黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

出発準備

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「なんか最近僕のこと除け者にして話進めてますね?」
「たまたまだろ?」
「なんで僕がいない時にそういう話するんですか!?」
「お前が面白がるからだよ!!」
「僕はもう正式に貴方の従者なんですよ!?片時も離れず側に置いとくもんでしょう?!」
「ほぼ寝床から出てこない奴が何言ってんだ…?」

少し前に、惰性で引き継いだエリックの身柄の詳細を商会で確認して驚いた。
勝手に従業員扱いになり、給料として毎月金貨2枚が自動的に支払われる事になっていたため、即座に契約内容を書き換え、一般の従業員とほぼ同額の給与設定に変更した。
外交官の主人を助け、優秀な助手としてその手腕を振るっていた頃とはもう違う。
これを本人に伝えた時の返答も「わかりました~!」と軽いものだったので、後は放って置いている。

「領地に帰る時は嫌でも連れてくぞ?」
「いいですよ?元々帰る気でいた訳ですし、お土産何にしようかなぁ~。」
「誰に持ってくつもりだよ。」
「いえ、こっちに帰る時何買って来ようかなって話です。」
「聞いた俺がバカだった。」
「で?ヴィオラ様はどうするんですか?」
「まだ話してない…」
「お連れにならないんですか?」
「連れてっても迷惑なだけじゃねぇの?」
「何を仰る!国内有数の観光地にして最高のレジャースポットですよ!?デイビッド様がつまんない仕事を終わらせてる間に、思い切り楽しんでもらえばいいじゃないですか!案内なら僕に任せて!!」
「もう遊ぶ気満々か!?」

しかし、早くヴィオラに相談しなければならないのも本当だ。
もし置いて行く事になれば、またローベル領で過ごさせるのもいい。
デイビッドが必ず側にいる必要は無いのだから。

しかし…

「無理です!」
「無理…?」
「私はもうデイビッド様無しでは生きてゆけないので、離れたくないです!」
「いや…でも…」
「それにですよ!?私デュロック領って一度も行ったことないので、行ってみたいです!」
「そうか…」
「どんな所か、デイビッド様の産まれた故郷も見てみたいです!お嫁さんとして!」
「気が早い!!」
「来週テスト期間が終われば夏休みですよ!連れてって下さい!」
「そうだなぁ…行くか、一緒に。」
「はいっ!」

そうと決まればデイビッドも腹を括り、改めて支度を始めた。
商会に話を通し、留守の間の家畜の世話をまた騎士科に頼み、方々へ知らせていく。

「そうだ、ライラをしばらく預かってもらえるよう話とかねぇと。」
「ライラちゃんも連れて行けばいいじゃないですか!」
「勝手に養子にしたから気まずいんだよなぁ…」
「家族なら余計に仲間外れはダメです!一緒に行きましょう?私もいっぱいお世話しますから!」
「わかったよ…」

日に日にヴィオラの表情は明るく、そわそわと落ち着かなくなっていく。
デイビッドとの旅行が余程楽しみのようだ。

「肝心のはどうすっかな。」
「運河の旅客船でも取ります?」
「ファルコがいればまた籠を頼もうかと思ったんだが…」
「そう言えばあれから帰って来ませんね。」
「どうしてっかなぁ…」

デイビッドは渋るムスタに乗ると、商会へ行くついでに久々領地へ寄り、まずは湖に声を掛けた。

「そうかそうか!心配するな ここの事は任せておけよ!?何が来ようと悪さはさせんでな 安心して遠出でも何でもして来ると良い」

今日持って来たのは、強めの酒精を効かせたスモモのプリザーブと、燻製した鴨肉のオイル漬け。
最近、塩気のあるものも好みとわかり、ちょくちょく持って来ている。

「お主は本当に気がよく回る それでもあまり気にせん様にな 人と話ができるだけでワシ等は嬉しいものよ」
「それでも、ありがたい事には変わらねぇからな。人間の自己満足と思って受け取ってくれりゃいいよ。」
「それを聞いて他の精霊共がどれ程羨やむことかの よしよし 旅路で何かあれば水辺に寄ると良い 必ずや助けが来よう」
「…なんだそれ?」
「お主はこの先何があろうと 水に煩わされることは無い どこに居ようと水ある所 世の水精がお主の力になる このジーナの名に賭けて誓うぞ」
「そりゃぁ…あ、ありがとよ…」

にんまり笑うジーナの目がデイビッドを捕らえ、真っ赤な口が弧を描く
ありがたい反面ゾッとしてしまうが、なるべくそう見えないよう笑顔で返すと、今日は何も持たずジーナに手を振り湖を離れた。


ムスタを草原に放し、1人森の中へ入って行くと、直ぐに甲高い猛禽類の鳴き声が響いて来る。
辺りはすっかり静まり返り、トレントの呻き声さえ聞こえて来ない。
グリフォンの縄張りでは生き物は息を潜めて気配を消すのだ。

声の方へ近づくと先にデイビッドを見つけたのはファルコだった。

「キュルルルルッ!!」
「よぉ!元気そうだな。ケガもなさそうで良かった。はどうした?」
「キュピルルル!」

案内されて森を進むと開けた所にグリフォンの背中が見える。

「キュ~~ルルル!」
「キィィッ!」

振り向くグリフォンの元へファルコが駆け寄り、顔を寄せて毛づくろいをしている。 
(仲良くなったって認識でいいんだよな…?)
ファルコの仲間的なものならいきなり八つ裂きにはされないだろうと、デイビッドはそろりそろり巣に近づき、そっと中の様子をうかがった。
すると中では何かがモゾモゾ動いているのが見える。

「あっ!」
「ピイ!ピイ!ピイ!ピイ!ピイ!」

巣の中にいたのは3羽の雛。
白い産毛に斑の模様が目立つ雛鳥が、元気に親鳥の腹の下で動き回っている。

「キィィーッ!」
「悪い、気になって覗いただけだよ!触ったりはしねぇって!」

グリフォンに見つかり、慌てて巣から離れようとすると、グリフォンは巣の中で何かゴソゴソしたかと思うと、デイビッドの頭に勢い良くくわえた尾羽を突き立てた。

「あ゙っっ!!」

羽が刺さらないので何度も試している内に、後ろ髪の結び目に突き刺さりようやく満足そうな顔をする。
頭が傷だらけにはなったが、グリフォンと対面してこの程度で済むならありがたいものだ。

「あ…ありがとう…」

血だらけになりながら礼を述べ、急いで巣から離れると、ファルコが申し訳なさそうについて来た。

「クルルルルル……」
「ああ、構わねぇよ。気が合ったんだろ?彼女といてやれよ。その内また様子を見に来る。じゃあな相棒!」

ファルコを撫で回し、森を出るとムスタを呼んで跨がろうとして頭の羽を思い出し手に取った。

「でぇっけぇ~…ファルコの3倍以上あるなぁ!」


頭を触ると手に血が着くが、気にせずグリフォンの羽を腰のベルトに刺して学園へ戻る。
(またシェルが欲しがるかな…?)

ファルコの時のように、また目を輝かせてねだるだろうか…そんなことを考えながら部屋へ入ると、そこには困った顔のアリスティアが座っていた。

「お帰りなさい。少しお邪魔しておりました。」
「あ…あぁ、そりゃ構わねぇが…一体どうした?!」

アリスティアの隣にはヴィオラもいて、2人して泣きじゃくるシェルリアーナに寄り添い、背中や頭を撫でている。

「うわぁぁぁぁん!!もうおしまいよぉぉぉぉっ!!」
「なんか前にもあったな、こんなのよ…」

ヴィオラにしがみついて声を上げるシェルリアーナは、まるで子供のように恥じらいも無く泣き喚いている。

「……何があった?」
「ご家族より、お見合いの話が持ち込まれたようで…」
「そりゃ仕方ねぇ話だろ?」

シェルリアーナは半年の間に婚約者を自力で見つけることを条件に自由を許されていたが、気がつけば半年などとっくに過ぎていた。

「そんなん、チラッと会って断って来いよ!」
「この話には続きがありまして…それを聞きつけたレオニード様が先手を打って、お見合い相手を叩き潰し、ご家族を説き伏せてご自分が成り代わったそうです。」
「途中まで良かったのに、変態はやっぱ変態のままか…」
「更にお母君がご離婚されたそうで…」
「あー…されても当然てな感じだったしなぁ…」

娘の母親譲りの美貌と高い魔力と魔術の腕を良いように扱って来たロシェ家の当主は、遂に夫人に見限られてしまった様だ。
しかし、見合いに関しては父が半年、母が半年で合わせて1年の猶予を受けていたシェルリアーナはすっかり当てが外れてしまった。

もちろん相手探しなど欠片もしていないので、即相手を宛てがわれたが、そこへ義兄が余計な手を出した。
しかもそれを止める者が誰も居ない。
家としては前科のあるレオニードを家系の中で抑えられるならそれに越したことはないと、見合いの席の妨害は受けたがそのままシェルリアーナの相手としてくっつけてしまいたいと言うのが本音だ。
時間も逃げ場も失ったシェルリアーナは、絶望の淵に立たされ、今は泣くより他にできなくなってしまったそうだ。

「もぉいやぁぁぁっ!お母様の嘘つきっ!お父様なんかクソ喰らえぇぇぇっっ!!」
「口が悪くなったなぁ…」

1年前はもう少し口調もお淑やかだったような気がする。
気がするだけかも知れないが。

「デイビッド様…なんとかなりませんか?このままじゃシェル先輩がかわいそうです…」

ヴィオラまで泣き出しそうになり、上目遣いでデイビッドに懇願するが、こればかりはどうにもしようがない。

「難しいなぁ…」
「私からもお願いします!どなたか良い方に心当たりなどありませんか?」

アリスティアからも縋るような目を向けられるが、そもそも社交をしないデイビッドには貴族の繋がりで紹介できる相手に心当たりがほとんど無い。

「悪いが、こればっかりは力になれねぇよ…」
「本当に?!お一人くらいおりませんか?」

頼みの綱とでも言うように、ヴィオラとアリスティアの潤んだ瞳がデイビッドに向けられた。
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