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第76話 悪意は殺意へと変わる
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枢機卿を名乗る、牧師を一際派手にしたような恰好の男が判決を読み上げる。
「グラジオス殿下を――」
男は青い顔で震えながら、しかしはっきりと、
「無罪とする」
そう宣告した。
ふぅっと、私は大きなため息を漏らした。
本当に、ハッタリにハッタリを重ね、脅してすかして宥めて利益で誘って掴み取った無罪だ。
何かの要素が欠けていれば、この結末は無かっただろう。
私は――。
「王の名に置いて命ずる。この場に居る全員を反逆者として捕らえよ」
「え?」
このまま素直に終わるとは思っていなかったけれど、言うに事欠いてそれ?
「カシミール殿下。失礼ながら貴方様はまだ戴冠式を迎えておりません。それに、先王陛下暗殺について伺いたい事もございますな」
オーギュスト伯爵が短槍を手に凄む。
彼はグラジオスについていたが、それよりも国家に対する忠誠心が篤い
ヴォルフラム四世王を殺害したカシミールを王と認めることなどあるはずがなかった。
「暗殺か……いいだろう」
カシミールは頷くと、傍らで拘束されたままのグラジオスを見下ろす。
その瞳は、何かが吹っ切れたような冷たい刃を思わせる冷酷な光を宿していて、私は思わず寒気を覚える。
「兄上、貴方の言うとおりだったよ」
「カシミール……」
二人の間にどのような会話があったのかは分からない。でも、二人の間に大きな断裂がある事だけは分かる。そしてそれを飛び越えて歩み寄ろうとするのがグラジオスだけだという事も。
カシミールの殺意は未だ衰えていなかった。
彼は不敵な笑みを浮かべると、オーギュスト伯爵へと視線を戻す。
「先王を、あのぼんくらを殺したのは私だ」
平然と罪を認め、しかしなお嗤う。まるで何かの糸が切れてしまったかのようだった。
「国政を私に押し付け、女、美食、兄上を始めとしたおもちゃをいたぶるしか能のない害虫を殺して何が悪い。私は国を想って殺したのだ」
狂的な笑みを浮かべ、血走った目で貴族たちを睥睨し、全てを掴むために大きく両腕を広げる。
「私が王位を簒奪したのだ。私が王だ。私だけがこの国の王たる資格がある!」
「アンタは第二王位継承者でしょ! 先に王になる権利があるのはグラジオスなんだからっ」
私の言葉に対する返事は、哄笑だった。
心の底から面白くてたまらないとでも言いたげな様子でカシミールは哂う。
「今の裁判で出ただろう。兄上は継承権を捨てている。となれば残るは私一人だ。子どもの頭では理解が難しかったか?」
確かにその通りではある。でも――。
「せ、正式にはまだ継承権の放棄は認められてないはずでしょ。グラジオスの家名はまだアルザルドなんだから」
正式に継承権を捨てる場合、別の家に養子に出されるのがふつうである。例えばグラジオスの叔父であるジュリアス・ザルバトル公爵の様に。
そういった手続きを踏んでいない以上、グラジオスにはまだ継承権があるはずだった。
「なるほど、確かに一理あるな」
カシミールは大きく頷いて――閃光が走った。
グラジオスはその光を、身を捻って躱そうとする。
だが完全には躱しきれず、光はグラジオスの頬を浅くえぐって通り過ぎていった。
「では兄上が死ねば私が王だ」
カシミールの手には、いつの間にか短剣が握られていた。
どうやら隠し持っていたらしい。
私はキレる○代みたいな事するなよっと内心で突っ込みつつ、グラジオスを助けようと駆けだしたのだが。
「お前たち。目の前の反逆者を捕まえれば、そいつの領地をそのままくれてやる。だから私の為に働け」
特大のカンフル剤を撃ち込まれた衛兵たちによって阻まれてしまう。
衛兵たちは先ほどまでの態度が嘘のように、目の色を変えて襲い掛かって来た。
「なんでっ!? おかしいのはカシミールでしょ!! 明らかに後が無い方になんで加担するの!?」
「察しが悪いな。国政は全て任されていた。私はそう言ったはずだが」
そうか。つまりこの王宮にいるほとんどの人達は、ただ兵役を課せられた一般人じゃあなくて、カシミールの意向に服従する部下だったんだ。
何かあっても力でねじ伏せる事ができる。そういう自信があったからこの茶番を始めたんだ。
今更気付いても武器の無い私にはどうすることも出来ない。慌てて後ろに下がり、オーギュスト伯爵の背後に隠れる。
先ほどまで圧倒的優位に居た私達だったのに、一瞬でその盤面をひっくり返されてしまっていた。
続々と湧いてくる衛兵が、数の暴力で貴族たちを抑え込んでいく。
ただ一人奮戦するオーギュスト伯爵も、多勢を前にして苦戦を強いられていた。
私はオーギュスト伯爵から分断され、衛兵の一人に捕らえられてしまう。
「このっ、放せっ! 変態っ、ロリコンっ!」
いくら暴れたところで衛兵の鉄のように頑丈な拘束は小動もしない。
なんとか拘束から逃げ出そうと懸命に体を捩っていたら、今度は腕をねじり上げられてしまった。
「そのガキを連れてこい」
冷徹な声が命ずるままに、私はカシミールのところにまで引きずられていく。
私の抵抗なんて抵抗にすらなっていない様だった。
「放しなさいよっ」
せめてカシミールに一撃入れようと、唯一自由になる足を動かし必死に蹴ろうとするが届きすらしない。
冷ややかな目で見降ろされ、ただ自分の無力を思い知らされるだけだった。
私は無駄な抵抗をやめ、代わりにカシミールの目を正面から見据えて睨みつけてやる。
カシミールはそれを堂々と受け止めると、手に持っている短剣の切っ先を、私の胸元に向けた。
「兄上。コイツも一応女だったな。それとも見た目通り実は男で、女の格好をさせていたか?」
ふざけるなっ。さっきから何度も何度も人の身体的特徴をあげつらって弄って……。人間の屑っ。
そう私は言いたかったのだが、目の前に突き付けられた刃物への恐怖で口は凍り付いてしまっていた。
今のカシミールは気まぐれで人を殺す。そんな気がした。
「雲母を放せ。俺はお前が王となる事になんら不満はない。これ以上人を傷つけるなっ」
グラジオスはカシミールからの一撃を地面に転がって避けた体勢のまま、必死に説得を試みる。
「そうは言っても他の連中が認めなさそうなのでな。少しばかり分からせるべきだろう」
カシミールはそう言うと、ほんの少しだけ短剣を前に進める。
心臓近くに突き付けられた短剣の切っ先が浅く服を貫き、私の皮膚に僅かながら傷をつけた。
「頼むっ。それだけは止めてくれっ」
グラジオスの懇願をしかし軽く流すと、カシミールは未だ抵抗を続けるオーギュスト伯爵へと視線を向けた。
「抵抗を止めろ、オーギュスト卿」
オーギュスト伯爵は一応動きを止めたものの、油断なく短槍を構えている。
「槍を捨てろ、今すぐに。でなければ……」
カシミールは短剣をするっと下方へと動かした。
刃は私を傷つける事は無かったが、私の着ている服を真ん中から断ち切っていく。
「やぁ……」
「カシミールっ!」
知らず知らずの内に涙が頬を伝い落ちていく。
人前に素肌が晒されていくことで、私は今まで感じたことのない種類の恐怖を覚えていた。
「こいつを今すぐ兵たちの慰み者にしてもいいんだぞ? 穴さえあればガキでも構わないという連中はいくらでも居るからな」
慰み者。それはつまり、私が……。
「カシミィールゥ!!」
怒声と共に本気の殺意を放ったグラジオスが、猛然と起き上がると手枷を振り上げ踊りかかる。
いくらグラジオスがあまり強くないとはいえ、身長百九十センチの大男が鉄の塊を振り回すのだ。当たればただでは済まない。
カシミールはグラジオスの攻撃を避けるために数歩横に移動した。
グラジオスはそのままの勢いで、今度は私を拘束している衛兵に襲い掛かる。
横に薙ぎ払った一撃を、衛兵は私の手を放すことで辛くも避けた。
だが、グラジオスが衛兵に向かったという事は、カシミールへ隙を晒すという事で……。
「グラジオスっ」
カシミールは大きく一歩踏み込むと、グラジオスめがけて短剣を突き出す。
短剣の先が太陽の光を反射してギラリと光る。
もしこの切っ先がグラジオスへと突き去れば、容易く命を奪ってしまうだろう。
だから私は思いきり前へ、グラジオスに向かって飛び出した。
短剣がグラジオスの体に食い込んでいく。しかし、私がグラジオスに体当たりした事で、大事に至るほど深くは刺さらなかった。
グラジオスの背中がバルコニーの柵にぶつかる。これ以上後ろには……下がれない。
下がれば四メートル下の石畳に打ち付けられてしまう。死にはしないだろうけど、骨折くらいは免れないだろう。
更に落ちたところでまともに逃げられない。
庭に集まった大勢の民衆が、望む望まないに関わらず物理的な壁となってしまうからだ。
それが分かっているからか、カシミールは余裕たっぷりに短剣を手元に引き戻すと、それをちらつかせながら近づいてくる。
私はグラジオスに身を寄せ、グラジオスもそんな私を強く抱きしめた。
肌と肌が触れ合って、互いの熱が混じり合う。
グラジオスの荒い息が私の頬を撫でていく。
生きてる。まだグラジオスは生きてる。
こんな極限状態だというのに、何故か無性にそれが嬉しかった。
「雲母」
選択肢は、もうひとつしかない。
「グラジオス」
私は抱き着いたまま頷く。
方針は決まった。
最後まで、一緒にあがくだけ。
「祈りは済ませたか?」
カシミールは嫌味たっぷりに聞いてくる。でも私達はそれに返事なんかしない。
祈りは必要ない。私達は私達の意思で抗うだけだ。
カシミールは自らの勝利を確信し、再度短剣を繰り出してくる。
狙いは――グラジオス。
それを避けるために私は更に前へと進み、グラジオスも後方へ向かって強く地面を蹴る。
カシミールの短剣は当たらなかったが、代わりに私達二人の体は手すりを乗り越え空中へと飛び出した。
「グラジオス殿下を――」
男は青い顔で震えながら、しかしはっきりと、
「無罪とする」
そう宣告した。
ふぅっと、私は大きなため息を漏らした。
本当に、ハッタリにハッタリを重ね、脅してすかして宥めて利益で誘って掴み取った無罪だ。
何かの要素が欠けていれば、この結末は無かっただろう。
私は――。
「王の名に置いて命ずる。この場に居る全員を反逆者として捕らえよ」
「え?」
このまま素直に終わるとは思っていなかったけれど、言うに事欠いてそれ?
「カシミール殿下。失礼ながら貴方様はまだ戴冠式を迎えておりません。それに、先王陛下暗殺について伺いたい事もございますな」
オーギュスト伯爵が短槍を手に凄む。
彼はグラジオスについていたが、それよりも国家に対する忠誠心が篤い
ヴォルフラム四世王を殺害したカシミールを王と認めることなどあるはずがなかった。
「暗殺か……いいだろう」
カシミールは頷くと、傍らで拘束されたままのグラジオスを見下ろす。
その瞳は、何かが吹っ切れたような冷たい刃を思わせる冷酷な光を宿していて、私は思わず寒気を覚える。
「兄上、貴方の言うとおりだったよ」
「カシミール……」
二人の間にどのような会話があったのかは分からない。でも、二人の間に大きな断裂がある事だけは分かる。そしてそれを飛び越えて歩み寄ろうとするのがグラジオスだけだという事も。
カシミールの殺意は未だ衰えていなかった。
彼は不敵な笑みを浮かべると、オーギュスト伯爵へと視線を戻す。
「先王を、あのぼんくらを殺したのは私だ」
平然と罪を認め、しかしなお嗤う。まるで何かの糸が切れてしまったかのようだった。
「国政を私に押し付け、女、美食、兄上を始めとしたおもちゃをいたぶるしか能のない害虫を殺して何が悪い。私は国を想って殺したのだ」
狂的な笑みを浮かべ、血走った目で貴族たちを睥睨し、全てを掴むために大きく両腕を広げる。
「私が王位を簒奪したのだ。私が王だ。私だけがこの国の王たる資格がある!」
「アンタは第二王位継承者でしょ! 先に王になる権利があるのはグラジオスなんだからっ」
私の言葉に対する返事は、哄笑だった。
心の底から面白くてたまらないとでも言いたげな様子でカシミールは哂う。
「今の裁判で出ただろう。兄上は継承権を捨てている。となれば残るは私一人だ。子どもの頭では理解が難しかったか?」
確かにその通りではある。でも――。
「せ、正式にはまだ継承権の放棄は認められてないはずでしょ。グラジオスの家名はまだアルザルドなんだから」
正式に継承権を捨てる場合、別の家に養子に出されるのがふつうである。例えばグラジオスの叔父であるジュリアス・ザルバトル公爵の様に。
そういった手続きを踏んでいない以上、グラジオスにはまだ継承権があるはずだった。
「なるほど、確かに一理あるな」
カシミールは大きく頷いて――閃光が走った。
グラジオスはその光を、身を捻って躱そうとする。
だが完全には躱しきれず、光はグラジオスの頬を浅くえぐって通り過ぎていった。
「では兄上が死ねば私が王だ」
カシミールの手には、いつの間にか短剣が握られていた。
どうやら隠し持っていたらしい。
私はキレる○代みたいな事するなよっと内心で突っ込みつつ、グラジオスを助けようと駆けだしたのだが。
「お前たち。目の前の反逆者を捕まえれば、そいつの領地をそのままくれてやる。だから私の為に働け」
特大のカンフル剤を撃ち込まれた衛兵たちによって阻まれてしまう。
衛兵たちは先ほどまでの態度が嘘のように、目の色を変えて襲い掛かって来た。
「なんでっ!? おかしいのはカシミールでしょ!! 明らかに後が無い方になんで加担するの!?」
「察しが悪いな。国政は全て任されていた。私はそう言ったはずだが」
そうか。つまりこの王宮にいるほとんどの人達は、ただ兵役を課せられた一般人じゃあなくて、カシミールの意向に服従する部下だったんだ。
何かあっても力でねじ伏せる事ができる。そういう自信があったからこの茶番を始めたんだ。
今更気付いても武器の無い私にはどうすることも出来ない。慌てて後ろに下がり、オーギュスト伯爵の背後に隠れる。
先ほどまで圧倒的優位に居た私達だったのに、一瞬でその盤面をひっくり返されてしまっていた。
続々と湧いてくる衛兵が、数の暴力で貴族たちを抑え込んでいく。
ただ一人奮戦するオーギュスト伯爵も、多勢を前にして苦戦を強いられていた。
私はオーギュスト伯爵から分断され、衛兵の一人に捕らえられてしまう。
「このっ、放せっ! 変態っ、ロリコンっ!」
いくら暴れたところで衛兵の鉄のように頑丈な拘束は小動もしない。
なんとか拘束から逃げ出そうと懸命に体を捩っていたら、今度は腕をねじり上げられてしまった。
「そのガキを連れてこい」
冷徹な声が命ずるままに、私はカシミールのところにまで引きずられていく。
私の抵抗なんて抵抗にすらなっていない様だった。
「放しなさいよっ」
せめてカシミールに一撃入れようと、唯一自由になる足を動かし必死に蹴ろうとするが届きすらしない。
冷ややかな目で見降ろされ、ただ自分の無力を思い知らされるだけだった。
私は無駄な抵抗をやめ、代わりにカシミールの目を正面から見据えて睨みつけてやる。
カシミールはそれを堂々と受け止めると、手に持っている短剣の切っ先を、私の胸元に向けた。
「兄上。コイツも一応女だったな。それとも見た目通り実は男で、女の格好をさせていたか?」
ふざけるなっ。さっきから何度も何度も人の身体的特徴をあげつらって弄って……。人間の屑っ。
そう私は言いたかったのだが、目の前に突き付けられた刃物への恐怖で口は凍り付いてしまっていた。
今のカシミールは気まぐれで人を殺す。そんな気がした。
「雲母を放せ。俺はお前が王となる事になんら不満はない。これ以上人を傷つけるなっ」
グラジオスはカシミールからの一撃を地面に転がって避けた体勢のまま、必死に説得を試みる。
「そうは言っても他の連中が認めなさそうなのでな。少しばかり分からせるべきだろう」
カシミールはそう言うと、ほんの少しだけ短剣を前に進める。
心臓近くに突き付けられた短剣の切っ先が浅く服を貫き、私の皮膚に僅かながら傷をつけた。
「頼むっ。それだけは止めてくれっ」
グラジオスの懇願をしかし軽く流すと、カシミールは未だ抵抗を続けるオーギュスト伯爵へと視線を向けた。
「抵抗を止めろ、オーギュスト卿」
オーギュスト伯爵は一応動きを止めたものの、油断なく短槍を構えている。
「槍を捨てろ、今すぐに。でなければ……」
カシミールは短剣をするっと下方へと動かした。
刃は私を傷つける事は無かったが、私の着ている服を真ん中から断ち切っていく。
「やぁ……」
「カシミールっ!」
知らず知らずの内に涙が頬を伝い落ちていく。
人前に素肌が晒されていくことで、私は今まで感じたことのない種類の恐怖を覚えていた。
「こいつを今すぐ兵たちの慰み者にしてもいいんだぞ? 穴さえあればガキでも構わないという連中はいくらでも居るからな」
慰み者。それはつまり、私が……。
「カシミィールゥ!!」
怒声と共に本気の殺意を放ったグラジオスが、猛然と起き上がると手枷を振り上げ踊りかかる。
いくらグラジオスがあまり強くないとはいえ、身長百九十センチの大男が鉄の塊を振り回すのだ。当たればただでは済まない。
カシミールはグラジオスの攻撃を避けるために数歩横に移動した。
グラジオスはそのままの勢いで、今度は私を拘束している衛兵に襲い掛かる。
横に薙ぎ払った一撃を、衛兵は私の手を放すことで辛くも避けた。
だが、グラジオスが衛兵に向かったという事は、カシミールへ隙を晒すという事で……。
「グラジオスっ」
カシミールは大きく一歩踏み込むと、グラジオスめがけて短剣を突き出す。
短剣の先が太陽の光を反射してギラリと光る。
もしこの切っ先がグラジオスへと突き去れば、容易く命を奪ってしまうだろう。
だから私は思いきり前へ、グラジオスに向かって飛び出した。
短剣がグラジオスの体に食い込んでいく。しかし、私がグラジオスに体当たりした事で、大事に至るほど深くは刺さらなかった。
グラジオスの背中がバルコニーの柵にぶつかる。これ以上後ろには……下がれない。
下がれば四メートル下の石畳に打ち付けられてしまう。死にはしないだろうけど、骨折くらいは免れないだろう。
更に落ちたところでまともに逃げられない。
庭に集まった大勢の民衆が、望む望まないに関わらず物理的な壁となってしまうからだ。
それが分かっているからか、カシミールは余裕たっぷりに短剣を手元に引き戻すと、それをちらつかせながら近づいてくる。
私はグラジオスに身を寄せ、グラジオスもそんな私を強く抱きしめた。
肌と肌が触れ合って、互いの熱が混じり合う。
グラジオスの荒い息が私の頬を撫でていく。
生きてる。まだグラジオスは生きてる。
こんな極限状態だというのに、何故か無性にそれが嬉しかった。
「雲母」
選択肢は、もうひとつしかない。
「グラジオス」
私は抱き着いたまま頷く。
方針は決まった。
最後まで、一緒にあがくだけ。
「祈りは済ませたか?」
カシミールは嫌味たっぷりに聞いてくる。でも私達はそれに返事なんかしない。
祈りは必要ない。私達は私達の意思で抗うだけだ。
カシミールは自らの勝利を確信し、再度短剣を繰り出してくる。
狙いは――グラジオス。
それを避けるために私は更に前へと進み、グラジオスも後方へ向かって強く地面を蹴る。
カシミールの短剣は当たらなかったが、代わりに私達二人の体は手すりを乗り越え空中へと飛び出した。
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