ジ・エンドブレイカー

アックス☆アライ

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第二章 奪い合う世界

31話 よからぬ者キュプレサス・ラッルー④

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 コウミ達一行は、森の中をフォーリアムの屋敷から真西の方角へ進んでいた。コウミは一団の先頭を歩く。まるで、後から続いて来るタマリと見習い達を引率している様に、コウミは度々足を止め後ろを振り返った。しかし、後に続く者達を確認していた訳では無く、コウミは木々の合間から見えるフォーリアムの高い屋敷の方角を見つめていた。

 「ええ、じゃあ、タマリさんは零歳なんですか!?」
 「ここに来てから、生まれた」
 「こんなに大きな体をしているのに、成長の仕方が人間とは大分違うんですね」

 何度目かに振り返った時、リグラとタマリが話をする姿が視界に入った。

 「幾らゴブリンでも、こんなに成長が早いなんて聞いた事が無い。きっと、何らかの形で後継者達の影響を受けてたんだ」

 キリアンがリグラ達の会話に加わる。

 「ゴブリンの成長を促進させたって事でしょうか?」
 「どうかな? もう、同じゴブリンとは呼べない、新しい種族として進化したのかもしれない」
 「そんな事が……」

 リグラは失礼と知りつつ、タマリの事を上から下まで見渡し始める。照れたように笑みを見せるタマリからは、先程感じた恐怖心の様なものを与えられる事は無く、寧ろ親愛の情を示しているのだと理解できた。

 「何にせよ、あんたが俺達と同じく後継者を信奉していたってのは事実なんだろう。そうでなくちゃ、色々と説明がつかないからな」
 「後継者達、慈母ムラサメのお腹の中で守られていた。私、それ直ぐそばで見ていた。直接会う機会、無かったが、その存在は常に感じていた」
 「後継者もあんたの存在を感じていたんだ。歩み寄りって奴だぜ。……その指、痛むかい?」

 キリアンは、オレガノのハンカチが巻かれたタマリの太い指を見つめながら尋ねた。

 「あんたがマジで爪を剥ぐなんて思わなかった。俺も違う種族を前に、どう対応したらいいのか分からなかったんだ。……ごめんな、タマリ」
 「平気、もう、痛くない」

 タマリがそう言うと、キリアンは顔を伏せその丸い頭を掻いた。
 人とモンスターが歩み寄ろうとしている。タマリに何度も警告を発していたコウミにもそう見えた。しかし、同時にそれが歩み寄りの本質では無い事も理解していた。
 人間は最終的な決定権を集団に委ねる。個人の意思が尊重されるのは奇跡的な何かが起きた時だけ。弱々しいゴブリン達が、人の常識を覆す様な偉業を成さなければならない。そんな事は、ルーラーの手でも借りなければ、この世界では不可能な事だ。
 コウミは先を急ごうと、タマリ達から視線を切った。

 「あの、コウミ師匠」

 再び歩き始めようとした時、オレガノがコウミに話し掛けた。

 「日々喜の怪我の具合は、彼は平気でしょうか?」
 「……お前達は心配しなくていい。イバラの問題が片付く頃には、あいつも目を覚ます」

 心配する表情を浮かべていたオレガノは、コウミの言葉に少し安堵した様に表情を崩した。
 彼女を安心させる為にそう言った訳ではない。コウミ自身にも考えがあった。イバラ領のルーラーが定まらなければ、日々喜の怪我の具合は良くならないという考えだ。そして、後継者がこのまま姿を現さないのであれば、いっそよからぬ者を玉座に据えてしまえばいいと考えていた。

 「お屋敷に置いたままで平気なのでしょうか?」

 オレガノに続き、リグラがコウミに尋ねた。

 「何がだ?」
 「あの、実は、日々喜が居ない間に復興機関の方が尋ねて来たんです。日々喜は更生施設から抜け出した患者の一人だと話していました」
 「更生施設?」
 「倒錯の、病気の治療の為の施設です」
 「ああ……」

 コウミは日々喜が閉じ込められていた牢屋の事を思い出した。
 あれが、更生施設? 牢獄の間違いだろ。

 「倒錯は完治の難しい病気だと聞いてます。お屋敷に居るよりは、ちゃんとした施設に居た方がいいと思うんですが」
 「必要ない。たまにぼうっとしてるが、あいつは何も患っちゃいない。俺が目を離していた間、勝手に施設とやらにぶち込まれただけだ」

 コウミの言葉に見習い達は納得した様で、

 「そう言えばあいつ、しょっちゅうぼうっとしてるな」
 「話し掛けても返事をしてくれないとかありましたね」
 「外国から来たんですもの。きっと、戸惑っていたのね」

 と、口々に日々喜に対する意見を述べ始めた。
 森の中では、あれだけハキハキとしていたというのに。コウミは屋敷での日々喜の生活態度を窺い知り、小さく溜息を着いた。

 「ひょっとして、日々喜はデーモンの森から連れて来たんですか?」

 今度は、チョークがコウミに尋ねた。

 「あたしは攫われる前の記憶が無くて、クレレさんのお世話になった時は、そこが何処だか良く分からなくて、ぼうっとしていた事があるんです」
 「そうなのチョーク? それじゃあ、どこで生まれたかも分からないの?」

 オレガノの質問にチョークは頷いて答えた。

 「奴らは子供しか攫わない。日々喜は子供じゃ無いだろ?」

 コウミの言葉を聞き、見習い達は笑い出す。
 何が可笑しいんだこいつら?
 コウミはそう思いながらも、見習い達の反応に取り合う事無く先を急いだ。
 森の中を進み続けた一行。暫くすると、コウミが何かに気が付き、止まる様に合図を出した。全員が身を屈め茂みの中に隠れた。
 コウミの視線の先には全身黒一色の巨人達が数体たむろしていた。

 「コウミ殿、あれが、チャコール・ゴーレム。よからぬ者と一緒に、来た」
 「従属するモンスターか、イバラで生まれた新たな種族と言うわけだ」

 タマリの解説に、コウミは興味深げにチャコール・ゴーレム達の様子を窺った。巨人達は丸太を担ぎ、その場所に運び込み積み上げて行っている。何かの作業だろう。そして、積み上がった丸太の上には、年老いたゴブリンが一匹突っ立ち、ゴーレム達に指示を出す様に何か盛んにわめいている様子だった。

 「ワサビ? 何をしてるんだ、あいつ?」

 コウミがそう呟くと同時に、タマリがその場から飛び出して行った。そして、ワサビの下に駆け寄って行く。
 見習い達もタマリに付いて行こうとするが、それをコウミが止めた。

 「待てお前達。少し様子を見るんだ」

 タマリはワサビと話をしている。その声はこちらにまで聞こえて来ていた。

 「長老! 何をしてる!?」
 「おお、タマリか。見ての通りじゃ」

 ワサビは寡黙に働き続けるチャコール・ゴーレム達を指してそう言った。

 「より多くのチャコール・ゴーレムを生み出す為に、わしらは良質な木材を献上するのじゃ」
 「このゴーレム達、長老が従えているのか? 危険ではないのか?」
 「危険なものか! 我が支配者にして、この領域のルーラー。偉大なるキュプレサス様がわしに預けて下さった。従順なこの者達は、わしの命令に従っておるのじゃ」
 「長老、あんなものをルーラーなどと……。もう止めてくれ。ゴブリン皆、長老に従えても、よからぬ者には従えない」
 「タマリ! 愚かな事を言う出ない! お前まで、わしの言う事に逆らうと言うのか? ラッキョウの様に、氏族から追放されたいのか!」
 「長老……」
 「タマリよ。キュプレサス様は強大な力を持っておられる。その力の恩顧に与れば、わしらは漸く人間と対等な立場に立てるのじゃ。それだというのに、お主達は、その力を恐れるばかり! 思い出すのじゃ! 我が氏族が人間からどれだけ虐げられて来たかを! フクジンのよな若者達、ベッタラがどんな最後を辿ったのかを! ここで生き残る為には、強くあらねばならんのじゃ!」

 ワサビの言葉を聞き、タマリはその場で打ちひしがられた様に、がっくりと項垂れてしまった。
 遠巻きに話を聞いていたコウミは、その様子を見て取ると黙ったまま茂みから姿を現し、タマリ達の方へと歩いて行ってしまった。
 後に残された見習い達は、互いに顔を見合わせる。そして、一歩遅れるようにしながら、コウミの後に続いて茂みから身体を出した。

 「そこまでにしておけ、ワサビ。タマリは、力を恐れているのではなく、自分達の支配者として不十分だと言っているだけだ」

 コウミの言葉に、タマリとワサビがそちらに顔を向けた。

 「キュプレサス。それが、よからぬ者の名か。どこに行けば会える? 俺が見定めてやるよ」
 「これはこれは、コウミ殿か。あの大火から無事に逃れるとはさすがじゃ。しかし、何故人間を引き連れておられるのかの?」

 ワサビはコウミの後に続いて来た見習い達の事を舐めるように見渡しながらそう言った。

 「質問に答えろワサビ。キュプレサスとかいう奴はどこに居るんだ?」
 「ふーむ。教えてやらぬでもないが、それには条件があるのう」
 「条件? 何だ?」
 「キュプレサス様を自らの支配者として崇める事じゃ。寛大なる彼のお人は、人間もゴブリンも等しく支配する事を望まれておる。つまりは、コウミよ。これからは対等な者同士。まずはその口の利き方から改めてもらわねばのう」

 積み上げられた丸太の上で、殊更コウミ達の事を見下す様に、ワサビは自分の顎を撫で廻した。

 「……人が変わったか? よからぬ者の影響か、狂ったようだな。漬物風情が」

 ドスを利かせた様な強い口調でコウミは言い放った。
 直ぐそばに居た見習い達には、コウミの纏う空気だけが、重く、黒々としたものに変わって行くように感じられた。
 作業に当たっていたゴーレム達も、その異変に敏感に反応したように、担いでいた丸太を地面に置き、コウミ達の周りを取り囲み始めた。

 「待てい!」

 睨み合う両者を制止させる声が、その場に響いた。
 森の中から、ズシリズシリと大きな音を立て、一本の樹木が近づいて来るのが分かる。その樹木は他の木々とは異なり、尖がった頭を森の中から覗かせ、自らの意思で歩いているかのように、右へ左へと大きな音を立てる度に揺れていたのだ。
 やがて、自分の目の前に立つ木の事をその大きな巨体で押し退け、薙ぎ倒しながら姿を現した。

 「おお! 偉大なる我が支配者! 御自ら足を運ばれるとわ」

 ワサビはその大きな糸杉の化物を崇める様にそう叫んだ。
 化け物は、木々を身体で薙ぎ倒した事で枝葉が乱れてないかを確かめる様に自分の身体を窺っている。
 青々と全身に茂らせた木の葉っぱをまるで足下まで垂れ下がったスカートの様にはためかせ、汚れを落とすと、コウミ達の方へ向き直った。

 「フッフッフ。話は聞かせてもらった。このキュプレサス・ラッルーに会いたいとな。人間、森から逃れた種族にしては、なかなか豪気な奴。気に入ったぞ!」

 キュプレサスは自らの葉を巧みに操り、表情の様なものを作ってそう言った。

 「デカい……。だが、何だこいつは? 人型でさえないのか」

 微動だにせずキュプレサスと向き合っていたコウミが小さく呟く。

 「偉大なるキュプレサス様。この者達は下賤な人間。万物の霊長たるゴブリンの目から見れば、取るに足らぬ存在でございます。そのような者に直接声を掛けるなどと」
 「構わぬ! キュプレサスはどのような者であろうとも、平等に支配し、愛を注ぐと決めているのだ! ワサビよ、無用な口出しをするな!」
 「は! 申し訳ございませぬー!」

 キュプレサスに対して、ワサビはひたすら平伏している。コウミはじっとその様子を観察し続けていた。

 「さて、それでは、話をするとしようか、人間達よ」
 「そうだな……」

 コウミはそう言いながら、後ろに並ぶ見習い達の表情を横目で確認した。

 「その前に、少し間を貰えるか?」

 コウミの言葉にキュプレサスは眉をひそませた。

 「こいつがお前のデカさにビビって、もよおしちまったらしい」
 「え、あたしですか!?」

 リグラが、自分を指差すコウミに驚きの表情を返した。
 キュプレサスはメキメキという音を立てながら、ゆっくりと自分の胴体を曲げ、リグラに顔を近づけた。その表情はあからさまに不快感を表していた。

 「さっさと済ませて来い。見えない所でな。キュプレサスは綺麗好きなのだ」
 「す、すみません……」

 恐ろしい表情で睨まれ、リグラは素直に謝る事しかできなかった。コウミはそんなリグラと他の見習い達を押し込む様に、キュプレサスからは見えない森の中へ誘って行った。

 「ここらでいいか」

 木々や茂みに遮られ、こちらの姿は見えていない。コウミは枝葉の隙間からキュプレサス達の様子を確認しながらそう呟いた。

 「コウミ師匠さん! 酷いじゃないですか、皆の前であんな事言わなくても!」
 「リグラ、平気なの?」

 憤る様に訴えるリグラの事をオレガノは不思議そうに眺めていた。リグラは少し顔を赤らめた。

 「大丈夫ですよ! 少し驚きましたけど、そこまでじゃないですから!」

 コウミはそんな二人のやり取りに聞く耳さえ持っていない。ずっとキュプレサスの事を観察し続けている。

 「想像以上だ……」

 コウミと共にキュプレサスを眺めていたキリアンがその呟きを聞きつけた。

 「何がっすか?」
 「……想像以上に、見込みがない。一目で分かった。あれはルーラーの、人の支配者の器じゃない」
 「見分けるコツ見たいのがあるんすか?」
 「ああいうのは直感で判断する。見たままの印象が重要だ。特に人型じゃない奴は、人との親和性が高まり難い。その所為か、無理やり自分の方を振り向かせようと、営みにまで干渉してくる奴がいる。あれやこれや、命令して来るんだ」

 コウミの言葉を聞いてキリアンは感心した様に、キュプレサスの事を観察した。オレガノとリグラ、チョークもキリアンに倣って、茂みから覗き込み始めた。
 先程まで自分達の居た場所では、媚びへつらう様にワサビがキュプレサスに話しをしている。

 「まったく、無礼な連中め! あれだけ身体が大きいというのに、連れ立たねば用も足せぬとわ! 精神の未熟な哀れな種ですじゃ!」

 ワサビは人間の事を貶していた。

 「ふーむ……」
 「キュプレサス様。人間を支配下に置いた暁には、しっかりとした教育を施さねばなりませぬ。ぜひその役目、我らゴブリンにお任せいただきたい」
 「ワサビよ、そんな事よりもこの森にはトイレは用立ててあるのか?」
 「ト、トイレ? 厠の事でしょうか? ありませぬが」
 「それはいかん! キュプレサスは綺麗好きでありたい。この森の健康を維持する為に、公衆衛生概念を持つのだ!」
 「コ、コ、コウシュウエイセイ?」
 「森の中にトレイを設置せよ!」
 「は、ははー! 直ぐに取り掛かりますー!」

 ワサビはすぐさま、チャコール・ゴーレムと共に森の中へと駆け出して行ってしまった。
 コウミも見習い達も、森の中に隠れながらワサビの行く手を目で追って行った。
 「知識に偏りがあるな。その所為か常識にも欠けてる。しかも、自分はそれを認めない。相当頭のイカれた奴だ。会話が出来たのが奇跡だな」

 コウミが呆れた調子でそう言った。

 「このまま帰るぞお前達。時間を無駄にした」
 「え!? いいんですか、あの人達、あのままにして」
 「放っておけ。俺達はよからぬ者を見定めに来ただけだ。後は、お前達が報告するなり好きにすればいい」

 コウミは屋敷に向かって歩き出した。

 「待ってコウミ師匠さん! タマリちゃん、置いてきちゃってる」
 「何? あいつ、付いて来なかったのか?」

 オレガノの言葉に、コウミは再度キュプレサスの方を確認した。
 タマリはキュプレサスから少し距離をとりつつ、コウミ達の居る森の中へ助けを求める様に視線を送っていた。
 キュプレサスはそんなタマリの事を不思議そうに眺めまわしている。どうやら、顔を隠す彼女の事をゴブリンとは認識していない様子だった。

 「空気の読めない奴だな。もう放っておけ」
 「そんな……、可哀想だわ」
 「一人で帰って来るだろ。あいつも一応、万物の霊長とやらの一人なんだからな」
 「もう、そんな事言って、置いて行けるわけ無いじゃない!」

 オレガノが一際大きな声でそう言った。

 「私が連れて来るわ。あの木の人、キュプレサスさんだって、会話が出来るなら私達の言う事も聞いてくれるかもしれないじゃない!」

 オレガノはそう言うと、茂みの中から飛び出し、タマリの方へと駆けて行ってしまった。他の見習い達も、慌てた様子でオレガノを追い駆けて行った。

 「俺は、さっさと帰りたいんだが……」

 コウミはフォーリアムの屋敷のある方角を眺めた。その場所は丁度、丘陵の低い盆地の様な場所になっているようで、遠く遥かに小さくなった屋敷の屋根が、木々の合間から僅かに顔を覗かせていた。

 「ガキ共の面倒を見る事になるとはな」

 コウミは溜息交じりにそう言うと、茂みから出て行った。
 キュプレサスは、身体を折り曲げ顔を近づけながら、しげしげとタマリの事を見つめている。

 「ふーむ。お前は何だ? ゴブリンしては大き過ぎる。チャコール・ゴーレムにしては小さすぎる。しかし、人間にしては……、ふーむ」

 タマリは、物も言わず、キュプレサスの視線から逃れる様に顔を背け続けていた。そこへ、駆けつけて来たオレガノが、タマリの事を守る様に抱き着いた。

 「戻りました!」

 オレガノに続き、他の者達も続々とその場に到着して来る。

 「むう、小用にしては随分時間が掛かったな? まあいい。キュプレサスは寛大でありたい。その程度の事は許してやろう」

 そう言うと、キュプレサスは折り曲げていた身体を再びメキメキと音を立てながら垂直に直して行った。

 「ようし……。それでは、話をするとしよう人間達よ」
 「あの、私達は――」
 「いや、待て! 分かってるぞ人間達。このキュプレサスの事を自分のルーラーに相応しいかどうか、見定めに来たと言う事は」

 もう帰る。そう言おうとしたオレガノの言葉を遮り、キュプレサスは話し始めた。

 「キュプレサスは賢くありたい。だからこそ、お前達の事はワサビから予め聞いていたのだ。先住の民であるお前達は、後継者達とこのキュプレサスを秤に掛けている。そうであろう?」
 「あの、それは――」
 「待て、待て! キュプレサスが話している!」

 キュプレサスは、その波打つ葉っぱを盛り上がらせ、腕の様に伸ばし、オレガノが喋ろうとするのを制止させた。すると、スカートの裾が引っ張り上げられる様に、根元の部分が顕わになる。キュプレサスの根は何時の間にか大地に根付いている様だった。
 キュプレサスが手を引っ込めると、引き上げられていた裾は元に戻り、根元を隠した。見習い達は不思議そうにその様子を眺め続ける。

 「良く聞くのだ人間。後継者達はルーラーに相応しくない。ゴブリンも人間も不安に駆られている。それだと言うのに、奴らは応えようともしなかった! 前任のルーラーの威厳に甘んじ、お前達人間が従順に付き従うものと考えているからだ! だが、キュプレサスは違う! 全ての者に寄り添い、新たなる世界へと導きたいと考えている! お前達からも不安を取り除いてやるぞ!」

 キュプレサスはそう言うと、両腕らしきものを高らかに突き上げた。再び葉っぱのスカートが捲れ上がり、根元から中腹の幹周りまでが顕わになる。
 それは、普通の木の幹だった。波打つ葉っぱに比べて普通過ぎる程に普通な木の幹だ。見習い達の頭の中では、丁度、太い丸太の上に緑の布が被さった様な全体像が想像できた。しかし、それならどうやってキュプレサスは歩いて来たのだろう。
 誰もがそう疑問を感じた。

 「あの、キュプレサスさん。あんたの身体、一体どうなってんの?」

 キュプレサスがその振り上げた腕を下ろした時、チョークが溜まらず質問をした。途端にキュプレサスは表情を強張らせた。

 「何故、お前達はキュプレサスの話を遮る」
 「え!? まだ、続くんですか?」
 「もちろんだ! キュプレサスは、真面目な話をしている。終わるまで、黙って聞いていろ!」

 キュプレサスはそう言うと、再び自分が如何にルーラーに相応しいかを演説し始めた。
 見習い達はその様子を暫く呆然と見つめ続けていた。

 「おい、何か可笑しな事になっちゃたぞ」

 キリアンが不安そうに言った。

 「困りましたね。何時まで続くんでしょう」

 リグラも頬杖を突く様に手を添えてそう言った。二人の話声が聞こえていても可笑しくないのに、キュプレサスは自分の演説に酔いしれる様にひたすら話し続けている。

 「コウミ師匠……」

 オレガノは助けを請う様にコウミに声を掛けた。それまで、ずっとフォーリアムの屋敷の方を見続けていたコウミがオレガノ達の方を振り返る。

 「ん、なんだ? 話し合いは終わったのか?」
 「それが、キュプレサスさんが話を聞いてくれなくなってしまって」

 コウミはキュプレサスの事を見上げた。

 「――キュプレサスは、人間とゴブリンを平等に扱いたい。全ての生命をチャコール・ゴーレムの様に従順な僕にしたいのだ。そこで、言う事を聞かぬ者達は、全て炉にくべて、新たなチャコール・ゴーレムとして――」

 碌でもない話をしているのが分かった。

 「……帰るぞ、お前達」
 「え、でも……」
 「言葉が通じるからと言って甘く見るな。こいつは外から勝手に来た。後継者達の様に召致された訳でも無くだ。初めから、自分に都合のいい言葉しか聞き取れない奴なのさ」

 コウミはそう言うと今度はタマリの方に向き直る。

 「タマリ、今度はちゃんと付いて来いよ」
 「コウミ殿、しかし、長老が……」
 「漬物は狂った。今日を限りに決別しろ!」

 コウミは踵を返し、屋敷の方へと歩いて行ってしまった。
 見習い達とタマリは、このまま立ち去ってもいいものかどうか窺う様に、キュプレサスの事を見た。キュプレサスは立ち去ろうとする者達の事など気にも留めずに演説を続けている。

 「さっさと来い、お前達!」

 コウミは全員を急かす様に怒鳴った。その場に居た全員は、キュプレサスを一人その場に残し、急いでコウミの後を追って行った。

 「――そうして行く行くは、この世界全てをキュプレサスが支配するのだ!」

 誰も居なくなったその場所で、キュプレサスの長い演説は漸く終わりを迎えた。そして、丁度のタイミングで、ゴーレム達を率いたワサビが戻って来る。

 「キュプレサス様ー!」
 「む? ワサビか、どうした?」
 「トイレの件でございます。森の中には如何程設置いたしましょうか?」
 「ふーむ……。百、いや、二百は欲しい所だが……」

 キュプレサスは悩まし気な呟きを漏らした。

 「おや? 人間達の姿がありませんが?」
 「何!?」

 ワサビの言葉にキュプレサスは周囲を見渡す。そして、漸くその場にコウミ達が居なくなっている事に気が付いた。

 「彼奴らキュプレサス様の支配を受け入れたのでしょうか?」
 「いいや、まだだ。奴ら、話しは済んでいないというのに……」
 「それでは、断りも無く中座したと!? 何と無礼千万な連中!」
 「おのれ……。話も聞けぬ野蛮な連中め。このキュプレサスが少し下手に出ただけで付け上がりおって」

 キュプレサスの葉が上へ上へと波打ち、嘗てワサビ達が目の当たりにした様な、緑色の炎の様な様相を呈した。

 「キュプレサスは舐められる訳にはいかない。誰からも尊敬されるルーラーになりたいのだ。その為には力を誇示しなくてはならない」
 「キュプレサス様……?」
 「生意気な人間を間引く。遺体は燃やし尽くし、チャコール・ゴーレムに変えてやる。このキュプレサスの前に跪き、頭を垂れ、支配を受け入れる者だけが、生を謳歌する権利があるのだ!」
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