黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

魔女の婚約

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「今から慌ててパートナーを探した所で、絶対に上手くなんて行きませんよ。それこそ後悔するだけです。それなら割り切った相手と形だけ見せかけといて、その間に本命を探せばよろしいのでは?」
「よろしいの?!そんな事して!!」
「“魔女”の割に真面目なんですよねぇシェル様って。もう少し狡猾さがあっても貴女の美貌なら許されますよ。」
「か…考えつかなかったわ…偽装なんて…」
「それじゃまさか本気で候補に入れるつもりで手に入れたんですか?この釣書き…」
「ち、違っ!それはアイツが持ってたヤツで!じょ…条件が合うのが…それしかなかっただけ…」
「だったらいいじゃないですか!僕の方としては大歓迎ですよ?才女とも名高いロシェ家の令嬢と、例え偽りでも婚約できるなんて、光栄な話です。」

何でもないことのように淡々と話すエリックに、シェルリアーナの内心はグラグラ揺れた。

「お…お父様を説き伏せなきゃいけないのよ…?」
「そこは任せて下さい!こう見えて貴族相手の交渉はお手の物ですから。」
「私…魔女なのに…」
「むしろ信用してます。その力には何度も助けられましたからね。」
「あ…貴方はいいの?そっちにだって条件とかあるでしょ?!」
「僕が出す条件は2つだけ。一緒に食事をして楽しい事と、僕の仕事に理解がある事。食事は言わずもがな、仕事に関しては既に内情まで知って尚協力してくれる心強い味方と思っていますから、何の問題もありませんね!?」

ついでに言えば、エリックの変わった部屋着の趣味も黙認してくれる得難い存在だ。

「こんな…こんな高飛車で高慢ちきな性格でも…?」
「それでいて僕にはちゃんと弱いとこ見せてくれるでしょ?」
「我儘で、直ぐ調子に乗るし…」
「レディの我儘を叶えるのが紳士の務めですよ。それに、シェル様の我儘なんてかわいいもんです。」
「魔女には誓約とかたくさんあるのに…」
「それが今まで障害になりました?」
「子どもが生まれれば、その子も魔女として育てることになるのよ!?」
「…それってもう偽装じゃなくて、将来の相手として視野に入れてくれてる感じです?」
「いっ!今のは言葉のアヤよ!!そのくらいの覚悟があるかって聞いてるの!!」
「もちろん!覚悟も何も、僕にとっては何の障害にもなりませんからね。まぁ、無理にとは言いませんけど…でも、自分で言うのもなんですが、こんな優良物件他にいます?」

そこまで聞いたシェルリアーナはいきなり立ち上がりエリックを指差した。

「アンタ!魔女ってもんを全然わかってないわ!世間の目、魔術師からの評価、古来からの印象、先祖の業、国での立場、全部背負って生きてんのよ、私は!それに巻き込まれるって事、理解できてないでしょ!?」
「確かに、知識はそこまで深くありません。でも、シェル様になら巻き込まれてもいいと思ってますよ?」
「私は魔女なの!日陰の存在なのよ?!常に世間とは外れた生活を余儀なくされてるの!慣習だって違う、誕生日すら祝えない、掟だってたくさんあって、がんじがらめなの!そんな私がまともな婚約なんてできっこ無いのよ!」
「やってみなくちゃわからない事もあるでしょ?」
「婚約なんてしてみなさい!?賭けてもいい、偽装だろうとアンタは音を上げて私を捨てるわ!」
「そう思います?」
「なら、試してみる?アンタに逃げ出さない覚悟があるって言うのなら、見せてもらおうじゃない!この婚約、“ロシェ家の魔女”の名に賭けて、受けて立つわ!」
「じゃ、成立ですね!」

「…………あれ……?????」

我に返るシェルリアーナの手を、にっこり笑ったエリックががっちり掴んで引き寄せる。

「今はでいいじゃないですか。貴女の気が済むまでお相手を演じて差し上げますよ?僕はどっちでも構いませんから。」
「で…でも!あの…その…」
「ああ、それと!」

シェルリアーナをグッと引き寄せ、耳元でエリックが囁く。 

だろうとだろうと、僕は僕の気が済むまで貴女を甘やかすつもりですので、覚悟はしておいて下さいね。」

エリックは、シェルリアーナが何か言い返す前に、パッと体を離すとウキウキした様子で自分のデスクから封書や封筒をいくつか手に取り、ドアの方へ向かって行った。

「これから少し出てきますね!色々用意しなくちゃいけないし…あ、お昼ご飯食べ損ねちゃいましたね。夕飯はとびきり美味しいご馳走にしてもらいましょ!?」

足取りも軽く外に出るエリックを、シェルリアーナはただ呆然と見送る事しかできなかった。


どのくらいその場で呆けていたのだろうか。

授業へ出るヴィオラとアリスティアの2人と別れたデイビッドが部屋を戻ると、棒立ちのシェルリアーナがどこか遠くを見つめていた。

「おーい、話は着いたのか?今夜は豪華な飯作れって、さっきエリックとすれ違った時言われたんだけどよぉ…」

保冷庫の中身を確認しようと、シェルリアーナの横を通ろうとした時、デイビッドは襟首を掴まれ、踵が浮きかけた。

「んなっ!!なにすんだよいきなり!!」
「どうしよう…」
「手ぇ離せ!!」
「どうしよう!どうしよう!!どうしよう!!!受けちゃった!!婚約よ?!婚約ぅっ!!」
「締まる締まる!首しまってる!!」
「うわぁぁぁぁぁぁん!!!!」

ギチギチに締め上げたデイビッドの首を今度はガクンガクン揺さぶりながら、シェルリアーナはとうとう泣き出した。

「わわわ私が婚約って!婚約って!?」
「わかったからまずは落ち着け!!」
「コレが落ち着いてられるワケないでしょ!?」
「ならせめて手ぇ離せ!人を巻き込むな!!」
「だってエリックと…あのエリックよ!?エリックと私が嘘でも婚約なんて…」
「なんだ結局申し込んだのか?」
「申し込んじゃった…勢いで…偽装だって言ってくれたけど…」
「偽装…?!」
「お互いの家族を出し抜くための偽装婚約ってことにしてくれたの…今のところはって…」
「囲い込まれだけじゃねぇの?」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!言わないでよ!言わないでよぉぉぉ!!」
「メンドクセェなぁ…」

泣き喚くシェルリアーナを鬱陶しいと思いつつ、恐らくは1年半前の自分もこんな感じだったであろう事を思い出し、盛大な羞恥心に苛まれる。

「引き寄せられた時ドキッとしちゃったの!ムカつくくらいカッコよかったんだってばぁぁぁ!!」
「ならいいじゃねぇか…」
「無理よ!嘘だってあんなの釣り合えない!私、かわいい女の子じゃないもん!!」
「それは確か、に゙っ!!」
「黙れブタ!」
「…コレがなかったらもう少し可愛げはあったと思う…」

鼻っ柱に拳のストレートをキメられたデイビッドは、鼻血を拭きながらシェルリアーナと距離を取った。

「ま、何にせよあの変態の隣に立つよかいいんじゃねぇか?」
「何言ってるのよ!あの変態と比べたらエリックなんて王子様よ!!」
「あんなカウチポテトがなぁ…」
「バカ言わないで!アイツがいつもゴロゴロしてるのは、2種類の魔力を維持するために体力使ってるからよ!魔石の維持だってあるのに、アンタに隠れて精霊薬や魔法薬も作ってるし、いつも余計に魔力結晶の生成もしてるのよ!?そういうとこちゃんと見もしないで怠けてる様な言い方しないで!」
「なんだ、思ったより気持ちがあって安心した。偽装とは言え嫌々だったらどうすっかと思ってたけどよ、案外乗り気みたいで良かっ、だっ!!」

またしても余計なことを言ったデイビッドは、眉間目掛けて飛んで来たすりこ木をモロに受けてひっくり返った。

「この婚約はレオニードから逃げるための“偽装”なの!!エリックにとっても家門の親戚に振り回されず済む、お互いのメリットの上に成り立った契約なのよ!!」
「本物の婚約だって契約だろが…」
「バカ言わないで!私に、まともな婚約なんて…無理に決まってる…」


自分で自分を嘲笑うシェルリアーナの姿を見て、デイビッドはあるとこに気が付いてしまった。

シェルリアーナは、自分ととても良く似ているのだと。

見た目も育ちも性格まで真逆、正に両極端。
そんな2人の意外な共通点。
常に孤独で自分を信じることができず、他人の愛情に飢える反面、自分には受け取る資格がないと思い込んでいる。

幼少時より、悪意と嘲笑に晒され命懸けで生き抜いて来たデイビッドと、家の重責と過度な期待と常軌を逸した教育に耐えたシェルリアーナ。
今ここに立っているのがやっとな2人は、人の目には映らないが、根っこの部分が酷似している。

(コイツも自分が嫌いなんだ…)
美人で魔力も使えて、誰もが憧れる優等生なら、人生バラ色だと思い込んでいたデイビッドには少し衝撃だった。


シェルリアーナは、他人が作り上げた理想像を演じる内に本当の自分を見失い、仮面の下の顔が分からなくなってしまっている。
自分を取り囲む人間の言葉が全て偽りに聞こえ、常に疑心暗鬼に苛まれ、自信が無い。

デイビッドは、他人に貼られた無能で役立たずのレッテルを態と貼り付けたままにしている間に、自分の本心から目を背け、周囲からの評価を鵜呑みをするようになった。
批判ばかり飲み込む内に、自らを貶し底辺と思い込む癖が未だに抜けない。

要は2人共に自己肯定感が異常に低く、捻くれているのだ。


(なんだよ…似た者同士かよ、道理で…)

波長が合うはずだ。

時折ヴィオラといるより気安くて楽な事があったのはそのせいだろう。
他人との距離の取り方が似ている分、疲れないのだ。

(にしても、俺も端から見るとこんな面倒くさい奴なのか…?気をつけねぇと、本気で同じ穴の狢は勘弁だな…)

床の上から逆さに見えるシェルリアーナの顔を見上げながら、自分の今までを猛反するデイビッドだった。
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