黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

エドワードの頼み

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「婚約者に義妹の世話を押し付ける考え無し令息、浮気疑惑で婚約破棄騒動に発展…なんてちょっと読んでみたい…」
「おい!やめろエリック!!」

具材を炊き込んだ米に焼いた卵を被せ、簡易オムライスも出来上がるとライラは夢中で口を動かした。

「んまんま!」
「はい、あーんしてライラちゃん!んー、おいしいねぇ!お野菜も食べましょうね。わぁ、えらーい!」
「ヴィオラ様イキイキしてますね。」
「楽しんでるならよかった。」

棚の上のイヴェットは少し迷惑そうにしていたが、興味は無いのだろう。一瞥しただけで背を向けて丸まっていた。

手掴みで焼き菓子を食べるライラを愛おしげに見つめるヴィオラと、そんな2人を見守るデイビッドが、一瞬とても自然な家族の姿に見え、エリックは少しの間口を挟まずその光景を眺めていた。

「フフ…」
「なによ、幸せそうな顔してんじゃないの。」
「おや、シェル様お帰りなさい。」
「私が来たのに誰も気が付かないから何事かと思ったら、主役があの子じゃ勝ち目がないわね。」
「ちょっと訳あり事件が起きちゃいまして。」
「聞いてきたわ。アイツに隠し子ですって?女性とまともに手も繋げないヘタレが浮気なんて無理よ。何の話かと思ったら、納得したわ。」
「色々あって、デュロックで引き取ったんですよ。」
「へぇ、そうなの…って、デュロックで!?」
「デイビッド様がこの齢でお兄ちゃんとか、笑っちゃいますよね?!」
 「それって義妹ってこと!?」
「なんで義妹にそんな反応するんですか…?扶養に入れただけですから、養育義務だけ果たせばいいだけの関係ですよ。」
「ヴィオラはなんて…ああ…幸せそうなのね…そうね、あの子そういうタイプの子だったわね…」

カウチではなくダラダラとジュートの上に直にくつろいだエリックとシェルリアーナは、仮初めの家族となった3人をしばらくの間見つめていた。

やがてエリックも授業に向かい、腹の膨れたライラがウトウトし出すと、寝かしつけていたヴィオラが釣られて眠り、続いてシェルリアーナも寝てしまった。
(よく寝るなぁ…)
3人に薄がけを掛けてやると、イヴェットがカゴから起き出し、ライラのそばで丸くなる。
(あったけぇのかな…?)
眠る3人と1匹の横で、デイビッドは夕方と明日の仕込みに取り掛かり、しばし穏やかな時間が流れた。



「僕と、アルラウネの採集に来て欲しい!」

その静寂が破られたのはライラがクズったので、おしめを取り替えている最中だった。

真剣な顔で現れたエドワードは、ジュートの上に両手をつきデイビッドに頭を下げた。

「アルラウネ…?アリーがいるじゃねぇかよ。」
「そうじゃない…王立魔草学研究所で飼育されているアルラウネの採集時期がもうすぐなんだ!」
「なんでお前が行くんだ?」
「僕の家は代々ヴァンパイアの血族。元々は存在を許される代わりに王家に剣を捧げて来た家系なんだ。」
「ふーん…」
「しかし平和な時が続き、王都も長く兵を要しない中、医師として王族に仕える裏で、国の有事に動く特殊部隊を任されていてね。アルラウネの採集は特に重要な役目のひとつなんだ。」

エドワードの家はセオドア伯爵家。特殊な血統の中でも特に珍しいヴァンパイアの血筋だ。
血統が覚醒しないとただの虚弱な人間でしかないため、子の覚醒は一族全ての悲願でもあるが、一度目覚めると人間など足元にも及ばないほどの力を得ることができるとか。

「それで、今度今年2回目のアルラウネの採集で、前回の成果を上回れれば僕の独り立ちを許してくれるって言うんだ!」

同血統は離れられないため、郊外や国外には行けないが、独立を許されるのはありがたい。
家に縛られず自由に生きることを望むエドワードにとって、生家から出られるチャンスは逃せない。

「だったら一人で行けよ。」

おしめを取り替えても起きなかったライラを再び布団へ戻し、外の洗い場で汚れたおしめを洗うデイビッドにエドワードが縋り付く。

「無理だよぉぉ!!春先にだって片腕ふっ飛ばされた人がいたんだよ!?直ぐにくっつけたって言ってたけどさ!」
「くっつくならいいじゃねぇか。」
「やだよ!痛いのと怖いのは苦手なんだ!」
「んなもんみんな苦手だよ。」
「シェルリアーナから君の勇姿はたくさん聞いてるよ!?少しくらい協力してくれてもいいじゃない!!」
「だからって、魔法のまの字も使えねぇ俺じゃ戦力にならねぇだろ?」
「アルラウネは目視できるだけでもすごいんだよ!それに君、なんか魔物とかとすごく相性良さそうだし!」
「囮にでもする気か…?」

洗ったおしめを干場に吊るし、乾いたおしめを順に取り込んで畳むデイビッドを追いかけながらエドワードは続けた。
 
「お願い!負けたら家のメンツもあるし、結構大変なんだ!」
「そうは言っても…ん?負けるってアルラウネに?」
「いや…採集に向かうのはいつも2組から3組…今回はハルフェン侯爵家と当たっちゃって、正直困ってるんだ…採集の結果が向こうより悪かったり活躍の場を取られたりするとすごい恥かかされるんだよ…」
「ハルフェン…」

それを聞いて、デイビッドは何か打算が浮かんだのか、少し人の悪そうな顔でエドワードを見た。

「エド、わかった。その話乗ってやるよ。」
「ほ…本当に!?」
「で?その採集ってのはいつだ?」
「来月の末…」
「親善会の少し前くらいか?」
「うん…できるなら、勝って親善会に臨みたい。」
「それまでに、色々支度しとけよ?!」
「わかってるよ!デイビッド君、恩に着る!」
「ま、今回恩に着なきゃなのは俺の方だしな。できる限り協力してやるよ。」

勝機があるのか分からないが、デイビッドには何やら考えがあるようだ。
さて、どんな策を講じるつもりなのか…
寝ているライラの2度目のおしめを取り替えながら、また洗い場に出ていくデイビッドを、エドワードは不安気な目で追っていた。


「…このカーペットスタイルは危険だわ!!」
「よく寝てましたねぇ。」
「ライラちゃんがあったかくて…つい。」
「ニャンニャーン!」
「ン゙ン゙ン゙ン゙~…」

ライラに捕まったイヴェットが尻尾を掴まれて猛ダッシュで逃げて行く。

夕飯はとろけるまで煮込まれた鹿肉と、豆のキッシュと、マンドラゴラとジャガイモのサラダ。
それに昼の残りの混ぜ飯を出すと、ライラは直ぐに口を開けた。

「はい、あーんして!」
「ヴィオラ、代わろうか?昼も見てくれてたろ?」
「ヤです。私の楽しみ取らないで下さい!」
「母性がすごいんですねヴィオラ様は。」
「良かったわね。」
「だから何でこっち見るんだよ!」

夜になると、ヴィオラはシェルリアーナに連れられ、ライラと引き離されて帰って行った。

「ライラちゃん!また来るからね!待っててね!忘れないでね!!」
「いくらなんでも忘れないわよ!ほら、門限過ぎちゃうでしょ!」

連れて行かれるヴィオラにライラはご機嫌で手を振っていた。
そして、自分の周りに誰もいなくなると、空中に手を伸ばし、ひとりで遊び始めた。

「いやぁ…ねぇ!?」
「思ったよりなぁ…」

ライラの周りに飛び交う妖精達の姿が、エリックとデイビッドの目に映る。

「これが狙いか…」
「こんな赤ん坊まで巻き込もうなんざ、下衆な連中め。」
「でもね、ハルフェンを大人しくさせられれば、今ならこの王都の貴族の半分は黙らせることができるんですよ。」
「そんなにか?」
「ええ、精霊血統の中でも群を抜く実力者で、現聖霊教の要の家ですから。」
「なら、こっちにも好都合だな。」

散々妖精と遊んだライラはコテッと寝てしまい、やわらかな月明かりに照らされて幸せそうに寝息を立てていた。


「あ゙ぁぁぁ!しっかりオネショ!!」
「早く洗って来いよ?」

朝早く、いつの間にかカウチに登り、エリックの横にぴったりくっついて眠っていたライラのオネショで目が覚めたエリックが絶望する横で、デイビッドは鍋の支度に忙しかった。

ぐらぐらと沸き返る大きな寸動鍋からは、やや獣臭い香りが漂っている。
いくつも並んだダンプリングが次々と蒸し上がる蒸気の中で、デイビッドは肉ダネを米粉の皮で包んでいた。

やがて丸洗いされたライラとエリックが風呂から上がり、保湿剤を塗りたくられて逃げ出すライラを捕まえて着替えさせているとヴィオラが客を連れて現れた。
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