黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

クーロン商会

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「まぁ!豚ガラですのね!ラムダでは豚のスープはあまり人気がないとお聞きしましたのに!」
「こんなに美味しいのに、もったいないですよね。ちょっと失礼…」

デイビッドは別の大鍋にザルを掛け、中の豚骨を引き上げると今度は布で濾しながらゆっくりスープを絞っていった。
隣では何種類ものダンプリングが蒸し器の中で蒸されている。

「じゃ、始めますか!」

勢い良く沸いた湯に麺が投入され、ひとつひとつ丁寧に湯切りして器に入れられていく。
テオが慣れた様子でそこへスープを注ぎ、肉と薬味を飾るとまずはユェイの前に白木のハシと共に置いた。

「…先生の細切り麺、すごく美味しいから、食べてみて…」
「ええ、是非!」

蓮の花弁のような形の陶器のスプーンで、丁寧に一口ずつ啜るユェイは頬が蒸気して更に艶めいて見える。

「ああ、美味しい!細切り麺なんて、もう長いこと食べておりませんでしたわ!」
「口に合って良かった。」
「…デイビッド様は良く食べる女はお嫌いですか…?」
「いや、まさか。食は身体の資本です。遠慮されるとつまらない。特に自分の婚約者が美味しそうに食べる姿を見るのは嬉しいですよ。」
「良かった!私美味しいものには目がないんですの!このスープ、とても奥行きがあって濃厚なのにしつこ過ぎなくて…ですが、極めつけのひと味が何か足りないとお考えでは?」
「そこまで味わい分けられる方に会ったのは始めてです…そう、あとひと味…何を足したらいいのかわからなくて…」

ユェイはそこでヒラヒラも優雅に揺れる自分の袂から、大きな黒い瓶を取り出した。
中には恐らく魔法収納が仕込まれているのだろう。

「こちら、カランから隣のミヤビ地方にかけて作られている大豆を発酵させて作られた“タマリ”と呼ばれる調味料です。この度の手土産にお持ちいたしました。」
「少しよろしいですか…?」

手にした瓶の中身を小皿に移し、ひと舐めしてデイビッドの表情が変わった。

「これだ!エルムの内部で何度か食べた料理の隠し味!」
「類似品はたくさんありますが、この深みのある味わいはなかなか出せません。」
「ここで出会えるとは思わなかった…郊外のマーケットで似た物は何度か手に入れたのですが、この味は見つからなくて…」
「作られている数が少なく、カラン地方でも特定の客が買う程度なんです。ミヤビの方に行くと庶民にまで広まっているのですが、あの土地の者達はあまり外へは出ませんから、こちらで探すのはかなり骨だったかと思いますわ。」

試しに豚のスープに垂らしてみると、ほんの僅かで味が引き締まり、香ばしさに旨味と深い味わいが足されて、デイビッドの納得のいくスープが出来上がる。

「少し…いやかなり感動しました。クーロン商会ではこんな調味料も取り扱うのですか?」
「よくぞ聞いて下さいましたわ!」

この瞬間、2人の歯車はガッチリと噛み合い、ものすごい速さで回り出した。
大商人の娘と、商会を背負うデイビッド。頭の回転の速い2人はすでに数年先の取引まで見越してお互いを見ている。

「あの…先生…続きは食べてからでもいいですか?!」
「おう、悪い!早いとこ作っちまうよ!」

商談は少し置いておき、次々と茹だる麺とダンプリングを並べると、外にいたヴィオラ達も入って来て器に飛び付いた。

「デイビッド様おかわり!」 
「最近コレ食う早さが半端なくないか?!」
「だって美味しいんですもん!お肉も足して下さい!」
「きゃーう!」
「ライラにも好評ですよ?手掴みでまぁよく食べる…」
「先生のいない時に一度作ってみたんですけど、どうも味が決まらなくて、麺を入れるには及ばず、ただの豚のスープにして終わってしまいました…」
「デイビッド様おかわり!!」
「少し待ちなさい!!」

賑やかに進む食事風景に、ユェイはとても嬉しそうだった。

「テオ様は本当に良い縁に恵まれたのですね。」
「あ、ああ…デイビッド先生が良くしてくれて、色々勉強にもなっているし、こっちでも食事が摂れるようになりました。」
「手紙を開く度に帰りたいと綴られていたのが嘘のようですわ。」
「セ…セルジオ殿下もいらした事だし、父の仕事も手伝ってるので、まだまだ帰れません。」
「なかなかお会い出来なくて心配でした。でもこんなに素敵な方と巡り合わせて下さるなんて、本当に有り難い限りです。」
「向こうも…そう思ってるといいですね…」
「あら、妬いて下さるの?テオ様もそんな顔なさるのね!大丈夫よ、あの方の目に私は映っていないもの。あの目は商人を相手に打算を繰り返す同族のものです。それにしても人の持て成し方を弁えてるわぁ…スルッと引き込まれてしまって、気がつくとこちらの引き出しがどんどん開けられていく感じ…只者ではないのね。」
「うん…本当に…そこはすごいと思うよ…」

鍋のスープが半分以上なくなり、麺も残り僅かのところで皆が満腹になり、さっきとはまた違う花茶が出された。

「この花茶も大変美味しいです…ここまで食に造詣が深く、味覚の鋭い方にはこれまでお目にかかったことがありません。この出会いは正に商いの神のお引き合わせですわ!」
「こちらも、こんなにも博学で視野が広く聡明な方のお相手がで来たことに感謝しています。」

「「ところで…」」

一息ついて、食後のデザートに果物のソルベを食べ終えた頃、2人は完全に商人としてのスイッチが入った。

「生薬の中でも特に鮮度を要する物はやはり現地で栽培し即加工できる環境が望ましいと思い、ここで薬草園や農閑期の田畑を利用した量産が望めないかご相談したくてーーーー」
「魔物肉の加工と流通はこちらが群を抜いて実績も高く、ただ売るだけではなく熟成や品質管理に置いても類を見ない技術と経験をお持ちの事なので、是非とも加工所の増設と販売ルートの一部の委託についてお任せ頂けないかと思いましてーーー」
「エルムではなくラ・カンの文化と商品を是非扱わせて頂きたいのですが、その窓口にクーロン商会をご指名させて頂ければ幸いです!」
「願ってもないお申し出ですわ!以前、こちらお国の公爵家の不興を買って以来ラムダ進出は我等クー・ロン家の悲願でした。王都でも信頼の厚いグロッグマン商会とデュロック家が後ろ盾となって下さるならこれ程心強い事はありません!是非とも良い取引と長いお付き合いが出来れば嬉しいですわ!」

テオの目には物凄い勢いでガラガラと回る歯車が二人の後ろに見えるようだった。

「すごいな、何の話をしてるのか理解する前に次の話題に移っていく…」
「彼女は人付き合いを金勘定と同じくかなりシビアに取るのですが、あの入れ込み様は見たことがない…」
「…まさか、不安に思ってるのか?!取られやしないかって?」
「いや、のめり込まないか心配なんです。普段深く人と関わらない分傾倒すると一途なもので!」
「のめり込む…」
「彼女の名に万が一傷が付けば僕の立場が無くなる!」
「そこは…大丈夫じゃないかなぁ…」

なんせ相手はデイビッドだ。
取り入ろうにも一筋縄では行かず、経験値も高く、婚約者以外の女性は目に入らない。
クーロン商会ともうまくやっていく事だろう。

「素晴らしい時間をありがとうございました!この次までには商会の方へご希望の品をお届けに上がりますわ!」
「こちらこそ、大変有意義なお話がたくさんできました。また色々ご相談させて下さい。」

「「それでは!」」

申し合わせたように息の合ったやり取りに、置いてけぼりの3人は呆気にとられていた。

「さ、テオ様!今度は王都の中を案内して下さいまし?!」
「え?あ、ああ…せ…先生それじゃまた…」
「おう、またな!」

テオとユェイが部屋を去ると、残されたセルジオはカーペット側の床に倒れ込んだ。

「えー?疲れた…人の話聞いてるだけだったのに、すごく疲れた…」
「あの勢いはすごかったですね。」
「いやー!すごいな、ありゃ大した女傑だ。肝の座り方といい引き出しの数といい、かなりのやり手だな。言葉の選び方から相手の出方に合わせた間の取り方まで根こそぎ絡め取るつもりで来てた。久々に骨のありそうなのが来たなぁ。」
「随分と褒めるんですね…ユェイさんの事は。」

ぷくっと膨れたヴィオラが、ライラを抱っこしたままデイビッドをじっと見ている。
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