黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

領地開拓実習

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(褒めてました?今の…)
(少なくとも女性を褒める言葉はどこにもなかったような…)
こそこそ後ろで話すエリックとセルジオは難しい顔をした

「気に入ったんですか?ユェイさんの事…」
「商談で女性相手はだいたい疲れちまうんだが、今回はそんな事もなくむしろ清々しい気分だ。正直いい取引先だと思ったよ。」
「そうですか…」
「でもやっぱり女性として扱えても、異性としては見られないな。俺にはヴィオラしかいないよ。」
「え!?えへへへへ…」 

(今、若干おだててご機嫌取りましたよね?)
(そういう小賢しい成長もしてるってことですかね…)
足を放り出してくつろぐエリックとセルジオは、完全部外者としてその後もしばらく空気になっていた。


「おいしー!おーいしー!」
「あーはいはい!今作ってるから待ってろよ!」
「ライラちゃんてデイビッド様の顔見るとおいしいって言いますね。」
「デイビッド様の事を“おいしい”と認識してるようなんですよ。」
「ライラちゃん!ほら私の事はママよ?ママって言ってみて!?」
「ヴィオラ!せめて姉的立場で頼む!真剣に!!」

夕飯には残りのスープに米を入れ、豚雑炊を作るとライラは夢中ですすっていた。
昼に出すのをためらった大きな肉詰めの饅頭に海藻のサラダもあってボリューム満点だ。

「ハッ、しまった!このままじゃエリック先生みたいになる!!」
「失礼な!アデラの床敷きスタイルで寛いでるだけでしょう!?」
「危ない!気持ち良かった…こんな状態で饅頭かじりながらぼんやりしてたら駄目になる!人として!!」
「人を駄目になってるみたいに言わないで?!」

夕食時までゴロゴロ過ごしたセルジオは、焦りながら饅頭片手に帰って行った。


「ふぁぁ…」
「ライラちゃんもうおねむね?私も眠くなってきちゃった…」
「だったら寮に帰れよ?」
「はぁ…いつになったら親子で暮らせるのかしら…」
「いつになっても親子にはならねぇだろ!」
「私が赤ちゃん産んだら仲良くしてあげてねライラちゃん。」
「ホラ、行くぞ!?」

ライラの手を離し、寮へ帰るヴィオラをデイビッドが送って行く。
エリックがライラを洗って着替えさせたり、歯を磨いてやっていると、血の気が失せて蒼白い顔をしたデイビッドが戻って来た。

「普通は赤くなるとこなんですけどね?」
「いや…そんな次元の話じゃねぇだろ…」
「好きな相手との子供の事を考えただけで?」
「俺には無理な話ってだけだ!」
「婚姻の最重要項目みたいな所で躓いてるの、なんとかしなさいよ!!」
「まだ仮婚約も外れてねぇよ!!」

ネガティブを拗らせた挙句がこれかと、エリックは今後も教育が必要になりそうでうんざりしながらライラを寝かしつけた。


次の日、領地経営課の生徒にある通知が届いた。
デイビッドが受け持つ特別枠の授業に参加する生徒は、活動しやすく汚れても良い服で、魔法学棟の転移装置の18番の門を開けて通るように。と…

生徒達が転移装置を潜ると、そこは一面の草原で、大きなマロニエの木の下に出た。
風の渡る気持ちの良い木陰に集まっていると、どこかから黒い馬がガラガラと荷車を引いて現れ、皆の前で止まった。

「あ、この馬先生の馬だ。」
「ミスタだっけ?」
「ムスカじゃないの?」
「ムスタだよ!」

馬の後ろからぞろぞろと大きな山羊を引き連れたデイビッドが出て来て、皆を呼び集める。

「よーし、それじゃ今日からしばらく授業は全部実技だ!」
「「えー?!」」
「えーじゃない!最終的に動く人間が何をするのか上が分かってないと、指示と現場の状況が噛み合わなくなってそこには必ず不満が生まれる。地図だけ見て耕作を進めた結果、農民が軒並み逃げ出して気がついた頃には畑が壊滅してたなんて例もある。現地で何が起きているか、自分の目で見るだけじゃなく、邪魔な木1本切るだけでどれほどの労力が要されるか、自分で体験してみろ!」

そう言ってデイビッドは荷馬車から色々な農具を取り出した。
鋤、鍬、フォークにシャベル、ノコギリ、鎌、どれも新品ではあるが人の手で使うものだ。

「いいか?知っての通りだと思うが、そこらの下手な武器よか農具の方がよほど危険だからな。腕とかふっ飛ばされても俺は治せないから、絶対に1人で使うな!人に向けるな!周りを見ろ!声をかけ合わないとどれほど危険か、現場ってモノを経験して来い。」

「「「はぁーーい!!!」」」

各々別れた生徒達は、耕作組と、居住区の整地組と、用水路の拡張組に別れた。
だだっ広い畑を耕すのも、空き家の撤去も、水道を掘るのも、どれも過酷な重労働だ。

「先生、馬とか使わないの?」
「いずれ投入するが、順番な。今日は全員手作業で道具だけ使ってやってみろ!」
「「「ええぇーー!!!」」」

早速開始したが、作業は遅々として進まず、1時間たっても畑は一畝も耕せず、住居跡に生えた木は切りかけで、水路などやっと人が入れる穴があいただけ。

「先生ぇ~もうダメェ~…」
「疲れたよぉ!!」
「おぉ…案外進まねぇもんだったな。」

マロニエの木の下に残してあった竈門で、茶を入れながら様子を見ていたデイビッドは、昨今の生徒の軟弱さに苦笑いをしていた。

「そもそもさぁ、先生はやったことあるの!?」
「8歳で井戸掘りと畑仕事。12の頃には穴掘りなんざ日常で、荒野の開拓も経験した。トンネルも掘ったし、運河の施工にもツルハシ担いで参加したよ。スラムじゃこんないい道具なんかねぇからオンボロの壊れた農具を直しながら使ってた。」
「8歳で?!先生何してたの?」
「アデラで行き倒れの井戸掘りと一緒にスラムの開拓。水が出ると水源の水が売れなくなるってんで、上流の人間が邪魔しに来るから水源地には別の収入源を作る必要があって、そっから始めて2年でやっと1本井戸が通ったんだよ。」
「すげー…その時やっぱり感動した?」
「水が出る前日に連れ戻された。」
「「悲惨!!」」

結局、授業時間いっぱいやってもほんの僅かの開拓しか進まず、生徒たちの士気はただ下りになった。

「肩いったぁ~い…」
「豆が潰れて手が血だらけだよぉ!」
「泥沼に落ちちゃって…もうヤダ…」
「鎌で腕切ったぁ!!」
「はいはい、負傷者の皆さんはこちらにどうぞぉ~!」

そこへエリックがにこやかに現れ、怪我や痛みを治療魔法で回復していく。
汚れた身体にも浄化魔法がかかると直ぐに綺麗な服に戻った。

「先生ありがとう!」
「はぁ…生き返ったぁ…」
「ちなみに、本当の開拓でこれやったら1回で銀貨2枚は飛びますよ?」
「銀貨2枚!?」
「魔法師は高いですからね。ただの魔法薬でも銀貨1枚は下りません。」
「そんなに…」
「ちなみに、開拓の日当はだいたい銀貨1枚が相場だ。」
「銀貨1枚ぃぃ?!」
「ケチなとこは大銅貨7~8枚だな。どう思う?」
「どうって、酷過ぎませんか?!」
「だよな?そう思うだろ?だから実践が必要なんだよ。紙の上で計算しただけじゃ、何も見えねぇ。予算が足りねぇからなんて言い訳で、不便を強いられたり使い捨てられる人間がいていいと思うなよ?今日の経験を忘れるな?使う側には使われる側の事情を理解する義務があるんだ。」
「「「ハイ……!」」」

ヘトヘトになった生徒達が各々帰ると、デイビッドもムスタを呼んで帰り支度をした。
帰る前に畑周りに出ると、草を食むグランドシェーブル達の様子を見て、声を掛けていく。

「しばらく行ったり来たりするから、当分こっちにいてくれよ!?」
「ン゙ン゙メ゙ェェ~~~!」
「危なくなったら柵の中に逃げるんだぞ?」
「ン゙メ゙ェェェ~~!!」
「歩き草達と仲良くな!」
「ン゙メ゙ェェェ~~~!」
「じゃぁな!」
「会話してる…?」

呼ばれたエリックも早々に転移で帰ってしまったので、デイビッドは久々にムスタの早駆けに付き合い、5分間の地獄を味わった。
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