将軍の宝玉

なか

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33.自刃

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   視界がその姿を捉えた瞬間、体が勝手に動いていた。


   一通りの仕事を終え、いつもより随分早い時間に帰宅できた。慌ててシェリルノーラに帰宅を告げようとしていた侍女を制して、直接彼の私室に向かう。

   先日のシェリルノーラの話は全く理解できなかった。何故あそこまで彼が思い詰めたのか、情けないが、正直心当たりがない。
   確かに、2度の襲撃や体調不良など、半年ほどの間に彼にはつらい思いをさせている。ひとり故郷から離れて、ゆっくり2人で過ごす時間もなく、不自由な生活を送らせているとは思う。
   しかし、それらの理由や俺と一緒にいたくない気持ちから離れたいと言ったわけではないようだ。


   予想もしていなかった申し出に心が冷え、思わずひどい態度をとってしまった。彼の心をどう紐解いていけばいいのか分からないまま、時間だけが過ぎていった。

    迷惑をかけたくないと泣きそうな顔で言われた時、それ以上悲しい顔をさせたくなかった。しかし、このままでは何の解決にもならないどころか、事態は確実に悪化してしまう。
   ここ数日仕事を詰めに詰め、ようやく目処をつけて馬を走らせて帰ってきた。


   夕闇が迫る薄暗い部屋の奥、バルコニーにシェリルノーラが見えた。その手に光る研ぎ澄まされた刃物。彼が使っている小剣だと分かる。

   それをゆっくりと首筋に持っていくのが、まるでコマ送りのように見えた。

   抵抗しない彼から刃物を取り上げると、蜂蜜色の長い髪が一部刃に触れて、きらりと光を放ちながら舞い、床に落ちた。

「何をしている!」

   思わず大声が出た。びくりと身体を震わせたシェリルノーラに、どうしようもない気持ちが溢れ、刃物を投げ捨ててその細くなった体を胸に抱きとめた。
   すらりとした長身の体はあまりに細く、力を入れると抱き潰してしまいそうだった。その柔らかな髪が頬に触れる。

「何をしていた!」
   
   腕の中の温かな体に胸が押しつぶされそうになる。

「……旦那様、あの、苦しいです」

   下からくぐもった声が聞こえたが、そのまま無視する。

「自害するならもっと苦しいんだそ」

「え?」

   戸惑ったような声が聞こえた。頭を胸に押しつけていた手の力を少し抜き、その顔を覗き込む。
   下から見上げるその顔はきょとんとしていて、幼く見えた。

「違うのか?」


「私はただ、髪を切ろうと思って……」

   その言葉に天を仰いだ。

「……紛らわしいことをしないでくれ」

「すみません。でも、せっかくここまでいろんな方に助けてもらい、伸ばしてもらった命です。それに私の存在が旦那様のお役に立てることがあるうちは、絶対自害など考えもしません」

   きっぱりそう言うシェリルノーラの瞳には力があった。

「いや、俺が悪い。お前のことを見誤っていた。すまない」

   勘違いした自分が悪いが、寿命が縮んだ気がする。安心したせいか鼓動が少し早い。
   本当に驚いたのだ。陰で冷静沈着を通り越して、感情が一部抜け落ちているのではないかと言われている俺が、心底肝が冷えた。

   シェリルノーラがベッドから起きてほとんどの時間を生活できるようになるまで、かなりの時間を要した。
   もう命に別状はないと先生から言われていても、ふと彼が消えてしまいそうな錯覚に襲われることがしばしばあった。

   思い詰めがちだが、芯の強いところのあるこの人が自害などするはずもないのに、とっさにそう思ってしまった。彼に対して失礼な話だ。


「あの、離してください」

   腕の中に囲ったまま会話をしていたことに気付いたようだ。急に頬を染めて、もぞもぞ動き出した。そんな力のない腕で胸を押されても擽ったいだけだ。

「ダメだ」

   もう一度痛くないように加減して、その温かな体を抱きしめた。



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