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三章
106話 新しい人⑤
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「お母様! これ着けてください」
「テア達がお母様のためにつくったの!」
いつものように庭園にて過ごす日々。
娘のリルレットと、息子のテアが遊んでいたと思えば……
なにやら嬉しそうに私の元へと駆け寄って来る。
視線を移せば、ふわっと頭の上に何かをのせてくれた。
「お花の冠!」
「お母様、かわいい~」
庭園に咲いている色とりどりのお花で作られた花冠。
それを載せてもらい、思わず笑みがほころびでてしまう。
「ふふ、ありがと。二人共……おいで、ぎゅってしてあげる」
「やった! お母様ぎゅっ~」
「……テ、テアも」
十歳になったリルレットはまだまだ甘えん坊で、六歳のテアは少し恥じらいを覚え始めている。
そんな二人をまとめて抱きしめると、私の元気が回復していく!
「すっごく元気でた! ありがとね。二人共!」
「うん! そうだ、イヴァにもお花あげるね」
リルレットは、二歳になるイヴァにも花冠をのせた。
私のよりも小さなそれを、イヴァは不思議そうに手に持ってブンブンと振る。
「な~に?」
「お花だよ、こうしてかぶるの」
「おねたん。おあな……きれ~」
「そう、あっちにいっぱい咲いてるから見に行こう!」
イヴァの手を持ち、リルレット達が庭園の花畑へと歩いていく。
その微笑ましい光景に癒されながら、私は再び机へと向かった。
「私も頑張らないとね……」
現在、私は物語を書き始めている。
一度死んでから、記憶を持って二度目の人生を歩み始めた私の日々。
シルウィオと出会ってからの毎日を、思い出しながら書くのは楽しかった。
「カーティア様。執筆は進んでおりますか?」
ふと、筆を動かす中で声がかかる。
顔を上げれば、グレインに連れられたリーシアがやって来ていた。
彼女が帝国にやって来てから、すでに一か月。
毎日を過ごしている内、以前よりも気さくに話せるようになっていた。
「リーシア、ちょうど行き詰っている部分があるの。教えてくれないかしら」
「もちろんです。どのような事で」
「この時、悲しい感情を現す表現の方法だけど……」
リーシアは目が見えないながらも、自らの自立のためにも文字書きを学んだという。
それは単なる努力と現していいものではないと、私には分かる。
だからこそ、教えてくれる一言一句には敬意を持って、私は学んでいた。
「カーティア様の執筆速度はすごいです。もうかなり書いているのですね」
「文章力はむちゃくちゃだから、直したい部分は多いけれどね……」
「いいんです。完璧を目指していれば、なにも作れませんから」
リーシアの言葉に頷いていると……
庭園へとジェラルド様が走って来た。
「グレイン、すまないが……少し来てくれるか?」
珍しく息を切らして走ってきたジェラルド様の様子に。
私とグレインは顔を見合わせた。
「どうしました? ジェラルド様」
「カーティア様。じつは……」
ひっそりと耳打ちしてくれた、ジェラルド様。
彼から話を聞いた瞬間、私は立ち上がる。
「私も行きます」と告げて。
◇◇◇
玉座の間へと入れば、玉座に座るシルウィオは退屈そうに無表情であった。
しかし私を見るとパッと雰囲気が明るくなる。
そして私が座る椅子を、自らの位置の近くにして待つのだ。
「カティ、こっち」
「横に座りますね」
「あぁ」
シルウィオの隣に座り、グレインも護衛騎士として傍らに立つ。
そして私達を呼んでくれたジェラルド様が、玉座の間の入口へと声をかけた。
「謁見を始める。入ってもらえ」
呟きと共に、玉座の間……その大扉が開いていく。
ステンドグラスの窓から差し込む鮮やかな光に照らされて、入ってきたのは……
甲冑を身にまとう、騎士の集団。
その中央には……見慣れぬ男性が歩く。
豪奢な身なりと、威風堂々とした振る舞いに彼が騎士の集団を率いていると分かった。
「初めまして、俺はレイル王国第一王子。ディッグと申します……お見知りおきください」
「……要件を言え」
レイル王国……
リーシアが住み、彼女を虐げていた姉であるエリーたちの住む国だ。
そこから突然やって来た第一王子殿下の存在は、明らかに警戒せざるを得なかった。
「本日の要件は、我が国の知財ともなる……リーシア殿の返還を要求しにまいりました」
「っ!? どういう、事ですか?」
ディッグ殿下の言葉に、私が思わず聞き返してしまう。
彼は私へと礼をしつつ答えた。
「エリー伯爵夫人が貴方達に失礼な対応をしたこと、レイル王国はお詫び申し上げます。しかし謝罪に向かわせたリーシア殿は、世界でも有名な物書きとお聞きしました」
「……」
「であるなら、我らレイル王国としては彼女という知財を他国に流出したくないというのが本音です」
「それは……現国王の判断か?」
「いえ、シルウィオ陛下。これは俺個人……第一王子としてレイル王国を背負うが故の独断です」
ディッグ殿下の言葉に、私は首を横に振った。
「なら、私達が了承する必要はありません。住む国を決めるのはリーシア自身の権利です。レイル王国に帰還する気はあるか、お聞きはしておきましょう」
「そうはいきません。その価値を知った今、知財を確保しておきたいのです。即刻引き渡しを……」
「これ以上の問答は必要か?」
シルウィオの返答に、ディッグ殿下は少し怯む。
しかし少し余裕気な笑みを見せて、返答した。
「レイル王国と事を荒立てる気ですか?」
その一言に、アイゼン帝国……謁見の場の空気が一変する。
考えられない……開戦の狼煙ともいえる言葉だ。
「意味を理解しているのか?」
「確かにレイル王国は小国です。しかし一度の諍いで我が国を屈服させれば……アイゼン帝国の世界からの見方はどうなるでしょうか?」
「……」
「アイゼン帝国はこの近年で、以前ほどの恐国である評判は消えました。外交努力で払拭したイメージが、再び皆に刻まれてしまうでしょう」
「それを防ぐなら、引き渡せと?」
「ええ、大人しくリーシア殿を渡してくれれば互いが無傷だ。望むならこちらからも謝礼金を払う事も約束します」
なるほど……アイゼン帝国の外交評価を考えるなら。
リーシアを大人しく渡した方が得だといいたいようだ。
実際、帝国が恐れられてしまう事に利益は無い。
外交的な交渉としては、選択の余地があるともいえるだろう。
が……残念ながら、相手が悪かった。
「外交努力が消えて、なんの問題がある」
シルウィオの一言。
アイゼン帝国の皆が、その言葉に同意するように姿勢を正した。
「は? なにを……ようやく恐国という評価を覆したというのに……事を荒立てれば、台無しですよ」
「俺が皇帝であるのは……全てはアイゼン帝国が民のためだ」
「っ!!」
「そしてリーシアは我が帝国の国民となった。なら護るのは帝国の務めだ」
「そうやって! 争いを起こしてもいいと––」
「……グレイン」
ディッグ殿下が叫んだ時。
その声を遮ってシルウィオが呟き、彼の周囲にいた騎士達の元へと。
グレイン様が走り出す。
そして彼は……ディッグ殿下が連れる騎士団の前に立った。
「そもそも……我がアイゼン帝国と事を荒立てる力など、貴様らにはない」
「っ!? な……にを! 我が精鋭騎士と相手をするとでも? 言っておきますが……レイル王国は騎士の訓練に力を注ぎ、その力は強国にも負けず––」
「グレイン……黙らせろ」
「承知いたしました。陛下」
グレインから、いつものような温和な笑みは消え。
冷徹で忠実な騎士としての表情で……スラリと鞘を払った刀身を見せる。
対峙する騎士達。
殿下の指示に従うしかない彼らに、同情を抱いてしまう……
なにせ彼らの相手は、アイゼン帝国最強の騎士なのだから。
「テア達がお母様のためにつくったの!」
いつものように庭園にて過ごす日々。
娘のリルレットと、息子のテアが遊んでいたと思えば……
なにやら嬉しそうに私の元へと駆け寄って来る。
視線を移せば、ふわっと頭の上に何かをのせてくれた。
「お花の冠!」
「お母様、かわいい~」
庭園に咲いている色とりどりのお花で作られた花冠。
それを載せてもらい、思わず笑みがほころびでてしまう。
「ふふ、ありがと。二人共……おいで、ぎゅってしてあげる」
「やった! お母様ぎゅっ~」
「……テ、テアも」
十歳になったリルレットはまだまだ甘えん坊で、六歳のテアは少し恥じらいを覚え始めている。
そんな二人をまとめて抱きしめると、私の元気が回復していく!
「すっごく元気でた! ありがとね。二人共!」
「うん! そうだ、イヴァにもお花あげるね」
リルレットは、二歳になるイヴァにも花冠をのせた。
私のよりも小さなそれを、イヴァは不思議そうに手に持ってブンブンと振る。
「な~に?」
「お花だよ、こうしてかぶるの」
「おねたん。おあな……きれ~」
「そう、あっちにいっぱい咲いてるから見に行こう!」
イヴァの手を持ち、リルレット達が庭園の花畑へと歩いていく。
その微笑ましい光景に癒されながら、私は再び机へと向かった。
「私も頑張らないとね……」
現在、私は物語を書き始めている。
一度死んでから、記憶を持って二度目の人生を歩み始めた私の日々。
シルウィオと出会ってからの毎日を、思い出しながら書くのは楽しかった。
「カーティア様。執筆は進んでおりますか?」
ふと、筆を動かす中で声がかかる。
顔を上げれば、グレインに連れられたリーシアがやって来ていた。
彼女が帝国にやって来てから、すでに一か月。
毎日を過ごしている内、以前よりも気さくに話せるようになっていた。
「リーシア、ちょうど行き詰っている部分があるの。教えてくれないかしら」
「もちろんです。どのような事で」
「この時、悲しい感情を現す表現の方法だけど……」
リーシアは目が見えないながらも、自らの自立のためにも文字書きを学んだという。
それは単なる努力と現していいものではないと、私には分かる。
だからこそ、教えてくれる一言一句には敬意を持って、私は学んでいた。
「カーティア様の執筆速度はすごいです。もうかなり書いているのですね」
「文章力はむちゃくちゃだから、直したい部分は多いけれどね……」
「いいんです。完璧を目指していれば、なにも作れませんから」
リーシアの言葉に頷いていると……
庭園へとジェラルド様が走って来た。
「グレイン、すまないが……少し来てくれるか?」
珍しく息を切らして走ってきたジェラルド様の様子に。
私とグレインは顔を見合わせた。
「どうしました? ジェラルド様」
「カーティア様。じつは……」
ひっそりと耳打ちしてくれた、ジェラルド様。
彼から話を聞いた瞬間、私は立ち上がる。
「私も行きます」と告げて。
◇◇◇
玉座の間へと入れば、玉座に座るシルウィオは退屈そうに無表情であった。
しかし私を見るとパッと雰囲気が明るくなる。
そして私が座る椅子を、自らの位置の近くにして待つのだ。
「カティ、こっち」
「横に座りますね」
「あぁ」
シルウィオの隣に座り、グレインも護衛騎士として傍らに立つ。
そして私達を呼んでくれたジェラルド様が、玉座の間の入口へと声をかけた。
「謁見を始める。入ってもらえ」
呟きと共に、玉座の間……その大扉が開いていく。
ステンドグラスの窓から差し込む鮮やかな光に照らされて、入ってきたのは……
甲冑を身にまとう、騎士の集団。
その中央には……見慣れぬ男性が歩く。
豪奢な身なりと、威風堂々とした振る舞いに彼が騎士の集団を率いていると分かった。
「初めまして、俺はレイル王国第一王子。ディッグと申します……お見知りおきください」
「……要件を言え」
レイル王国……
リーシアが住み、彼女を虐げていた姉であるエリーたちの住む国だ。
そこから突然やって来た第一王子殿下の存在は、明らかに警戒せざるを得なかった。
「本日の要件は、我が国の知財ともなる……リーシア殿の返還を要求しにまいりました」
「っ!? どういう、事ですか?」
ディッグ殿下の言葉に、私が思わず聞き返してしまう。
彼は私へと礼をしつつ答えた。
「エリー伯爵夫人が貴方達に失礼な対応をしたこと、レイル王国はお詫び申し上げます。しかし謝罪に向かわせたリーシア殿は、世界でも有名な物書きとお聞きしました」
「……」
「であるなら、我らレイル王国としては彼女という知財を他国に流出したくないというのが本音です」
「それは……現国王の判断か?」
「いえ、シルウィオ陛下。これは俺個人……第一王子としてレイル王国を背負うが故の独断です」
ディッグ殿下の言葉に、私は首を横に振った。
「なら、私達が了承する必要はありません。住む国を決めるのはリーシア自身の権利です。レイル王国に帰還する気はあるか、お聞きはしておきましょう」
「そうはいきません。その価値を知った今、知財を確保しておきたいのです。即刻引き渡しを……」
「これ以上の問答は必要か?」
シルウィオの返答に、ディッグ殿下は少し怯む。
しかし少し余裕気な笑みを見せて、返答した。
「レイル王国と事を荒立てる気ですか?」
その一言に、アイゼン帝国……謁見の場の空気が一変する。
考えられない……開戦の狼煙ともいえる言葉だ。
「意味を理解しているのか?」
「確かにレイル王国は小国です。しかし一度の諍いで我が国を屈服させれば……アイゼン帝国の世界からの見方はどうなるでしょうか?」
「……」
「アイゼン帝国はこの近年で、以前ほどの恐国である評判は消えました。外交努力で払拭したイメージが、再び皆に刻まれてしまうでしょう」
「それを防ぐなら、引き渡せと?」
「ええ、大人しくリーシア殿を渡してくれれば互いが無傷だ。望むならこちらからも謝礼金を払う事も約束します」
なるほど……アイゼン帝国の外交評価を考えるなら。
リーシアを大人しく渡した方が得だといいたいようだ。
実際、帝国が恐れられてしまう事に利益は無い。
外交的な交渉としては、選択の余地があるともいえるだろう。
が……残念ながら、相手が悪かった。
「外交努力が消えて、なんの問題がある」
シルウィオの一言。
アイゼン帝国の皆が、その言葉に同意するように姿勢を正した。
「は? なにを……ようやく恐国という評価を覆したというのに……事を荒立てれば、台無しですよ」
「俺が皇帝であるのは……全てはアイゼン帝国が民のためだ」
「っ!!」
「そしてリーシアは我が帝国の国民となった。なら護るのは帝国の務めだ」
「そうやって! 争いを起こしてもいいと––」
「……グレイン」
ディッグ殿下が叫んだ時。
その声を遮ってシルウィオが呟き、彼の周囲にいた騎士達の元へと。
グレイン様が走り出す。
そして彼は……ディッグ殿下が連れる騎士団の前に立った。
「そもそも……我がアイゼン帝国と事を荒立てる力など、貴様らにはない」
「っ!? な……にを! 我が精鋭騎士と相手をするとでも? 言っておきますが……レイル王国は騎士の訓練に力を注ぎ、その力は強国にも負けず––」
「グレイン……黙らせろ」
「承知いたしました。陛下」
グレインから、いつものような温和な笑みは消え。
冷徹で忠実な騎士としての表情で……スラリと鞘を払った刀身を見せる。
対峙する騎士達。
殿下の指示に従うしかない彼らに、同情を抱いてしまう……
なにせ彼らの相手は、アイゼン帝国最強の騎士なのだから。
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