死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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最終章

119話

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「カティ!! リルは無事か!」

 部屋に入ってきたシルウィオが、焦った様子で私を見つめる。
 こんな表情は、まさに十年以上前に私が倒れた時以来だ。
 彼の声に答えるように、寝台で眠るリルレットの頭を撫でる。

「お医者様が言うには、今は落ち着いたみたい」

「病名は?」

「……」

 首を横に振る。
 リルレットを苦しめる病魔、その病名は分からないのだ。
 
 思えば十年以上前、私が倒れた際も同様の言葉をお医者様が言っていた記憶がある。
 原因も分からず、未知の症状。
 まさかとは思うが……私と同じなの?

「リルレット……」

 こんなに胸が痛いのは、久しぶりだ。
 心配と、恐怖が混ざった感情で思わず瞳が潤む。

「カティ……」

 抱きしめてくれるシルウィオ。
 その腕は微かに震えているのは、過去を思い出しているのかもしれない。
 重い空気の中で、扉のノック音と共にジェラルド様の声が響いた。

「シルウィオ陛下、カーティア様。少しよろしいでしょうか」

「入れ」

「失礼します。リルレット様のご病気について、医者より報告を受けました」

「聞かせろ」

「症状などは、かつてカーティア様を苦しめた症例と酷似しております。しかしながら……前回と同様に対処法がないのもまた同じです」

 やはり偶然でもなく、リルレットの症状は私と同じだ。
 そして今は、かつて私が倒れた時と同じ状況。
 シルウィオはその報告を聞いて、即座に立ち上がった。

「なら、前回カーティアを救った者を連れてくるだけだ。俺の娘は必ず救う」

「え?」

 彼が発言した瞬間、眩い光と共にその姿が消えた。
 まさか、転移魔法?
 以前に私を救った者と言っていたけれど、まさか……

 そう思った瞬間、再び眩い光が部屋を照らした。

「っと。シルウィオ陛下……いったいどうしたのですか。突然やってきたと思えば……いきなり転移などと」 

 シルウィオに転移魔法によって連れて来られたのは、魔法大国カルセイン王国の現国王––シュイク・カルセインだ。
 かつてこの世界の時間を戻して、そして多くの真実を知っていた人物。
 そのシュイク様は、寝台に眠るリルレットを見て目の色を変えた。

「まさか……この症状は……かつてのカーティア皇后と同じ」

「分かるのですか」

「カーティア皇后、事情は聞きたい所ですが……僕をシルウィオ陛下が連れてきたという事は、リルレットちゃんを診て欲しいからですよね」

「いきなり呼んでしまって申し訳ありません。でも……お願いいたします」

 頭を下げたと同時に、シュイク様は空中に手を伸ばす。
 すると幾つかの本が出現して、バラバラとページが開かれていく。
 魔法で収納していたのだろう。

「手は尽くしてみます……僕自身、カーティア皇后を苦しめたこの病の真実を知っておきたいですから」

 それからシュイク様が魔法も合わせて、リルレットを検診する。
 魔法大国においては、医療魔法はアイゼン帝国よりも大きく発展している。
 なればこそ、何かが分かると私達は望みをかけて時間が過ぎていくのを待っていた。
 
「……悪性腫瘍。かもしれない」

「え?」

「異国の地では、キャンサーや癌とも呼ばれています。カルセイン王国でも幾つか症例が報告されていますが。そちらととても酷似した症状ですね」

「それはいったい、どういったもので」

「わかりやすく言えば、遺伝子の突然変異によって生まれる死なない細胞です。人間の身体は生命を維持するために細胞分裂を繰り返しているが、それがこの悪性腫瘍によって阻害されています」

「……」

「そして恐らく、これらは遺伝性でしょう。カーティア皇后と似ているのも頷ける」

 遺伝性……と聞いて、思わず拳を握る。
 私がかつて侵されたように、リルレットにもその病気が手を伸ばしたのだ。
 まさか、早くに亡くなった母も?
 
「治せないのか」

「シルウィオ陛下…………残念ながら、現時点では治療法は解明されていません」

「っ!! なら、以前のように」

「ええ、カーティア様を救った時と同様……カルセイン王国の秘術を使えば救える可能性はあります」

 シルウィオがその言葉に、一歩踏み出す。
 しかしながら、シュイク様の続く言葉は否定的であった。

「しかし以前に伝えた通り、その秘術に必要なのは救う対象を強く想う者を代償にする事です」

「……」

「リルレット様を救うために、シルウィオ陛下やカーティア皇后は命だって投げだす気でしょう。ですが……もはやそれはできない立場のはずです」

 シュイク様の言葉通り。
 私やシルウィオは、リルレットを救えるなら命と引き換えにカルセイン王国の秘術に頼りたい。
 私達の娘、大切で愛している娘なのだから。

 でも……

「今や世界にとってもアイゼン帝国の立場は大きい。お二人を失うのは、もはやただ一国の主が崩御する事とはわけが違う。世界の均衡を崩す事となる」

「関係ない。リルレットを救うのに、他の事など一切関係ない」

「…………私も同じです。リルレットを、救うためなら––」

 私とシルウィオが言葉を揃えた時、黙っていたジェラルド様が駆け寄る。

「待ってくだされ。お二人が犠牲にならずとも……この私の老いた命を、まずは先にお使いください。アイゼン帝国を立て直してくださったお二人の御子を救えるなら、この宰相の命を」

「駄目です。ジェラルド様には娘様が」

 こうなれば、もはや答えの糸口はない。
 互いに犠牲になる道を選ぼうとも、互いがそれを止めるのみ。

 それをシュイク様も分かっているのだろう。
 再び幾つかの本を空中に取り出して、あるページを見つめて呟いた。


「一つだけ、カルセイン王国の秘術を……別の方法で発動させることができます」

「教えてくれ」

 シルウィオの返答に、シュイク様は頷く。

「……強大な魔力を持つ人間でも代用は可能なんです」

「……魔力を持つ人?」

「ええ、でも条件は厳しい。僕やシルウィオ陛下までとはいわずとも……それに近い魔力量を持つ人が必要でしょう」

 無理だ。
 そんな人が世界にどれだけ居るのだろうか。
 シルウィオに並ぶ人がいるだなんて思えない……やはり。

「そんな人はおりませんよ。だから……一度救われた命です。娘のために私が」

「焦らないでくださいカーティア皇后。一人だけいるんですよ」

「え?」

「ですよね、ジェラルド宰相、シルウィオ陛下」

 シュイク様の瞳が鋭く、そして全てを知っているかのような言動と共に向く。
 なにを言っているのか理解できぬ私だったが……
 ジェラルド様の表情が曇っているのに気付いた。

「相手がシルウィオ陛下だったから、その影は薄く見えましたが。元は時間が戻る前は世界を支配した人間……その魔力は強大で、非常に厄介なのは今も変わらない」

「なにを言って……」

「このアイゼン帝国にて幽閉されているはずですよね。かつてこの世を混沌に貶めた女性––ヒルダが」

 その名を聞いた瞬間。
 まるで時間が止まったかのように、私は息を呑む。

で死罪にできなかった彼女の存在が、今は必要です。会わせてくれますか」

 シュイク様の言葉に、ジェラルド様が渋い表情を浮かべ。
 その瞳は真っ直ぐに……押し黙るシルウィオへと注がれた。
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