黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

テレンスの挫折

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テスト期間が開けて、2週間が過ぎた頃。
テレンスはようやく外を歩けるようになり、久々に復学した。

ヴィオラ・ローベル令嬢に絡もうとして、うっかり魔女の怒りを買ったテレンスは、四六時中ヘビに襲われる幻覚を見せられ、この一月近くずっと部屋に籠もっていた。
夏休みが終わる前に幻覚は解けたが、植え付けられた恐怖が抜け切れず、長い事悪夢に苛まれていたのだ。

寝ても覚めても、凍てつくような目で容赦なくテレンスをいたぶった魔女の姿が、いつまでも頭から離れず、心配する両親には何も言えないまま、ただ具合が悪いとだけ伝えての休学措置。
なんとも情けない理由に、本人が一番傷ついていた。


幸い、成績は問題なく上位で、学園での人気も衰えていない。
生徒会の仲間達に温かく迎えられ、ファンクラブからの声援も受けて、やっと自信を取り戻し、放課後に意気揚々と廊下を歩いていた時、2度目の悲劇が起きた。


テレンスが歩いて来る廊下の反対側では、分厚い資料と大きな地図を抱えたデイビッドが図書室から出てくる所だった。

(あと一歩なんだよなぁ…過去のヒュリス分布地が現在とズレまくってて使い物にならなかったのは痛かった。もっと蜜源になる植物の分布と重なる所を探さないとか…あとはグリュース近辺の養蜂に詳しい奴がどっかに………)

考え事をしながら廊下を歩いていると、前から見たことのある顔がやって来た。

「いた!!」

「は??」

目が合うと、パッと何かがひらめいた様な顔で、テレンスを捕まえ、資料と一緒につかんで何処かへ連れて行く。

「いやー良かった良かった!こんなとこで見つかるとは思わなかったな!訳わかんねぇ勝負持ちかけられた時はムカついたけど、意外と役に立ちそうだ!」
「待て待て待て!!貴様一体なんの用だ?!どこに連れて行く?!僕をどうするつもりだ!?」

テレンスがいくらもがこうと、がっちり腕をつかまれて逃げられない。
引きずられるように廊下を進むと、資料室の前でエリックが本を持って立っていた。

「エリックー!!良さそうな資料見つけたから、もう一度部屋開けてくれ!」
「彼を資料と言い切った貴方の神経がちょっと信じられませんけどね僕は!!」

テレンスに憐れみの目を向けたエリックは、すぐ隣の特別資料室の鍵を開け、2人を中へ入れた。

「この部屋が一体なんのためにあるのか、貴様知っているのか?!ここは国や貴族の重要資料や、閲覧を制限された貴重な本を収めた立ち入り禁止の資料室だぞ?!」
「ああ、だから丁度いいんだよ。学園長の許可はもらってるから安心しろ。で、さっそく話なんだが…」

デイビッドは、机にびっしりと書き込みのされた地図と資料を広げ、テレンスの事などお構い無しに話を進めようとする。

「ふざけるな!!なんだよ、いきなりこんな所へ連れてきて!夏休みの復讐でもするつもりかよ!!」
「そういや出席日数、結局足りずに居なくなったよな?!二学期も半月休んだから、年内は残りの土曜と休暇全部潰して補修しないと、もうギリギリだぞ?」
「その話じゃない!!ミス・ヴィオラの…」
「ああ、その話には“もう”興味ない。シェルが代わりにブチギレてくれたからな。」
「下手に出番が回ってこなくて安心しましたよ。まさか生徒に手を掛けさせるわけにもいきませんし、ちょっと悩みましたからね。テレンス君、君はあのタイミングで止めてくれたミス・シェルリアーナに感謝しないとですよ?」

エリックの一言に、何かゾッとするようなものを感じて、テレンスは大人しくデイビッドの向かいに座った。

「酷ぇ目に遭ったんだって?それで溜飲は充分下がった。だとしても、後輩に嫌がらせした事実は消えねぇぞ?ちゃんと後で謝罪しとけよ?!」
「わ…わかった…」
「そんで、さっきの話なんだけどよ?!」

デイビッドは地図の上に更に何かを書き出していく。

「フェーラー領は養蜂も盛んなんだろ?グリュースの養蜂の話が出た時、技術提供する気でいたって事は、かなりの規模と実績があると見ていいよな?養蜂農家が集まってるのはどの辺りだ?」
「…ここ、穀倉地帯に沿って続いてる湿地帯…そこで蜂を離してる…」
「古い川の跡だな。グリュースまで続いてるが、禁止令が出た近辺の養蜂もまだ継続してるのか?」
「フェーラー家に禁止令は出てないよ。」
「蜜源は何を?」
「なんて言ったっけ…木に白と黄色の花が垂れ下がるヤツ…」
「ミツアカシアか。グリュースも同じ花が蜜源だったはず…なのに灰色の森を挟んでフェーラーに被害はなかったと…」
「たぶん、風のせいだと思う。」
「風?」
「この辺の穀倉地帯には、よく強い西風が吹くんだ。グリュースは東側だから、もし灰色の森の影響を受けるとしたら、風下のグリュースの方が被害が大きいと思う…」
「背面の火山帯の吹き下ろし風か!グリュースには湖もある。湖風に押し返されて何かが吹き溜まるとしたら…この辺のはず…ここならルフト領のすぐ隣だ!」
「…この辺りは昔、魔素が濃くて白の森と呼ばれたって聞いたことがある…魔素が灰色の森に吸収されて、今は普通に農村地帯だけど、森が残っててたまに魔獣が出ることがあるって…」
「おお!見ろエリック、やっと当たりが付いた!!やっぱちゃんと知識のあるヤツと話すと違うな!ありがとよテレンス!」

デイビッドはやたら上機嫌に、テレンスの指差す先に情報を書き出していった。

「…なんでお礼なんか言うの?嫌な奴相手にさ…」
「いけ好かない奴にも、手を借りたなら礼くらい言って当然じゃないのか?」
「僕の知識なんて大したことなかったじゃないか!そっちの方が色々知ってて…」
「でも、俺の知らない情報は持ってただろ?それも、俺が今まさに欲しかった情報だ。本当に助かった。エリックすまん、ここからは機密になるからコイツを頼む。」

既に別の事に集中しているデイビッドに代わり、エリックはテレンスを伴い資料室を出た。

「すみませんねぇ、無理やり連れて来られて、なのに今度は放り出されて、驚いたでしょ?」
「エリック先生…アイツ、グリュースの養蜂について調べてた…例の毒蜂蜜の話?」
「フフフ…それは言えないんですよ。聞きたかったら王家直筆の厳重箝口同意書にサインして、第一級契約魔法を掛けてもらわないとね。」
「敵わないんだね…僕如きじゃ…」
「君はもう少し、知識とは何か考えた方が良いですね。成績ばかりに目を向けても、それは本当に必要な物ですか?人より優れていることを誇りにすると、瓦解するのもあっという間です。それから、あの人にダンスやチェスで勝っても何にもなりませんからね?」
「エリック先生、知ってたんだ…僕がアイツに馬鹿な勝負持ちかけてた事…」
「変なこだわりは捨てて、本当に必要な事に集中なさい。もしよければ、今からでも講義に顔を出してみると良いですよ?何か見つかるかも知れません。」
「追い出されたりしない…?」
「真面目に話を聞く生徒には寛大ですから、安心して下さい。」

とことんまで叩きのめされたテレンスは、エリックに頭を下げて、教室へ戻って行った。

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