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第二章 奪い合う世界
14話 それぞれの将来②
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機材を片付け終えたキリアンとリグラが倉庫から出て来る。
外は相変わらず、光る靄の様なものが、満月程の明るさを地上に届けていた。
キリアンはランタンを地面に置き、倉庫の扉の鍵を閉めようと懐を弄り始めた。リグラはその背後で、キリアンの背中を見つめている。
「キリアン、フェンネルお嬢様の件ですが……」
リグラが話しかけた。
「貴方もオレガノも、お嬢様の実力を良くご存じなのでしょう?」
「さあね、俺は学生の頃のお嬢しか知らないな」
扉に鍵を掛けながらリグラに顔も向けず、キリアンはぶっきら棒に答えた。
「研究会へ参加されるなら、私もお嬢様の実力を把握しておきたいのです。……その、心の準備ですよ」
鍵を掛けつつ、首だけをリグラの方に向け、キリアンはその表情を窺った。
リグラは、俯き加減に地面に視線を落とし、キリアンが答えるのを待っていた。
扉の施錠が完了した事を確かめると、キリアンはリグラの方を向き直り、倉庫の扉に背を預ける。そして、少し考え込んだ後に口を開いた。
「そうね……、俺と同じ時期に入学して来たけど、当初からあいつの才能は注目されてたよ。三年間、俺と同じ特進クラスで勉強して、フェンネルは賢者会の支持を得て、特別に修練課程の履修が認可されてた。だから、あいつは卒業と同時に魔導士試験を受けて、そのまま魔導士になって行った。一五歳でさ」
二人の間に置かれたランタンが、風の影響を受けるでもなく、ユラリと大きく揺れた。
「俺が在学していた時期は、特に才能に溢れた奴らが集められてた。ちょうど東西南北と中央領域から一人ずつ、飛び抜けた奴が入って来たのさ。フェンネルはその一人だ」
それでは、フェンネルの他に後四人も同等の才能を持った者がいるという事だ。リグラは、自分の見識の狭さを思い知らされた気分がした。
「他人の言う事なんてあてにはならない。目で見るまでは俺も納得できない所があった。けど、あいつらは普通じゃない。化け物さ」
キリアンは、学院に所属している頃見せつけられたその才能の片鱗をリグラに語って聞かせた。
通常の円盤ではなく、球体状に展開された立体的魔法陣。空を飛ぶ鳥よりもはるか上空、何を目標に作り出したかさえ定かではない魔法陣。そして、内容を見てさえいないのに他人のアトラスを自分の物のであるかのように扱い、容易に魔導を行使する様。
キリアンの言う通り、その話はどれも魔導の常識という以前に、人の能力を超えているとしか思えないと、リグラには聞こえた。
「俺の言ってる事なんて当てにしなくたっていいさ。あんたも直ぐに目の当たりにする事になるんだからな。きっとイヤになるぜ、リグラ。……っと」
キリアンはそう言うと、自嘲気味な笑みをこぼし、思わず自分の口元を手で押さえた。
実力差がある事等リグラは承知している。
今、目の前にしているキリアンでさえ、王立魔導学院を卒業している以上は、自分より才能を持っている事は確かだ。世間擦れした性格もあってか、新しい環境でも直ぐに溶け込み自身の研究に打ち込んでいる。
そして、オレガノだ。数度に渡って開かれた研究会。それらを通して、リグラは彼女の才能の高さを知った。型にはまらず、瞬時に巨大化させた水晶の生成。一日で習得しかけた魔法陣の引き絞り。
自分の専門を見出したオレガノは、これから水を得た魚の様に、リグラの事を追い越して行くに違いない。
うらやましいと思える事柄は、全て性格や才能のせい。持って生まれた大きな違いであって、同じ事をしようとするのなら、人並み以上の努力が必要になる。そして、自分と周りの人間との差を埋める唯一の手段が、その努力だけだと考えていたのだ。
だから、リグラは辛かった。
これまで、決して表に出さなかったが、自分の研究内容を他人に見せるのが辛かった。他人の研究内容を見る事が苦しくてならなかった。
「キリアン、貴方は、どうして……」
どうして、化け物と呼ぶような人と、同じ学び舎で学ぶ事ができたのか?
どうして、そのような才能を目の当たりにして、未だに魔導士を目指す事ができるのか?
どうして、貴方はフェンネルの居るイバラ領に来る事が出来たのか?
聞きたい事が一斉に奔出し、上手くまとまらない。リグラは二の句を継げないまま、キリアンの顔を見続けた。
「……自分の為さ」
「自分の為?」
「そうさ、俺は自分の為に魔導を修めてる。自分の為に魔導士になるんだ」
自分の為に魔導士になるという意味が、リグラにはいまいち分からなかった。以前のリグラであれば、自己中心的な答えだと反論したかもしれない。しかし、彼自身が持つ力強さの秘密が、今はそこにあるように思えてならなくなっていた。
「身勝手だって言いたいか?」
「え……、いいえ」
考えを見透かされた様な質問にリグラは思わず否定してしまう。キリアンはその反応を見て苦笑した。
「魔導は人の営みを栄えさせる為にある。あんたもそう習っただろ? 俺もそうさ。でもな、俺達に同じ事を唱えた連中は、俺達の成績や才能ばかりを評価してる。そんな所に三年も属していたら、俺だって自分の成績ばかりを気にし始めるようになるんだ。そんな時に、何の因果かあんな連中と競い合う事になっちまった。……嫌になっちまったよ。阿保らしくて、馬鹿らしくてさ。もうどうにもならないと思って、そのままどこか遠くに行こうかと考えたんだ」
リグラは黙って聞きいる。キリアンの体験が、今の自分が考えている事とどれだけ共通しているかを確認しながら。
「そんな時にさ、ある人に言われたんだ。魔導は貴方の為にあるって。魔導は人の心を繋ぎ合わせる。悩みや苦しみを消し去り、本当の意味で争いを地上から消し去る事ができる。そういう力だと信じているって。俺より年上なのに、子供みたいな事を言う奴だと思った。でも、それを聞いて俺は……」
キリアンは、鼻を擦る様に手を運んだ。何気ない行動の裏には、僅かに降って湧いた気恥ずかしさを隠そうとする思いがあった。
「俺もそう信じる事にした。だから、信じた自分の為に魔導士になりたいんだ」
リグラはキリアンを見つめ続けている。
これまで、自分が抱いた思いが氷解して行く気がした。そればかりか、キリアンのその仕草を見ていると、なぜだか鼓動が高まり全身に熱いものが巡り始めてくる気がした。
「キリアン……」
「おう」
キリアンは、恥ずかしそうにリグらの方を見る。
対称的にリグラは冷静な程に無表情であった。意図的にそのような表情を作っているわけでは無い。彼女なりに混乱していたのだ。しかし、何らかの糸口を掴んだ思いが確かにあった。
リグラはキリアンとの出会いから、今日に至るまでの事柄を思い返し、そして、何気無い一言を漏らした。
「……クサイですね」
つい、普段言われ慣れた、悪口の意趣返しが口に出た。
「な!? クソッ!」
キリアンはそう吐き捨てると、自身の頭を掻きながら視線を切った。リグラもハッとして自分の発言を取り繕い始めた。
「あ、いえ、すいません。そんなつもりでは……。その、とても参考になりましたよ。お嬢様はお嬢様、キリアンはキリアンなりの魔導士を志しているという事ですよね」
「さあね、自由に解釈すればいいだろ」
キリアンはそっぽを向いたままそう言った。
子供じみた感情表現の仕方を見て、リグラは笑いが込み上げて来るのを抑えようと必死になる。そして、自分でも気が付かぬ間に、先程まで感じていた不安は嘘の様に消え去っていた。
「と、ところでキリアン。そのある人と言うのは誰の事ですか? 同じ王立学院の方でしょうか?」
リグラは、へそを曲げるキリアンを宥めようと、話題を変えた。キリアンは視線を合わせぬまま、一言だけ言葉を発した。
「シェリル・ヴァーサ」
予想だにしない名前が飛び出し、リグラは驚いた。
キリアンはその反応を確かめる様に、リグラの方に向き直り、フンと鼻を鳴らした。
「知ってるだろ? 英雄の再来と言われた魔導士さ」
もちろん、リグラは知っている。
長く続いたトウワ国とダイワ国との戦争。魔導連合王国がトウワ国との同盟を結び、戦争に参戦する事を決めて、なお、長く続いた大戦と呼ばれた戦争。
そんな戦争に国を代表する魔導士、シェリル・ヴァーサが参戦する事を決めてから、僅か一年余りで終戦を迎えた。その功績を称えられ、彼女は英雄の再来と呼ばれるようになる。
遠い異国で戦果を挙げる彼女の存在は、リグラの様な世情に疎い地方の魔導士見習い達にとってさえ、その耳に届いている。そして、一部の見習い達にとっては憧れの的となっていたのだ。
「リグラ。ここに居た!」
驚きの覚めないリグラ。その背後から、駆けつけて来たオレガノ達が声を掛けた。
「ごめんなさい!」
「え?」
「さっきの事、お嬢様を研究会に参加させるって話し。私、一人で勝手に決めて、リグラの意見、全然聞けてなかった」
「ああ、その事ですか。もう、良いですよオレガノ」
「ダメよ!」
「え!?」
「ちゃんと、二人で話し合って決めるって、私は決めたのよ」
「はあ……」
リグラは困ったような表情を浮かべた。オレガノの傍らで、そのやり取りを見ていたチョークは、急な頭痛に襲われたかのように頭を抱え始める。
「俺は?」
キリアンがオレガノに尋ねた。
「キリアンは大丈夫」
「大丈夫ってなんだよ? って言うかお前、一度決まった事をわざわざ掘り返すなよ」
「決まって無いわ。リグラの意見をちゃんと聞いてから決めるんだったら」
「いや、それおかしいだろ。何で、俺抜きでもう一度決めようとするんだよ」
「キリアンは、お嬢様が参加するのは面白いって言ってたじゃない。だから、もう聞かなくても大丈夫なの。私はリグラと話をして、ちゃんと納得してほしいの!」
「へっ! そうかよ。じゃあ、この場に居ない、日々喜の意見も必要になるな。あいつの研究会でもあるんだから」
「もう! 日々喜は帰って来てないのに!」
二人の話しが熱を持ち始めた。チョークは間に入り、キリアンを宥めつつ、オレガノを止めた。
「悪い悪い、ちょっとこいつ舞い上がちゃって。……オレガノ、そう言う事じゃないだろ! ちゃんとリグラの意見を聞けって!」
「聞こうとしてるじゃない!」
「そう言う事じゃなくて、もう良いって本人が言ってたろ」
「ダメよ。ちゃんと聞かなくちゃ!」
「だからそうじゃなくて、ええっと、あれ? 何か訳分かんなくなってきちゃった」
チョークとオレガノのやり取りをクスクスと笑いながら見ていたリグラが、何かを察した様に漸く話し掛けた。
「ありがとう。オレガノ」
「リグラ?」
「私は、不安で堪らなかったんです。ですけど、キリアンとも話をしたので、もう大丈夫です」
「本当に?」
「はい! 私達の研究会に、お嬢様を向かい入れましょう」
「良かった! ありがとうリグラ」
オレガノがリグラに抱き着いた。
「訳分かんね。俺は先に戻るぞ」
キリアンはそう言うと、地面に置かれたランタンを拾い上げ、一人宿舎へと戻って行った。
「リグラ。キリアンとどんな話をしたの?」
「はい。ええっと……」
リグラはキリアンが話してくれた過去の出来事を答えて良いものか、迷う様にキリアンの背中を目で追った。
「……キリアンは、あのシェリル・ヴァーサに会った事があるそうなんです」
「シェリル? 英雄の再来?」
「はい。彼女に勇気付けられた話を聞かせてもらいました」
オレガノは目を輝かせた。そして、すぐさまキリアンの後を追い駆け始める。
「ちょっと待ってキリアン。私にも聞かせてよー!」
「何をだよ?」
「シェリルの話しよ! キリアンは会った事があるんでしょ?」
キリアンは余計な事をと言わんばかりに舌打ちした。
「聞かせて! お願い、キリアン」
「あー、もう! あんた人の事ばっかしかよ。お嬢にしろ、リグラにしろ、シェリルにしろ関係ないだろ? 見習いなんだから自分の為に、自分の研究に勤しんでりゃいいだろーが!」
「自分の為?」
「魔導のだよ。自分の専門決まったんだから、将来なりたいもんに向かって、研究にだけ励んでろよ」
オレガノは立ち止まり考え込む。
「どうかしたかよ?」
「キリアン、私……」
「あ?」
「……私、シェリルみたいな魔導士になりたいわ!」
「……はあ」
キリアンは呆れたような大きな溜息を吐いて、宿舎へと向かった。
「待ってキリアン。だから、聞かせてってばー」
そんなキリアンを追いかけ、オレガノは一層しつこく質問を繰り返すのだった。
宿舎へと向かう二人の背をリグラは見つめ続けた。
キリアンが意図したわけでは無いが、オレガノも自分の方向性を見出して歩き始めている。宿舎へと向かう目の前の二人と、それを目で追う今の自分との間にある差が、そのままの形で表れているような気がした。
しかし、その差を目の当たりにしながらも、リグラは不安を感じてはいなかった。
ここはもはや自分の居た学院ではない。そして、自分は学生ではなく修練生なのだ。評価を待つばかりではなく、自分から歩んで行かなくてはいけない。
二人の後を追う様に、リグラもまた宿舎へと歩き始めた。
「何か悪かったね。あたしがあいつを急き立てた所為で、面倒臭くしちまったかも」
リグラの後に続いていたチョークが話し掛ける。
「いいえ、そんな事は……。大丈夫ですよ」
「オレガノは、ああいう奴さ。自分に正直なだけで、悪い奴じゃないんだ。慣れるのに時間が掛かるだろうけど、よろしく頼むよ、リグラ」
「分かりました。私の方こそ、よろしくお願いします」
オレガノに対する言葉を思わずリグラは言ってしまう。チョークは、その言葉に苦笑を返した。
暗い中庭を春の夜風が行き渡り、宿舎へと向かうリグラの頬を優しく撫でる。
リグラはふと思った。
そう言えば、学院ではもう、卒業式を終えた時期か、別れを惜しみ合った学友たちも、これから先、自分と同じように修練課程へと進んで行き、自分と同じように歩んで行くのだろうか、と。
少しばかり、母校を懐かしむ思いに浸り込むのだった。
「リグラー。チョーク。早く戻りましょー」
先を行くオレガノが、後に続く二人に声をかけた。
「はい、今行きますよ」
リグラはそう言うと、少し駆け足だって宿舎へと入って行った。
外は相変わらず、光る靄の様なものが、満月程の明るさを地上に届けていた。
キリアンはランタンを地面に置き、倉庫の扉の鍵を閉めようと懐を弄り始めた。リグラはその背後で、キリアンの背中を見つめている。
「キリアン、フェンネルお嬢様の件ですが……」
リグラが話しかけた。
「貴方もオレガノも、お嬢様の実力を良くご存じなのでしょう?」
「さあね、俺は学生の頃のお嬢しか知らないな」
扉に鍵を掛けながらリグラに顔も向けず、キリアンはぶっきら棒に答えた。
「研究会へ参加されるなら、私もお嬢様の実力を把握しておきたいのです。……その、心の準備ですよ」
鍵を掛けつつ、首だけをリグラの方に向け、キリアンはその表情を窺った。
リグラは、俯き加減に地面に視線を落とし、キリアンが答えるのを待っていた。
扉の施錠が完了した事を確かめると、キリアンはリグラの方を向き直り、倉庫の扉に背を預ける。そして、少し考え込んだ後に口を開いた。
「そうね……、俺と同じ時期に入学して来たけど、当初からあいつの才能は注目されてたよ。三年間、俺と同じ特進クラスで勉強して、フェンネルは賢者会の支持を得て、特別に修練課程の履修が認可されてた。だから、あいつは卒業と同時に魔導士試験を受けて、そのまま魔導士になって行った。一五歳でさ」
二人の間に置かれたランタンが、風の影響を受けるでもなく、ユラリと大きく揺れた。
「俺が在学していた時期は、特に才能に溢れた奴らが集められてた。ちょうど東西南北と中央領域から一人ずつ、飛び抜けた奴が入って来たのさ。フェンネルはその一人だ」
それでは、フェンネルの他に後四人も同等の才能を持った者がいるという事だ。リグラは、自分の見識の狭さを思い知らされた気分がした。
「他人の言う事なんてあてにはならない。目で見るまでは俺も納得できない所があった。けど、あいつらは普通じゃない。化け物さ」
キリアンは、学院に所属している頃見せつけられたその才能の片鱗をリグラに語って聞かせた。
通常の円盤ではなく、球体状に展開された立体的魔法陣。空を飛ぶ鳥よりもはるか上空、何を目標に作り出したかさえ定かではない魔法陣。そして、内容を見てさえいないのに他人のアトラスを自分の物のであるかのように扱い、容易に魔導を行使する様。
キリアンの言う通り、その話はどれも魔導の常識という以前に、人の能力を超えているとしか思えないと、リグラには聞こえた。
「俺の言ってる事なんて当てにしなくたっていいさ。あんたも直ぐに目の当たりにする事になるんだからな。きっとイヤになるぜ、リグラ。……っと」
キリアンはそう言うと、自嘲気味な笑みをこぼし、思わず自分の口元を手で押さえた。
実力差がある事等リグラは承知している。
今、目の前にしているキリアンでさえ、王立魔導学院を卒業している以上は、自分より才能を持っている事は確かだ。世間擦れした性格もあってか、新しい環境でも直ぐに溶け込み自身の研究に打ち込んでいる。
そして、オレガノだ。数度に渡って開かれた研究会。それらを通して、リグラは彼女の才能の高さを知った。型にはまらず、瞬時に巨大化させた水晶の生成。一日で習得しかけた魔法陣の引き絞り。
自分の専門を見出したオレガノは、これから水を得た魚の様に、リグラの事を追い越して行くに違いない。
うらやましいと思える事柄は、全て性格や才能のせい。持って生まれた大きな違いであって、同じ事をしようとするのなら、人並み以上の努力が必要になる。そして、自分と周りの人間との差を埋める唯一の手段が、その努力だけだと考えていたのだ。
だから、リグラは辛かった。
これまで、決して表に出さなかったが、自分の研究内容を他人に見せるのが辛かった。他人の研究内容を見る事が苦しくてならなかった。
「キリアン、貴方は、どうして……」
どうして、化け物と呼ぶような人と、同じ学び舎で学ぶ事ができたのか?
どうして、そのような才能を目の当たりにして、未だに魔導士を目指す事ができるのか?
どうして、貴方はフェンネルの居るイバラ領に来る事が出来たのか?
聞きたい事が一斉に奔出し、上手くまとまらない。リグラは二の句を継げないまま、キリアンの顔を見続けた。
「……自分の為さ」
「自分の為?」
「そうさ、俺は自分の為に魔導を修めてる。自分の為に魔導士になるんだ」
自分の為に魔導士になるという意味が、リグラにはいまいち分からなかった。以前のリグラであれば、自己中心的な答えだと反論したかもしれない。しかし、彼自身が持つ力強さの秘密が、今はそこにあるように思えてならなくなっていた。
「身勝手だって言いたいか?」
「え……、いいえ」
考えを見透かされた様な質問にリグラは思わず否定してしまう。キリアンはその反応を見て苦笑した。
「魔導は人の営みを栄えさせる為にある。あんたもそう習っただろ? 俺もそうさ。でもな、俺達に同じ事を唱えた連中は、俺達の成績や才能ばかりを評価してる。そんな所に三年も属していたら、俺だって自分の成績ばかりを気にし始めるようになるんだ。そんな時に、何の因果かあんな連中と競い合う事になっちまった。……嫌になっちまったよ。阿保らしくて、馬鹿らしくてさ。もうどうにもならないと思って、そのままどこか遠くに行こうかと考えたんだ」
リグラは黙って聞きいる。キリアンの体験が、今の自分が考えている事とどれだけ共通しているかを確認しながら。
「そんな時にさ、ある人に言われたんだ。魔導は貴方の為にあるって。魔導は人の心を繋ぎ合わせる。悩みや苦しみを消し去り、本当の意味で争いを地上から消し去る事ができる。そういう力だと信じているって。俺より年上なのに、子供みたいな事を言う奴だと思った。でも、それを聞いて俺は……」
キリアンは、鼻を擦る様に手を運んだ。何気ない行動の裏には、僅かに降って湧いた気恥ずかしさを隠そうとする思いがあった。
「俺もそう信じる事にした。だから、信じた自分の為に魔導士になりたいんだ」
リグラはキリアンを見つめ続けている。
これまで、自分が抱いた思いが氷解して行く気がした。そればかりか、キリアンのその仕草を見ていると、なぜだか鼓動が高まり全身に熱いものが巡り始めてくる気がした。
「キリアン……」
「おう」
キリアンは、恥ずかしそうにリグらの方を見る。
対称的にリグラは冷静な程に無表情であった。意図的にそのような表情を作っているわけでは無い。彼女なりに混乱していたのだ。しかし、何らかの糸口を掴んだ思いが確かにあった。
リグラはキリアンとの出会いから、今日に至るまでの事柄を思い返し、そして、何気無い一言を漏らした。
「……クサイですね」
つい、普段言われ慣れた、悪口の意趣返しが口に出た。
「な!? クソッ!」
キリアンはそう吐き捨てると、自身の頭を掻きながら視線を切った。リグラもハッとして自分の発言を取り繕い始めた。
「あ、いえ、すいません。そんなつもりでは……。その、とても参考になりましたよ。お嬢様はお嬢様、キリアンはキリアンなりの魔導士を志しているという事ですよね」
「さあね、自由に解釈すればいいだろ」
キリアンはそっぽを向いたままそう言った。
子供じみた感情表現の仕方を見て、リグラは笑いが込み上げて来るのを抑えようと必死になる。そして、自分でも気が付かぬ間に、先程まで感じていた不安は嘘の様に消え去っていた。
「と、ところでキリアン。そのある人と言うのは誰の事ですか? 同じ王立学院の方でしょうか?」
リグラは、へそを曲げるキリアンを宥めようと、話題を変えた。キリアンは視線を合わせぬまま、一言だけ言葉を発した。
「シェリル・ヴァーサ」
予想だにしない名前が飛び出し、リグラは驚いた。
キリアンはその反応を確かめる様に、リグラの方に向き直り、フンと鼻を鳴らした。
「知ってるだろ? 英雄の再来と言われた魔導士さ」
もちろん、リグラは知っている。
長く続いたトウワ国とダイワ国との戦争。魔導連合王国がトウワ国との同盟を結び、戦争に参戦する事を決めて、なお、長く続いた大戦と呼ばれた戦争。
そんな戦争に国を代表する魔導士、シェリル・ヴァーサが参戦する事を決めてから、僅か一年余りで終戦を迎えた。その功績を称えられ、彼女は英雄の再来と呼ばれるようになる。
遠い異国で戦果を挙げる彼女の存在は、リグラの様な世情に疎い地方の魔導士見習い達にとってさえ、その耳に届いている。そして、一部の見習い達にとっては憧れの的となっていたのだ。
「リグラ。ここに居た!」
驚きの覚めないリグラ。その背後から、駆けつけて来たオレガノ達が声を掛けた。
「ごめんなさい!」
「え?」
「さっきの事、お嬢様を研究会に参加させるって話し。私、一人で勝手に決めて、リグラの意見、全然聞けてなかった」
「ああ、その事ですか。もう、良いですよオレガノ」
「ダメよ!」
「え!?」
「ちゃんと、二人で話し合って決めるって、私は決めたのよ」
「はあ……」
リグラは困ったような表情を浮かべた。オレガノの傍らで、そのやり取りを見ていたチョークは、急な頭痛に襲われたかのように頭を抱え始める。
「俺は?」
キリアンがオレガノに尋ねた。
「キリアンは大丈夫」
「大丈夫ってなんだよ? って言うかお前、一度決まった事をわざわざ掘り返すなよ」
「決まって無いわ。リグラの意見をちゃんと聞いてから決めるんだったら」
「いや、それおかしいだろ。何で、俺抜きでもう一度決めようとするんだよ」
「キリアンは、お嬢様が参加するのは面白いって言ってたじゃない。だから、もう聞かなくても大丈夫なの。私はリグラと話をして、ちゃんと納得してほしいの!」
「へっ! そうかよ。じゃあ、この場に居ない、日々喜の意見も必要になるな。あいつの研究会でもあるんだから」
「もう! 日々喜は帰って来てないのに!」
二人の話しが熱を持ち始めた。チョークは間に入り、キリアンを宥めつつ、オレガノを止めた。
「悪い悪い、ちょっとこいつ舞い上がちゃって。……オレガノ、そう言う事じゃないだろ! ちゃんとリグラの意見を聞けって!」
「聞こうとしてるじゃない!」
「そう言う事じゃなくて、もう良いって本人が言ってたろ」
「ダメよ。ちゃんと聞かなくちゃ!」
「だからそうじゃなくて、ええっと、あれ? 何か訳分かんなくなってきちゃった」
チョークとオレガノのやり取りをクスクスと笑いながら見ていたリグラが、何かを察した様に漸く話し掛けた。
「ありがとう。オレガノ」
「リグラ?」
「私は、不安で堪らなかったんです。ですけど、キリアンとも話をしたので、もう大丈夫です」
「本当に?」
「はい! 私達の研究会に、お嬢様を向かい入れましょう」
「良かった! ありがとうリグラ」
オレガノがリグラに抱き着いた。
「訳分かんね。俺は先に戻るぞ」
キリアンはそう言うと、地面に置かれたランタンを拾い上げ、一人宿舎へと戻って行った。
「リグラ。キリアンとどんな話をしたの?」
「はい。ええっと……」
リグラはキリアンが話してくれた過去の出来事を答えて良いものか、迷う様にキリアンの背中を目で追った。
「……キリアンは、あのシェリル・ヴァーサに会った事があるそうなんです」
「シェリル? 英雄の再来?」
「はい。彼女に勇気付けられた話を聞かせてもらいました」
オレガノは目を輝かせた。そして、すぐさまキリアンの後を追い駆け始める。
「ちょっと待ってキリアン。私にも聞かせてよー!」
「何をだよ?」
「シェリルの話しよ! キリアンは会った事があるんでしょ?」
キリアンは余計な事をと言わんばかりに舌打ちした。
「聞かせて! お願い、キリアン」
「あー、もう! あんた人の事ばっかしかよ。お嬢にしろ、リグラにしろ、シェリルにしろ関係ないだろ? 見習いなんだから自分の為に、自分の研究に勤しんでりゃいいだろーが!」
「自分の為?」
「魔導のだよ。自分の専門決まったんだから、将来なりたいもんに向かって、研究にだけ励んでろよ」
オレガノは立ち止まり考え込む。
「どうかしたかよ?」
「キリアン、私……」
「あ?」
「……私、シェリルみたいな魔導士になりたいわ!」
「……はあ」
キリアンは呆れたような大きな溜息を吐いて、宿舎へと向かった。
「待ってキリアン。だから、聞かせてってばー」
そんなキリアンを追いかけ、オレガノは一層しつこく質問を繰り返すのだった。
宿舎へと向かう二人の背をリグラは見つめ続けた。
キリアンが意図したわけでは無いが、オレガノも自分の方向性を見出して歩き始めている。宿舎へと向かう目の前の二人と、それを目で追う今の自分との間にある差が、そのままの形で表れているような気がした。
しかし、その差を目の当たりにしながらも、リグラは不安を感じてはいなかった。
ここはもはや自分の居た学院ではない。そして、自分は学生ではなく修練生なのだ。評価を待つばかりではなく、自分から歩んで行かなくてはいけない。
二人の後を追う様に、リグラもまた宿舎へと歩き始めた。
「何か悪かったね。あたしがあいつを急き立てた所為で、面倒臭くしちまったかも」
リグラの後に続いていたチョークが話し掛ける。
「いいえ、そんな事は……。大丈夫ですよ」
「オレガノは、ああいう奴さ。自分に正直なだけで、悪い奴じゃないんだ。慣れるのに時間が掛かるだろうけど、よろしく頼むよ、リグラ」
「分かりました。私の方こそ、よろしくお願いします」
オレガノに対する言葉を思わずリグラは言ってしまう。チョークは、その言葉に苦笑を返した。
暗い中庭を春の夜風が行き渡り、宿舎へと向かうリグラの頬を優しく撫でる。
リグラはふと思った。
そう言えば、学院ではもう、卒業式を終えた時期か、別れを惜しみ合った学友たちも、これから先、自分と同じように修練課程へと進んで行き、自分と同じように歩んで行くのだろうか、と。
少しばかり、母校を懐かしむ思いに浸り込むのだった。
「リグラー。チョーク。早く戻りましょー」
先を行くオレガノが、後に続く二人に声をかけた。
「はい、今行きますよ」
リグラはそう言うと、少し駆け足だって宿舎へと入って行った。
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