黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

最強の指導者

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ヒュリス討伐に向けた準備も着々と進み、飛行訓練も上手く行って、ヴィオラとも毎日会える日が続き、デイビッドはとても調子が良かった。

妖精事件からこっち、体調がやたら良いのもあって、物事がサクサク進んで行く。

…などと調子づいていたのがいけなかったのだろうか…


「なんだこのザマは!?全員弛んどる!!」

キビキビとした強い口調で、騎士科の全生徒に指示を飛ばしているのは、保険医のシモンズ先生…否、シモンズ大佐だ。

「各学年3班に別れよ!1の班は騎士舎の掃除!チリひとつ残すな!!2の班は洗濯!!布類は白くなるまで残らず洗え!!3の班は演習場で訓練!まずは1時間の走り込み!!2時間後各班交代とする!いいな?!」

「よくねぇぇぇーーーー!!」

汚れきった騎士舎と、中途半端な指導内容にキレたシモンズは、白衣を脱ぎ、長らくしまっていた軍服に袖を通し騎士科へ現れた。

「不衛生な拠点は、負傷者の命に関わる!!徹底して清潔を心掛けよ!武器の手入れと補充を新兵に押し付けるような悪習は撲滅せよ!!己が手本となってこその騎士道である!!返事は?!」

「「「イエス!マム!!」」」

「はい!はい!あの!ちょっと?!部外者巻き込むのやめてもらえませんかね?!」

研究室から引きずり出されたデイビッドは、騎士科の生徒と一緒に広い演習場を走らされていた。

「何を言っている。言い出しっぺはお前だろう?!」
「俺が進言したのは衛生兵の教育だろ?!だったら雑用側に回すのが筋じゃねぇのかよ?!」
「バカなことを抜かしている暇があったらキリキリ走らんか!!」

もう何を言っても無駄だと諦めたデイビッドは、生徒の後ろについてただただ足を動かした。

「デイビッド先生おっせー!」
「何周抜けるか競争しようぜ?!」
「すぐヘバるんじゃない?あの腹だもんな!」

ゲラゲラ笑いながら走る生徒達に、何度も追い越されながら走っていると、後ろから来た追い越しのカインが隣に並んだ。

「お前ら黙って走れ!これは競争じゃないぞ?!」
「相変わらず真面目だなぁ。」
「お前もなんか言い返せよ!」
「別にいいだろ。速さがないのは見ての通りだ。」
「無理はするなよ?!1時間走るんだぞ?大丈夫なのか?」
「走ること自体は問題ない。ただ飽きるなぁ~…平坦な道におんなじ景色が回るばっかりで、面白くはねぇな?!」
「そんな事言う奴初めてだよ…」

始めのうちは、後ろから来る生徒に抜かされながら、周回してくるカインと話しながら走った。

「にしても、デイビッドの言ってた専門家がまさかシモンズ先生だったとはな。軍服着てるぞ?実はすごい人なのか?!」
「元王妃付き近衛騎士団の大佐だよ。エヴァンジェリーン・ルウェル・フォン・シモンズ…最強の鬼畜女騎士って今も有名だよ…」
「エヴァンジェリーンってまさか!閃光の白薔薇?!超有名な近衛騎士じゃねぇか!!」
「薔薇より鞭の方が似合ってんじゃねぇ…?」

「そこ!!黙って走れ!!」

騎士舎の周りに洗濯物がはためき、ゴミが次々と運び出され、窓が磨かれていく。
同時に、走り込み組の体力も着々と削られていた。

「ゼェゼェ…まだ終わんないのか…」
「ハァ…ハァ…もうダメだ…」

「泣き言を言うな!あと20分!!ほらほらどうした?!最後尾に追いつかれているぞ?」

シモンズ大佐の言う通り。
顔色ひとつ変えず、走り始めと同じ速さでどんじりにいたデイビッドがどんどん近づいて来て、先頭すら抜いていく。

「ちょ…待ってくれ…ハァ…ハァ…なんで…お前そんな…平然と走ってられるんだ…?」
「カイン?!大丈夫か?喋ると苦しいんじゃねぇか?」
「息すら上がってねぇだと?!」
「持久力はそこそこあんだよ。」
「そこそこって…」

「よし!1時間だ!!次は打ち込み!基礎の型を崩さず、一刀一刀に魂を込めろ!!始め!!」

まだバテている生徒達に追い込みをかけながら、シモンズ大佐も練習用の木剣を握った。

「デイビッド、出てこい!私と一勝負だ!!」
「イヤですが?!!」
「四の五の言わずに剣を取れぃ!!」
「だから!!イヤだつってんだよ!!」
「貴様それでも男か?!」

シモンズ大佐は早くも木剣を抜き、デイビッドに向けて構えの体勢に入った。

「騎士が一般人に剣向けたら除隊もんだろ!!」
「貴様、自身が近衛騎士団の端員であることを忘れたとは言わせんぞ?!」
「そっちが勝手に入れた気になってただけだろが!?人の名前好き放題に弄りやがって!!」
「何が気に入らない!良い名だろう?なぁディートフリト!?」
「その名で呼ぶじゃねぇーー!!」

なかなか剣を抜かないデイビッドに痺れを切らし、シモンズ大佐が先に動いた。
横薙ぎに迫る剣を、デイビッドが逆手につかんだ剣でなんとか凌ぐと、間髪入れずもう一閃、今度は正面からの切り込みを躱す。

「相変わらず見切るのが上手いな!!」
「ホントに勘弁してくれ!!」
「どうした?!逃げてばかりか?!」
「反撃したらっ、応戦したことにっ、なっちまうだろうがよっ!!」

容赦なく打ち込んでくるシモンズ大佐の猛剣を、デイビッドはひたすら躱して避けて逃げている。

「私が疲れるのを待っているのか?甘いな!!」

何手目かを打ち込む隙に、シモンズ大佐はデイビッドの足元を払った。
地面に倒れ込んだ所に、とどめの一手を打ち込もうとした瞬間、一手先にシモンズ大佐の首に剣先を向けたのはデイビッドだった。

「ほう…わざと隙を作りこの時を待っていたのか。ハッハッハッ!!見事だ!!例え醜態を晒しても敵を討たんとするその精神!やはりお前には素質があるではないか!?その気になれば、アーネストがいつでも席を用意するぞ?!」
「死んでもゴメンだよ!!」
「よし、お前は1年の型を見てやれ!私は騎士舎に行ってくる。」
「へいへい…」

去って行くシモンズ大佐の背中を見送りながら、砂埃を叩いて起き上がると、カイン達が一斉に駆け寄って来た。

「デイビッド!!お前、なんだ、あの、さっきの!!」
「落ち着けよ…ほら、早く戻らねぇとまたどやされるぞ?」
「さっきの…騎士団の剣術だよな!?なんだよ!お前普通に騎士の訓練受けてんじゃん?!」
「……ガキの頃、王太子の当て馬にされただけだよ…」

そう。
デイビッドが10歳の頃。
早くも家出癖が付き始めていた息子を監視するため、伯爵が仕事先、つまり王宮へ一緒に通わせていた時期があった。
そこで当時、剣の稽古がなかなか進まないアーネストの剣術仲間として、同い年のデイビッドが相手をさせられる事になったのだ。
ちなみに、これが2人の初対面だった。

「一応、型通りの動き覚えて、講師2人から3本取ったら、変な所に名前入れられちまったんだよ。」
「さっき言ってたな?でぃー…なんとかって。」
「忘れろ!?」

正規の騎士になると、騎士名というものが授けられ、騎士はそれを誉れにするらしい。

「こちとら騎士になる気なんざ欠片もねぇんだから、ただのありがた迷惑だよ!」
「そんなこと言うなよ!!あの時の真剣勝負なんかよりずっと見応えあったって!!何て言うかその、うん!カッコよかった!」
「ぜんぜんうれしくねぇ…」
「なんでだよ~!?」

その後もシモンズ大佐の怒涛の指導は続き、騎士科の生徒のみならず講師教員も含め、かなりの改革が行われた結果、騎士科の質は格段に上がり、その後の入学希望者も増えたそうな。

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