黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

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デイビッドは腕組みをして頭を悩ませていた。

「つっても、他国の人間なんざ連れてこれねぇし、血統の縛りもあるから余計な手出しはなぁ…」
「貴族籍さえあればいいんです!」 
「それでも魔女の血があるなら魔力持ちが良いんだろ?特殊な血筋は入れられねぇのか?」
「ロシェ家は特殊血統の中でも血筋に関する制約はございません。ただ、シェルリアーナ様は魔女の正当な継承者ですので、お相手の名は継げず、また、ロシェ家自体を継ぐこともできないのでそこにご理解が無いと…それから、特殊な継承を要するので、お相手のご実家とは関係が希薄になるかと思います。そこを受け入れて頂けないと難しいですね。それ故に何か確立したお仕事をされている方が望ましいでしょう。」
「当主だの血筋にあんま興味がなくて、家の繋がりも気にしない、で、収入のある奴か…」
「シェルリアーナ様はいずれお母君の役職を継がれるので、できれば国内で、王都の近くに住まう方が良いかと…お歳もできたら近い方がいいですよね。」
「だんだん条件が膨らんできてねぇか?誰でもいいなんてウソじゃねぇかよ…」

こんな針の穴を通すような条件を満たせる相手など、本当に存在するのだろうか…

「つまり、貴族で、魔力持ちで、当主だの家名だのに興味が無くて、収入があって、王都に住めて、歳が近くて…あとなんだ?やっぱ魔女ってもんに理解があった方がいいよな…」
「そうですね…とても特殊な血筋ですから。」
「う~~ん……」

デイビッドは、長い事口を閉じていたが、アリスティアの前に指を1本立てて見せた。

「ひとりだけ…いないこともない…」
「本当ですか!?」
「俺も、できれば切りたくないカードだぞ?それでもいいなら紹介できる…」

その言葉に突っ伏していたシェルリアーナも跳ね起きた。

「ホントに!?」
「どこの誰ですか、その人!!」
「もうこの際誰でもいいわ!この危機を救ってくれるならどんな相手でも私にとっては英雄ヒーローよ!!」
「教えて頂けませんか?その方がどこのどなたなのか…」

デイビッドは勿体ぶると言うより、何か渋るように唸っていたが、やがてデスクから封筒を取り出し、中身を3人の方へ向けた。

「「「これは!??」」」

差し出されたのは釣書きで、写真には爽やかな青年が写っている。
ヘーゼルゴールドの髪に、秋の空のような蒼い瞳の、誰もが振り向くだろう整った顔立ちの美男子。

3人はそれを見て空いた口も塞がらず、啞然としていた。


「エリック・ラルスル。元は侯爵家の産まれだが、母親の生家へ戻されてそこの性を名乗ってる。家は叔父が継いでるから継承もない。元より身分だの、長だ主だってな椅子には興味は無いそうだ。精霊血統と妖精の寵愛を受ける血筋の混血で魔力はかなり高い。歳は21、長年外交を務める貴族の侍従として働いてきて、現在の雇用主は知っての通り、この俺だ…」

「びっくりした…」
「これはまた…とんでもないモノを出してきましたね…」
「言っとくが、俺の伝手が限界なだけで、探せば他にもいるかも知れねぇぞ?変態の妨害にどの程度耐えられるかわかんねぇけど。」
「確かに、エリック様ならばレオニード様が何をして来ようと笑って躱してしまわれるでしょうね。」
「びっくりしたぁ!」
「俺に出せる案件はこれしかねぇよ。誰にも勧めるつもりもなかったしな…まさか生徒は引き出せねぇし。悪いが今回俺に頼るのは諦めてくれ。」


そこへタイミング良くか悪くか、エリックが戻って来た。

「たっだいまぁ~!あー、外があっついったらないですよ!頭の上に雪とか振らせたら少しは涼しくなりますかねぇ?」

下らないことを喋りながら、保冷庫を開けてパイナップルの薄切りを浮かべた紅茶のピッチャーを取り出し、グラスに注いで飲み干している。

「なんです?もお~みんなしてこっち見てぇ~…え!?これ僕の釣書き?あー、デイビッド様に預けてたヤツ!よく撮れてるでしょ?出すとこ出したら結構お声も掛かりそうな気がするんですよねぇ、面倒だからしませんけど。」

ヘラヘラしながら自分の釣書きを見て笑うエリックを、その場の4人はそれぞれの思考をぐるぐるにさせながら眺めていた。

「…え?ホントにどうしたんです?何かあったのなら話して下さいよ。ほら、シェル様なんて泣き跡が赤くなってますよ?」

スッとハンカチを差し出すエリックを見て、アリスティアとヴィオラは同時に立ち上がった。

「それでは後はお任せしました!」
「わ、私達はお暇いたしますので!デイビッド様も早く早く!!」
「いや!まだ決まったワケじゃねぇだろ!?」

受け取ったハンカチを握りしめるシェルリアーナを見ると、僅かに震えているが、何かを覚悟したような目でデイビッドの方を見た。

「少し…2人で話しさせて…」
「…わかった…」

複雑な気持ちでデイビッドもヴィオラ達と外へ出た。


「えー?お昼ご飯は?!」
「後にしろ後に!!」
「みんなして僕を除け者ですか?!」
「除け者はこっちだよ!いいからお前は…シェルについててやれ…」
「もー、何があったかくらい話して下さいよー!」


デイビッドに付いて来ようとするエリックを引き止めたのは、シェルリアーナの手だった。
服の端を無言で掴み、何か言いたげに唇を噛んでいる。

「…わかりましたよ。では、話の前に冷たいお茶でも淹れますから、少し待ってて下さいな?」

何かを察してその場に留まりシェルリアーナに向き合うエリックを残して、ヴィオラ達はデイビッドを連れて学生食堂の方へと向かって行った。


「びっくりしました!本当に!!」
「知り合い同士が結ばれるかもと思うと、ちょっとドキドキしますね!」
「話して吐き出したら終わりって可能性もあるだろ?アイツ等以外とそういう仲だし…ああ…そういうなんだな…そういや。」
「…ラブロマンスは無理ですかしら…?」
「相性はいい。そこは間違いない。」
「びっくりし過ぎてお腹すきました!」
「後でちゃんとしたもん作るから、ひとまず繋ぎになんか食うか。」

デイビッドはヴィオラとアリスティアを広い食堂の空いたテーブルへ座らせると、学生食堂の調理室で忙しく立ち働く学生達の間に立った。
オーブンをひとつ借りて大きな饅頭を蒸しながらいつの間に持って来ていたのか、大砂鳥の卵とベーコンの塊を取り出して、分厚く切ったベーコンをフライパンで焼き上げ、出て来た脂で野菜と屑肉を炒め、炊いた飯をぶち込んで黒い“タマリ”のソースを掛け回し、香ばしい匂いがしたら皿へ丸くよそって、その上に大きな目玉焼きを被せ、更にベーコンを乗せて一品にすると、蒸し上がった饅頭を大皿へ盛ってサッサと出て行った。

「ムカつくぅっ!!」
「なんだあの人!めっちゃ美味そうなもん作ってどっか行ったぞ?!」
「先生のクセに!先生のクセに!!」
「スゴい自然に厨房を私物化してった!!」
「資本のお金出してるの先生なんだし、いいんじゃない少しくらい…?」

生徒の不満を他所に、滅多に来ない本舎の食堂へ入ると食事や談笑をしている生徒達が驚いた顔で振り向いた。
ヴィオラもデイビッドも、この学生用の食堂には本当に数えるほどしか来た事がない。
珍しい人物が、王族のアリスティアと現れ、おまけに手にしたご馳走からは、良い香りが漂っているのだから仕方がないだろう。

遠慮なく飛び付くヴィオラを真似て、アリスティアもまず王宮では口にできない庶民の味を口にした。
デイビッドは、無言で饅頭と焼き飯に食らいつく二人の淑女を見つめながら、エリックがどうしているか少し心配になっていた。



「アハハハハハハ!イヤ~あの前髪君、最近やっと大人しくなったのかと思ってたら、またやらかしてきましたねぇ!?」
「笑い事じゃないのよ!!」
「確かに、このままじゃ逃げ道すら無くなっちゃいますねぇ。」
「お母様もお母様よ!!娘に何も知らせ無いで離婚なんて酷過ぎるわ!!」
「もう成人してる訳ですし、継承も上手く行ったから後は自分の人生を歩めと言う事なのでは?」
「にしても放ったらかし過ぎよぉぉ!!」

シェルリアーナは婚約うんぬんは後にして、まずは自分の置かれた状況をエリックに吐き出した。

「あー面白かった!ここ最近デイビッド様が全然構ってくれないもんだから、久しぶりに笑いました!」
「アンタを笑わせようとしてる訳じゃないのよ!!こっちは真剣なの!人生の崖っ縁なのよ!?もうこうなったら本気で誰でもいいから相手見つけてあの変態から逃げたいの!!」
「またそんな事を。あの前髪君を振り切れるお相手なんて、この国には居ませんよ。」
「そんなの…探してみなきゃわかんないじゃない…」
「今から探して見つかるものですかね?せっかく猶予を貰ったのに、全部ご自分のために使っちゃって、もう後が無いんでしょ?」
「わかってるわよ!なんで追い詰めるのよ!今そんなこと言わなくてもいいでしょ!?」
「アハハハハ!あーおっかしー!本気で焦って怒って感情ぐちゃぐちゃになっちゃって!かわいいなぁ!」
「からかわないでよ!年下の女の子が困ってるのよ!?少しくらい助けてよ!!」

エリックは顔を真っ赤にして怒るシェルリアーナを見て、ケラケラ笑った。

「ええ、もちろん!丁度僕もこっち関係で困ってたトコですし。したのなら都合もいいじゃないですか、お互いに!」
「利害?」
「え?偽装婚約の話なんじゃないんですか?」
「偽装…婚…約…?!」
「え?だって、そのつもりでコレ引っ張り出して来たんじゃないんですか?」

エリックはテーブルにあった自分の釣書きを引き寄せ、改めてシェルリアーナに差し出した。
書き出された内容を読むと、シェルリアーナには本当に都合の良いお相手と言う事がよく分かる。

シェルリアーナは、表情の抜け落ちた顔で釣書きと本物の顔を見比べていた。
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