婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい

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第七話

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土曜日の昼下がり。
 私は近所のスーパーマーケットの袋を両手に提げ、トボトボと歩いていた。
「……重い」
 袋の中身は、特売の卵パックに、牛乳、野菜、冷凍食品。
 生活感の塊だ。
 ノーメイクにマスク、髪は適当にまとめただけ。服も着古したパーカーにロングスカートという、いわゆる「近所用」の装備である。
 昨夜、湊があんなに熱い決意を語ってくれたというのに、私ときたらこの体たらくだ。
 西園寺さんへの返信は、まだしていない。
 保留にしたままの自分が情けなくて、とりあえず冷蔵庫を埋めることで心の隙間を埋めようとしていた。
「あ、湊くん! 待ってよぉ!」
 ふと、前方から黄色い声が聞こえた。
 心臓がドクリと跳ねる。
 聞き間違えるはずがない名前。
 顔を上げると、通りの向こうから歩いてくる二人連れが見えた。
 一人は、見慣れた背の高い少年。私服姿の湊だ。
 そして、その隣にへばりつくように歩いているのは――。
「……え」
 女の子だ。
 それも、目が痛くなるほどキラキラした。
 膝上十五センチはありそうな短いスカート。流行りのメイク。
 栗色の髪をふわふわと巻いて、弾けるような笑顔で湊の腕に絡みつこうとしている。
 制服ではないが、全身から「現役女子高生(JK)」のオーラが立ち上っていた。
(……可愛い)
 それが、私の最初の感想だった。
 嫉妬とか焦りとか、そういう感情よりも先に、純粋な生物としての「鮮度の違い」を見せつけられた気がした。
 彼女の肌は発光しているかのように白く、張りがある。
 対して私は、スーパーの袋を提げたノーメイクのアラサー。
 同じ「女」という性別に分類されるのが申し訳なくなるほどの格差。
 私は反射的に、電柱の陰に隠れようとした。
 こんな所を、こんな姿で見られたくない。
 けれど、遅かった。
「あ、結衣姉」
 湊が私に気づいた。
 その瞬間、彼の無愛想だった表情が、パァッと花が咲いたように明るくなる。
「奇遇だね。買い物?」
 湊は隣の女子を置き去りにして、小走りで私の方へ駆け寄ってきた。
 そして、当たり前のように私の手から重たいレジ袋を奪い取る。
「貸して。重かったでしょ」
「え、あ、ううん。大丈夫だよ、湊も友達と一緒なんでしょ?」
 私は引きつった笑みを浮かべて、背後の女子に視線を向けた。
 彼女は頬を膨らませて、こちらをジロジロと値踏みするように見ている。
「友達じゃないよ。ただのクラスメイト」
 湊は冷たく言い放つ。
 すると、追いついてきた彼女が、抗議するように声を上げた。
「ひっどーい! 湊くん、私たちが運命の赤い糸で結ばれてるって噂、知らないの?」
「知らないし、興味ない」
「もー、照れちゃって!」
 彼女はめげる様子もなく、キャハハと笑った。
 そのメンタルの強さと、湊との距離の近さに、私は圧倒される。
 これが、若さか。
「……あ、初めましてぇ。私、星野梨花(ほしのりか)って言いますぅ。湊くんと同じクラスで、未来の彼女です!」
 梨花ちゃんは私に向かって、ビシッとVサインを決めた。
 そして、小首を傾げて無邪気に尋ねてくる。
「その人、誰ですかぁ? 湊くんのお母さん? ……にしては若いし、親戚のおばさん?」
 ブチッ。
 私の頭の中で、何かが切れる音がした。
 お母さん。おばさん。
 悪気はないのだろう。彼女から見れば、二十九歳のすっぴん女なんて、母親世代と大差ないのかもしれない。
 でも、その言葉は鋭利な刃物となって、私のコンプレックスを正確に貫いた。
「星野」
 空気が凍った。
 湊の声だ。
 さっきまでの私に向ける甘い声とは違う、地を這うような低い声。
「口を慎め。この人は俺の――」
 湊が何かを言いかけて、言葉を詰まらせた。
 俺の、何だ?
 彼女? 違う。
 婚約者? 違う。
 ただの隣人。幼馴染。弟分。
 「名前のない関係」の弱さが、ここで露呈する。
 湊は悔しそうに唇を噛み締め、それから静かに言った。
「……俺の大事な、家族みたいな人だ。失礼なこと言うなら、二度と口利かないぞ」
「えーっ、ごめんなさぁい。だってぇ、湊くんが他の女の人と歩いてるの初めて見たから」
 梨花ちゃんはケロリとして謝った。
 湊はため息をつき、私に向き直る。
「ごめんね、結衣姉。送るよ」
「う、ううん! 大丈夫! お邪魔しちゃ悪いし、私一人で帰れるから!」
 私はレジ袋を奪い返すと、逃げるように背を向けた。
 これ以上、ここにいたくなかった。
 湊と、梨花ちゃん。制服じゃなくてもわかる「同世代」の調和。
 その眩しい絵面(えずら)の中に、私が入り込む余地なんて、最初からなかったのだ。
「結衣姉!」
 背後で湊が呼ぶ声がしたけれど、私は振り返らなかった。
 ***
 家に帰り着き、ドサリと荷物を置く。
 鏡に映った自分を見る。
 疲れた顔。くすんだ肌。
 さっきの梨花ちゃんの、発光するような笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
『おばさん?』
 その言葉が、呪いのようにリフレインする。
「……わかってるよ、そんなこと」
 私は膝を抱えて座り込んだ。
 湊は「関係ない」と言ってくれる。
 でも、世間から見れば、私と湊はあんなふうに見えるのだ。
 保護者と子供。おばさんと甥っ子。
 もし、湊があの子と付き合ったら?
 釣り合いは完璧だ。二人でカラオケに行ったり、制服デートをしたり。
 私にはもう二度とできない「青春」を、彼らは共有できる。
「……西園寺さんに、連絡しようかな」
 弱気な心が、逃げ道を探す。
 西園寺さんの隣にいれば、私は「おばさん」じゃなくて「素敵な女性」でいられる。
 傷つかなくて済む。
 スマホを手に取る。
 メッセージアプリを開き、西園寺さんのトークルームを表示させる。
 『来週の食事、ぜひお願いします』と打とうとして――。
 ピンポーン。
 インターホンが鳴った。
 モニターを見るまでもない。
「……結衣姉、開けて」
 ドアの向こうから、息を切らした湊の声がした。
 走って帰ってきたのだろうか。
 私は迷った末に、チェーンをかけたまま少しだけドアを開けた。
「……なに? あ、さっきはデートの邪魔してごめんね」
「デートじゃない。あいつが勝手についてきただけだ」
 湊は必死な顔で隙間から私を見つめた。
 汗ばんだ額。乱れた呼吸。
 その瞳は、怒っているようにも、泣き出しそうにも見えた。
「星野のことなんて、どうでもいい。……俺が一緒に帰りたいのは、結衣姉だけだ」
「……口が上手くなったね」
「本気だ。……あんな奴に『おばさん』なんて言わせて、ごめん。俺がもっとしっかりしてれば」
 ドン、と湊がドアに額を押し付けた。
「悔しいよ。……今の俺じゃ、『大事な人だ』って言っても、ただの姉弟にしか見てもらえないなんて」
 彼の悔しさが、扉越しに伝わってくる。
 私を守れなかったことへの憤り。
 そして何より、彼自身が年齢差という壁にぶち当たったことへの絶望。
 私はチェーンを外した。
 ドアを開けると、湊が雪崩れ込むように私を抱きしめた。
「……早く大人になりたい」
 私の肩に顔を埋め、震える声で彼が呟く。
 その体温は熱くて、やっぱり私を安心させる匂いがした。
「結衣姉は、おばさんなんかじゃない。俺にとって、世界で一番可愛い女の子だ」
 それは、世迷い言のような慰めだった。
 でも、今の私には、どんな薬よりよりも効果的だった。
「……うん。ありがと、湊」
 私は彼の背中に手を回す。
 西園寺さんへの返信は、今日もまた打てなかった。
 この不安定で、不格好で、どうしようもなく愛おしい熱を手放す決心が、私にはまだつかなかったから。
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