【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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最終話

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「ラツィア、おはよう」

 聞こえた声に、私は薄く瞳を開いた。
 窓から差し込む陽光が眩しくて、ぎゅっと目を閉じると、優しい声が笑う。

「眩しいか、すまない」

 真っ白なカーテンが引かれて、ようやく瞳を開けて彼を見つめる。
 ジーニアス……私の伴侶となった彼は、優しく笑っていた。

「君が俺の妻になってくれてから、もう三十年か」

「もう……そんなに経つのね」

 上半身を起こせば、ジーニアスがそっと支えてくれる。
 もう齢五十を超える彼だけど、いまだに若々しさを残して力強い。
 対して私は、こうして身を起こすのもやっとだ。

 妃として働いてきた長年の苦労のせいか、私は一年前から寝たきりとなっている。
 とはいえ一つも辛くはない。
 こうして愛する伴侶に支えられて、私の幾人もの子供が看てくれている。
 不安も痛みもなく、ただ幸せだ。

「ごめんね、ジーニアス。こうして面倒をかけて」

「何言ってる、面倒なんていくらでもかけてくれ」

「ありがとう……」

「少し、昔話でもしようか」

 クドスの退位後、私はリエン地方を三年かけて復興させた。
 石鹸はジーニアスの国で大きく普及し、多くの利益を得た所で彼が迎えてくれて、伴侶となった。

 隣国ではジーニアスの手腕のおかげか、私の評判が広く伝わっており。
 私にそこまでの反発はなかったと聞く。

「君が来てから、我が国も、君のテオレル王国も大きく発展させてくれたね」

「ジーニアスがいたからこそよ」

 言葉通り、ジーニアスの伴侶となったおかげで私のやりたい事は一気に加速した。
 石鹸は広まり、湯浴みの文化も普及してる。
 たい肥や水の生産方法も広まり、私の住んでいたテオレル王国は王位が変わるという国の転換を乗り越えてなお、大きく発展した。
 
「なによりリエン地方だ。君の功績によって、今ではテオレル王国でも一、二を争う産業都市になっている。なのに街が綺麗ときて、我が国の貴族がいまだに視察に行くほどだ」

「ふふ、頑張ってきたかいがあったわ」

「あぁ、君の功績は残され。その背を見ていた住民は君を尊敬している。今も君がリエン地方に帰ってきたと聞いて、見舞いの品が届いているほどだ」

 寝たきりの私だが、リエン地方を見に行きたいと呟けば、ジーニアスが連れてきてくれたのだ。
 ほんの願いのつもりだったのに、こうして叶えてくれた事に感謝しかない。
 私は窓の外を見つめる。
 その視線に気付いてか、ジーニアスが私を横抱きして窓まで連れていってくれる。

「少し、恥ずかしいですね」

「はは。軽いものだ。外を見てみるといい、君が作り上げた景色だ」

 言われた通りに外を見れば、綺麗な街並みに感嘆の声が漏れる。
 あれほど汚かった街、街道にあふれていたゴミは一つもない。
 子供達が微笑んで行き交い、大人達が街道に植えられた植林に水をやっている。

 綺麗で、素敵な街並み。
 それを作り上げた事が、今は誇らしかった。

「綺麗ね」

「君のおかげだ」

「……ねぇ、ジーニアス。子供達を呼んできてちょうだい、それにレルクも」

「どうして?」

「分かるの、もう少しだって。だから……お願い」
 
 私の願いに、ジーニアスは少し悲しげに頷いて寝台に戻してくれる。
 そして彼が出ていき、少しして、慌てた足音と共に扉が開いた。

「お母様、ご無理はしていないですか?」
「母様……手を握っておりますから、私が傍におります」

 息子と、娘。
 ジーニアスと結婚してから産まれた二人の愛しい子。
 もう二十歳を超えている二人が、私の傍で涙目のまま手を握ってくれる。
 
「ふふ、二人が一緒で心強いわ」

「お母様……」

「泣かないで。私は幸せでいっぱいなのよ。こんなに……こんなに愛されて、皆が一緒にいてくれるもの」

 呟く言葉と共に、子供達が私の手をぎゅっと握る。
 すると小さな五歳ほどの子供が、寝台に眠る私の顔の傍へと花を置いた。

「おばあさま、だいじょうぶ? おみまいのおはな」

「ふふ、ありがとう……」

 息子の娘、つまり私の孫娘の気遣いに感謝する。
 あぁ……幸せだ。
 こんなに愛されて、どこにも不安などない。

「姉さん」

 もう意識は薄れていたけれど、その懐かしい声に瞳を開く。
 あんなに小さかったレルクが……今や立派な大人になって、自分の子供を抱いて私の傍に立つ。

「姉さん、聞こえる?」

「えぇ、レルク……」

「覚えてる? 姉さんがリエン地方に来て反発する僕に、その背中を見せて貴族としての姿を示してくれたこと」

「ふふ、あんなに小さかった貴方が……いまやこの大都市のリエン地方も治めるシモンズ公爵家当主なのね」

「姉さんの……おかげだよ」

 レルクも私の手を握って、その声を震わせる。
 薄く瞳を開けば、皆が泣きながら私の傍に集まってくれていた。

「僕は、いまでも姉さんの背中を見習って生きてるよ。ずっと姉さんは僕の憧れだ」

「貴方も娘ができて、もう立派なお父様なのだから。次はその子に背中を見せてあげて」

「うん……うん。姉さん。ありがとう……」
 
 あぁ、幸せだ。
 王妃時代はずっと、ずっと辛かった。
 だけど廃妃となって、頑張ってきた事が今こうして報われていると実感する。

 私の子供達や、弟のレルク。
 そして、私の夫でもあるジーニアスにこれだけ愛してもらって、何も思い残すことなどない。

「ラツィア」

「……ん」

 そっとジーニアスが、私の傍で呟く。
 もう瞳も開けなくて……意識がまどろんでいくけれど、彼の言葉だけはハッキリと聞こえた。

「愛している。君は偉大で、誇らしい妻で、多くの民を救った真の英雄だ」

「…………なら……よかっ……た」

「お疲れ様。いっぱい頑張ったんだ、ゆっくり休んで」

「そう……ね。少し、休むわ……ジーニアス」

 皆の泣いている声が聞こえる。
 でも皆、どうか、どうか悲しまないで。

 私はこれ以上ないほどに満足しているのよ。
 廃妃となって汚い世を変えるために奮闘してきた今までが、貴方達のおかげで報われた。
 誇らしくて、幸せなのだから。

「さよなら、みんな」

 自分の事は、自分が一番よく分かっている。
 これがきっと、最後だ。

 皆に看取られながら、私の長くも楽しくて、充実していた生は終わりを告げる。
 後悔など一つもなくて、幸せいっぱいで。
 たのしかった……

「さよなら、ラツィア」
「姉さん……」 

 ジーニアスや、レルク。
 そして子供達の声を聞きながら、私は意識を手放して、心地よいまどろみに身を任せる。

 さよなら。
 ありがとう……みんな。
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