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第二章 奪い合う世界
11話 忍び寄る影②
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日々喜達が洗濯機を運び、イバラ領に戻って二日が経った。
その日の昼食の後、キリアンは一人、宿舎の食堂にて熱心に本を読んでいた。ただの本ではないのだろう。キリアンは読み進める度に、テーブルに敷いた紙の上に、演算を試みる様に、魔導に関する構成式を書き殴っていた。
丁度、タイムの仕事の手伝いを終えたリグラが、身に着けていたエプロンを取り、厨房から顔を出した。そして、食卓で頭を抱えるようにして本を読むキリアンの姿を見て尋ねた。
「キリアン。何を熱心に読んでいるんですか?」
「日々喜のアトラスだよ。あいつ、師匠の友人から借りたって話してたろ。トウワ国で作られた魔導が入ってるのか見てたんだ」
「ダメですよ、勝手に見ちゃ」
「許可貰ったし。昨日は一日中、俺が看病してやったから、今日は一日、俺がアトラスを借りたんだ」
二日前の晩の事だ。丁度、日々喜がヴァーサ領からイバラに戻った時、彼は何故か原因不明な発熱を起こし、寝込んでしまった。
昨日は、起床する事無く、一日中ベッドで過ごしていた。心配した見習い達は交代で、日々喜の面倒を見たのであった。
「それって、どんな交換条件ですか」
リグラは呆れた表情を見せる。
「日々喜も日々喜です。……ひょっとしてキリアン。熱で浮かされてるからって、都合のいい約束を無理やりさせたんじゃ」
「そんな事しないさ。まあ、かなり頭はフラついてたけどな。魔導列車がどうの、アーティファクトがどうのって、うわ言みたいに呟いてたから」
弱っている日々喜の事を思い出して、キリアンは意地の悪い笑みを浮かべながら話した。
「そんな状態で取引させるなんて。知りませんよ、後で騙されたと言われても」
「こっちは一日中、訳分かんねえ話に付き合ったんだぜ。アトラスを見るくらいじゃ、お釣りが来るっての。それよりちょっと見て見ろよ。こいつは、だいぶ変わってるから」
キリアンは自分の読んでいた日々喜のアトラスを指差した。
リグラはキリアンの言い草に閉口しながらも、誘惑に負ける様についつい日々喜のアトラスを覗き見てしまう。
「普通の構成式に見えます。何の魔導でしょうか? トウワ国内の地域……? いえ、ちょっと待って下さい、何ですかこれ!?」
リグラは身を乗り出す。
そのアトラスに描かれている魔導の構成式は、用いられるべき四つのエレメンタルであるサラマンダー、ウンディーネ、ノーム、シルフの代わりに、レイロン、リヴィアタン、マモス、ケツァルコアトルスという別の単語が用いられていた。
「エレメンタルが……。全て、賢者の名前に書き換えられている。これは、非ジオマジックの類でしょうか?」
――非ジオマジック。
火、水、土、風の四大エレメントの代わりに、別のエレメントを用いて魔導を構成した物。ただし、エレメンタルは四大エレメントの対となるものしか存在しない為、現実的に用いる事は不可能、想像上の創作物である。
魔導士界隈の知的なお遊び(僕、私の考えた最強の魔導)の類でもあった。
「だろうな。だけど、かなり綿密な計算が施されてる。昨日からずっと見通してるけど、全体的に一貫した演算法則に則ってるみたいだ」
「演算法則? 賢者同士が相互作用を起こすとでも言いたいんですか?」
「ここに書いてあるのはエレメンタルの代わりだろ。だったら、賢者が操るエレメントが相互作用を起こすって事だろ」
キリアンはそう言うと、窓辺に映る空を見上げた。
「五賢者は空から人の営みを見守っている。故に天上の支配者とも呼ばれ、それぞれ象徴となるエレメントが、当てがわれている」
「レイロンは雷、リヴィアタンは雨、マモスは雲、ケツァルコアトルスは大気、アートマンは太陽ってやつですね」
「そうそう。だから、ここにある演算法則は、それらの相互作用に依って成り立ってるんだろ」
「キリアン……、じゃあ、何ですか――」
リグラは日々喜のアトラスを見返しながら尋ねる。
「――例えば、火が水に負ける様に、雷が雨に負けたり、雨が雲に負けるとでもいうんですか? 私には想像が付きませんよ」
「何らかの相関性に則ってるって話さ。それこそ、膨大な時間を掛けて、気象を観測して見出したものかも知れない」
「具体的では無いですね。そもそも、この世界にエレメンタルは四つしか存在しません。私には、お遊びで作った物にしか思えませんよ」
「まあな……。でも、良く作り込まれてる。何て言うか、病的な程に、良くできてるんだよ」
キリアンはリグラに読んでみるかと勧めるが、リグラはそれを結構ですの一言で突っぱねた。
「まったく、お国柄なのかもしれませんが、日々喜のお師匠様が、何を考えて弟子にそんな物を持たせているのか、いまいち理解できませんよ。……聞いてますか、キリアン」
リグラの話しそっちのけで、キリアンは自分の考えに耽っていた。
「この作り込みなら、お遊びでも必ずモデルになった領域がある。……どこかの空を見て作ったんだ」
キリアンはそう呟きながら、再び空を見つめていた。
「もし、空にエレメンタルが存在するとしたら……? こいつはちゃんとした魔導として機能したかもしれない。ジオマジックではなく、差し詰めアストロマジック。……そんな風に呼ばれたかもしれない」
「机上の空論ですね。どんなに緻密な計算が行き届いていても、現実に即していなければ、魔導には成り得ませんよ」
「……わかってるさ」
言われるまでも無い、そんな気持ちが漏れ出たかのように、キリアンは小さく呟いた。
やがて、二人の居る食堂に、ピーターとオレガノが連れ立って姿を現した。
「よお、お前ら。やってるな! 俺も混ぜてくれ!」
「何だよ? 何もやってねえよ」
「照れるなキリアン。この時期は皆そうだって」
ピーターは馴れ馴れしくも、キリアンの肩に腕をまわす。キリアンは鬱陶しそうにその腕を払い除けた。
「この時期? 何の話だよ」
「新年度祭よ。皆、ダンスのパートナーを探してるの」
オレガノが説明をした。
「ダンス? くっだらねえ!」
キリアンは、一際大きな声でそう言う。
「キリアン。くだらなくないぞ! 一年に一回の行事だから、踊らなきゃダメなんだよ。リグラだってそう思うよなあ?」
「は、はあ……」
「お前達イバラに来たてだから、どうせ相手も居ないんだろ? 余った者同士で、相談してたんじゃないのか?」
「相談って何のことですか?」
「何って、一緒に踊るんだろ? 違うのか?」
「ち、違います。そんな話してません」
「何だそうか。じゃあ、今決めちまえよ。二人でダンスに参加するんだ。分かったな」
「ちょ、ちょ、ちょっと、待って下さい」
リグラは、顔を赤らめながら否定している。すると、キリアンがバタンと乱暴な音を立てて、読んでいたアトラスを閉じた。
「しつこいぜ、ピーター。そんなくだらねえもんに、俺は参加しない」
「本気かキリアン!? 絶対楽しいのに!」
キリアンは後頭部で手を組み、それ以上は何も言わないと言った態度を取った。
「ったく、しょうがないぜコイツ。ダメだって言ってんのになあ。まあ、それならリグラ。お前は日々喜とやれよ」
「え!? 日々喜とですか?」
「アイツも余ってるからな。オレガノもそれでいいな?」
ピーターはオレガノに尋ねる。
「私はそれでもいいわ」
「良し! じゃあ、俺はその他の奴らと踊って……、なんだ、結構いい感じにさばけたじゃないか」
今年も楽しく新年度祭を迎えられる。ピーターは満足気に笑い出した。
「あ、あの、皆さんはもう、踊る相手が決まってるんですか?」
「おう! 俺達は地元で顔は知れてるし、モテるからな。他の門下の奴らや、街の連中からも声が掛かるのさ。モテるからな!」
「ラヴァーニャさんと、クレスさんも?」
「ラヴァーニャは毎年、どっかから男を引っ掛けて来る。去年はグラエムとかの憲兵達と踊りまくってたし、今年もどっかから引っ張って来るだろ。クレスは……、そう言えば、アイツは毎年不参加だったか?」
キリアンが鼻で笑った。
「賢いぜクレスはさ。見習いの本文は魔導の研究。一年に一度の行事だか何だか知らないけど、浮かれてなんかいられないぜ。ピーター、あんたは今年度で修練期間も終わるんだろ? 少しはクレスを見習った方がいいじゃないか?」
楽観的なピーターの事を嘲笑するような表情を浮かべ、キリアンは皮肉めいた事を言った。
「ああ、大丈夫、大丈夫。試験落ちたら、翌年受け直すだけだからな。てか、今はイバラの祭りだろ! 楽しまなきゃダメだろ? 皆もそう思うよな?」
皮肉の通じないピーターは、共感できないような意見に同意を求めた。その為か、キリアンは顔を引き攣らせ、リグラは微妙な愛想笑いを浮かべた。
「思うわ! 新年度祭だもの!」
そんな中でも、オレガノはピーターに同意する。
「そうだろ! 最高だぜ、俺の妹弟子はよ!」
ピーターそう言って、オレガノの事を持ち上げて、その場で一回転した。
「キャー! ハハハハ! 止めて、降ろしてよピーター!」
キリアンとリグラは、地元の人間とそうでない自分達との温度差を感じながら、浮かれている二人の事をただ見つめ続けた。
「良し! 後は日々喜に話を着けるぜ。アイツは、風邪治ったのか?」
ピーターが抱き上げたオレガノを下ろしながらそう尋ねた。
「今朝は起きてきましたから、もう、体調は良くなったのではないでしょうか?」
「そうか! じゃあ、行くぜリグラ!」
「わ、私もですか!?」
「そうさ! お前から頼むのが一番いいんだよ。日々喜だって喜ぶに決まってるぞ!」
「ええー、そうですかねー……」
喜ぶと言われリグラも満更ではない。強引なピーターに連れ立ち、日々喜の部屋へ向かおうとした。その時、宿舎玄関口の扉が開き、外から客人を連れて、杖を突きながらマウロが入って来た。
「ああ、オレガノ。友達が来ているよ」
マウロはピーター達と共に、日々喜の部屋に向かおうとするオレガノに声を掛けた。
「友達?」
オレガノに伴い、ピーターとリグラも思わず足を止めてそちらを見る。そこには、見習いコーディネーターのチョークが立っていた。
「チョーク! どうしたの!?」
チョークの下に駆け寄るオレガノ。
「オレガノ。久しぶりだね」
「遊びに来てくれたのね。嬉しい!」
「違うよ。あたしは、仕事でイバラに来たんだ」
友人の相変わらずの反応に苦笑しながら、チョークはそう答えた。
「お仕事?」
「コーディネーターの仕事。……あたし、ミスっちゃって」
オレガノが、不思議そうにチョークの事を見つめていると、マウロが言葉を継ぐように話し掛けた。
「修理に出したコーディネートに、初期不良があったらしい。リーネさんは、その修理の為に、ヴァーサ領から来てくれたそうだよ」
「そうだったの? でも、あの洗濯の機械なら、ちゃんと動いたって、タイムが話してたわよ?」
「うん……、実はあたし、コーディネートの設計の段階で、今年と去年のジオメトリーを取り違えて作っちゃって。だから、動くには動くんだけど、また、直ぐに壊れちまうかもしれないんだ」
申し訳なさそうにチョークはそう言った。
「それで、わざわざ、ヴァーサ領から来たの? だって、動かなくなったら、また、修理に出せばいいじゃない」
「そういう訳にはいかないよ。あたしら、クレレ商会の看板を背負ってる職人なんだから。不十分な物を完成品として渡すなんてできない」
「ふーん」
「なにさ?」
「チョーク。なんだか、一人前の職人になったみたい」
「学院を卒業して、一年以上経つんだから当たり前だろ。文句あるのかい?」
「文句なんて無いわ。ちょっと、嬉しかっただけよ。機械なら裏庭にあるから、私が案内してあげる」
チョークの返事を待たず、オレガノはその手を引いて裏庭へ案内しようとした。
「ああ、待ってオレガノ。……その、日々喜って、ここに居るかな?」
「日々喜? 日々喜なら、部屋に居ると思うけど?」
チョークは、何か言い辛そうな表情を浮かべていた。
「オレガノ、後の事は任せていいね」
二人の様子を見ていたマウロが尋ねると、オレガノは頷き大丈夫と答えた。
「リーネさん。日々喜は午後から、ステーションの方へ顔を出しているよ。話があるなら、今晩にでも話すと言い」
「分かりました。ありがとうございます」
チョークの礼を受け、マウロはその場を立ち去ろうとする。
「待ってマウロ。日々喜は居ないの?」
「うん? 話してなかったか? 森で起きた事について、まだ聞取りが残っているそうだよ」
「それなら前に、パルル達が来た時、全部話したのに」
「ああ、今回は、違う人達だよ」
「違う人達?」
「日々喜に用があるのは、復興機関の人達だよ」
オレガノは朧げな記憶を頼りに、イバラに駐在する憲兵とは、異なる制服を着こむ魔導士達の事を思い起こした。
「心配しなくてもいい。時間が掛かるようなら、俺が後で迎えに行ってくるさ」
マウロは、そう言うと、杖を突きながら宿舎を後にして行った。
その日の昼食の後、キリアンは一人、宿舎の食堂にて熱心に本を読んでいた。ただの本ではないのだろう。キリアンは読み進める度に、テーブルに敷いた紙の上に、演算を試みる様に、魔導に関する構成式を書き殴っていた。
丁度、タイムの仕事の手伝いを終えたリグラが、身に着けていたエプロンを取り、厨房から顔を出した。そして、食卓で頭を抱えるようにして本を読むキリアンの姿を見て尋ねた。
「キリアン。何を熱心に読んでいるんですか?」
「日々喜のアトラスだよ。あいつ、師匠の友人から借りたって話してたろ。トウワ国で作られた魔導が入ってるのか見てたんだ」
「ダメですよ、勝手に見ちゃ」
「許可貰ったし。昨日は一日中、俺が看病してやったから、今日は一日、俺がアトラスを借りたんだ」
二日前の晩の事だ。丁度、日々喜がヴァーサ領からイバラに戻った時、彼は何故か原因不明な発熱を起こし、寝込んでしまった。
昨日は、起床する事無く、一日中ベッドで過ごしていた。心配した見習い達は交代で、日々喜の面倒を見たのであった。
「それって、どんな交換条件ですか」
リグラは呆れた表情を見せる。
「日々喜も日々喜です。……ひょっとしてキリアン。熱で浮かされてるからって、都合のいい約束を無理やりさせたんじゃ」
「そんな事しないさ。まあ、かなり頭はフラついてたけどな。魔導列車がどうの、アーティファクトがどうのって、うわ言みたいに呟いてたから」
弱っている日々喜の事を思い出して、キリアンは意地の悪い笑みを浮かべながら話した。
「そんな状態で取引させるなんて。知りませんよ、後で騙されたと言われても」
「こっちは一日中、訳分かんねえ話に付き合ったんだぜ。アトラスを見るくらいじゃ、お釣りが来るっての。それよりちょっと見て見ろよ。こいつは、だいぶ変わってるから」
キリアンは自分の読んでいた日々喜のアトラスを指差した。
リグラはキリアンの言い草に閉口しながらも、誘惑に負ける様についつい日々喜のアトラスを覗き見てしまう。
「普通の構成式に見えます。何の魔導でしょうか? トウワ国内の地域……? いえ、ちょっと待って下さい、何ですかこれ!?」
リグラは身を乗り出す。
そのアトラスに描かれている魔導の構成式は、用いられるべき四つのエレメンタルであるサラマンダー、ウンディーネ、ノーム、シルフの代わりに、レイロン、リヴィアタン、マモス、ケツァルコアトルスという別の単語が用いられていた。
「エレメンタルが……。全て、賢者の名前に書き換えられている。これは、非ジオマジックの類でしょうか?」
――非ジオマジック。
火、水、土、風の四大エレメントの代わりに、別のエレメントを用いて魔導を構成した物。ただし、エレメンタルは四大エレメントの対となるものしか存在しない為、現実的に用いる事は不可能、想像上の創作物である。
魔導士界隈の知的なお遊び(僕、私の考えた最強の魔導)の類でもあった。
「だろうな。だけど、かなり綿密な計算が施されてる。昨日からずっと見通してるけど、全体的に一貫した演算法則に則ってるみたいだ」
「演算法則? 賢者同士が相互作用を起こすとでも言いたいんですか?」
「ここに書いてあるのはエレメンタルの代わりだろ。だったら、賢者が操るエレメントが相互作用を起こすって事だろ」
キリアンはそう言うと、窓辺に映る空を見上げた。
「五賢者は空から人の営みを見守っている。故に天上の支配者とも呼ばれ、それぞれ象徴となるエレメントが、当てがわれている」
「レイロンは雷、リヴィアタンは雨、マモスは雲、ケツァルコアトルスは大気、アートマンは太陽ってやつですね」
「そうそう。だから、ここにある演算法則は、それらの相互作用に依って成り立ってるんだろ」
「キリアン……、じゃあ、何ですか――」
リグラは日々喜のアトラスを見返しながら尋ねる。
「――例えば、火が水に負ける様に、雷が雨に負けたり、雨が雲に負けるとでもいうんですか? 私には想像が付きませんよ」
「何らかの相関性に則ってるって話さ。それこそ、膨大な時間を掛けて、気象を観測して見出したものかも知れない」
「具体的では無いですね。そもそも、この世界にエレメンタルは四つしか存在しません。私には、お遊びで作った物にしか思えませんよ」
「まあな……。でも、良く作り込まれてる。何て言うか、病的な程に、良くできてるんだよ」
キリアンはリグラに読んでみるかと勧めるが、リグラはそれを結構ですの一言で突っぱねた。
「まったく、お国柄なのかもしれませんが、日々喜のお師匠様が、何を考えて弟子にそんな物を持たせているのか、いまいち理解できませんよ。……聞いてますか、キリアン」
リグラの話しそっちのけで、キリアンは自分の考えに耽っていた。
「この作り込みなら、お遊びでも必ずモデルになった領域がある。……どこかの空を見て作ったんだ」
キリアンはそう呟きながら、再び空を見つめていた。
「もし、空にエレメンタルが存在するとしたら……? こいつはちゃんとした魔導として機能したかもしれない。ジオマジックではなく、差し詰めアストロマジック。……そんな風に呼ばれたかもしれない」
「机上の空論ですね。どんなに緻密な計算が行き届いていても、現実に即していなければ、魔導には成り得ませんよ」
「……わかってるさ」
言われるまでも無い、そんな気持ちが漏れ出たかのように、キリアンは小さく呟いた。
やがて、二人の居る食堂に、ピーターとオレガノが連れ立って姿を現した。
「よお、お前ら。やってるな! 俺も混ぜてくれ!」
「何だよ? 何もやってねえよ」
「照れるなキリアン。この時期は皆そうだって」
ピーターは馴れ馴れしくも、キリアンの肩に腕をまわす。キリアンは鬱陶しそうにその腕を払い除けた。
「この時期? 何の話だよ」
「新年度祭よ。皆、ダンスのパートナーを探してるの」
オレガノが説明をした。
「ダンス? くっだらねえ!」
キリアンは、一際大きな声でそう言う。
「キリアン。くだらなくないぞ! 一年に一回の行事だから、踊らなきゃダメなんだよ。リグラだってそう思うよなあ?」
「は、はあ……」
「お前達イバラに来たてだから、どうせ相手も居ないんだろ? 余った者同士で、相談してたんじゃないのか?」
「相談って何のことですか?」
「何って、一緒に踊るんだろ? 違うのか?」
「ち、違います。そんな話してません」
「何だそうか。じゃあ、今決めちまえよ。二人でダンスに参加するんだ。分かったな」
「ちょ、ちょ、ちょっと、待って下さい」
リグラは、顔を赤らめながら否定している。すると、キリアンがバタンと乱暴な音を立てて、読んでいたアトラスを閉じた。
「しつこいぜ、ピーター。そんなくだらねえもんに、俺は参加しない」
「本気かキリアン!? 絶対楽しいのに!」
キリアンは後頭部で手を組み、それ以上は何も言わないと言った態度を取った。
「ったく、しょうがないぜコイツ。ダメだって言ってんのになあ。まあ、それならリグラ。お前は日々喜とやれよ」
「え!? 日々喜とですか?」
「アイツも余ってるからな。オレガノもそれでいいな?」
ピーターはオレガノに尋ねる。
「私はそれでもいいわ」
「良し! じゃあ、俺はその他の奴らと踊って……、なんだ、結構いい感じにさばけたじゃないか」
今年も楽しく新年度祭を迎えられる。ピーターは満足気に笑い出した。
「あ、あの、皆さんはもう、踊る相手が決まってるんですか?」
「おう! 俺達は地元で顔は知れてるし、モテるからな。他の門下の奴らや、街の連中からも声が掛かるのさ。モテるからな!」
「ラヴァーニャさんと、クレスさんも?」
「ラヴァーニャは毎年、どっかから男を引っ掛けて来る。去年はグラエムとかの憲兵達と踊りまくってたし、今年もどっかから引っ張って来るだろ。クレスは……、そう言えば、アイツは毎年不参加だったか?」
キリアンが鼻で笑った。
「賢いぜクレスはさ。見習いの本文は魔導の研究。一年に一度の行事だか何だか知らないけど、浮かれてなんかいられないぜ。ピーター、あんたは今年度で修練期間も終わるんだろ? 少しはクレスを見習った方がいいじゃないか?」
楽観的なピーターの事を嘲笑するような表情を浮かべ、キリアンは皮肉めいた事を言った。
「ああ、大丈夫、大丈夫。試験落ちたら、翌年受け直すだけだからな。てか、今はイバラの祭りだろ! 楽しまなきゃダメだろ? 皆もそう思うよな?」
皮肉の通じないピーターは、共感できないような意見に同意を求めた。その為か、キリアンは顔を引き攣らせ、リグラは微妙な愛想笑いを浮かべた。
「思うわ! 新年度祭だもの!」
そんな中でも、オレガノはピーターに同意する。
「そうだろ! 最高だぜ、俺の妹弟子はよ!」
ピーターそう言って、オレガノの事を持ち上げて、その場で一回転した。
「キャー! ハハハハ! 止めて、降ろしてよピーター!」
キリアンとリグラは、地元の人間とそうでない自分達との温度差を感じながら、浮かれている二人の事をただ見つめ続けた。
「良し! 後は日々喜に話を着けるぜ。アイツは、風邪治ったのか?」
ピーターが抱き上げたオレガノを下ろしながらそう尋ねた。
「今朝は起きてきましたから、もう、体調は良くなったのではないでしょうか?」
「そうか! じゃあ、行くぜリグラ!」
「わ、私もですか!?」
「そうさ! お前から頼むのが一番いいんだよ。日々喜だって喜ぶに決まってるぞ!」
「ええー、そうですかねー……」
喜ぶと言われリグラも満更ではない。強引なピーターに連れ立ち、日々喜の部屋へ向かおうとした。その時、宿舎玄関口の扉が開き、外から客人を連れて、杖を突きながらマウロが入って来た。
「ああ、オレガノ。友達が来ているよ」
マウロはピーター達と共に、日々喜の部屋に向かおうとするオレガノに声を掛けた。
「友達?」
オレガノに伴い、ピーターとリグラも思わず足を止めてそちらを見る。そこには、見習いコーディネーターのチョークが立っていた。
「チョーク! どうしたの!?」
チョークの下に駆け寄るオレガノ。
「オレガノ。久しぶりだね」
「遊びに来てくれたのね。嬉しい!」
「違うよ。あたしは、仕事でイバラに来たんだ」
友人の相変わらずの反応に苦笑しながら、チョークはそう答えた。
「お仕事?」
「コーディネーターの仕事。……あたし、ミスっちゃって」
オレガノが、不思議そうにチョークの事を見つめていると、マウロが言葉を継ぐように話し掛けた。
「修理に出したコーディネートに、初期不良があったらしい。リーネさんは、その修理の為に、ヴァーサ領から来てくれたそうだよ」
「そうだったの? でも、あの洗濯の機械なら、ちゃんと動いたって、タイムが話してたわよ?」
「うん……、実はあたし、コーディネートの設計の段階で、今年と去年のジオメトリーを取り違えて作っちゃって。だから、動くには動くんだけど、また、直ぐに壊れちまうかもしれないんだ」
申し訳なさそうにチョークはそう言った。
「それで、わざわざ、ヴァーサ領から来たの? だって、動かなくなったら、また、修理に出せばいいじゃない」
「そういう訳にはいかないよ。あたしら、クレレ商会の看板を背負ってる職人なんだから。不十分な物を完成品として渡すなんてできない」
「ふーん」
「なにさ?」
「チョーク。なんだか、一人前の職人になったみたい」
「学院を卒業して、一年以上経つんだから当たり前だろ。文句あるのかい?」
「文句なんて無いわ。ちょっと、嬉しかっただけよ。機械なら裏庭にあるから、私が案内してあげる」
チョークの返事を待たず、オレガノはその手を引いて裏庭へ案内しようとした。
「ああ、待ってオレガノ。……その、日々喜って、ここに居るかな?」
「日々喜? 日々喜なら、部屋に居ると思うけど?」
チョークは、何か言い辛そうな表情を浮かべていた。
「オレガノ、後の事は任せていいね」
二人の様子を見ていたマウロが尋ねると、オレガノは頷き大丈夫と答えた。
「リーネさん。日々喜は午後から、ステーションの方へ顔を出しているよ。話があるなら、今晩にでも話すと言い」
「分かりました。ありがとうございます」
チョークの礼を受け、マウロはその場を立ち去ろうとする。
「待ってマウロ。日々喜は居ないの?」
「うん? 話してなかったか? 森で起きた事について、まだ聞取りが残っているそうだよ」
「それなら前に、パルル達が来た時、全部話したのに」
「ああ、今回は、違う人達だよ」
「違う人達?」
「日々喜に用があるのは、復興機関の人達だよ」
オレガノは朧げな記憶を頼りに、イバラに駐在する憲兵とは、異なる制服を着こむ魔導士達の事を思い起こした。
「心配しなくてもいい。時間が掛かるようなら、俺が後で迎えに行ってくるさ」
マウロは、そう言うと、杖を突きながら宿舎を後にして行った。
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ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
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状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
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