ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

文字の大きさ
73 / 113
第二章 奪い合う世界

30話 よからぬ者キュプレサス・ラッルー③

しおりを挟む
 「何の話をしているんでしょうか?」

 タマリと名乗る客人と、外庭の柵を挟んで、コウミは頻りに話をしている。遠巻きに見ている見習い達には、その話の内容は分からなかったが、度々、声を荒げるコウミの言葉がこちらにも聞こえて来ていた。
 やがて、話しが済んだのか、コウミは見習い達を呼び寄せる様に手招きした。

 「よく聞けお前達。森によからぬ者が出た」

 そばに来た見習い達にコウミはそう言った。

 「よからぬ者!? そんな、後継者がいるのにどうして?」

 コウミの言葉に驚く中で、リグラがそう言った。

 「後継者はまだルーラーになってない。ルーラーの居ないこのイバラ領を狙って来たんだ」

 先日起きた森での火災。モンスターの出現。マジックブレイカーとの諍い。これまで起きた全ての事が、このイバラ領が荒れ始めている事を証明している。領域を収める為に、空席となっている玉座を狙って外の世界からよからぬ者が来たのだろう。

 「イバラを狙う……。大変です! 直ぐにステーションに報告しないと!」
 「待てよ、リグラ。それよりも、よからぬ者が本当に出たのか確かめないと」
 「キリアン。貴方何言ってるんですか! 確かめるって、見にでも行く気ですか?」

 キリアンの言い分に、リグラは怒った様にそう言った。そんな二人のやり取りを脇に、オレガノが一歩前に進み出る。

 「コウミ師匠さん。よからぬ者が出たのは本当ですか?」
 「ああ。こいつが森で見たと言ってる」
 「そちらの人はイバラの人じゃないですよね。一体誰ですか?」

 コウミはタマリに目配せした。
 すると、柵越しに佇んでいたタマリが、頭に被っていたボロキレを取って見せた。
 若い雌のゴブリンでもあるタマリ。その肌は艶やかに輝き、額や鼻、頬から顎先に掛けて隆起した筋肉が覆う様についていた。そして、陽の光を惜しみなく吸収する為に、岩肌にびっしりと張り付いた苔の様に青々としていた。
 タマリはオレガノの事を見据え、笑みを作った。長く鋭く伸びた二本の犬歯が口元から顔を覗かせ、見ている者には愛嬌を越えた恐怖心を植え付けて来る。

 「モンスター……。オレガノ、柵から離れて!」

 タマリの顔を確認したリグラが、慌てた様子でオレガノの手を引き柵から遠ざけようとした。
 見習い達の反応を見て、タマリの表情から笑みが消えた。

 「こいつは敵じゃない。この領域で生まれたイバラのゴブリン。お前達と同じく、後継者を信奉している」

 両者の間に立つコウミが口を挟んだ。モンスターが自分達と同じ、そう言われて見習い達は混乱した様子だった。

 「さもなければ、ここに助けを求めには来ないだろう」

 コウミは見習い達の様子を見て、そう一言付け加えた。

 「モンスターが、人間に助けを求める……?」

 コウミは頷くと、タマリに話をするよう促した。

 「私達、この森に住むゴブリン。卑しいモンスターです。住処求めて、この土地に来たです。人間の様に成りたくて、森に営み築いたです。でもそれ、ゴブリンには無理。出来ない事です」

 タマリはそう言うと、自分の背後に広がる茂みへ合図を送った。すると、その茂みの中から、数匹のゴブリンの子供達が顔を出した。タマリは子供達を抱き寄せ、声を震わせながら懇願した。

 「た、……助けてください。よからぬ者、自分の営みを押し付ける。私達、支配しようとする。私達、耐える事が出来ない。助けて」

 目の前にするモンスター。イバラ領を騒がせている張本人であり、自分達は仮にもそのイバラの営みを守る魔導士だ。直ぐにでも、タマリの事はステーションに報告すべきなのだろう。しかし、柵の外で膝を着き、祈る様に訴えるタマリの姿を見ていると、直ぐにでも手を貸してやりたいと言う気持ちが広がって来た。

 「よからぬ者の支配から逃れる為、行き場を失ったゴブリン達が数匹。そいつらをここに入れるかどうかお前達が決めろ。信用できなければ、ステーションとやらに報告すればいい」

 迷っている見習い達にコウミがそう言い放った。

 「どうして私達に?」
 「お前達が人間だからだ。……このイバラの。俺は口を挟まない」

 人間とゴブリンの間の問題など、これ以上は関りを持ちたくない。コウミはそんな思いで言ったつもりだった。

 「入れましょう! 今はこんな時だもの。彼女達をよからぬ者と一緒にはさせられないわ」

 しかし、コウミの言葉に後押しされる様に、オレガノは自分の決断を言葉にした。他の見習い達は驚いた様にオレガノの事を見つめた。

 「同じ敷地にモンスターをですか!? 駄目ですよオレガノ。ステーションに報告するべきです」
 「そんな事したら、この子達は檻の中に閉じ込められちゃう。可哀そうだわ」
 「可哀そうって……」

 リグラはゴブリン達の方を見た。タマリの丸太の様な腕によって、小さなゴブリンの子供達を抱きしめている。幼気な子供達は、柵を挟んでいるとは言え、異なる種族の自分達を前にしながら恐ろしさを感じている様子を見せない。ただ、不思議そうにリグラの顔を見返していた。

 「……それならせめて、お屋敷に伝えてからにしましょう」
 「いや、リグラ。今はあのグスターヴの奴が目を光らせてる。屋敷の人間に伝えるなら、国家警察の耳にも入るって考えた方がいいよ」

 チョークがそう言った。

 「そんな、じゃあどうすれば……」

 リグラが悩ましい思いで、言葉を詰まらした。その時、キリアンがタマリの前に進み出て尋ねた。

 「ゴブリンのあんたはどうなんだ? こっちに入れた後で、俺達の言う事に黙って従う事が出来るのか?」
 「従う。私達、逆らう事、しない」
 「俺達の気が変わって、ステーションに報告する事になったらどうする? あんたやその子達は檻の中に入れられるんだ。後から話が違うって、暴れたりしないか?」
 「しない! 絶対に、しない」
 「じゃあ、証拠を見せろよ」
 「ショ、ショウコ?」
 「暴れない保証をしろ。俺達人間に、逆らわない証を見せてみろよ」
 「何をすれば……」
 「東の国の剣士達に取って、剣はアトラスと同じくらい大事な物だと聞いた事がある。トウワ国との同盟を結ぶ時、剣士は剣を、魔導士はアトラスを外し、会談に臨んだ。つまり、歩み寄りさ。モンスターのあんたは、爪と牙を剥いで来るんだ。さもないと、俺はあんたを信用しない」

 キリアンの残酷な意見に、その場の空気が凍り付く。キリアンは意に介さない様にタマリの事を見つめ続けた。

 「……分かった」

 タマリはキリアンの言葉にそう答えると、抱き寄せていた子供達を遠ざける。そして、自分の左手の親指に生える分厚い爪を指でつかみ、引き剥がして見せた。
 タマリは痛みで顔をしかめる。しかし、声一つ上げる事は無かった。躊躇の無いその行動を見て、キリアンは身体を怯ませた。

 「止めて! やらなくていい!」

 オレガノが飛び出し、柵から手を伸ばしてタマリの両手を掴んだ。タマリの親指から赤い血が滴っていた。

 「ごめんなさい。貴方はこんな事しなくていいの。私がここに入れてあげるから」

 オレガノはそう言うとキリアンの方を睨みつけた。

 「キリアン、分かったでしょ。二度とこの子達を追い詰める事を言わないで!」
 「あ、……ああ」

 キリアンはタマリの行動を見て、言葉を無くしていた。

 「リグラもチョークもお願い。この子達をここに入れてあげて」

 オレガノはそう言うと、ポケットから取り出したハンカチをタマリの親指に結び、止血を施した。

 「人間。お前は確か……」
 「オレガノよ。私がここで貴方達を守ってあげる」

 自分の手を握るオレガノの顔を間近に見て、タマリは初めて日々喜に出会った時の事を思い出した。

 「ありがとう。オレガノ。本当に、ありがとう」

 日々喜がその時そうしてくれた様に、タマリもオレガノの手に自分の手を添え、小さく感謝の言葉を述べた。

 「人が来る前に入れてやれ」

 黙って見ていたコウミは、一通りのやり取りが済んだところでそう言うと、軽々と柵を飛び越えた。

 「ここの庭は広い。静かにしていれば見つかる事も無いだろう」

 コウミはタマリにそう言った。

 「コウミ殿。どこへ?」

 タマリが尋ねた。

 「よからぬ者を見に行く。どうしてもこの目で確かめておきたい事がある」
 「確かめる?」
 「人に求められながらも、姿を見せようとしない後継者達。ひょっとすれば、そいつらよりずっとルーラーに相応しいかもしれないだろ」

 コウミの言葉にその場に居る者は全員驚いた表情を浮かべる。

 「それはいけない。あれは、よからぬ者。ルーラーには後継者がなるべき」

 タマリはすぐさま、コウミの考えを否定した。

 「タマリよ、自分の運命を人の手に委ねた以上、お前達にルーラーを選ぶ権利はない。お前はもう、イバラの事に口を挟むな」
 「コウミ殿、しかし……」
 「心配するな。俺にだって決める権利はない。ただ、見定めておきたい。それだけの話だ」

 コウミはそう言うと、森の奥へと向かおうとした。

 「コウミ師匠、私も行きます! 連れて行ってください!」
 「何?」

 コウミは足を止め、オレガノの方を振り向いた。

 「選ぶのがイバラの人間なら、私が見に行かなくちゃいけない。私は、このイバラで生まれた魔導士だから」
 「小娘風情が何を言って――」
 「俺も行く!」

 キリアンがコウミの言葉に割り込んだ。

 「興味本位じゃないぜ。俺だって魔導士だ。自分の目で見て、何が起きてるのか自分で判断したい」

 キリアンとオレガノの発言を聞き、リグラは溜息を着いた。

 「もう、どうしてあなた達は何時もそうなんでしょう。危険を省みないにも程がありますよ」
 「リグラ……」
 「分かってます。止めてもどうせ聞かないんでしょ? だったら私も一緒に行きますから!」

 リグラの言葉にオレガノは喜ぶ。キリアンもやれやれと言った調子だ。

 「おい、ちょっと待て――」
 「私も行くよ!」

 再びコウミの言葉が遮られた。

 「チョーク!?」
 「だって、なんか変だろ。一人で残されるなんて。あんた達が行くんなら、私だって付いて行くさ」

 三人の見習い魔導士達はチョークを迎い入れる様に輪を作った。

 「俺の話を聞け! 誰が連れて行くと言った? 俺は一人でいく。お前達はここで――」
 「私、案内する」
 「何だと!?」
 「私達の事、助けてくれる人達。間違った判断、しない。そう信じてる。だから、私案内する」
 「タマリ、お前……」

 コウミは呆れたようにタマリの事を見た。

 柵を挟んだ四人は、タマリに礼を言うと直ぐに正門に向かって駆けだそうとし始めた。
 「くそ! 待てお前ら!」

 コウミが四人を呼び止めた。

 「いいか! 戦いに行くわけじゃない。様子見だ! 危険を感じたら直ぐに戻るからな!」
 コウミは連なる格子を両手で掴んだ。そして、唸る様な声を上げて鋼鉄できた柵を捻じ曲げる。そうして人が通れる程の隙間を無理やり作り上げた。

 「ここから出ろ! 俺から離れるなよ! さっさと行って、さっさと帰って来るんだ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...