黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

テオの婚約者

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「デイビッド様、お連れしました!」
「ありがとうヴィオラ。さ、どうぞ。少し散らかってますが。」
「おじゃま致します。」

ヴィオラの後ろにはテオとセルジオ、そして女性が1人。
色白でぽっちゃりとした体型だが、たおやかで色気のある儚げな雰囲気に、目元にくっきりと差した赤い紅が異国情緒を思わせる。
袖の布を長く引いた不思議な衣装に、薄く煌めく布を羽織って丸い扇を手にした姿はどこか神々しい。

「はじめまして、ユェイ・クー・ロンと申します。」

エルムともラムダとも違う礼の形で、彼女は静かに膝を折った。

「デイビッド・デュロックです。どうぞ気楽にして下さい。ここでは誰も気遣いなどしませんから。」

諸外国から来る使者や客人はデイビッドとエリックが並ぶと、ほとんどがエリックにばかり挨拶をする。
デイビッドがまず感心したのは、彼女は真っ直ぐ迷いもせずデイビッドに挨拶をした事だ。人を見る目と感性は鋭い様だと、デイビッドは内心喜んだ。

ソファ側に促すと、テオがぴったり張り付いてエスコートしていく。
テオは婚約者が来てからずっと周りを警戒していて、セルジオが彼女に話しかけると割って入るほどだと言う。
(昨日からやたら張り切ってるんだよ彼…)
(そりゃ婚約者にならいいとこ見せたいだろうしな。)
(そのクセなんも喋んないし褒めもしないんだよ?!どういうこと?)
(文化の違いってヤツじゃねぇの?)

カーペットの上で遊んでいたライラを一旦エリックに任せ、その後ろでカランとラムダの異文化交流会が始まった。

「まずは私から!この度は大変な無礼を働いた事、深くお詫び申し上げます。」
「ああ、別に気にしてませんよ。上等の豚肉を頂けて、こちらもとても有り難かったですよ。」
「寛大なお心に感謝致します。」
「ホラね、大丈夫だって言ったろ?」
「だからと言って私が無礼を働いた事がなくなるわけではないのよ!?」
「いやいや、こちらも良い豚肉を頂いたので、楽しませてもらいましたよ。なぁ、テオ。美味かったよな?」
「まぁ!まさか神輿の品を食べたのですか!?」
「こっちじゃそんな文化ないんだヨ!それに、この人は美味しいものができたら直ぐ人を呼んで振る舞うのが当たり前なんだ。」
「それでもです!」

(意外と尻に敷かれるタイプだったんだなアイツ…)
(お前はなんでここにいるんだよ…?)
外交に繋がる話と聞いてついて来たセルジオは、完全に部外者となっていた。

「本当にお気になさらず。ラ・カンの風習も存じておりましたし、あれだけ見事な神輿を寄越して下さったことにも驚きました。大きな豚を丸ごと料理できて久々に腕が鳴りましたよ。」
「重ねてお詫びいたします…あら、これは…」 

出されたお茶はいつものハーブティーではなく、カラン地方の花茶をデイビッドがブレンドした物だ。
それもスベスベとした丸くソーサーの無いコロンとした湯呑みに注がれ、黄色い花弁が浮かべてある。

「なんて良い香り。こちらではあまり飲まれる方はいらっしゃらないと聞きましたが…ラ・カンでもここまで香り高い花茶には滅多に出会えません!どちらでお求めのものでしょう?」
「気に入って貰えて良かった。市場で手に入れた花茶をいくつか組み合わせたんで、既製のものではないんですよ。」
「まぁ!ではご自分で?素晴らしいですわ!」

続いて茶菓子が出てきて、これにもユェイは感動した。

「乳製品は苦手とお聞きしましたので、餡入りの饅頭です。」
「嬉しいですわ!お気遣いありがとうございます。…あら、この味は…豆とも芋とも違う…でも卵の風味が豊かで甘過ぎず口溶けも良くて…何かしら…食べたことが無いわ…」
「お気に召しましたか?」
「降参です…この餡に使われている素材、何か教えて頂けまして?」
「あ、これ雄叫び草だ。」
「マンドラゴラか!卵混ぜるとホロホロで上手いなぁ!デュロック先生、今度また作ってよ。」

隣で遠慮無く菓子を口に放り込む婚約者を見て、ユェイは苦々しい表情を一瞬作った。

「この人ったら、この様子では幾度となくこちらで美味しい思いをしていたようですわね!」
「味を見てもらえるのは有り難いんですよ。特に郷土色の強い物は、地元の人間の舌が一番頼りになります。テオのおかげでカラン料理がだいぶ作れるようになりました。」
「作る…とは、やはりご自身でお作りになられると?」
「はい、ここで上手くいった料理や加工品を市井に出してるんです。そのためにも味見役は多い方がいい。テオみたいな舌の肥えた人間は特に重宝します。」
「しかし、雄叫び草とは…どうやったらこんなに美味しくなるのでしょう!」
「魔力を封じて魔素に触れさせないようにひっこ抜くと甘くなるんです。」
「そんな事が…初耳でした!栄養価の方はどのようになっているでしょう?」
「魔法薬の様な効果はありませんが、通常の芋より少し高めの栄養素は含まれておりますね。個人差はありますがこれを食べると体の調子が良いと言う友人もいて、時折採取しています。」
「なるほど…」

勉強熱心なユェイにデイビッドの関心が持っていかれ、隣のヴィオラは少し面白くなかった。
が、テオはもっと面白くなかった。

「そう言えば、デイビッド様は我が商会から、カラン地方の薬草の種を欲しがっているとお聞きしましたが、本当ですの?」
「ええ、是非こちらでも栽培できるか試してみたくて。」
「魔草でもないただの薬草を欲しがる方など滅多におりませんわ。後学のため何にお使いになるのか教えて頂けませんか?」
「いや、そのままですよ。市井に卸す薬の材料にしたり、食材の一部にしたり…」
「デイビッド様は薬学にも精通なさっておいでなのですか!?」
「そんな大層なもんじゃないですよ。自分が魔法薬の効かない体質なもので、魔法に頼らない昔からの薬を調合して使っているのですが、身体の出来上がっていない子供などには案外この方が良い事もありまして、趣味の延長で学んでいるだけです。」
「それは…我が国の生薬学に近いものでしょうか?」
「そうですね!カラン地方は“食”に重きを置いて、身体に取り入れる物で体調を整え病に備える学問があるんでしたよね?」
「はい!近年は魔法薬や回復魔法などに圧され、今や市井では見向きもされなくなりましたが、天然の成分で身体を整える薬草術があって、生薬学と呼ばれています!」
「食べる事で身体を整えるという考え方にとても感銘をうけまして、是非見習いたくて今色々と取り寄せてみている所なんです。」
「まぁ嬉しい!実は私も生薬学に魅せられた者のひとりなんですの!まさか異国で同士にお会いできるなんて思いもしませんでしたわ!」

盛り上がる2人を横目に淑女の顔が剥がれ始めていたヴィオラは、ついにそっといなくなり、外でライラを遊ばせるエリックの元へ向かって行った。

「おやヴィオラ様、お客様は?」
「デイビッド様とお話してます!」
「これは…見事にヤキモチですね。」
「すっごい話が弾んでて!しかも難しくて、私ついていけなかった…しかもデイビッド様楽しそうで…」
「右に同じく…あの空気はちょっと無理。」
「君まで出て来て良いんですかセルジオ君。」
「どの道口挟めないし、テオが無表情過ぎて怖い。」
「あの人、変ににこやかな時は外交モードだからなぁ…接待用の顔だからヴィオラ様もそんなに気にしなくて大丈夫ですよ?」
「むぅ……」

やがて火に掛けられた鍋から良い匂いが立ち昇ってくる。

「お、そろそろかな…?」
「先程から良い香りがしますね。とても美味しそうな…」
「テオがいつも細切り麺を持って来てくれるので、スープを作ってるんですよ。」
「細切り…麺…!?」
「蒸し物も用意してますので、お嫌ならそちらを…」
「いいえ、細切り麺とお聞きして引き下がれるカラン民はおりませんわ?是非私にもひとつご馳走して頂けると嬉しいです。お鍋を拝見させて頂いても?」
「あ、どうぞ。仕上げがまだですが…」

大鍋を開けると、豚の骨が中にまだ沈んでいる。
白濁したスープを小皿にもらい、味見をしたユェイはパッと表情が明るくなった。
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