婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい

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第八話

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 梨花ちゃんとの一件から数日。
 私たちの生活は、驚くほどいつも通りに戻っていた。
 平日、二十二時。
 残業を終えて帰宅すると、隣の503号室(湊の家)からいい匂いが漂ってくる。
 鍵を開けて入ると、湊がキッチンで洗い物をしている背中が見えた。
「おかえり、結衣姉。遅かったね」
「ただいまぁ……。月末だからね、処理が多くて」
 私はスーツの上着を脱ぎ捨て、ソファに沈み込んだ。
 テーブルには、ラップのかかった私の分の夕食――豚肉の生姜焼きとポテトサラダが用意されている。
 電子レンジで温めようと腰を上げかけると、湊が手を拭きながらやってきた。
「座ってて。俺がやるから」
「悪いよ、湊も勉強あるでしょ?」
「休憩がてらだから。……それに、疲れてる結衣姉を動かしたら、俺の気が済まない」
 湊は手際よくレンジをセットし、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
 その一連の動作があまりに自然で、そして完璧すぎて、私はまたしても彼に甘えてしまう。
 温かいご飯を食べながら、私はふと、テーブルの隅に置かれた封筒に気づいた。
 学習塾の名前が入っている。
「あれ、模試の結果?」
「あ、うん。今日返ってきたんだ」
 湊はコーヒーを淹れながら、そっけなく答えた。
 私は箸を置いて、封筒の中身を覗き込む。
「……え、すごっ」
 思わず声が漏れた。
 学年順位『8位』。
 湊が通っているのは県内でも有数の進学校だ。部活をやりながらこの順位をキープするのは、並大抵のことじゃない。
 英語と数学の偏差値も、前回より確実に上がっている。
「湊、すごいじゃん! 先週あんなに根詰めてたから心配したけど、ちゃんと結果出たんだね」
「……まあね。一桁には入りたかったから、ギリギリ目標達成かな」
 湊は私の向かいに座り、湯気の立つマグカップを置いた。
「指定校推薦の枠を狙うにしても、一般で受けるにしても、一年のうちから評定稼いでおかないと選択肢が狭まるから」
「うわぁ、現実的……。高一でそこまで考えてる子、そうそういないよ?」
「そうかな。……俺は、無駄なことしてる暇はないから」
 淡々とした口調。
 でも、その瞳はまっすぐに私を見ている。
 同級生が遊んでいる時間を削って、彼は「将来の選択肢(=経済力や安定)」を手に入れるための地盤を固めている。
 その動機が何なのか、私はあえて聞かなかった。聞くのが少し怖かったからだ。
「……そっか。偉いね、湊は」
 私は結果表を封筒に戻した。
 嬉しいけれど、少しだけ胸がチクリとする。
 彼の成長スピードが速すぎて、私が置いていかれるような焦燥感。
 
「ねえ、結衣姉」
「ん?」
「ご褒美、ちょーだい」
 湊がソファの上で体をずらし、自分の太ももをポンと叩いた。
 ……ん?
 自分の太もも?
「え、私が膝枕するんじゃなくて?」
「逆。今日は結衣姉が疲れてるでしょ」
 湊は悪戯っぽく笑って、クッションを自分の膝の上にセットした。
「ほら、おいで。たまには甘えさせてあげる」
「いやいや、おかしいでしょ。私、もうすぐ三十だよ? 高校生の膝になんて……」
「家の中なら関係ないよ。……それとも、西園寺さんじゃなきゃダメ?」
 その名前を出されると、私は弱い。
 湊はそれを分かっていて、わざと意地悪な言い方をする。
「……わかったよ。お言葉に甘えます」
 私は観念して、恐る恐る湊の膝に頭を預けた。
 ゴツゴツとした骨の感触と、しっかりとした太ももの筋肉。
 昔は細くて頼りなかったのに、いつの間にか、ちゃんと男の子の体になっている。
「……あー、楽かも」
「でしょ? 最近、スクワットの負荷増やしたから」
 湊の大きな手が、私の髪をゆっくりと梳(す)く。
 一定のリズム。温かい指先。
 頭皮の凝りがじんわりと解れていくようで、私は自然と目を閉じた。
「……湊」
「ん?」
「早く大人になりたいって言ってたけどさ」
 私は目を閉じたまま呟いた。
「そんなに急がなくても、湊はもう十分、頼りになるよ」
「……まだだよ」
 湊の手が止まる。
 そして、私の頬にそっと掌(てのひら)が触れた。
「膝枕してあげるだけじゃ、足りない。……俺は、結衣姉の全部を支えられるようになりたいんだ」
「全部?」
「うん。仕事の疲れも、将来の不安も、世間の目も。……全部俺が引き受けて、結衣姉がただ笑っていられるようにしたい」
 それは、弟分としての発言にしては、あまりにも範囲が広くて、重い。
 でも彼は「好きだ」とは言わない。
 「付き合って」とも言わない。
 ただ、「支えたい」と言うだけだ。
 それが彼の優しさなのか、それとも私が断る隙を与えないための計算なのか。
「……生意気」
「年下の特権だね」
 湊がくすりと笑い、再び髪を撫で始めた。
 柔軟剤の優しい匂いと、彼の体温に包まれて、私の意識は微睡(まどろ)みへと落ちていく。
 西園寺さんへの返信は、今日もまだしていない。
 明日にはしなきゃいけない。わかってる。
 でも、今夜だけは。
 この生意気で愛おしい「弟分」の腕の中で、泥のように眠っていたかった。
 時計の針は二十三時半を回っていた。
 劇的なことなんて何も起きない、ただの火曜日の夜。
 けれど私にとっては何より満たされる時間が、そこにはあった。
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