一つの本を読み合う。
 字の読めないノブカの為に、モチマルは文字を読み上げながら、その文章を指でなぞり続けて行った。

 「そうか……、やっぱり、そうだったんだ。あの黒髪のチビ! あたしに一杯食わせたんだ!」

 モチマルが本を読んでいる途中だと言うのに、ノブカは時たま、その様に憤る思いを口にした。
 本の内容をちゃんと理解している。自分で読むよりも、他人に読み聞かせられる事の方が、覚えは早いのだろうか。
 ノブカの様子を見て、モチマルはそんな事を考えていた。
 二人が読書に勤しむ中で、暗い工場の先から扉を開け放つような音が聞こえた。
 モチマルは敏感に反応し、ランタンの明かりを消す。ノブカも木箱の影に身を隠した。
 誰かがその場に近づいて来る。部屋の扉を開け放ち、中へと入って来た。

 「まっくらー!」

 緊張するその場所に、相応しくない程あどけない女の子の声が聞こえた。

 「誰も居ないぞ?」

 後に続く様に男の子の声もする。
 それは、モチマルとノブカに取って聞き覚えのある声だった。

 「ドリム、プリンか?」

 暗闇の中でノブカが尋ねる。

 「あ! ノブカの声がするよ」
 「どこだよ? 脅かすつもりか?」

 モチマルがその声を聞き、溜息交じりにランタンに灯を着け直す。

 「モチマルも居た!」

 ランタンの明かりに照らされ、姿を顕わにした女の子は、そう言いながらモチマルに飛びつく。七、八歳くらいの女の子で、モチマルやノブカと同様に黒い装束を身に着けている。しかし、東洋人風の二人と見比べると、鼻は高く目は大きいなどその顔立ちは魔導連合王国の出身者としての特徴を兼ね備えていた。そして何より、その髪の色は黒ではなく、灰色をしていた。
 モチマルは軽々と女の子を持ち上げ、膝の上に座らせた。

 「お前達、どうしてこんな所に居るんだ? 皆と一緒にイスカリに居るはずだろ?」
 「仕事さ。命令で来たんだ」

 ノブカの質問に男の子が答えた。女の子に比べて、少しだけ年は上の様だ。ランタンに照らされる褐色の肌色をした顔には、まだ少年らしいあどけなさが残っている。特徴的なのはルビーの様に赤く透き通った瞳と、人の物よりも尖がった耳を生やしている事。そして、この子も同様に黒い装束を身に着けていた。

 「仕事だ? 生意気な事言いやがって。お前達は剣も持ってないじゃないか」

 ノブカはそう言いながら、男の子の頭をワシワシと撫で廻した。男の子はその乱暴な手つきを殊の外嫌がっている様子だ。

 「剣は持ってないわ。お手伝いだもん」

 モチマルの膝に座り続ける女の子がそう言った。

 「お手伝い? ははーん、なるほどな。言っとくがな、あたしらのやってる仕事は楽なもんじゃないんだぜ。剣も持たないお前達じゃ、足を引っ張るだけさ」
 「ちっげーよ、ブス! お前の手伝いなんかじゃねーし」

 男の子が、ノブカの撫で廻す手から逃れ、そう言った。

 「何だとコラ! もう一度行ってみろドリム!」
 「痛え!」

 ノブカがドリムと呼んだその男の子の頭を叩いた。それを見ていた女の子は、モチマルの膝から飛び降り、ドリムの下に駆け寄った。

 「叩いちゃ駄目!」

 プリンは怒った表情をノブカに見せる。

 「ノブカ、手を上げるのはよせ。ドリム、お前もだ。汚い言葉を使うな」

 モチマルが間に入る様にそう言葉を掛けるが、ノブカは不服そうにフンと鼻を鳴らした。

 「うっせー、デブ。説教なんかすんな」

 そして、ドリムは口が減らない。

 「デブ? 俺がか?」

 モチマルは不思議そうに自分の身体を改める。

 「何、とぼけてんだよ。誰がどう見たってお前はデブだろ」
 「そうか……」

 ノブカにまでそう言われ、モチマルはショックを受けた様な声を出した。
 その様子に、ノブカとドリムが笑い出し始めた。

 「嘘だろ? 気が付かなかったのかよモチマル」

 モチマルは喉の奥から唸る様な声を出し、考えるような仕草を取る。それが一層、二人の笑いを誘った。
 そんな中で、女の子は再びモチマルの下に駆け寄って行った。

 「私はモチマルだーい好き。ぷよぷよ」

 女の子はモチマルに抱き着くと、十二分に蓄えられた皮下脂肪の感触を楽しむ様に揉みしだいた。
 モチマルは微妙な表情を浮かべた。

 「いや、プリン。フォローになって無いぞ、それ」

 ノブカはドリムと共に、なおも笑い続けながらそう言った。

 「……もうそれは良い。それよりも、お前達は何の手伝いに来たと言うんだ?」

 嘲笑の的を避ける様に、モチマルが笑っているドリムに尋ねる。

 「この私の手伝いさ。モチマル」

 ランタンの光の届かない暗闇から、その様な声が聞こえた。

 「その声!?」

 モチマルの声に応える様に、暗がりから一人の女性が姿を現した。
 その女性は、モチマルやノブカと同じか、少し上くらいの年齢に見える。

 「ハニイ……、お前がここに来たのか」

 驚くモチマルとノブカ。その様子を見て、ハニイと呼ばれた女性は、大きな口を歪め笑みを見せた。

 「ハニイ、てめえの出る幕何かねえぜ。ここは、あたしとモチマルの二人で十分なんだからな」
 「十分? 物は言いようだなノブカ。貴様は魔導士に、それも、見習い如きに後れを取ったと聞いているぞ」
 「卑怯な手を使われたからだ! 二度同じ手は食わねえよ」

 ノブカの言葉をハニイは鼻で笑った。

 「相変わらず口だけは威勢がいい」
 「何!」

 ノブカは立ち上がり、その場でハニイを睨みつけた。

 「剣の技量でも、魔導への知識でもない。貴様の敗因は、その性格だよノブカ」
 「どういう意味だ!」

 ハニイは腰に帯刀する剣を抜き放ち、ノブカに突きつけた。
 早い。急な事であったとは言え、ノブカは身動き一つ取れぬまま、突きつけられた剣の切っ先を見て顔を青くした。
 剣によって傷付けられる。そう恐怖したわけではない。ハニイの剣の技量に驚いたのである。
 ハニイは、自身の身体を微動だにさせず、腕の力だけで抜刀した。その為に、剣を抜く気配さえノブカは感じ取る事が出来なかったのだ。

 「こう言う事だ。貴様は感情に動かされたまま、丸腰で私に食って掛かった。だが、私が剣を止めず、このまま貴様の身体に突き立てていたらどうなった?」

 ノブカは息を呑む。
 ハニイはそれを見て、剣を鞘に納めた。

 「勝負とはそう言うものだ。不必要に感情を乗せた剣など、なまくら以上に切れ味の悪いものになる。相手の口車に乗せられれば、貴様は剣士ではなく、ただの獣に成り果てる」
 「クソ!」

 ノブカは木箱の上に座り込み、ガクリと肩を落とした。
 ハニイはモチマルへ向き直った。

 「作戦の決行を早める。母様からの指示だ」
 「例のトウワの魔導士はどうする? 森に居付いているぞ」
 「気にするな。森は広い。奴の縄張りを避けても問題は生じないだろう。それに、実行に移せば止めようは無いからな。貴様はそれまで、ここで待機していろ。私達の後始末をするんだ」
 「……分かった」

 家族の長である親の決めた事には逆らえない。モチマルもノブカと同様に心残りがあったものの、ハニイの言葉に承諾を返した。

 「そしてノブカ、貴様は一旦イスカリへ戻ってもらう」
 「私一人帰るのかよ!? まだ、ケリがついてないのに!」
 「お前のここでの仕事は、お前の失敗を持って終わったのだ。イスカリへ戻れ。そして、次こそは母様を失望させるな」

 ノブカは恨めし気な目でハニイを見つめた。

 「ハニイ。一ついいか」

 モチマルが尋ねた。

 「奇妙な魔導を使う奴が居た」
 「話は聞いている。何でも、お前の斬撃を魔法陣によって止めたとか」
 「フォーリアムの魔導士は侮り難い。お前一人で挑むのは危険だ」
 「問題ないさモチマル。私は魔導士と対決しにここに来たわけではない。それに、そちらは母様が直接手を下される」
 「母様が直接!?」

 驚きの声を上げるモチマル。同様に、ノブカも驚いた表情を見せた。

 「触れる事の出来ない魔法陣。それを盾代わりに使うと言う常識破りな現象。お前の話を聞いて、甚く関心を寄せられていた。それこそ嘗て、ツキモリ一門に叡智を授けた存在だとな」
 「叡智を授けた存在……、俺にはただの小娘にしか見えなかった」

 ハニイは小さく笑い声を立てた。

 「そっちじゃない。貴様を負かしたのは、男の方だ」
 「男の方だと……」

 モチマルは自分が倒したトウワ人の事を思い起こした。

 「……長岐日々喜。あいつが、叡智を授けるだと……」
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