『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
77 / 140

第76話 悪意は殺意へと変わる

しおりを挟む
 枢機卿を名乗る、牧師を一際派手にしたような恰好の男が判決を読み上げる。

「グラジオス殿下を――」

 男は青い顔で震えながら、しかしはっきりと、

「無罪とする」

 そう宣告した。

 ふぅっと、私は大きなため息を漏らした。

 本当に、ハッタリにハッタリを重ね、脅してすかして宥めて利益で誘って掴み取った無罪だ。

 何かの要素が欠けていれば、この結末は無かっただろう。

 私は――。

「王の名に置いて命ずる。この場に居る全員を反逆者として捕らえよ」

「え?」

 このまま素直に終わるとは思っていなかったけれど、言うに事欠いてそれ?

「カシミール殿下。失礼ながら貴方様はまだ戴冠式を迎えておりません。それに、先王陛下暗殺について伺いたい事もございますな」

 オーギュスト伯爵が短槍を手に凄む。

 彼はグラジオスについていたが、それよりも国家に対する忠誠心が篤い

 ヴォルフラム四世王を殺害したカシミールを王と認めることなどあるはずがなかった。

「暗殺か……いいだろう」

 カシミールは頷くと、傍らで拘束されたままのグラジオスを見下ろす。

 その瞳は、何かが吹っ切れたような冷たい刃を思わせる冷酷な光を宿していて、私は思わず寒気を覚える。

「兄上、貴方の言うとおりだったよ」

「カシミール……」

 二人の間にどのような会話があったのかは分からない。でも、二人の間に大きな断裂がある事だけは分かる。そしてそれを飛び越えて歩み寄ろうとするのがグラジオスだけだという事も。

 カシミールの殺意は未だ衰えていなかった。

 彼は不敵な笑みを浮かべると、オーギュスト伯爵へと視線を戻す。

「先王を、あのぼんくらを殺したのは私だ」

 平然と罪を認め、しかしなお嗤う。まるで何かの糸が切れてしまったかのようだった。

「国政を私に押し付け、女、美食、兄上を始めとしたおもちゃをいたぶるしか能のない害虫を殺して何が悪い。私は国を想って殺したのだ」

 狂的な笑みを浮かべ、血走った目で貴族たちを睥睨し、全てを掴むために大きく両腕を広げる。

「私が王位を簒奪したのだ。私が王だ。私だけがこの国の王たる資格がある!」

「アンタは第二王位継承者でしょ! 先に王になる権利があるのはグラジオスなんだからっ」

 私の言葉に対する返事は、哄笑だった。

 心の底から面白くてたまらないとでも言いたげな様子でカシミールは哂う。

「今の裁判で出ただろう。兄上は継承権を捨てている。となれば残るは私一人だ。子どもの頭では理解が難しかったか?」

 確かにその通りではある。でも――。

「せ、正式にはまだ継承権の放棄は認められてないはずでしょ。グラジオスの家名はまだアルザルドなんだから」

 正式に継承権を捨てる場合、別の家に養子に出されるのがふつうである。例えばグラジオスの叔父であるジュリアス・ザルバトル公爵の様に。

 そういった手続きを踏んでいない以上、グラジオスにはまだ継承権があるはずだった。

「なるほど、確かに一理あるな」

 カシミールは大きく頷いて――閃光が走った。

 グラジオスはその光を、身を捻って躱そうとする。

 だが完全には躱しきれず、光はグラジオスの頬を浅くえぐって通り過ぎていった。

「では兄上が死ねば私が王だ」

 カシミールの手には、いつの間にか短剣が握られていた。

 どうやら隠し持っていたらしい。

 私はキレる○代みたいな事するなよっと内心で突っ込みつつ、グラジオスを助けようと駆けだしたのだが。

「お前たち。目の前の反逆者を捕まえれば、そいつの領地をそのままくれてやる。だから私の為に働け」

 特大のカンフル剤を撃ち込まれた衛兵たちによって阻まれてしまう。

 衛兵たちは先ほどまでの態度が嘘のように、目の色を変えて襲い掛かって来た。

「なんでっ!? おかしいのはカシミールでしょ!! 明らかに後が無い方になんで加担するの!?」

「察しが悪いな。国政は全て任されていた。私はそう言ったはずだが」

 そうか。つまりこの王宮にいるほとんどの人達は、ただ兵役を課せられた一般人じゃあなくて、カシミールの意向に服従する部下だったんだ。

 何かあっても力でねじ伏せる事ができる。そういう自信があったからこの茶番を始めたんだ。

 今更気付いても武器の無い私にはどうすることも出来ない。慌てて後ろに下がり、オーギュスト伯爵の背後に隠れる。

 先ほどまで圧倒的優位に居た私達だったのに、一瞬でその盤面をひっくり返されてしまっていた。

 続々と湧いてくる衛兵が、数の暴力で貴族たちを抑え込んでいく。

 ただ一人奮戦するオーギュスト伯爵も、多勢を前にして苦戦を強いられていた。

 私はオーギュスト伯爵から分断され、衛兵の一人に捕らえられてしまう。

「このっ、放せっ! 変態っ、ロリコンっ!」

 いくら暴れたところで衛兵の鉄のように頑丈な拘束は小動こゆるぎもしない。

 なんとか拘束から逃げ出そうと懸命に体をよじっていたら、今度は腕をねじり上げられてしまった。

「そのガキを連れてこい」

 冷徹な声が命ずるままに、私はカシミールのところにまで引きずられていく。

 私の抵抗なんて抵抗にすらなっていない様だった。

「放しなさいよっ」

 せめてカシミールに一撃入れようと、唯一自由になる足を動かし必死に蹴ろうとするが届きすらしない。

 冷ややかな目で見降ろされ、ただ自分の無力を思い知らされるだけだった。

 私は無駄な抵抗をやめ、代わりにカシミールの目を正面から見据えて睨みつけてやる。

 カシミールはそれを堂々と受け止めると、手に持っている短剣の切っ先を、私の胸元に向けた。

「兄上。コイツも一応女だったな。それとも見た目通り実は男で、女の格好をさせていたか?」

 ふざけるなっ。さっきから何度も何度も人の身体的特徴をあげつらって弄って……。人間の屑っ。

 そう私は言いたかったのだが、目の前に突き付けられた刃物への恐怖で口は凍り付いてしまっていた。

 今のカシミールは気まぐれで人を殺す。そんな気がした。

「雲母を放せ。俺はお前が王となる事になんら不満はない。これ以上人を傷つけるなっ」

 グラジオスはカシミールからの一撃を地面に転がって避けた体勢のまま、必死に説得を試みる。

「そうは言っても他の連中が認めなさそうなのでな。少しばかり分からせるべきだろう」

 カシミールはそう言うと、ほんの少しだけ短剣を前に進める。

 心臓近くに突き付けられた短剣の切っ先が浅く服を貫き、私の皮膚に僅かながら傷をつけた。

「頼むっ。それだけは止めてくれっ」

 グラジオスの懇願をしかし軽く流すと、カシミールは未だ抵抗を続けるオーギュスト伯爵へと視線を向けた。

「抵抗を止めろ、オーギュスト卿」

 オーギュスト伯爵は一応動きを止めたものの、油断なく短槍を構えている。

「槍を捨てろ、今すぐに。でなければ……」

 カシミールは短剣をするっと下方へと動かした。

 刃は私を傷つける事は無かったが、私の着ている服を真ん中から断ち切っていく。

「やぁ……」

「カシミールっ!」

 知らず知らずの内に涙が頬を伝い落ちていく。

 人前に素肌が晒されていくことで、私は今まで感じたことのない種類の恐怖を覚えていた。

「こいつを今すぐ兵たちの慰み者にしてもいいんだぞ? 穴さえあればガキでも構わないという連中はいくらでも居るからな」

 慰み者。それはつまり、私が……。

「カシミィールゥ!!」

 怒声と共に本気の殺意を放ったグラジオスが、猛然と起き上がると手枷を振り上げ踊りかかる。

 いくらグラジオスがあまり強くないとはいえ、身長百九十センチの大男が鉄の塊を振り回すのだ。当たればただでは済まない。

 カシミールはグラジオスの攻撃を避けるために数歩横に移動した。

 グラジオスはそのままの勢いで、今度は私を拘束している衛兵に襲い掛かる。

 横に薙ぎ払った一撃を、衛兵は私の手を放すことで辛くも避けた。

 だが、グラジオスが衛兵に向かったという事は、カシミールへ隙を晒すという事で……。

「グラジオスっ」

 カシミールは大きく一歩踏み込むと、グラジオスめがけて短剣を突き出す。

 短剣の先が太陽の光を反射してギラリと光る。

 もしこの切っ先がグラジオスへと突き去れば、容易く命を奪ってしまうだろう。

 だから私は思いきり前へ、グラジオスに向かって飛び出した。

 短剣がグラジオスの体に食い込んでいく。しかし、私がグラジオスに体当たりした事で、大事に至るほど深くは刺さらなかった。

 グラジオスの背中がバルコニーの柵にぶつかる。これ以上後ろには……下がれない。

 下がれば四メートル下の石畳に打ち付けられてしまう。死にはしないだろうけど、骨折くらいは免れないだろう。

 更に落ちたところでまともに逃げられない。

 庭に集まった大勢の民衆が、望む望まないに関わらず物理的な壁となってしまうからだ。

 それが分かっているからか、カシミールは余裕たっぷりに短剣を手元に引き戻すと、それをちらつかせながら近づいてくる。

 私はグラジオスに身を寄せ、グラジオスもそんな私を強く抱きしめた。

 肌と肌が触れ合って、互いの熱が混じり合う。

 グラジオスの荒い息が私の頬を撫でていく。

 生きてる。まだグラジオスは生きてる。

 こんな極限状態だというのに、何故か無性にそれが嬉しかった。

「雲母」

 選択肢は、もうひとつしかない。

「グラジオス」

 私は抱き着いたまま頷く。

 方針は決まった。

 最後まで、一緒にあがくだけ。

「祈りは済ませたか?」

 カシミールは嫌味たっぷりに聞いてくる。でも私達はそれに返事なんかしない。

 祈りは必要ない。私達は私達の意思で抗うだけだ。

 カシミールは自らの勝利を確信し、再度短剣を繰り出してくる。

 狙いは――グラジオス。

 それを避けるために私は更に前へと進み、グラジオスも後方へ向かって強く地面を蹴る。

 カシミールの短剣は当たらなかったが、代わりに私達二人の体は手すりを乗り越え空中へと飛び出した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

処理中です...