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第77話 共に歩み、共に進む
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私達の体は宙を舞う。
それはほんのひと時だけの解放。
いずれは大地の腕に抱かれる事が分かっていたとしても、私達の意思を示すために自ら選んだ選択だった。
不安定な空中にあるからか、私とグラジオスの間に僅かながら隙間が生まれる。
私も、そしてグラジオスも。互いが離れることなど認められないとでも言うかのように両腕に力を籠めて抱きしめ合った。
私達はやがて来るであろう衝撃に備えて身を固くして――。
「――あれ?」
いつまで経ってもそれが訪れない事に疑問を抱いた。
私はいつの間にか閉じてしまっていた目をうっすらと開けて――。
「落とすなよ!」
「大丈夫ですか、殿下」
「少年もよく殿下を守ってくれたな」
私達は大勢の人々によって受け止められていた。
彼らは口々に私達へと声をかける。
その中にはちょっとだけ聞き捨てならない言葉もあったけれど、今は不思議と腹も立たない。
私とグラジオスはこの状況が全く飲み込めず、二人して顔を見合わせて目をぱちくりさせていた。
「せーのっ」
掛け声と共にゆっくりと体が下降して地面に下ろされる。
私の体と、それから多分グラジオスの体にも傷は一つも付いていないだろう。
殿下、殿下と口々にグラジオスの身を案じる声が上がる。
人々は心からグラジオスの事を心配している様だった。
「殿下が怪我してらっしゃるぞ。誰か包帯を」
「この手ぬぐい使って」
誰かが先ほど刺された所の治療を始めた様だ。
誰かの手が、私の肩に置かれる。
「君、立てるかい?」
「あ、は、はい」
私は戸惑いながらもグラジオスの体から離れようとして……。
「うにっ?」
「つぅっ」
背中に何かが当たってがしゃりと音を立てた。同時にグラジオスも苦悶の声を上げる。
私は手枷を填められたグラジオスの腕の中にすっぽりと納まっていたのだが、それを忘れて立ち上がろうとしたために手枷を強く引っ張ってしまった様だった。
「ご、ごめん」
私は謝罪しながら体を折って、グラジオスの腕をそれ以上引っ張らないようにする。
「い、いや、大したことじゃない。だいじょう……ぶ……」
何故かグラジオスの言葉が途中で止まってしまった。
理由は分からないが、顔を赤くしてじっとこちらを――いや、少し視線は下がって私の胸元を見つめているようで……。
私はグラジオスの視線を追って自分の胸を見下ろして――気付く。
私の服は、カシミールによって真ん中から切り裂かれており、私の胸部を隠すという一番大事な役目を果たす力を失っていた。
つまりグラジオスは私の胸からお腹まで、全てを余すところなくじっくり観察できたという事で――。
「バカバカ、グラジオスのエッチ! スケベ! 変態!」
私は慌てて胸の前で服をかき寄せる。
「なんで見てるのよ、バカ!」
グラジオスに見られてしまった。しかも穴が開くほどじっくりと。
それを理解した時、私の頭に血が上っていくのを感じた。
羞恥で全身は真っ赤に染まり、見られてしまったという事しかほとんど考えられなくなっていた。
私は思わず手を振り上げてグラジオスに叩きつけようとしたが、ひとかけら残った理性でそれを抑え込む。
一応、曲がりなりにも私を庇おうとしてくれたんだし、と空中で私を抱きしめてくれた事を思い出して……私は自分の体温が更に上がっていくのを感じた。
「仕方ないだろ、事故だ!」
「目は閉じられたでしょ、このドスケベ!」
「ぐっ」
グラジオスを黙らせた私は、這うようにして彼の腕の中から脱出する。
途中、その……うん。ちょっと大きくしていたことは見逃しておく。
でもしっかりと脳内の『あとでする制裁メモ』に書き残しておいた。
私とグラジオスは人の手を借りて立ち上がると、脱出したばかりのバルコニーを見上げる。
そこにはカシミールが手すりから身を乗り出し、怒りで全身を震わせながらこちらをきつく睨みつけていた。
私とグラジオスは周りのみんなに礼を言い、カシミールと対峙する。
「貴様ら、その反逆者どもに手を貸した貴様らだ」
カシミールは私達から視線を外さないまま、周りの人たちを指さす。
彼らは私達が追い詰められている事に気付いて、わざわざ受け止めるために集まってくれた人たちだ。
何故か。それは問うまでもない。
すべてはグラジオスがやってきたことの結果だった。
民のみんなに寄り添い、その場に行って直接話を聞いて人々の不満を吸い上げる。そんな地味な事をずっと続けたうえで培われた信頼。
民の為に歌い、音楽を奏でた事で築かれた絆。
カシミールにはないグラジオスだけのものだ。
「貴様たちには罰を与える。貴様たちの家族もだ。だが、そいつらを捕らえてここに連れてくればその罪を免じてやろう」
カシミールが脅す。だがそんなもので壊れるほどこの関係性はちゃちなものではない。
「更に褒美をくれてやる。そいつらがお前達から巻き上げた金は、金貨数万枚を超える。それをくれてやろう。ただし一番初めにそいつらを連れて来た者にだけだ」
いくら上乗せしても、みんな一ミリたりとも動かない。誰一人として私達を捕らえようとはせず、ただ冷めた瞳でカシミールを見つめていた。
もう、分かっていた。
それが答えだと。
私は、私達は、今更それに気付いた事を少し恥じる。
私とグラジオスは、一番大切な仲間の存在を忘れていたのだ。
「グラジオス」
「……ああ」
私はグラジオスの袖を引っ張り合図を送ると、グラジオスは何も言わなくとも私の体を持ち上げ、人々の方へと振り向いてくれた。
グラジオスの肩に乗った私からは、一人ひとりの顔がよく見える。
彼ら、彼女たちは何も言わずにじっと見返してくれていた。私達と、カシミールを。
「ここに居る全ての人達に問う!」
私は高らかに声を上げる。
「あなた達は如何なる王を望む!?」
腕を振り上げ、カシミールを示す。
「あなた達の上に君臨し、力で支配する王を望むかそれとも――」
グラジオスの頭に手を乗せ、共に人々を見る。
「あなた方と共に歌う王を望むか!?」
私は深く、深く息を吸い込む。最後の言葉を、最大の選択を突きつけ、問いかけるために。
「あなた達一人ひとりが決めろっ!!」
グラジオスが歩き出す。
人々に背を向けて。
だがそれは人々に反するためではない。
共に歩むためだ。
一歩一歩、大地を踏みしめるたびに、グラジオスの足に着けられた鎖が鈴の様な音を奏でる。
私には、それがまるで――。
――紅蓮の弓矢――
歌えと言っているように聞こえた。
だから歌い出す。
グラジオスと共に。
抗うために。
意志を示すために。
反逆の歌を。
解放の歌を!
「進めぇー!!」
「俺達の手で新しい王をお守りしろー!」
誰かが自らの意志を、選択を口にする。
誰かが私達と同じ歌を口にする。
みんなが私達と共に歩き出す。
カシミールへ向かって。
人々は拳を握り締め、私達を追い越し我先にと王宮の中になだれ込んでいく。
すべてはグラジオスを新しい王にするために。
王宮は陥落した。その国に住まう人々の手によって。
そして、同じ人々の手によって新しい王が生まれたのだった。
それはほんのひと時だけの解放。
いずれは大地の腕に抱かれる事が分かっていたとしても、私達の意思を示すために自ら選んだ選択だった。
不安定な空中にあるからか、私とグラジオスの間に僅かながら隙間が生まれる。
私も、そしてグラジオスも。互いが離れることなど認められないとでも言うかのように両腕に力を籠めて抱きしめ合った。
私達はやがて来るであろう衝撃に備えて身を固くして――。
「――あれ?」
いつまで経ってもそれが訪れない事に疑問を抱いた。
私はいつの間にか閉じてしまっていた目をうっすらと開けて――。
「落とすなよ!」
「大丈夫ですか、殿下」
「少年もよく殿下を守ってくれたな」
私達は大勢の人々によって受け止められていた。
彼らは口々に私達へと声をかける。
その中にはちょっとだけ聞き捨てならない言葉もあったけれど、今は不思議と腹も立たない。
私とグラジオスはこの状況が全く飲み込めず、二人して顔を見合わせて目をぱちくりさせていた。
「せーのっ」
掛け声と共にゆっくりと体が下降して地面に下ろされる。
私の体と、それから多分グラジオスの体にも傷は一つも付いていないだろう。
殿下、殿下と口々にグラジオスの身を案じる声が上がる。
人々は心からグラジオスの事を心配している様だった。
「殿下が怪我してらっしゃるぞ。誰か包帯を」
「この手ぬぐい使って」
誰かが先ほど刺された所の治療を始めた様だ。
誰かの手が、私の肩に置かれる。
「君、立てるかい?」
「あ、は、はい」
私は戸惑いながらもグラジオスの体から離れようとして……。
「うにっ?」
「つぅっ」
背中に何かが当たってがしゃりと音を立てた。同時にグラジオスも苦悶の声を上げる。
私は手枷を填められたグラジオスの腕の中にすっぽりと納まっていたのだが、それを忘れて立ち上がろうとしたために手枷を強く引っ張ってしまった様だった。
「ご、ごめん」
私は謝罪しながら体を折って、グラジオスの腕をそれ以上引っ張らないようにする。
「い、いや、大したことじゃない。だいじょう……ぶ……」
何故かグラジオスの言葉が途中で止まってしまった。
理由は分からないが、顔を赤くしてじっとこちらを――いや、少し視線は下がって私の胸元を見つめているようで……。
私はグラジオスの視線を追って自分の胸を見下ろして――気付く。
私の服は、カシミールによって真ん中から切り裂かれており、私の胸部を隠すという一番大事な役目を果たす力を失っていた。
つまりグラジオスは私の胸からお腹まで、全てを余すところなくじっくり観察できたという事で――。
「バカバカ、グラジオスのエッチ! スケベ! 変態!」
私は慌てて胸の前で服をかき寄せる。
「なんで見てるのよ、バカ!」
グラジオスに見られてしまった。しかも穴が開くほどじっくりと。
それを理解した時、私の頭に血が上っていくのを感じた。
羞恥で全身は真っ赤に染まり、見られてしまったという事しかほとんど考えられなくなっていた。
私は思わず手を振り上げてグラジオスに叩きつけようとしたが、ひとかけら残った理性でそれを抑え込む。
一応、曲がりなりにも私を庇おうとしてくれたんだし、と空中で私を抱きしめてくれた事を思い出して……私は自分の体温が更に上がっていくのを感じた。
「仕方ないだろ、事故だ!」
「目は閉じられたでしょ、このドスケベ!」
「ぐっ」
グラジオスを黙らせた私は、這うようにして彼の腕の中から脱出する。
途中、その……うん。ちょっと大きくしていたことは見逃しておく。
でもしっかりと脳内の『あとでする制裁メモ』に書き残しておいた。
私とグラジオスは人の手を借りて立ち上がると、脱出したばかりのバルコニーを見上げる。
そこにはカシミールが手すりから身を乗り出し、怒りで全身を震わせながらこちらをきつく睨みつけていた。
私とグラジオスは周りのみんなに礼を言い、カシミールと対峙する。
「貴様ら、その反逆者どもに手を貸した貴様らだ」
カシミールは私達から視線を外さないまま、周りの人たちを指さす。
彼らは私達が追い詰められている事に気付いて、わざわざ受け止めるために集まってくれた人たちだ。
何故か。それは問うまでもない。
すべてはグラジオスがやってきたことの結果だった。
民のみんなに寄り添い、その場に行って直接話を聞いて人々の不満を吸い上げる。そんな地味な事をずっと続けたうえで培われた信頼。
民の為に歌い、音楽を奏でた事で築かれた絆。
カシミールにはないグラジオスだけのものだ。
「貴様たちには罰を与える。貴様たちの家族もだ。だが、そいつらを捕らえてここに連れてくればその罪を免じてやろう」
カシミールが脅す。だがそんなもので壊れるほどこの関係性はちゃちなものではない。
「更に褒美をくれてやる。そいつらがお前達から巻き上げた金は、金貨数万枚を超える。それをくれてやろう。ただし一番初めにそいつらを連れて来た者にだけだ」
いくら上乗せしても、みんな一ミリたりとも動かない。誰一人として私達を捕らえようとはせず、ただ冷めた瞳でカシミールを見つめていた。
もう、分かっていた。
それが答えだと。
私は、私達は、今更それに気付いた事を少し恥じる。
私とグラジオスは、一番大切な仲間の存在を忘れていたのだ。
「グラジオス」
「……ああ」
私はグラジオスの袖を引っ張り合図を送ると、グラジオスは何も言わなくとも私の体を持ち上げ、人々の方へと振り向いてくれた。
グラジオスの肩に乗った私からは、一人ひとりの顔がよく見える。
彼ら、彼女たちは何も言わずにじっと見返してくれていた。私達と、カシミールを。
「ここに居る全ての人達に問う!」
私は高らかに声を上げる。
「あなた達は如何なる王を望む!?」
腕を振り上げ、カシミールを示す。
「あなた達の上に君臨し、力で支配する王を望むかそれとも――」
グラジオスの頭に手を乗せ、共に人々を見る。
「あなた方と共に歌う王を望むか!?」
私は深く、深く息を吸い込む。最後の言葉を、最大の選択を突きつけ、問いかけるために。
「あなた達一人ひとりが決めろっ!!」
グラジオスが歩き出す。
人々に背を向けて。
だがそれは人々に反するためではない。
共に歩むためだ。
一歩一歩、大地を踏みしめるたびに、グラジオスの足に着けられた鎖が鈴の様な音を奏でる。
私には、それがまるで――。
――紅蓮の弓矢――
歌えと言っているように聞こえた。
だから歌い出す。
グラジオスと共に。
抗うために。
意志を示すために。
反逆の歌を。
解放の歌を!
「進めぇー!!」
「俺達の手で新しい王をお守りしろー!」
誰かが自らの意志を、選択を口にする。
誰かが私達と同じ歌を口にする。
みんなが私達と共に歩き出す。
カシミールへ向かって。
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