ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

13話 それぞれの将来①

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 日々喜が帰って来ない。そうなって二日の時が過ぎた。
 屋敷に出入りする者なら、疑問を抱き始める頃だろう。そうであるにもかかわらず、フォーリアム一門の見習い達は普段と変わらずに過ごしていた。
 彼らは、連日、様子を見に行っていたマウロとローリから、日々喜がステーションに留まらなければならなくなったと聞かされていたのである。
 しかし、当日の段階で、日々喜が帰って来ない事に気が付いたマウロは、激しく動揺していた。なぜならば、イバラの憲兵達でさえ、ステーションに向かったはずの日々喜の存在を把握していなかったからである。
 誘拐。目的がさっぱりだが、その様な言葉がマウロの脳裏に浮かび始めていたのだった。
 この二日間、マウロ達のそんな様子を見ていた見習い達は、恐らく日々喜の事を気に入っているフェンネルのご機嫌を損ねない為に、屋敷とステーションの間を奔走しているのだろうと、勝手な想像を膨らましていた。
 そんな二日目の晩の事。研究室の一室を貸切るチョークが、持ち寄った機材によって、コーディネートの製図を作成していた。

 「綺麗ー。チョークが書いたの?」

 仕事をするチョークを傍らでながめていたオレガノが話しかける。

 「そうさ。全部あたし一人で考えて、描いたんだ」
 チョークは、少し自慢げに話した。
 「こう言うのは、魔導士がやるもんじゃないのか?」
 「そうだけど。あたしは学院も出てるし、簡単な設計ぐらいなら一人でこなせるのさ」

 オレガノと同様に、自分の傍らに立っていたキリアンの方へ、チョークは首を向けて答えた。

 「凄いんですね。やはり、将来的には魔導士の資格を取得されるんですか?」
 「どうかな、あたしはコーディネーターだから、魔導士の資格は必要ないし。まあ、気が向いたらね」

 今度は、少し離れたところに座っていたリグラの方を向きそう答えた。

 「水を温めて……、回転力を加える。なるほど、こりゃ単純な作りだな」
 「まあね。でも、コーディネートは金属に直接模様を施すから、設計が終わってからが結構骨なのさ」
 「魔導だったらチャートに構成式を書き込むだけなんですけどね」
 「そうだけど、コーディネートは魔導が使えない人間にだって扱えるんだから。作るのは大変な分、扱うのは簡単なんだよ」
 「あ! ここ間違ってるわよチョーク」
 「あー、うるさい! 分かってるよ。そこは、日々喜にも指摘されたし」

 見習い達は、チョークの設計するコーディネートの制作に興味津々であった。その為、研究室が他にも開いているにもかかわらず、同じ研究室内で研究会を開いたのであった。

 「見ていてくれて構わないけどさ。こっちは、仕事でやってるんだから、話し掛けないでくれよ」
 「はーい、ごめんなさーい」

 オレガノはチョークに謝ると、キリアンと共にリグラの元に戻って行った。

 「日々喜が指摘したって? 彼はコーディネートを見て正誤を判断したんでしょうか?」

 チョークに話し掛けるなと言われた為、リグラは戻って来た二人にそう尋ねた。

 「さあね。イバラのジオメトリーを読み込んどけば、それぐらいできるだろう。あいつが、どんだけ時間を掛けて研究してるか、あんただって知ってるだろ?」

 キリアンの答えにリグラは納得した。
 「日々喜はこのまま、イバラの魔導士になるのかしら? そうだったら、私嬉しいわ」
 オレガノはそう言いながら、勝手に楽しい想像を膨らませた。

 「ならねえだろ」
 「あら、どうしてキリアン?」
 「あいつの置かれてる現状を考えて見ろよ。可哀そうに、お嬢様の奴隷だぜ。俺だったら御免だね。魔導士になる為に一端トウワ国に帰って、そのままこんな田舎とはおさらばさ」
 「キリアン、言い方。気を付けてください」

 リグラが横から注意した。

 「日々喜はフォーリアムのお屋敷で働いてるだけよ。魔導士として自立したら、お屋敷勤めも改めるわよ」
 「どうかなー。マウロの様子を見ただろ? たった二日居なくなっただけで、あんなに慌ててる。相当、お嬢に急き立てられてるんだ。手放すはずないって」
 「そんな事ないと思うけど……」

 オレガノは、日々喜が来てからのフェンネルの様子を思い起こした。体調が戻ってからというもの、挨拶回り等の仕事へ出掛ける際には、必ず日々喜を同行させている。
 奴隷とまでは言わないものの、少し日々喜を酷使し過ぎている様にも思えて来た。

 「お嬢様は、少し寂しがられているだけなのではないでしょうか? クローブ様が亡くなられて、それ程、日が経った訳じゃありませんし。お父様も、お仕事で領外へ出られたままですし」
 「まあ、どうだっていいさ。あいつの将来は、あいつが決める事だし、俺達が口挟んだり、勝手に考えたりする事じゃない。それでもって、俺達はあいつがいない間も研究会を進めておかなくちゃな」

 リグラとキリアン達の話を聞いていたオレガノに、電撃的に良いアイデアが降って湧いた。

 「そうだわ!」

 突然、大きな声でそう言いながら、オレガノは座っていた椅子から立ち上がった。
 キリアンとリグラは驚いたようにオレガノに注目する。仕事中だったチョークも、舌打ち交じりに横目でそちらを見た。

 「寂しい思いをされているのなら、私達が楽しませてあげるのよ」

 オレガノの奇抜なアイデアについて行けていない。そんな様子で、リグラはシバシバと瞬きしながら彼女の顔を見続けた。

 「私達って、まさか俺も入ってるのか?」

 キリアンはあからさまに嫌な顔をする。

 「当然でしょ! キリアンだって同門の魔導士見習いなんだから」

 同門の奴なら他にもいるだろ、などと項垂れながらキリアンは呟いた。

 「具体的に何をやるんですかオレガノ?」

 リグラはオレガノに恐る恐る質問をする。滅多な真似をするようなら協力はできないし、オレガノ自身も止めなければいけないと考えたからだ。
 それに対して、オレガノは非常に良い思い付きをしたかのように、ニコニコと笑顔を向けている。

 「お嬢様にも研究会に参加していただくのよ。そうすれば、気兼ねなく私達もお話しできるでしょ」
 「正気ですかオレガノ? 私、緊張してしまいますよ」
 「平気よリグラ、お嬢様は優しい人だし、教え方だって上手なんだから」

 そういう意味ではないと、リグラは目でオレガノに訴える。彼女にして見れば単なる研究成果の発表会が、領主の娘が参加するだけで、実力試験の様に重みのあるものに変わってしまう気がしたのだ。

 「お嬢は魔導士だぞ。見習いの研究会に顔は出さないだろ」
 「だから、監督する立場として参加してもらうの。お願いすれば聞いて下さるわ。きっとね」

 領主の娘に研究会の監督をお願いする。
 それを聞き入れてもらえるのだとしたら、不躾な真似は決して許されない。そればかりか、同じ学院を卒業したキリアンの話を聞く以上、天才と思しきフェンネルの前で、生半可な研究成果を見せれば、きっと呆れられてしまうに違いない。
 リグラは、屋敷内で何度も顔を合わせたフェンネルの姿を頭の中に描いた。
 そして、自分の研究内容に落胆するフェンネルの姿を想像した。

 「リグラ・ドール、貴方ときたら学院を優秀な成績で卒業したと言うのに、研究内容はてんで幼稚なのね。一年余りも学院に籍を残したと言うのに。一体これまで何をして来たのか、私には理解できないわ」

 自分の想像したフェンネルが、容赦なく自分を貶す事を言い始め、思わず顔を青くした。

 「フェンネル・フォーリアムに監督をさせるか……、面白そうだな、オレガノ。ただ、言い出しっぺのお前が頼めよ。俺はそこまで協力はしない」

 リグラは驚いたようにキリアンへ視線を送った。

 「あ、あの、キリアン、オレガノ。本当に大丈夫でしょうか? 研究会とは言え不躾な所を見せたら、最悪、館を追い出されるような事なんて……」
 「リグラは心配性ね。平気だったら」
 「こいつの言う通りさ。見習いの研究会に参加した時点で、向こうだって割り切る。魔導士はそういう者だ」

 不安は払拭できずにいたが、それでもその場はオレガノとキリアンに言いくるめられ、リグラはそれ以上何も言わずにいた。

 「じゃあ、決まりね! 明日、私がマウロに相談してみるわ」

 話しが纏まると、三人は研究会を再開して行った。
 その間にも、リグラの青い顔は治る事はなかった。研究会が終わった後でさえ、少し肩を落としながら、機材を持つキリアンについて、トボトボと研究室を後にして行った。
 研究室に残るオレガノ。
 黙々と仕事に励んでいるチョークの様子を黙って後ろから見つめていた。
 そこから暫くすると、チョークは一通りの作業を終えたのか、持っていたペンをテーブルに置き、椅子に座った状態で背伸びをした。

 「終わった?」
 「ん? ああ、設計図はもう少し。今日はここまでさ」
 「お疲れ様」
 「あんたらもね」
 「何だか、不思議だわ。一年前まで、私達は同じ学生だったのに。チョークは、もう、コーディネーターとして、道具を一から作っているのね」
 「目をかけてもらってるのさ。特別扱いって訳じゃないよ。あたしは、小さい時から沢山の人にお世話になって来た。早く一人前になってクレレ商会とツキモリ一門の皆に恩を返したい。その気持ちを理解してもらえたんだ」
 「ツキモリ一門?」
 「クレレ会長の娘さんの一門。魔導士をやっててさ、あたしみたいな孤児を沢山面倒見てた。学院にまで入れてくれたんだ」
 「そうだったんだ……」
 「話したろ? あたしが孤児だって事はさ」

 オレガノは頷く。

 「チョーク。偉いね。私は、最近自分の専門が決まったばかりなのに」
 「何言ってんのさ。あんたは、未来の魔導士様で、あのフォーリアム一門の見習いだろ。偉いかどうか何て、今判断する事じゃない」
 「うん……。私、頑張るの。イバラを代表する魔導士になって、皆の事を守れる魔導士になる。そう決めたのよ」
 「そう。それで、髪を切ったんだ……」

 僅かに首に掛かる、オレガノの短い髪の端を撫でながら、チョークはそう言った。オレガノは微笑み返す。後悔は一切して無いようだった。
 オレガノらしい。
 向こう見ずで一途、その性格のおかげで、自分の様な四つつ耳の人間にも、分け隔てる事無く付き合いを続けていた。周りから何と言われようと、オレガノはオレガノが正しいと思った事を突き進んで行くのだ。
 学生時代と変わる事の無い、微笑みを浮かべるオレガノの事を見つめながら、チョークはそう思った。

 「あんた、相変わらずなんだね。学生の時から、こうと決めたら突っ走る」

 オレガノは照れ笑いを返した。

 「褒めてないよ。さっきの話を聞いてたけど、少しは周りの意見も聞いた方がいいって事。あんたが頑張んのは勝手だけどさ、振り回される方は堪ったもんじゃないんだから」
 「リグラの事を言っているのねチョーク。でも、お嬢様だったら大丈夫よ。ちょっと失敗しても、優しく手直ししてくれるはずだから」
 「私はフォーリアムのお嬢様の事なんて、人伝に聞いた事しか知らないよ。多分、あんたの言う通り、優しくて立派な人なんだと思うけど、普通に考えたら世話になってる領主の娘って事になるんだろ? だったら、緊張しちゃうリグラの気持ちの方が私は分かるよ」
 「緊張は私だってするわ。でもそう言うのは直ぐに慣れるものでしょ」
 「違うよオレガノ。そういうんじゃなくて。あんたは周りを振り回した後に、そいつらを置いてっちまってるって事だよ」
 「私が……、皆を置いて行ってる?」
 「学院にいた時からそうだったよ。魔導の才能がピカ一だったあんたの事、皆最初はチヤホヤしてた。でも、直ぐに圧倒されて離れて行くんだ。あんたはそれを引き留めもしなかっただろ?」
 「……」
 「自覚無かったんだ。最低だねオレガノ」
 「……チョークは私の事、そういうふうに感じていたのね」
 「あたしは、コーディネーターだから。学生の時から、あんた達とは違う道を行くと決めてた。あんたに特別嫉妬した事なんて無い。……一度も無いさ。だけど、同じ道を歩んだ奴らは、そんなあんたにムカついてかも知れないよね」
 「私、酷い事しちゃった。ごめん、チョーク。ごめんなさい」
 「あたしの事はいいったら。それに、あんたに付いて回る奴ら、比べたがりの連中が泣きを見る様は見てて笑えたし、スカッとする事もあったから。……あんた一人が謝る事じゃないよ」
 「私、どうしたらいいかな?」
 「気を付ければいいんじゃない? これから先はさ。もっとリグラと話しして、リグラの言ってる事、ちゃんと聞いてあげればいいと思うよ。同じ一門の見習いなんだからさ」
 「分かった、そうするわ。チョークありがとう!」

 オレガノが、チョークに感謝の抱擁を返した。

 「うわ!? や、止めなよ、もう! そういうの嫌いなんだから!」

 チョークは照れながら、抱き着くオレガノの事を引きはがした。
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