『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第75話 裁きの刻

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 テラスに声が響く。だがそれは私の声ではない。

 ICレコーダーに記録され、床そのものが発している音だ。

『私にあいつが捨てたものを拾えというのか父上はっ。私にそんな惨めな事をして喜べというのかっ』

 それはカシミールが自らの父親を殺したという証拠。

『違うっ。私は私の意思で、この手で奪ったのだ、勝ち取ったのだっ! 私こそが王にふさわしい人間なのだっ』

 哄笑が響く。狂ったような哄笑が。

 これこそがカシミールの本性。

 プライドばかり高くて嘘と虚飾にまみれ、笑顔という仮面の裏に薄汚い腐りきった汚物を隠しているだけの薄っぺらい男だ。

「カシミール」

 私はスッと人差し指を上げ、カシミールへと突きつけ、

「貴方をボコボコにしてあげる。覚悟しなさいっ」

 そう宣言した。

 だが――意外な場所からその宣言を否定する言葉が上がった。

「待ってくれ」

 グラジオスだ。

「頼む。雲母、待ってくれ。カシミールがこんな事になったのは俺のせいなんだ」

「は? 何言ってんの」

「カシミールは本当は悪い奴ではないんだ。今は少し、止まれなくなっているだけなんだ。だから、頼む」

 正直、唖然とした。人がいいにもほどがある。

 馬鹿じゃないだろうか。今自分は殺されかけているというのに、殺そうとしている相手の心配をするなんて。

「うん、そうだね。グラジオスが言うならそうかもしれない」

 私の言葉にグラジオスはほっとしたような表情を浮かべて――。

「でもお断わり。というか馬鹿じゃないの? 私、カシミールの後にグラジオスもボコボコにするつもりだからね。覚悟しててね」

 隣でオーギュスト伯爵がなんだかなぁとでも言いたげな微妙な表情をしているが構うものか。

 というか、さっきから無礼な口を全方位にききまくっている私は、他の貴族や衛兵たちも扱いかねている様だった。

 まあ、邪魔が入らないなら都合がいいけれど。

「何アレ。自己犠牲? こっちは全然嬉しくないのっ。私はグラジオスに生きてて欲しいのに、勝手な事するなっ」

「いや、しかしあの時はああするしか……」

「うっさい黙れ、言い訳するな。蹴りつぶすよ?」

 ひゅんっと男の急所を蹴り上げる素振そぶりをしてみせる。

 それに怯えたわけではないだろうが、グラジオスが押し黙った。

「私が助けたいのはグラジオスなの。カシミールじゃない。グラジオスの理屈を私に押し付けないで。だいたい――」

 私は再びカシミールに視線を戻す。

「そいつはもう踏み越えちゃいけないラインを踏み越えたの」

 私はみんなにも、テラスの向こう側で固唾を呑んでこの裁判の行方を見守っている人たちにも聞こえる様に声を張り上げる。

「父親を殺して、今兄であるグラジオスも殺そうとしてたんだから。絶対に救えない。救っちゃいけないの」

 そんな私達の言い合いに、ようやく衝撃から立ち直ったカシミールが割って入った。

「……そうか、貴様はコイツにくっついていた楽士のガキか。何を言うかと思えばくだらんたわ言を」

 カシミールは薄ら笑いを浮かべる。だが、それは明らかに強がりでしかない。

 カシミールの真っ青な顔がそれを証明していた。

「なんだ、さきほどから聞こえるくだらん茶番は。声真似の上手い楽士でも雇ったか? くだらん茶番をやらせおって。こんなものが何の役に立つ」

「そう? アンタの顔は、そうは言ってないみたいだけど」

 先ほどからICレコーダーはずっと同じ言葉を、同じように繰り返し続けている。

 カシミールは気が気ではないだろう。しかもこの世界にこんな技術などない。気味が悪くて仕方がないのではないだろうか。

 さて、じゃあ始めようか。私のショーを。

 まずは――。

「オーギュスト伯爵、覚えておいでですか? あの、音の鳴る小箱の事を」

 私達はオーギュスト伯爵の領主館で毎日練習を続けていた。

 当然、オーギュスト伯爵もその練習を見たことがあり、その際ICレコーダーを目撃していて、その機能と存在を理解している。

「……この声の正体は、あれか」

 オーギュスト伯爵は得心が行ったとばかりに頷く。

 さあ、これが一手目。

「オーギュスト伯爵。ならこれが本当に起こったことだと証言していただけますね?」

「分かった、認めよう。これは真実の記録であると」

 この裁判は、証拠が認められ、真実が尊ばれる世界じゃない。

 影響力の有無。力こそが全てだ。

 ならその裁判に勝つには、影響力こそが勝敗のカギになる。

「みなさ~ん。これ、な~んだ」

 私はポケットからとある物を取り出し、指に挟んで貴族の人たちへかざして見せる。

 居並ぶ貴族とカシミールは目を凝らしてそれを見て……。

「そ、その徽章はっ……」

 瞠目した。

「ザルバトル公爵の徽章と、モンターギュ侯爵の徽章です。お二方は、グラジオスにつきました」

 真実は少し違う。モンターギュ家自体は未だどちらに着くとか発表していない。

 ハイネが味方しているだけだ。でも目の前に居る貴族たちはそんな事知る由もない。

「もちろん、オーギュスト伯爵も」

 ですよね? と視線を送ればオーギュスト伯爵が重々しく頷いてくれる。

 これで公爵という大貴族に加え、ある意味国一番の信用を得ているオーギュスト伯爵、国境を守るというこの国で一番重大な仕事を任されている侯爵までもがグラジオスの味方になってしまったのだ。

 天秤の針が真ん中とはいかないまでも、かなり拮抗してきているのは確かだった。

「ちなみに、アッカマン商会もグラジオスの味方ですよ?」

 私は更にグラジオス側に掛け金を上乗せしていく。

 この意味が分からないはずはなかった。

「ああ、そう言えば私はガイザル帝国皇帝陛下のお気に入りでもありますから。それに第二皇位継承者のルドルフさまにも気に入られてますねぇ。グラジオスの楽師である私に何かあったら、帝国との経済交流の話はふいになりますよ?」

 帝国には、今やブランドとなったアッカマン商会製の衣服が大量に輸出される予定だ。服以外に多くの品物が輸出される手筈になっている。

 貴族たちの中にはそれによって大いに潤う事だろう。

 もちろん、きちんと輸出出来ればの話だが。

 帝国がもしこれらの商品を買わなければ、いったい何人の貴族が負債を抱える事になるだろうか。

「よく考えてくださいね? カシミールは、帝国から不興を買っています。帝国との取引はグラジオスが居なければできませんよ?」

 これは本当に決定的だった。

 貴族たちの何人かは、明らかによそよそしくなると、カシミールから少し距離を取り始める。

 明確にグラジオスに着くと宣言するものこそ居なかったが、カシミールの陣営から離脱した事は明白だった。

 ただ――。

「衛兵、何をしている。こいつを捕らえろ! 神聖な裁判を汚す不埒者だぞ!」

 いつまでもカシミールが私を自由にしておくわけが無かった。

 カシミールの命を受けて衛兵たちが動き出す。

 だが、それも予定通りだった。

「あれー? 私はグラジオスの弁護人なんだけどなぁ。いいの? 弁護人を兵士を使って力づくで排除しようとして」

 私は指さす。カシミール……の更に外。民衆を。

「いいのかにゃー? 見てるよ? み・ん・な」

 ぴたりと衛兵たちの動きが止まり、彼らは指示を求める様にカシミールを見る。

 カシミールは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ……それでも顎で私を指した。

 ……ちょっとまずいかな? と思ったけれど、私には隣に頼れる味方が居るのだ。

 この国で最も勇名をはせている男性、オーギュスト伯爵が。

「せいっ」

 オーギュスト伯爵は腕に付けた小手で一番近くに来ていた衛兵の短槍を打ち払い、その衛兵の襟首をむんずと掴んだ。

 そのままその衛兵の体を力づくで隣の衛兵に投げつける。

 衛兵の一部がそれによって薙ぎ払われ、囲いの一部が破れてしまった。

「弁護人が発言している最中さなかですぞ。静粛に願います、カシミール殿下」

 まるで魔法のようにオーギュスト伯爵の手の中で短槍が踊ったのち、石突がゴツンと床を叩く。

 衛兵たちは格の違いを知り、それ以上動くことが出来なかった。

「ありがとうございます、オーギュスト伯爵」

 私は短く礼を言うと、説得を続ける。

「今、グラジオスは死にかかってますよね。でも、あなた達が私達について下されば、貴方達はグラジオスにとって命の恩人ですよ。ああ、もしかして今までの事を復讐されるとか思ってます?」

 私は貴族たちからグラジオスへと視線を戻すと、にっこりと笑顔で問いかける。

「グラジオス、復讐なんてしないよね?」

「いや、お前なんかさっきから弁護というより……」

「し・な・い・よ・ね?」

「……ああ、しない」

 私の圧力に屈したグラジオスは素直に頷いた後、更にこの国で行われる誓いでもって以前の罪を問わない事を確約した。

 さあこれでほとんど決まった様なものだけど、決めの一手と行こうかな。

「これが最後の質問です」

 私は見えやすいように右腕を上げ、顔の横で人差し指を立てる。

「これから、家族を殺すような王に恐怖しながら生きるのと……」

 左手も同じように顔の横で人差し指を立てる。

「女の子に命令されてヘタレちゃうような、人畜無害な音楽好きが王になるの」

 最後は今までで一番の笑顔を浮かべ、貴族たちの顔を見回す。

「ねえ、どっちがいい?」

 それで勝敗は決した。
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