ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

11話 忍び寄る影②

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 日々喜達が洗濯機を運び、イバラ領に戻って二日が経った。
 その日の昼食の後、キリアンは一人、宿舎の食堂にて熱心に本を読んでいた。ただの本ではないのだろう。キリアンは読み進める度に、テーブルに敷いた紙の上に、演算を試みる様に、魔導に関する構成式を書き殴っていた。
 丁度、タイムの仕事の手伝いを終えたリグラが、身に着けていたエプロンを取り、厨房から顔を出した。そして、食卓で頭を抱えるようにして本を読むキリアンの姿を見て尋ねた。

 「キリアン。何を熱心に読んでいるんですか?」
 「日々喜のアトラスだよ。あいつ、師匠の友人から借りたって話してたろ。トウワ国で作られた魔導が入ってるのか見てたんだ」
 「ダメですよ、勝手に見ちゃ」
 「許可貰ったし。昨日は一日中、俺が看病してやったから、今日は一日、俺がアトラスを借りたんだ」

 二日前の晩の事だ。丁度、日々喜がヴァーサ領からイバラに戻った時、彼は何故か原因不明な発熱を起こし、寝込んでしまった。
 昨日は、起床する事無く、一日中ベッドで過ごしていた。心配した見習い達は交代で、日々喜の面倒を見たのであった。

 「それって、どんな交換条件ですか」

 リグラは呆れた表情を見せる。

 「日々喜も日々喜です。……ひょっとしてキリアン。熱で浮かされてるからって、都合のいい約束を無理やりさせたんじゃ」
 「そんな事しないさ。まあ、かなり頭はフラついてたけどな。魔導列車がどうの、アーティファクトがどうのって、うわ言みたいに呟いてたから」

 弱っている日々喜の事を思い出して、キリアンは意地の悪い笑みを浮かべながら話した。

 「そんな状態で取引させるなんて。知りませんよ、後で騙されたと言われても」
 「こっちは一日中、訳分かんねえ話に付き合ったんだぜ。アトラスを見るくらいじゃ、お釣りが来るっての。それよりちょっと見て見ろよ。こいつは、だいぶ変わってるから」

 キリアンは自分の読んでいた日々喜のアトラスを指差した。
 リグラはキリアンの言い草に閉口しながらも、誘惑に負ける様についつい日々喜のアトラスを覗き見てしまう。

 「普通の構成式に見えます。何の魔導でしょうか? トウワ国内の地域……? いえ、ちょっと待って下さい、何ですかこれ!?」

 リグラは身を乗り出す。
 そのアトラスに描かれている魔導の構成式は、用いられるべき四つのエレメンタルであるサラマンダー、ウンディーネ、ノーム、シルフの代わりに、レイロン、リヴィアタン、マモス、ケツァルコアトルスという別の単語が用いられていた。

 「エレメンタルが……。全て、賢者の名前に書き換えられている。これは、非ジオマジックの類でしょうか?」

 ――非ジオマジック。
 火、水、土、風の四大エレメントの代わりに、別のエレメントを用いて魔導を構成した物。ただし、エレメンタルは四大エレメントの対となるものしか存在しない為、現実的に用いる事は不可能、想像上の創作物である。
魔導士界隈の知的なお遊び(僕、私の考えた最強の魔導)の類でもあった。

 「だろうな。だけど、かなり綿密な計算が施されてる。昨日からずっと見通してるけど、全体的に一貫した演算法則に則ってるみたいだ」
 「演算法則? 賢者同士が相互作用を起こすとでも言いたいんですか?」
 「ここに書いてあるのはエレメンタルの代わりだろ。だったら、賢者が操るエレメントが相互作用を起こすって事だろ」

 キリアンはそう言うと、窓辺に映る空を見上げた。

 「五賢者は空から人の営みを見守っている。故に天上の支配者とも呼ばれ、それぞれ象徴となるエレメントが、当てがわれている」
 「レイロンは雷、リヴィアタンは雨、マモスは雲、ケツァルコアトルスは大気、アートマンは太陽ってやつですね」
 「そうそう。だから、ここにある演算法則は、それらの相互作用に依って成り立ってるんだろ」
 「キリアン……、じゃあ、何ですか――」

 リグラは日々喜のアトラスを見返しながら尋ねる。

 「――例えば、火が水に負ける様に、雷が雨に負けたり、雨が雲に負けるとでもいうんですか? 私には想像が付きませんよ」
 「何らかの相関性に則ってるって話さ。それこそ、膨大な時間を掛けて、気象を観測して見出したものかも知れない」
 「具体的では無いですね。そもそも、この世界にエレメンタルは四つしか存在しません。私には、お遊びで作った物にしか思えませんよ」
 「まあな……。でも、良く作り込まれてる。何て言うか、病的な程に、良くできてるんだよ」

 キリアンはリグラに読んでみるかと勧めるが、リグラはそれを結構ですの一言で突っぱねた。

 「まったく、お国柄なのかもしれませんが、日々喜のお師匠様が、何を考えて弟子にそんな物を持たせているのか、いまいち理解できませんよ。……聞いてますか、キリアン」

 リグラの話しそっちのけで、キリアンは自分の考えに耽っていた。

 「この作り込みなら、お遊びでも必ずモデルになった領域がある。……どこかの空を見て作ったんだ」

 キリアンはそう呟きながら、再び空を見つめていた。

 「もし、空にエレメンタルが存在するとしたら……? こいつはちゃんとした魔導として機能したかもしれない。ジオマジックではなく、差し詰めアストロマジック。……そんな風に呼ばれたかもしれない」
 「机上の空論ですね。どんなに緻密な計算が行き届いていても、現実に即していなければ、魔導には成り得ませんよ」
 「……わかってるさ」

 言われるまでも無い、そんな気持ちが漏れ出たかのように、キリアンは小さく呟いた。
 やがて、二人の居る食堂に、ピーターとオレガノが連れ立って姿を現した。

 「よお、お前ら。やってるな! 俺も混ぜてくれ!」
 「何だよ? 何もやってねえよ」
 「照れるなキリアン。この時期は皆そうだって」

 ピーターは馴れ馴れしくも、キリアンの肩に腕をまわす。キリアンは鬱陶しそうにその腕を払い除けた。

 「この時期? 何の話だよ」
 「新年度祭よ。皆、ダンスのパートナーを探してるの」

 オレガノが説明をした。

 「ダンス? くっだらねえ!」

 キリアンは、一際大きな声でそう言う。

 「キリアン。くだらなくないぞ! 一年に一回の行事だから、踊らなきゃダメなんだよ。リグラだってそう思うよなあ?」
 「は、はあ……」
 「お前達イバラに来たてだから、どうせ相手も居ないんだろ? 余った者同士で、相談してたんじゃないのか?」
 「相談って何のことですか?」
 「何って、一緒に踊るんだろ? 違うのか?」
 「ち、違います。そんな話してません」
 「何だそうか。じゃあ、今決めちまえよ。二人でダンスに参加するんだ。分かったな」
 「ちょ、ちょ、ちょっと、待って下さい」

 リグラは、顔を赤らめながら否定している。すると、キリアンがバタンと乱暴な音を立てて、読んでいたアトラスを閉じた。

 「しつこいぜ、ピーター。そんなくだらねえもんに、俺は参加しない」
 「本気かキリアン!? 絶対楽しいのに!」

 キリアンは後頭部で手を組み、それ以上は何も言わないと言った態度を取った。

 「ったく、しょうがないぜコイツ。ダメだって言ってんのになあ。まあ、それならリグラ。お前は日々喜とやれよ」
 「え!? 日々喜とですか?」
 「アイツも余ってるからな。オレガノもそれでいいな?」

 ピーターはオレガノに尋ねる。

 「私はそれでもいいわ」
 「良し! じゃあ、俺はその他の奴らと踊って……、なんだ、結構いい感じにさばけたじゃないか」

 今年も楽しく新年度祭を迎えられる。ピーターは満足気に笑い出した。

 「あ、あの、皆さんはもう、踊る相手が決まってるんですか?」
 「おう! 俺達は地元で顔は知れてるし、モテるからな。他の門下の奴らや、街の連中からも声が掛かるのさ。モテるからな!」
 「ラヴァーニャさんと、クレスさんも?」
 「ラヴァーニャは毎年、どっかから男を引っ掛けて来る。去年はグラエムとかの憲兵達と踊りまくってたし、今年もどっかから引っ張って来るだろ。クレスは……、そう言えば、アイツは毎年不参加だったか?」

 キリアンが鼻で笑った。

 「賢いぜクレスはさ。見習いの本文は魔導の研究。一年に一度の行事だか何だか知らないけど、浮かれてなんかいられないぜ。ピーター、あんたは今年度で修練期間も終わるんだろ? 少しはクレスを見習った方がいいじゃないか?」

 楽観的なピーターの事を嘲笑するような表情を浮かべ、キリアンは皮肉めいた事を言った。

 「ああ、大丈夫、大丈夫。試験落ちたら、翌年受け直すだけだからな。てか、今はイバラの祭りだろ! 楽しまなきゃダメだろ? 皆もそう思うよな?」

 皮肉の通じないピーターは、共感できないような意見に同意を求めた。その為か、キリアンは顔を引き攣らせ、リグラは微妙な愛想笑いを浮かべた。

 「思うわ! 新年度祭だもの!」
 そんな中でも、オレガノはピーターに同意する。

 「そうだろ! 最高だぜ、俺の妹弟子はよ!」

 ピーターそう言って、オレガノの事を持ち上げて、その場で一回転した。

 「キャー! ハハハハ! 止めて、降ろしてよピーター!」

 キリアンとリグラは、地元の人間とそうでない自分達との温度差を感じながら、浮かれている二人の事をただ見つめ続けた。

 「良し! 後は日々喜に話を着けるぜ。アイツは、風邪治ったのか?」

 ピーターが抱き上げたオレガノを下ろしながらそう尋ねた。

 「今朝は起きてきましたから、もう、体調は良くなったのではないでしょうか?」
 「そうか! じゃあ、行くぜリグラ!」
 「わ、私もですか!?」
 「そうさ! お前から頼むのが一番いいんだよ。日々喜だって喜ぶに決まってるぞ!」
 「ええー、そうですかねー……」

 喜ぶと言われリグラも満更ではない。強引なピーターに連れ立ち、日々喜の部屋へ向かおうとした。その時、宿舎玄関口の扉が開き、外から客人を連れて、杖を突きながらマウロが入って来た。

 「ああ、オレガノ。友達が来ているよ」

 マウロはピーター達と共に、日々喜の部屋に向かおうとするオレガノに声を掛けた。

 「友達?」

 オレガノに伴い、ピーターとリグラも思わず足を止めてそちらを見る。そこには、見習いコーディネーターのチョークが立っていた。

 「チョーク! どうしたの!?」

 チョークの下に駆け寄るオレガノ。

 「オレガノ。久しぶりだね」
 「遊びに来てくれたのね。嬉しい!」
 「違うよ。あたしは、仕事でイバラに来たんだ」

 友人の相変わらずの反応に苦笑しながら、チョークはそう答えた。

 「お仕事?」
 「コーディネーターの仕事。……あたし、ミスっちゃって」

 オレガノが、不思議そうにチョークの事を見つめていると、マウロが言葉を継ぐように話し掛けた。

 「修理に出したコーディネートに、初期不良があったらしい。リーネさんは、その修理の為に、ヴァーサ領から来てくれたそうだよ」
 「そうだったの? でも、あの洗濯の機械なら、ちゃんと動いたって、タイムが話してたわよ?」
 「うん……、実はあたし、コーディネートの設計の段階で、今年と去年のジオメトリーを取り違えて作っちゃって。だから、動くには動くんだけど、また、直ぐに壊れちまうかもしれないんだ」

 申し訳なさそうにチョークはそう言った。

 「それで、わざわざ、ヴァーサ領から来たの? だって、動かなくなったら、また、修理に出せばいいじゃない」
 「そういう訳にはいかないよ。あたしら、クレレ商会の看板を背負ってる職人なんだから。不十分な物を完成品として渡すなんてできない」
 「ふーん」
 「なにさ?」
 「チョーク。なんだか、一人前の職人になったみたい」
 「学院を卒業して、一年以上経つんだから当たり前だろ。文句あるのかい?」
 「文句なんて無いわ。ちょっと、嬉しかっただけよ。機械なら裏庭にあるから、私が案内してあげる」

 チョークの返事を待たず、オレガノはその手を引いて裏庭へ案内しようとした。

 「ああ、待ってオレガノ。……その、日々喜って、ここに居るかな?」
 「日々喜? 日々喜なら、部屋に居ると思うけど?」

 チョークは、何か言い辛そうな表情を浮かべていた。

 「オレガノ、後の事は任せていいね」

 二人の様子を見ていたマウロが尋ねると、オレガノは頷き大丈夫と答えた。

 「リーネさん。日々喜は午後から、ステーションの方へ顔を出しているよ。話があるなら、今晩にでも話すと言い」
 「分かりました。ありがとうございます」

 チョークの礼を受け、マウロはその場を立ち去ろうとする。

 「待ってマウロ。日々喜は居ないの?」
 「うん? 話してなかったか? 森で起きた事について、まだ聞取りが残っているそうだよ」
 「それなら前に、パルル達が来た時、全部話したのに」
 「ああ、今回は、違う人達だよ」
 「違う人達?」
 「日々喜に用があるのは、復興機関の人達だよ」

 オレガノは朧げな記憶を頼りに、イバラに駐在する憲兵とは、異なる制服を着こむ魔導士達の事を思い起こした。

 「心配しなくてもいい。時間が掛かるようなら、俺が後で迎えに行ってくるさ」

 マウロは、そう言うと、杖を突きながら宿舎を後にして行った。
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