黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

2人の距離

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「お、あった!」
「こっちにもありました!」

デイビッドはキノコの根元をそっと掘り起こすと、土の中から何かの塊を取り出した。

「なんですか?これ…」
「これか?キノコゼミの巣だよ。」
「キノコゼミ…?!」
「雌の頭にキノコみてぇなコブが生えてて、これが目印になって雄のセミを呼ぶんだ。」
「トレントの実を取るのと何か関係があるんですか?!」
「そう、このセミは実は魔物の仲間なんだ。普段は普通の木の樹液に含まれる魔素を濾し取って生きてんだけど、魔性質の樹木に取り付くと物凄い勢いで魔素も魔力も吸い上げようとするんで、一気に木が弱っちまうんだよ。」
「わかった!トレントをこのセミで弱らせて樹の実を採るんですね!?」
「その通り。樹木化したトレントは近づくのが厄介だが、生命維持が限界の状態だと周りに気を配る余裕がなくなって大人しくなるんだよ。」
「そんな裏技が…!?」
「裏技か…確かには知らないだろうな。」
(デイビッド様は人間ではない…?)

クヌギの林の中を探すと赤いキノコがあちこち生えていて、セミの巣の塊が5~6個集まった。

「よし、後はこれをこうして…」

トレントの周りの草むらから、ボーリングの玉のように土の塊を転がすと、幹の近くで土が割れて中から翅の退化した拳大程の大きなセミが現れた。
その頭には赤いキノコの様なコブが生えており、陽の光に当たると慌てて木の陰へと逃げて行き、早速後ろ足で土を掘り体を地面に埋め始めた。
何匹も位置を変えてトレントの根元に転がし、土に潜らせるとデイビッドは満足したように帰り支度を始めた。

「あれ?トレントの実は?」
「あの数なら明日以降だな。今日は別の物を収穫して帰ろう。」

デイビッドは虫の多い林を抜けると、開けた所で不思議な植物を摘み始めた。

「これ…何かの芽ですか?」
「そう、ソテツの新芽だよ。あそこに生えてんだろ?」
「あんなに硬くてゴワゴワの木…食べられるんですか?」
「新芽だけな。この辺じゃ食わないけどな…コレの仲間のシダの新芽も美味いんだけど、見た目が不気味で、下処理に手間がかかるんで誰も採らねぇや。」

キュッと引っ張るとスポンと抜ける葉先のくるりと丸まった植物を、ヴィオラはしげしげ眺めてから真似して引っこ抜き始めた。

「ぬるぬるしてる…」
「このヌメリが美味いんどけどな。アクもそんな無いし、このままでも食えるんだよ。」

そう言ってデイビッドは産毛と根元の泥を落としたソテツの新芽をポキッと食べて見せた。

「おいしいですか…?」
「味と言うより、食感を楽しむもんだからなぁ…はっきりした味はねぇぞ?…あからさまにつまんな気な顔してる…」

その後も山菜やキノコを集め、デイビッドとヴィオラはキャンプへと戻った。


帰って直ぐ、キノコと山菜の下処理を終えると、デイビッドはバターをたっぷり使ったガレットと、保冷庫に残っていたベリーをチーズケーキに混ぜて焼いた。
それから取り出したウサギの脳みそを半分は蒸し焼きに、もう半分をパテにしてヴィオラのために取っておく。

キノコと山菜をベーコンと共にザッと炒め、ソテツの新芽は軽く湯通ししてリシュリュー風ソースと和えてサラダにし、そこへウサギの屑肉で作ったパイと、同じく肉団子のスープを添える。


馬車の中で自分の初報酬をいつまでも眺めていたヴィオラは、食事に呼ばれるとペタンコの皮の袋に硬貨達を大切にしまい、自分の鞄へ突っ込んだ。

「今日は色々ありましたね!」
「そうだな、どうだった?冒険者の1日目は。」
「恥ずかしいですけれど、一人じゃ何にもできませんでした…」
「初心者なんてだいたいこんなもんだ。ヴィオラはひたむきで真面目だから直ぐに一人前になっちまうだろうな。でも、当面は俺の同行が無い日は1人で依頼は受けない事。もう少し経験値上げて、そうだな…せめてプレートが次の大きさになるまでは一緒に行かせてくれ。」
「分かりました!デイビッド様の言う通りにします!」
「頼んだぞ?!」

2人の他には誰も居ない静かな空間で、食事の間もヴィオラはなんだか落ち着かず、ずっとそわそわし通しだった。
(やっぱり二人切りはマズかったな…)
デイビッドが食後のハーブティーを沸かしていると、ついにたまりかねたヴィオラが立ち上がりデイビッドに近づいて行った。

「デイビッド様!ギューして!!」
「は?!」
「ギューして!ギューって!思いっ切りギューって!」
「…なんで?」
「せっかく2人だけなのに、なんでこんなに離れてないといけないんですか?!誰もいない時くらいくっついたっていいじゃないですか!?」
「いや、ダメだろ!普通に考えてもこの距離でも近過ぎるくらいなんだって!」
「もっといっぱいデイビッド様に触りたい!お腹のお肉触りたい!タプタプしたいーっ!」
「「止めなさい!!」」

デイビッドに重なった声が喚くヴィオラを捕まえた。

「女の子が気安く男に触りたいなんていうもんじゃないの!もっと慎みを持ちなさい!」
「うぇーん!ソファに座る時いつもパンツ見えてるシェル先輩には言われたくないーっ!!」
「なんてこと言うの!!見えてないわよ!?」
「あー、機嫌悪い時とかね。勢い良く座ろうとすると、スカートの端の方がふわっと捲れて端っこが見えることありますよね。あと、デイビッド様とか蹴っ飛ばす時にチラッと。」
「もっと早く教えなさいよ!!って言うか見てんじゃねーわ!!」

最近の私服はギャザーの効いた膝丈のトラウザーが主流なため、いくら足を上げても構うものかと言わんばかりに、シェルリアーナはエリックを思い切り蹴飛ばした。
ふくれっ面のヴィオラはウサギの脳みそで少し機嫌が直り、食後のデザートが運ばれると、その斜向かいにデイビッドが座った。

「やれやれ…この距離だって充分近過ぎるくらいなんだけどな。」
「私は足りないです!」
「そう言うな。本来この状態の寝泊まりだってタブーなんだ。周りに聞いてみろ。婚約者との距離感がおかしいって心配されるぞ?」
「そんな事ないのに…」
「なんにせよ、してからじゃ遅い。今はきちんと貴族として“適度な距離”ってのを守ってとけよ。」
「なんの後悔ですか!?私は今の方が大事なのに!」

ヴィオラはプリプリしながら布団へ入ると、まだ月も登らない内に早くも眠ってしまった。

「今朝も早かったし、依頼受けたりギルド行ったりでくたびれたんだろうな。」
「あら!ヴィオラもついに冒険者デビューしたのね!?」
「“も”って事はお前も持ってんのか?」
「私は一昨年資格の取得に便利だから取ったのよ。とっくに切れちゃってるけど、中型プレートの真ん中くらいまでいったのよ!?」
「一年かそこらでそれだけ進めりゃかなりのもんだ。」
「あら、半年よ!?プレート無視して大型依頼ばっかり受けてあっという間だったわ!」
「そりゃお見逸れしました…で?リズとの方はどうなった?」
「う…工房まで行って、模倣防止の術式8個組んで来た所…後は術式が定着したらリズが調節するって…」
「王族に渡すなら細部の装飾にも拘らなきゃだろ?後でアデラの王族が好む石と伝統模様の写し型選んどく。とにかくこだわり抜け。その方がサラムは喜ぶぞ。」
「わかったわ。ところで…そろそろ始めてもいいかしら?それともエリックが寝てからの方がいい?」
「いや、大丈夫だ。やってくれ。」

シェルリアーナは胸元から魔石を取り出すと、いくつも記録された魔法陣の中から遥か遠くへいる己の師匠へ繋がる通話の術式を選び、テーブルの上で展開した。

淡い光を放つ魔力陣が安定すると、まずはシェルリアーナが声を掛けた。

「師匠、いつものお時間でなくて申し訳ありません。シェルリアーナでございます。」

いつもは金曜日の夜、それも夜も更けた頃に寮の自室で結界を3重に掛けてやり取りするらしい。

「師匠、いらっしゃいませんか…?」
「おーい、爺さん!聞こえてるかー?!返事しろ ジジイ!!」

魔法陣に向かってデイビッドが大声を出すと、すかさずシェルリアーナの足が伸びてきて椅子から蹴落とされる。

「なんって口の聞き方すんのよ!!もっと敬いなさい!私の師匠よ!?」
「爺に爺っつって何が悪いんだよ!」

[ ハッハッハッ!元気の良い声が聞こえるな!親愛なる我が弟子シェルリアーナ君、今夜は随分と賑やかだな。 ]

しわがれているが耳に心地良い声が、魔法陣から聞こえて来てシェルリアーナは姿勢を正した。
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