黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

狙いはトレント

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クモイチゴは見た目が蜘蛛の脚のようなガクに覆われているため見る者を驚かせるが、糖度が高く魔力も豊富で魔力薬の味付けや魔法酒の原料にされる事が多い。

「あまぁ~い!」
「中に虫がいることがあるから気を付けろよ。たまに毒虫が入り込んでることがあるからよ。」

カゴに摘まれていくクモイチゴをいくつも口にする内に、ヴィオラはある法則を見つけた。

「デイビッド様が採った方が甘い…?」
「気の所為だろ?」
「いえ、ベルダ先生が言ってました。魔力持ちは無意識に魔性質の物に対して魔力を纏うから、どんなに弱くとも必ず反発が起きてるんですって!マンドラゴラを美味しく採取できたのもデイビッド様だけです!きっと何かあるに違いありません!」
「検証しようにも今カゴの中身全部食ったろ…」
「ごちそうさまでした!」
「困った冒険者だな!」

だいぶ採れた所で、薬草の鮮度もあるためその後は直ぐにトレビスへ向かった。
流石に田舎町にヒポグリフを連れて行くのは目立ち過ぎてしまうため、キャンプでごろ寝していたムスタに乗り換え、珍しく二人乗りで走らせる。

「うぅわぁぁ~!早ぁい!ムスタってこんなに速く走れるんですね!」
「まだまだ本気の10分の1くらいだけどな。コイツの強みは何と言ってもスタミナだ。ずんぐりして他の馬より初手のスピードは劣るが、トップスピードのまま長距離を駆け抜けられる。」
「軍馬なんですよね?」
「たぶんな。元が迷い馬なんでどっから来たのかは謎なんだよ。でもこの筋量と体格だ。農耕馬や競技用の馬じゃねぇことは確かだな。」

トレビスへ着くと、買い取りカウンターに薬草とギルドプレートを提出し、査定を待つ間他の依頼を見に行くと、また新しい物が張り出されている。

「求む、トレントの果実…高額報酬、追加支払いあり…すごい、これだけ大銀貨3枚ですって。古い依頼書もまだあるのに、そんなに美味しいんですか?」
「たぶん貴族の依頼なんだろうな。この辺じゃトレント自体あんまりいねぇから…まぁ確かに美味いよ。知らずに食ってたから高級食材って聞いた時は驚いた…」
「デイビッド様は食べたことあるんですね?!」
「クロノスにいた時の隊長の好物でよ。犬科の魔物に寄生した若木連れて歩かされてたんだ。硬い皮に包まれてて中に張りのある半透明の果肉が入ってんだ。香りが良くてすごく瑞々しくて、爽やかな甘さが人気なんだよ。」
「食べてみたい…じゃなくて、私も採りに行ってみたいです!」
「正規で依頼を受けるなら木製プレートの中型の半分はいってないと無理だな。」
「でもデイビッド様なら受け放題じゃないですか!?」
「当てにしてる!?まぁヴィオラの場合は冒険者になるわけじゃねぇし、実力もあるから多少ズルしても誰も困らんワケか。」
「やったぁ!!」
「それじゃ、まずは買い取りの成果を受けてから。多少なり金銭のやり取りになるからしっかり覚えとけよ?」

やがて呼ばれたカウンターでは、先日の赤毛の職員が揉み手をして待っていた。

「本日もご利用ありがとうございますぅ!いやぁ素晴らしい成果ですね!こちらサニーカレンデュラが7束にクモイチゴまで!きちんと無毒と有毒の印までご用意頂き助かりますぅ!それではこちらがプレートと、今回の報酬カレンデュラの大銅貨5枚と、クモイチゴの銀貨1枚になります。お収め下さぁい!」

ヴィオラは硬貨を乗せたトレーをじっと見つめたまま動かなくなった。

「どうした…?」

貴族の場合、冒険者として登録するも報酬があまりにも低いと感じてしまい、長く続かない事が多い。
汗水流して自分の着ている服のボタン一つ買えない額しか手に入らないとなると、やはり納得がいかないのだろう。
少し心配になっていると、ヴィオラがパッと明るい顔でデイビッドの方に振り向いた。

「デイビッド様、見て下さい、私が初めて稼いだお金ですよ!?」
「え?あぁ、そうだな!」
「すごい…ドキドキします!私、仕事をしたって事ですよね!?お手伝いや授業の延長じゃなくて、私が働いて、何かの役に立って、それで貰えたお金です!!」
「…そうだな…(ヴィオラとならこの先何があってもやっていける気がする……)」
「このお金、しっかり溜めて置こうと思います!本当に欲しいものができた時、自分で手に入れたお金で買えたらきっと物凄く嬉しいと思うので!」
(本当にいい子だ…)

一寸先で何が起こるかわからない世の中、柔軟に物事を受け止められる人間の方が確実に前に進む事ができる。
そして有事に生き延びる事が出来るのも、一つ事に囚われず周りに順応出来る考えを持つ者達だ。
ヴィオラは貴族子女でありながら、その素質をきちんと持っていた。

「ヴィオラ、初任務おめでとう。お祝いは何がいい?」
「ウサギの脳みそ!!」
「聞いたこと無いリクエスト!そんなんでいいのか!?」
「美味しいじゃないですか!1羽のウサギにスプーン1杯分くらいしか入ってなくて貴重なのに!でもあの大きさのウサギならたくさん詰まってそう…」
「つっても拳の半分くらいしかねぇぞ…?」
「やっぱり少ない!!2つ足しても拳ひとつ分…私が食べてもいいですか?!」
「わかったよ。好きな料理にしてやるから楽しみにしてな。」
「やったぁ!ありがとうございます!」

ヴィオラはムスタの綱を掴むデイビッドに、ここぞとばかりにもたれ掛かり、その温もりと心地良さを堪能していた。
(人の気も知らねぇで……)

領地へ戻ると、キャンプでムスタからファルコへ乗り換え、真っすぐ森の東側へと抜けていく。
湖を囲む林の向こう側には、虫系の魔物や、危険性の高い魔性質の植物が多く、今までアリー以外行く者はいなかったが、何と言っても今回の獲物はトレント。
意を決して森に入ると早速不気味なうめき声が聞こえて来る。
声の方を見ると、木々や岩がボロボロになっている不思議な空間が現れた。

「なんですか?あれ…」
「おっと、これ以上先には入るなよ?!トレントの攻撃範囲だ。」
「トレント!!」
「あの傷がついた所はトレントが暴れて付けた後なんだ。根を張ると動けない代わりに枝を振り回して獲物を捕らえるから、迂闊に近づくとあっという間に餌食にされる。」

木に付けられた傷の位置が綺麗な円状になっていて、枝を伸ばせる範囲がはっきりと分かる。
この円に入ったものは何であろうとトレントに襲われて養分にされてしまう。

「ここで問題、根付きのトレントが襲わない生物は何でしょう?」
「えと…えと…虫…と小動物…あと、スライム!」
「おお、良く勉強してるな、正解。様は花粉の媒体になる生物と、食っても栄養にならない生物だ。」

ヴィオラは得意げにカバンの中を探ると、魔石を取り出して封印してあった自身の使い魔を呼び出した。

「さぁ!採っておいで!!」
「ぷぃっ!」

羽の生えた手の平程の子豚が、トレントの上空から果実目掛けてすっ飛んでいく。
すると、直ぐに硬い皮に包まれた果実をひとつもぎ取り、ヴィオラの元へ戻ろうと向きを変えた、その時。

「あっ!!」

バチンと音がして、しなる枝が使い魔に直撃し、ポンと淡い煙を残して消滅してしまった。

「あぁぁっ!ディディ12号が!!」
「言い忘れてたが、トレントは魔力の流れに敏感だ。知らない魔力を纏ってると攻撃してくるぞ。」
「そんな…」

ディディ12号と呼ばれた使い魔が落とした果実が草むらにコロコロと転がっていく。
あれだけでも拾えれば、それなりの報酬が約束されるがそれも無謀だろう。

「そんな…一体どうしたら…」
「まぁ少し待て、トレントの実はその日の内に収穫できるもんじゃねぇんだよ。」

デイビッドはそう言って、森の中を進んで行った。

「どこへ行くんですか?」
「あー、ちょっとな。トレントは大人しくさせるための用意が必要なんだ。この森ならどっかいると思うんだけど…なぁヴィオラ、クヌギの仲間の根元に赤いロウソクみたいなキノコが生えてたら教えてくれないか?間違っても引っこ抜くなよ?」
「触ると毒なんですか?」
「いや、逃げちまうんだよ。」
「キノコが…?」

ヴィオラとデイビッドはクヌギの多い場所で木の根元を見て回った。
しばらくして2人は大きなクヌギの下に、赤くて細長いヒョロヒョロとしたキノコのような物を見つけた。
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