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三章
97話 心の傷①
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「次の国が楽しみだね……シルウィオ」
「あぁ」
帝国を離れ、各国を旅行している私達皇帝一家。
いよいよ、最後の国となるのはレイル王国というアイゼン帝国の近隣にある国だ。
目立つ観光地は無く、平穏でのどかな国。
だが、私とシルウィオはその国へ向かうのが、旅行の一番の楽しみでもあった。
なぜか?
その国に、私とシルウィオが仲良くなったキッカケである、互いに大好きな物語を書いた作者がいる国だからだ。
思い出すたびに懐かしさがこみ上げる。
……私がシルウィオへ、面白い事を教えると渡した物語。あれから私達は中を深めたのだ。
「ようやく会えるね、先生に」
「……カティが興味あるのなら、良かった」
シルウィオは興味なさげだが、私は知っている。
ちゃっかり、自分も本を購入している事を。
「お父様! 嬉しそうだね!」
「ほんとだー!」
リルレットやテアも、シルウィオの様子を感じ取り声を上げる。
どうやら子供達も、シルウィオの無表情の裏にある感情が分かってきたようだ。
「俺は……別に」
「おとーたま、うれいーね?」
「っ……」
イヴァがハイハイしてシルウィオの膝上に座り、彼の頬をグニグニとする。
そんなことが出来るのはイヴァだけで、シルウィオはほのかに笑ってイヴァの頭を撫でた。
「そうだな、お前たちの言う通り。少し楽しみだ」
「相変わらず、素直じゃないね、シルウィオ」
「俺は……カティと一緒ならどこでもいいからな」
そんなやり取りをしつつ、道の途中で休憩をとる。
御者をしてくれていたグレインにもお礼を伝え、昼食を食べる。
その後、子供達は馬車の中でお昼寝をはじめ。
大人組が次の国へ向かうために地図を広げていた時だった。
「……グレイン、今日は元気がないの?」
「え?」
驚くグレインだけど、明らかに様子がおかしかった。
いつもはニコニコとしているのに、今日はずっと落ち込んだ表情を浮かべていたのだ。
心配しないはずがない。
「どうかしたの?」
「な、なんでもありませんよ。なにも……」
そう言いつつも、彼は何かを隠して視線を逸らす。
始めて見せるグレインの様子に驚きつつも、私は尋ねた。
「グレイン、私は何度も貴方に助けられてきたわ。だから……貴方が困っているなら、相談してね」
「……」
「なんでも言えばいい、俺が許そう」
不意に、黙っていたシルウィオがグレインへ言葉をかける。
彼も、グレインの様子を気にかけているのだろう。
「陛下…………心配させてすみません。すこし、過去の事を思い出したのです」
観念したように、グレインはポツリと呟く。
そして、抱え込んだ悩みを吐き出し始めた。
「今から向かうレイル王国に、会いたくない者がいるのです。といっても……相手は俺の事など覚えてもないでしょうけど」
そう言って、グレインは過去を語り始めた。
「あれは、俺が正式な騎士となった十八歳の時の話です」
◇◇過去◇◇
グレインside
「喜んでくれるかな……」
手に髪飾りを持ち、思わず声が漏れる。
店頭の商品を数十分も吟味する俺に、店主がため息を吐いた。
「お客さん。さっさと決めてくださいよ」
「そ、そうは言っても……相手は貴族令嬢で、それなりの品は選びたいんだ」
「お客様になら、何をあげても喜ばれますよ」
俺––グレインは今から幼馴染であるエリーと十年ぶりに再会する。
幼い頃はよく遊び、子供の頃の記憶の大半を共に過ごしていた女性だ。
彼女は、伯爵家の令嬢で俺は平民だった。
だからエリーの両親にとって、側に俺が居るのは疎ましかったのだろう。
八歳になる前には、俺達は引き離された。
しかし、互いに手紙は送り合う事は続けていた。
俺はその頃には、家庭を養うため騎士見習いとして勤めていた。
厳しい訓練の日々だが、エリーの手紙が届くたびに一喜一憂して……いつか会えると信じていた。
「緊張してますね。お客さん」
「十年振りなんだ……緊張もするだろう……」
手紙のやり取りだが、ここ数年は彼女からの返答は無かった。
だが、正式な騎士として就任した際に手紙が届いたのだ。
『誕生会を開くから来てほしい。会えぬ間も、ずっと貴方を想っていた』……と。
何度も読み直した手紙をまた開く。
文面を確認し、嬉しいと思う感情が沸き立つ。
十年という会えぬ期間、エリーが俺を想っていてくれていたのだ。
嬉しかった……俺も、同じ気持ちだったから。
「店主、これにするよ」
「はい」
悩み抜いた末に選んだのは銀色の髪飾り。
エリーの髪色によく似合うはずだ。
高価だが、騎士となった今なら手が出ない額ではない。
それに相手は伯爵令嬢、見栄を張りたい思いもある。
「ありがとうね、頑張って」
「ありがとう!」
店を出て、水たまりに映る自身の身なりを最終確認する。
服装は騎士団の隊服で良かっただろうか? ……もっと良い服の方が良かっただろうか。
自身の碧の瞳は、よくエリーが褒めてくれていた。思い出せば、会うのが今から楽しみだ。
気付けば、水面に映る顔が朱にそまる。
「着く前には、落ち着かないとな……」
十年ぶりの再会で、誕生会の贈り物が髪飾りでは重いだろうか。
女性関係に疎いせいで、自身の判断に迷う。
が……こんな時は勢いだと、騎士の先輩も言っていた。
「っし!」
迷いを振り払って向かい、彼女の待つ邸へと辿り着いた。
玄関扉を叩く前、傍の木々に身を隠して呼吸を整える。
……その時、屋敷から声が聞こえた。
「えー! エリー、本当に呼んだのー!?」
……エリー?
名前が聞こえ、悪いと思いつつ聞き耳を立てる。
「ええ、皆にも話したでしょ。グレインを呼んだのよ」
大人びているが、エリーの声だ。
聞こえてく他の声は、彼女の友人達だろうか。
「本当に、平民なんて呼んだの?」
「っ!!」
その言葉には明らかに棘が混ざっていた。
「エリーったら悪趣味ね、貴族の集まりに呼ぶなんて」
「あら、いいじゃない。グレインは顔がいいから、集まりの見栄えは劣らないわ」
「でも、貴族の会なんて、平民だから来ないんじゃない?」
「そう思って、手紙に書いておいたの。グレインを想っているってね。彼……昔から私のことを好きだったから」
途端、周囲からささやかな笑い声が聞こえる。
俺でも分かる、それは嘲笑だった。
「エリーはすでに婚約者がいるのに勘違いさせてるの? かわいそう~それとも本気?」
「冗談はよして、剣を握る野蛮な平民なんて好きにならないわ。ただ騎士として万が一にも爵位を下賜されるかもだから、縁は保っておかないとね」
「ふふ、腹黒ね?」
「貧しい平民が来るけど、笑わないでよね、みんな」
そこからの会話は、よく覚えていない。
ただ、チラリと木陰から見たエリーは、驚く程にきらびやかで。
身に着けている黄金の髪飾りを見て、あれだけ悩み購入した自身の銀の髪飾りが酷く粗末な品に思えてしまった。
彼女の傍にいる皆は、刺繡の入った高価な衣服で。
俺の隊服で混ざれば……どれだけ浮くのか容易に想像ができてしまう。
『貴族』と『平民』
思い上がっていた現実を知らされ、感じるのは羞恥と惨めな気持ち。
逃げ出すように、俺はひっそりとその場を去り、それから連絡をする事は無かった。
◇◇◇◇
……
「その経験もあり、俺は女性と話すのが少し怖いんです。裏で悪態を吐いていると想像して、手が震えて。……とはいえ、裏表のないカーティア様や、レティシア様は別ですが」
グレインは全てを話した後、悪くもないのに頭を下げた。
「すみません、こんな事を話して……」
グレインの口から語られる、胸が痛いほど辛い話。
当時、純粋な恋情を抱いていた彼がどれだけ傷ついたか、話を聞くだけで心が痛む。
「謝るのは私の方よ。ごめんなさい……辛い事を聞いて」
「い、いえいえ! いいんですよ、カーティア様! 俺はもう気にしてませんよ! 本当に! むしろ話してちょっと心が軽くなりました!」
そうは言いつつも、いまだグレインの瞳は悲し気であった。
「俺も悪いんですよ。大人になって打算的になった彼女と、いつまでも子供だった俺。互いの恋情の重みが違っていただけなんです」
「そんなことないわ、貴方は悪くなんてない!」
「……ありがとうございます! でも、本当に俺はもういいんです。今が充分に幸せですから」
グレインは、悲しみを消すようにいつもの笑みを浮かべた。
「エリーはレイル王国の貴族に嫁いだと聞いていたので、少し思い出してしまいました。ですが、もう気にせずに旅行を楽しみましょう! 俺もたらふく食べますよー!」
もう気にしないでくれと、グレインは何度も念押しをする。
そして……お昼寝から起きた子共達と遊び始めた。
彼は優しくて、頼りになって、本当に明るい人だ。
心の傷も、きっと一人で向きあい、折り合いをつけて幸せに過ごしているのだろう。
だけど、私達に……なにかできないだろうか。
私とシルウィオは、そんな答えのない問題を互いに問うように、視線を合わせた。
「あぁ」
帝国を離れ、各国を旅行している私達皇帝一家。
いよいよ、最後の国となるのはレイル王国というアイゼン帝国の近隣にある国だ。
目立つ観光地は無く、平穏でのどかな国。
だが、私とシルウィオはその国へ向かうのが、旅行の一番の楽しみでもあった。
なぜか?
その国に、私とシルウィオが仲良くなったキッカケである、互いに大好きな物語を書いた作者がいる国だからだ。
思い出すたびに懐かしさがこみ上げる。
……私がシルウィオへ、面白い事を教えると渡した物語。あれから私達は中を深めたのだ。
「ようやく会えるね、先生に」
「……カティが興味あるのなら、良かった」
シルウィオは興味なさげだが、私は知っている。
ちゃっかり、自分も本を購入している事を。
「お父様! 嬉しそうだね!」
「ほんとだー!」
リルレットやテアも、シルウィオの様子を感じ取り声を上げる。
どうやら子供達も、シルウィオの無表情の裏にある感情が分かってきたようだ。
「俺は……別に」
「おとーたま、うれいーね?」
「っ……」
イヴァがハイハイしてシルウィオの膝上に座り、彼の頬をグニグニとする。
そんなことが出来るのはイヴァだけで、シルウィオはほのかに笑ってイヴァの頭を撫でた。
「そうだな、お前たちの言う通り。少し楽しみだ」
「相変わらず、素直じゃないね、シルウィオ」
「俺は……カティと一緒ならどこでもいいからな」
そんなやり取りをしつつ、道の途中で休憩をとる。
御者をしてくれていたグレインにもお礼を伝え、昼食を食べる。
その後、子供達は馬車の中でお昼寝をはじめ。
大人組が次の国へ向かうために地図を広げていた時だった。
「……グレイン、今日は元気がないの?」
「え?」
驚くグレインだけど、明らかに様子がおかしかった。
いつもはニコニコとしているのに、今日はずっと落ち込んだ表情を浮かべていたのだ。
心配しないはずがない。
「どうかしたの?」
「な、なんでもありませんよ。なにも……」
そう言いつつも、彼は何かを隠して視線を逸らす。
始めて見せるグレインの様子に驚きつつも、私は尋ねた。
「グレイン、私は何度も貴方に助けられてきたわ。だから……貴方が困っているなら、相談してね」
「……」
「なんでも言えばいい、俺が許そう」
不意に、黙っていたシルウィオがグレインへ言葉をかける。
彼も、グレインの様子を気にかけているのだろう。
「陛下…………心配させてすみません。すこし、過去の事を思い出したのです」
観念したように、グレインはポツリと呟く。
そして、抱え込んだ悩みを吐き出し始めた。
「今から向かうレイル王国に、会いたくない者がいるのです。といっても……相手は俺の事など覚えてもないでしょうけど」
そう言って、グレインは過去を語り始めた。
「あれは、俺が正式な騎士となった十八歳の時の話です」
◇◇過去◇◇
グレインside
「喜んでくれるかな……」
手に髪飾りを持ち、思わず声が漏れる。
店頭の商品を数十分も吟味する俺に、店主がため息を吐いた。
「お客さん。さっさと決めてくださいよ」
「そ、そうは言っても……相手は貴族令嬢で、それなりの品は選びたいんだ」
「お客様になら、何をあげても喜ばれますよ」
俺––グレインは今から幼馴染であるエリーと十年ぶりに再会する。
幼い頃はよく遊び、子供の頃の記憶の大半を共に過ごしていた女性だ。
彼女は、伯爵家の令嬢で俺は平民だった。
だからエリーの両親にとって、側に俺が居るのは疎ましかったのだろう。
八歳になる前には、俺達は引き離された。
しかし、互いに手紙は送り合う事は続けていた。
俺はその頃には、家庭を養うため騎士見習いとして勤めていた。
厳しい訓練の日々だが、エリーの手紙が届くたびに一喜一憂して……いつか会えると信じていた。
「緊張してますね。お客さん」
「十年振りなんだ……緊張もするだろう……」
手紙のやり取りだが、ここ数年は彼女からの返答は無かった。
だが、正式な騎士として就任した際に手紙が届いたのだ。
『誕生会を開くから来てほしい。会えぬ間も、ずっと貴方を想っていた』……と。
何度も読み直した手紙をまた開く。
文面を確認し、嬉しいと思う感情が沸き立つ。
十年という会えぬ期間、エリーが俺を想っていてくれていたのだ。
嬉しかった……俺も、同じ気持ちだったから。
「店主、これにするよ」
「はい」
悩み抜いた末に選んだのは銀色の髪飾り。
エリーの髪色によく似合うはずだ。
高価だが、騎士となった今なら手が出ない額ではない。
それに相手は伯爵令嬢、見栄を張りたい思いもある。
「ありがとうね、頑張って」
「ありがとう!」
店を出て、水たまりに映る自身の身なりを最終確認する。
服装は騎士団の隊服で良かっただろうか? ……もっと良い服の方が良かっただろうか。
自身の碧の瞳は、よくエリーが褒めてくれていた。思い出せば、会うのが今から楽しみだ。
気付けば、水面に映る顔が朱にそまる。
「着く前には、落ち着かないとな……」
十年ぶりの再会で、誕生会の贈り物が髪飾りでは重いだろうか。
女性関係に疎いせいで、自身の判断に迷う。
が……こんな時は勢いだと、騎士の先輩も言っていた。
「っし!」
迷いを振り払って向かい、彼女の待つ邸へと辿り着いた。
玄関扉を叩く前、傍の木々に身を隠して呼吸を整える。
……その時、屋敷から声が聞こえた。
「えー! エリー、本当に呼んだのー!?」
……エリー?
名前が聞こえ、悪いと思いつつ聞き耳を立てる。
「ええ、皆にも話したでしょ。グレインを呼んだのよ」
大人びているが、エリーの声だ。
聞こえてく他の声は、彼女の友人達だろうか。
「本当に、平民なんて呼んだの?」
「っ!!」
その言葉には明らかに棘が混ざっていた。
「エリーったら悪趣味ね、貴族の集まりに呼ぶなんて」
「あら、いいじゃない。グレインは顔がいいから、集まりの見栄えは劣らないわ」
「でも、貴族の会なんて、平民だから来ないんじゃない?」
「そう思って、手紙に書いておいたの。グレインを想っているってね。彼……昔から私のことを好きだったから」
途端、周囲からささやかな笑い声が聞こえる。
俺でも分かる、それは嘲笑だった。
「エリーはすでに婚約者がいるのに勘違いさせてるの? かわいそう~それとも本気?」
「冗談はよして、剣を握る野蛮な平民なんて好きにならないわ。ただ騎士として万が一にも爵位を下賜されるかもだから、縁は保っておかないとね」
「ふふ、腹黒ね?」
「貧しい平民が来るけど、笑わないでよね、みんな」
そこからの会話は、よく覚えていない。
ただ、チラリと木陰から見たエリーは、驚く程にきらびやかで。
身に着けている黄金の髪飾りを見て、あれだけ悩み購入した自身の銀の髪飾りが酷く粗末な品に思えてしまった。
彼女の傍にいる皆は、刺繡の入った高価な衣服で。
俺の隊服で混ざれば……どれだけ浮くのか容易に想像ができてしまう。
『貴族』と『平民』
思い上がっていた現実を知らされ、感じるのは羞恥と惨めな気持ち。
逃げ出すように、俺はひっそりとその場を去り、それから連絡をする事は無かった。
◇◇◇◇
……
「その経験もあり、俺は女性と話すのが少し怖いんです。裏で悪態を吐いていると想像して、手が震えて。……とはいえ、裏表のないカーティア様や、レティシア様は別ですが」
グレインは全てを話した後、悪くもないのに頭を下げた。
「すみません、こんな事を話して……」
グレインの口から語られる、胸が痛いほど辛い話。
当時、純粋な恋情を抱いていた彼がどれだけ傷ついたか、話を聞くだけで心が痛む。
「謝るのは私の方よ。ごめんなさい……辛い事を聞いて」
「い、いえいえ! いいんですよ、カーティア様! 俺はもう気にしてませんよ! 本当に! むしろ話してちょっと心が軽くなりました!」
そうは言いつつも、いまだグレインの瞳は悲し気であった。
「俺も悪いんですよ。大人になって打算的になった彼女と、いつまでも子供だった俺。互いの恋情の重みが違っていただけなんです」
「そんなことないわ、貴方は悪くなんてない!」
「……ありがとうございます! でも、本当に俺はもういいんです。今が充分に幸せですから」
グレインは、悲しみを消すようにいつもの笑みを浮かべた。
「エリーはレイル王国の貴族に嫁いだと聞いていたので、少し思い出してしまいました。ですが、もう気にせずに旅行を楽しみましょう! 俺もたらふく食べますよー!」
もう気にしないでくれと、グレインは何度も念押しをする。
そして……お昼寝から起きた子共達と遊び始めた。
彼は優しくて、頼りになって、本当に明るい人だ。
心の傷も、きっと一人で向きあい、折り合いをつけて幸せに過ごしているのだろう。
だけど、私達に……なにかできないだろうか。
私とシルウィオは、そんな答えのない問題を互いに問うように、視線を合わせた。
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