婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい

文字の大きさ
6 / 7

第六話

しおりを挟む
西園寺さんとのデートから数日が経った。
 私は相変わらず、会社と家の往復を繰り返している。
 ただ、少しだけ変わったことがある。
 それは、私の「避難所」である隣人の様子だ。
「……湊、また勉強してるの?」
 二十一時過ぎ。
 いつものように503号室(湊の家)で夕食を食べ終えた後、私はダイニングテーブルに向かう彼の背中に声をかけた。
「うん。来週、模試があるから」
 湊は振り返らず、シャープペンシルを走らせ続けている。
 広げられているのは、高校一年生が使うには難解すぎる数学の参考書と、分厚い英単語帳だ。
 これまでの湊は、私が部屋に来ている間は、ずっと私に構ってくれていた。
 今日あった出来事を聞いてくれたり、テレビを見ながら他愛のない話をしたり、マッサージをしてくれたり。
 けれど、ここ数日は様子が違う。
 夕食やお風呂の準備といった「私のお世話」は完璧にしてくれるのだが、それが終わるとすぐに机に向かってしまうのだ。
(……受験生でもないのに、偉いなぁ)
 私は淹(い)れてもらったハーブティーを啜(すす)りながら、彼の背中を見つめた。
 広い肩幅。骨張った背骨のライン。
 Tシャツから伸びる腕には、部活で培った程よい筋肉がついている。
 黙って座っていると、なんだか彼が遠い存在のように感じてしまう。
 西園寺さんとのデートの夜、あんなに熱っぽく足を触ってきた彼とは別人のようだ。
 シャープペンシルが紙を擦る音だけが、部屋に響く。
「……あんまり無理しちゃダメだよ? まだ一年生なんだから」
 静寂に耐えきれず、私はつい母親みたいな小言を言ってしまった。
 すると、湊の手がピタリと止まる。
 彼はゆっくりと椅子を回転させ、私の方に向き直った。
 目の下に、少しだけ隈(くま)ができている気がする。
「無理しないと、追いつけないから」
「え?」
「結衣姉の周りにいる『大人』たちと対等に話すには、普通にやってちゃダメなんだよ」
 その瞳は、真剣そのものだった。
 ドキリとする。
 彼の言う「大人」の中に、西園寺さんの姿が含まれている気がした。
「……どういうこと?」
「俺はまだ高校生だ。結衣姉においしいご飯をご馳走する金もないし、何かあった時に守れるような社会的信用もない」
 湊は悔しそうに拳を握りしめた。
 その言葉は、彼自身の無力感への苛立ちに聞こえた。
「だから、最短ルートを行く。一流大学を出て、誰からも文句を言われないキャリアを作る。……そうしないと、いつまで経っても子供扱いでしょ?」
 淡々と、けれど熱のこもった口調。
 それは私への愛の告白というよりは、彼自身のプライドをかけた「自分への宣戦布告」のようだった。
「子供扱いなんて……湊はもう、立派な男の子だよ。私なんかよりずっとしっかりしてるし」
「そういう慰めはいらない」
 湊が立ち上がり、私の前のソファに座り込んだ。
 テーブルに置かれた私の手に、自分の手を重ねる。
 彼の手は、私よりもずっと大きくて、熱い。
「十三歳の差は埋まらない。でも、中身や経済力なら、努力次第で埋められるかもしれない」
「みなと……」
「だから、もし俺が大人になって、一人前の男になれたら……その時は」
 湊はそこで言葉を切った。
 何かを言いかけて、飲み込んだように見えた。
 長い睫毛(まつげ)が震えている。
「……ううん、なんでもない。とにかく、俺はもっと頼れるようになりたいんだ。結衣姉が困った時に、一番に相談してくれる相手でいたいから」
 ズキン、と胸が痛んだ。
 なんて健気なんだろう。
 私は西園寺さんという「完成された大人」に揺らいでいたのに、湊は「これから完成させる未来」を、私のために捧げようとしてくれている。
 告白されたわけじゃない。
 「好きだ」と言われたわけでもない。
 でも、この「一番になりたい」という言葉は、どんな口説き文句よりも、私の心の柔らかい部分に深く突き刺さった。
「……わかった。応援するよ」
 私は精一杯の笑顔を作って、彼の頭を撫でた。
「湊が立派な大人になるの、楽しみにしてる。……だから、体だけは壊さないでね」
「うん。……ありがとう、結衣姉」
 湊は目を細めて、私の掌(てのひら)に頬を擦り寄せた。
 いつもの「甘えん坊の弟」の顔に戻っている。
 でも、さっき見せた野心的な眼差しを、私はもう忘れられそうになかった。
「あと十分休憩したら、また勉強に戻るよ。……だから、それまでは充電させて」
 そう言って、湊は私の肩に頭を預けてきた。
 重みと、体温。
 柔軟剤の優しい匂い。
 
 この子が大人になった時、私は一体、どんな顔をして隣にいればいいのだろう。
 「一番になりたい」と言いながら、誰よりも私を縛り付けてくるこの隣人に、私はどうしようもなく惹かれ始めているのかもしれない。
 ***
 翌日。
 会社での昼休み。
 私はスマホの画面を睨んでいた。
 西園寺さんからのメッセージだ。
『先日はありがとう。また食事でもどうかな? 来週、美味しい和食の店を見つけたんだ』
 スマートな誘い。
 昨夜の湊の言葉――「対等になりたい」という悲痛な決意を聞いた後だと、この余裕のある文面が、どこか他人の言葉のように響く。
「……はあ」
 私は返信を打とうとして、指を止める。
 断る理由がない。
 でも、行きたい理由もない。
「どうしたの結衣、死にそうな顔して」
 声をかけてきたのは、同僚であり腐れ縁の親友、真紀(まき)だった。
 既婚者で二児の母。社内事情にも詳しい彼女は、私のスマホを覗き込んでニヤリと笑った。
「おっ、噂の商社マン? いいじゃん、脈ありまくりじゃん」
「……そうなんだけどね」
「何よその反応。贅沢な悩みねぇ。三十路前の婚活なんて、戦場よ? 掴める藁(わら)は金剛石でも掴む勢いでいかなきゃ」
 真紀はカフェラテを啜りながら、現実的なアドバイスをくれる。
 彼女の言う通りだ。西園寺さんは金剛石(ダイヤモンド)だ。
 逃せば、二度とこんなチャンスは巡ってこないかもしれない。
「でもさ……なんか、違う気がして」
「違う? 何が?」
「なんていうか……私が私じゃなくなっちゃうような、そんな感じ」
 うまく言葉にできない。
 湊と一緒にいる時の、あの「だらしない自分」を許されている感覚。あれを知ってしまった今、常に気を張らなければならない関係に飛び込むのが怖いのだ。
「あんたねぇ……。結婚なんて、生活よ? ときめきとか自分らしさとか、そんなの二の次三の次。相手が稼いでくれて、暴力を振るわなくて、浮気しなけりゃ御の字なの」
 真紀の言葉には、結婚生活のリアリティという重みがあった。
 彼女もまた、家庭内で色々と苦労していることを私は知っている。
「……そっか。そうだよね」
「そうよ。……ま、あんたには『可愛い癒やし』がいるから、感覚が麻痺してるのかもね」
 真紀がからかうように言った。
「隣の高校生くん。まだ仲いいんでしょ?」
「っ! う、うん。まあ、弟みたいなもんだから」
「弟ねぇ……。気をつけてよ? 男の子なんて、いつ狼に化けるかわかんないんだから」
 真紀の忠告は、昨夜の湊の真剣な瞳を思い出させ、私の胸をざわつかせた。
 狼。
 そうかもしれない。
 彼はもう、私が守ってあげるべき「羊」の皮を脱ぎ捨てようとして、必死に牙を研いでいるのかもしれない。
 私は西園寺さんへの返信を、とりあえず「スケジュールを確認します」と先延ばしにした。
 今の私には、まだ何も選べそうになかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

その優しい人は、特別なお客様でした。

紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
【親会社幹部×子会社新入社員|10歳差|お試し恋愛から始まる本気の溺愛】 父の早逝をきっかけに、母と弟・妹を支えるため、 高校卒業後から働きづめの日々を送ってきた、桜田亜矢香(26歳)。 勤務先の倒産を機に再出発を決意し、 大手カフェチェーンの社員として働き始めた彼女が出会ったのは、 優しい雰囲気と親しみやすい話し方を持つ、ひとりの常連客。 ──彼の正体は、なんとカフェ親会社の幹部、吉羽俊輔(36歳)。 俊輔の穏やかな眼差しと、不器用なアプローチに、 恋愛に疎い亜矢香の心は少しずつ変わり、彼に惹かれていく。 そんな中、俊輔の「跡取りとして引き取られた養子」という過去と重圧を知って…… 年齢差や立場の違いに戸惑いつつも、信頼を育みながら惹かれ合い、 「誰かのため」ではなく「自分の幸せ」を決めていく二人の、 現代の身分差&歳の差ラブストーリーです。 ★お気に入り登録やご感想投稿をしていただけましたら、作者が飛び跳ねて喜びます!★

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...