ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

12話 忍び寄る影③

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 フォーリアムの館から、市街に向けて走る一台の馬車があった。
 その揺れる馬車の中で、日々喜は外をながめる様に窓に視線を送っていた。しかし、外を見る事は出来ない。馬車の中ではその窓にカーテンが引かれ、開く事が出来ない様に固定されていたのである。
 病み上がりでもあった日々喜は、朧げな頭の中で、引かれたカーテンに外の風景を映し出しているかの様に、呆っとした様子でながめていた。

 「体調は如何でしょうか?」

 自分の対面に座っていた人物が、突然話し掛けて来た。

 「え?」

 日々喜は、今までその存在に気が付いていなかったような反応を見せる。

 「風邪をひかれている。そのように聞いておりましたが」

 「ああ……、平気です。たまに、夜に熱が出る事があるんです。大した事じゃありません」
 「そうでしたか。私も季節の変わり目などに差し掛かると、唐突に体調を崩す事があります。きっと、この国のエレメンタルの流れに、体が慣れていないからでしょう」
 対面に座る黒髪の女性は、復興機関の制服を着ているものの、その容姿はどことなく日本的な風合いをかもしている。年齢は、日々喜よりも上だろうが、おかっぱ頭のその髪型が見ている者に幼い印象を与えて来るのであった。
 そして、その女性は型通りの挨拶をする中で、一切表情を崩さず、瞬きさえしていないのではないかと思えるほどに、日々喜の事を見つめ続けていた。

 「魔導連合王国の人では無いのですか?」

 日々喜は沈黙を恐れる様に、女性に尋ねた。

 「私は、長岐殿と同じく、東の国の生まれです。遠く離れたこの土地では、慣れない事、戸惑う事が多くありました。長岐殿も入国された当初は苦労された事でしょう」
 「ええ、まあ。でも、ここに居る人達は、皆優しくて、良くしてくれるので、戸惑う事は少なかったです」
 「それは、よろしゅうございましたね」

 おかっぱの女性は、日々喜の言葉聞いて薄く笑みを見せた。

 「申し遅れました。テシオ・テリコと申します。以後お見知りおきを」
 「長岐日々喜です。よろしくお願いします」

 日々喜はテリコの差し出された手を取って、その様に受答えた。

 「まあ、何て綺麗なお手てでしょう」

 日々喜の手を見つめながら、テリコはそう言った。

 「はあ……」
 「トウワ国の生まれともなれば、剣を習う機会にも恵まれた事でしょうが、長岐殿は剣士のお家柄に生まれた訳では無いのでしょうか?」
 「違いますけど」
 「ああ、そうなのですねー」

 テリコは日々喜の手を握ったままそう答えた。そればかりか、手の感触を楽しむ様に、撫で廻し始める。
 突然の行動に戸惑いを感じ、日々喜は思わず差し出した右手をテリコの両手の中から引っこ抜いた。テリコは残念そうにその右手を見送って行く。そして、気を取り直す様に話を続けた。

 「私は小さな時から剣を覚えさせられました。修練に費やした時間の割に、腕を上げる事はできませんでしたが、ほら」

 対面に座っていたテリコは日々喜の隣に移動し、自分の手の平を見せつけて来る。

 「私の手は、長岐殿に比べてこんなに硬い」

 テリコの日々喜に対する距離の詰め方は性急だった。ただそれだけの短いやり取りの中で、日々喜はテリコの事が苦手なタイプの人間だと理解した。

 「……そうですね。テシオさんは剣士の家の生まれだったんですね」
 「ええ、当然そうですとも。東の国の知識階層と言えば、殆どが剣士の家柄。まして、異国の技術である魔導に触れるなど、よっぽどの機会に恵まれて、尚且つそれを自分の手で勝ち取らねば、叶わぬ事だったのですから」

 テリコは日々喜の手を捕まえ、強く握りしめた。

 「長岐殿のお手ては、剣を握った事の無いお手て。まだ汚れを知らない、人を傷つけた事の無い、何も勝ち取った事が無い手です。……違いますか?」
 「……」

 答えに窮する。
 日々喜には、テリコの質問の意味も、その行動の意図も、まったく分からなかった。

 「良い、時代になりましたね」

 黙る日々喜の事を見つめ続けていたテリコが、話を継ぎ始めた。

 「……え?」
 「大戦の後、トウワ国ではすぐに制度の改革が行われました。家柄に依らず、皆が自由に学び、努力すれば望んだ職業に就く事が出来るようになったのです。それは、とても素晴らしい事だと思われませんか?」
 「そうですね。素敵だと思います」
 「私もそう思います。これも偏に、ツキモリ・コウイチの祖国に対する貢献があったからでしょう」
 「ツキモリ・コウイチさん? ご存じなんですか?」
 「ツキモリ一門を立ち上げた人物。東の国の生まれで、尚且つ魔導に従事する者なら、知らぬ者の方が少ないかもしれません。彼のお人は、この国で学んだ知識を祖国へと広めました。今や、トウワ国内の魔導に関わる全ての事柄は、ツキモリ一門と浅からぬ関係があるのです」
 「そんなにすごい人だったんだ……」

 日々喜は小さな声で呟いた。

 「しかし、得てして偉業というものは、成した者が生きている間には、正当な評価が下され難いものなのでしょう。せめて、故人の生きている間に大戦が終結していれば……、そう思わぬ日はございませんでした」

 そう言うと、テリコは故人を悼む様に顔を伏せた。
 日々喜はその様子を窺いつつ、そっと、テリコの手の中から自分の手を引き抜いて行く。

 「時に、長岐殿」
 「はい!」

 日々喜は咄嗟に自分の手を隠した。

 「こんな噂話を聞いた事はございませんか。ツキモリ・コウイチは、過去に良からぬ者との接触を計った事があると」
 「良からぬ者との接触?」
 「よからぬ者達は、外の世界よりこの地上へ落とされた存在。その持ち合わせる力は、この世界の法に縛られる事なく、混沌を生み出すと言われています」
 「はあ、そうですか」

 以前、ステーション内において、復興機関員であるミリアム・ブレアが話していた事だ。
 それは、ゴブリンの様なモンスター達が庇護を請うという、この世に存在しない者の事。魔導士達が、危険視する者の事である。

 「しかし、稀に。地上の者達に受け入れられ、定着する事がある。あるいは、自らが定着する領域を生み出し、この世界を拡張させて、新たなるルーラーとなるのです」
 「世界を、拡張させる?」

 テリコの話しに、日々喜はピンと来ていない様子で聞き返した。

 「拡張というのは、なにも土地に限る話ではありません。例えるのならば、それは、人の持つ営み、文化、習慣、種族、そして知識……。ありとあらゆるものを持って、彼らはこの世界を広げ、自らの定着の場を得ようとする。そして、ツキモリ・コウイチは、良からぬ者から叡智を授かったのです」
 「叡智……? 知識で世界を拡張する?」

 日々喜はついその様に呟いた。そしてすぐに、自分の呟いた言葉にどんな意味があるのかを考え始めた。
 それは土地ではなく、知識自体広がったと言う事。知の世界……?

 「いや、人の知る世界が、広がったって事か……?」
 「ええ、まさにその通りでございます」

  日々喜の呟きを耳に拾ったテリコはそう答えた。

 「ツキモリ・コウイチはよからぬ者の手を借りて、これまで知られていなかった事、誰も知らない世界へ踏み込んだのです」

 魔導士達が危険視するよからぬ者。それらと接触する事がどういう事なのか、まだ、日々喜に取って具体的では無い。しかし、コウミからよからぬ者として追い立てられた大叔父灯馬の旅の話しを聞かされていたから、それがこの世界に取って重大な禁忌に触れる事を何となく察する事が出来た。
 そして、考え続けていた日々喜の脳裏には、自分に忠告する灯馬の姿が過った。
 知らない世界、知らない事だからこそ慎重に、ゆっくり慣れる必要がある。
 灯馬のそう言った言葉が頭の中に残り、木霊し、日々喜の胸に不安を生んだ。

 「平気ですか、長岐殿?」

 先程までと変わらず、テリコはその顔に笑みを作りながら尋ねる。何故だかその能面の様な表情を見ていると、余計に不安を覚える気がして来る。

 「……平気です」
 「混乱するのも無理はありません。よからぬ者達は人を超越した存在。その行いは、我々の想像を遥かに超えているのですからね。そして、その叡智をツキモリ一門が引き継ぎ、トウワ国に広めたと言う話です」

 そこまで言うと、テリコは何かを思い出したと言う仕草を取った。

 「おお、そう言えば、長岐殿のお師匠様は、トウワ国の魔導士であられると聞いておりますが……、ツキモリ一門との御関係が?」
 「良く、知らないです」
 「知らない……? ほう、ご自身のお師匠の経歴を知らないと……」

 探られている。
 日々喜がそう察したのは、あまりにも遅すぎる状況になってからであった。そう理解させるかの様に、テリコは日々喜の事を見据えながら、クスクスと声に出して笑っていたのだった。

 「長岐殿は嘘のつけない性格なのですねぇ。そう言えば、この国に来てから戸惑う事が少なかったと話されていましたが……」

 日々喜は怪訝な表情でテリコの事を窺った。

 「それは嘘です。慣れない事をされるものではありません。直ぐに分かりました。貴方が嘘をついていると」
 「……嘘じゃない」
 「そうですか? ですが、私達は驚きました。なにせ、この魔導連合王国では、私達の祖国、東側にある国とは真逆に、太陽が西から昇るのですから」
 「何を、そんな、でたらめな事を」

 テリコの言葉は、日々喜の頭を混乱させた。

 「戸惑っておいでなのですね長岐殿。この国に来たての私達の様に。無理も無い事です。ですがその様子、今までご存じでは無かった? ひょっとして、長岐殿はまだ、トウワ国に足を運んだ事が無いのでしょうか?」

 続けざまに話すテリコのセリフは、最早、どれも白々しいものにしか、日々喜には聞こえて来ない。
 日々喜はテリコの事を無視しようと、無理やり考えに没頭しようとする。

 「太陽が西? 毎日、東から昇ってるじゃないか……。東側からは真逆って、じゃあ、トウワ国からは、魔導連合王国の有る方角から日の出を見るって事なの? そんな事、そんな……」

 トウワ国は、魔導連合王国とデーモンの森を挟んだ最も近い国。そう聞いている。
 仮に、太陽が魔導連合王国の有る西から昇るのだとすれば、東側の国々で、最も早く日の出を見るのはトウワ国になる。……だから、トウワ? ダイワ国の東隣にあるから、トウワ国? いいや、関係ない。ありえない事だ。

 「日々喜。どうか落ち着いて」

 テリコは再び、日々喜の手を取り落ち着かせようと、耳元で囁く様に話し掛けた。

 「安心して。ここでの話は誰にも聞かれてはいない。そして、私は誰にも話す気は無い。私と、貴方だけの秘密にしましょう」

 テリコの熱い吐息が日々喜の耳元に掛かる。

 「テリコは、貴方の味方で居たいのです」

 束の間、ゾッとした。
 日々喜は恐る恐るそちらへ顔を向ける。
 テリコと目が合った。

 「……御免!」

 見つめ合う中でその沈黙を破り、テリコは馬車の中で日々喜の事を押し倒した。

 「ひえぇ!? やだ、止めて! 止め……、て?」

 日々喜の身体に圧し掛かる様にしていたテリコは、そのまま、何をするでもなく、日々喜の胸元に顔を埋め続けていた。

 「永らく待ち望んでいたのです。異国の土地で身を窶し、我らに叡智を授ける者が現れる事を。これは、テシオ一門の悲願。再起を賭ける我々の願い」

 そう言うとテリコは上体を起こし、日々喜の顔を見つめた。

 「貴方の支配を受け入れたい。親和性を高め合いましょう」

 ゆっくりと、その顔を日々喜の下に近づけて行った。

 「!!!!?!!??!????」

 二人の唇が重なりそうになり、日々喜の頭はパンク寸前になった。その時、

 「母様……、一体、何を……?」

 馬車のドアを開け、そこに佇む一人の女性が、馬車の中で倒れ込む二人に話し掛けた。

 「キャア! ハニイ!? 何を覗いているのです! いけない子!」

 取り乱しつつも乱れかけた衣服を直し、テリコはハニイの事を𠮟りつけた。

 「ハッ!? も、申し訳ありません。ご返事が無かったもので。……その、目的地に着きましたが」
 「そ、そうですか。ご苦労様でした。では、降りましょうか、日々喜」

 テリコは気を取り直し、何事も無かったかのように、馬車を降り立った。
 静まる事の無い動悸を抑える様にして、日々喜はその様子を茫然とながめていた。
 「さっさと来い!」

 ハニイがそんな日々喜の胸ぐらをつかむと、無理やり馬車の中から引きずり出した。
 そこは、暗い建物の中らしく、開け放たれた大きな扉から差し込む光によって、室内に置かれた機械設備の様な物が目に入る。どこかの工場だろう。

 「乱暴をしてはいけませんよ、ハニイ。日々喜は私達に取って、とても大切な方なのですから」
 「はい、母様」

 ハニイは、日々喜の胸ぐらから手を放す。

 「とは言え、受け入れて頂くには、時間も必要でしょう。一先ずは、安全な場所で貴方の事を保護いたします」
 「け、結構、です」

 日々喜は震えるほどの声でそう言った。

 「そう仰らず。事が済み次第、直ぐにお迎えに参りますので、どうか暫しの間、この場所で辛抱してください。日々喜」

 テリコはそう言うと、踵を返して工場を後にして行った。

 「奥だ。さっさと、歩け」

 ハニイは、日々喜の肩を小突き、工場の奥へ進む様に促した。
 二人の向かった先には、板と鉄格子を組み合わせたような、簡易的な牢屋が、幾つも用意されていた。
 暗いその場所では、ちゃんと確認する事は難しかったが、その内の幾つかの牢屋には、既に何某かの生き物が捉えられている様だった。
 ハニイは、その牢屋の一つに日々喜を押し込むと、しっかりと鍵をかけ始めた。
 天井の低いその牢屋は、日々喜が立ち上がっただけで、頭が擦れそうになる。

 「言っておくがな、貴様!」

 鍵をかけ終えたハニイが、鉄格子越しに、凄味を利かせた声色で日々喜に話し掛け始める。

 「母様は取り乱されている。何をか言わんが、その……。普段は、もっと冷静なのだ。だから、……だから、あまり、調子に乗らない事だな!」
 「……わ、若い、お母様ですね……」

 日々喜は、視線を逸らしながらそう答える。ハニイの視線が突き刺さる様な思いがしたのだ。

 「くっ、コイツ……」

 鉄格子を挟む二人の間に、何とも気まずい空気が流れた。
 ハニイは何か言いたげに、その場に佇む。しかし、適切な言葉が思い浮かばないのか、しどろもどろとした感じで、身振り手振りで言いたい事を伝えようとする。日々喜は必死で空気を読む様にカクカクと首を縦に振り続ける。
 やがて、居た堪れなくなった様にハニイはその場を後にした。
 日々喜は立ち去る者の後姿を見送り、ほっと胸を撫で下ろした。
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