『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
76 / 140

第75話 裁きの刻

しおりを挟む
 テラスに声が響く。だがそれは私の声ではない。

 ICレコーダーに記録され、床そのものが発している音だ。

『私にあいつが捨てたものを拾えというのか父上はっ。私にそんな惨めな事をして喜べというのかっ』

 それはカシミールが自らの父親を殺したという証拠。

『違うっ。私は私の意思で、この手で奪ったのだ、勝ち取ったのだっ! 私こそが王にふさわしい人間なのだっ』

 哄笑が響く。狂ったような哄笑が。

 これこそがカシミールの本性。

 プライドばかり高くて嘘と虚飾にまみれ、笑顔という仮面の裏に薄汚い腐りきった汚物を隠しているだけの薄っぺらい男だ。

「カシミール」

 私はスッと人差し指を上げ、カシミールへと突きつけ、

「貴方をボコボコにしてあげる。覚悟しなさいっ」

 そう宣言した。

 だが――意外な場所からその宣言を否定する言葉が上がった。

「待ってくれ」

 グラジオスだ。

「頼む。雲母、待ってくれ。カシミールがこんな事になったのは俺のせいなんだ」

「は? 何言ってんの」

「カシミールは本当は悪い奴ではないんだ。今は少し、止まれなくなっているだけなんだ。だから、頼む」

 正直、唖然とした。人がいいにもほどがある。

 馬鹿じゃないだろうか。今自分は殺されかけているというのに、殺そうとしている相手の心配をするなんて。

「うん、そうだね。グラジオスが言うならそうかもしれない」

 私の言葉にグラジオスはほっとしたような表情を浮かべて――。

「でもお断わり。というか馬鹿じゃないの? 私、カシミールの後にグラジオスもボコボコにするつもりだからね。覚悟しててね」

 隣でオーギュスト伯爵がなんだかなぁとでも言いたげな微妙な表情をしているが構うものか。

 というか、さっきから無礼な口を全方位にききまくっている私は、他の貴族や衛兵たちも扱いかねている様だった。

 まあ、邪魔が入らないなら都合がいいけれど。

「何アレ。自己犠牲? こっちは全然嬉しくないのっ。私はグラジオスに生きてて欲しいのに、勝手な事するなっ」

「いや、しかしあの時はああするしか……」

「うっさい黙れ、言い訳するな。蹴りつぶすよ?」

 ひゅんっと男の急所を蹴り上げる素振そぶりをしてみせる。

 それに怯えたわけではないだろうが、グラジオスが押し黙った。

「私が助けたいのはグラジオスなの。カシミールじゃない。グラジオスの理屈を私に押し付けないで。だいたい――」

 私は再びカシミールに視線を戻す。

「そいつはもう踏み越えちゃいけないラインを踏み越えたの」

 私はみんなにも、テラスの向こう側で固唾を呑んでこの裁判の行方を見守っている人たちにも聞こえる様に声を張り上げる。

「父親を殺して、今兄であるグラジオスも殺そうとしてたんだから。絶対に救えない。救っちゃいけないの」

 そんな私達の言い合いに、ようやく衝撃から立ち直ったカシミールが割って入った。

「……そうか、貴様はコイツにくっついていた楽士のガキか。何を言うかと思えばくだらんたわ言を」

 カシミールは薄ら笑いを浮かべる。だが、それは明らかに強がりでしかない。

 カシミールの真っ青な顔がそれを証明していた。

「なんだ、さきほどから聞こえるくだらん茶番は。声真似の上手い楽士でも雇ったか? くだらん茶番をやらせおって。こんなものが何の役に立つ」

「そう? アンタの顔は、そうは言ってないみたいだけど」

 先ほどからICレコーダーはずっと同じ言葉を、同じように繰り返し続けている。

 カシミールは気が気ではないだろう。しかもこの世界にこんな技術などない。気味が悪くて仕方がないのではないだろうか。

 さて、じゃあ始めようか。私のショーを。

 まずは――。

「オーギュスト伯爵、覚えておいでですか? あの、音の鳴る小箱の事を」

 私達はオーギュスト伯爵の領主館で毎日練習を続けていた。

 当然、オーギュスト伯爵もその練習を見たことがあり、その際ICレコーダーを目撃していて、その機能と存在を理解している。

「……この声の正体は、あれか」

 オーギュスト伯爵は得心が行ったとばかりに頷く。

 さあ、これが一手目。

「オーギュスト伯爵。ならこれが本当に起こったことだと証言していただけますね?」

「分かった、認めよう。これは真実の記録であると」

 この裁判は、証拠が認められ、真実が尊ばれる世界じゃない。

 影響力の有無。力こそが全てだ。

 ならその裁判に勝つには、影響力こそが勝敗のカギになる。

「みなさ~ん。これ、な~んだ」

 私はポケットからとある物を取り出し、指に挟んで貴族の人たちへかざして見せる。

 居並ぶ貴族とカシミールは目を凝らしてそれを見て……。

「そ、その徽章はっ……」

 瞠目した。

「ザルバトル公爵の徽章と、モンターギュ侯爵の徽章です。お二方は、グラジオスにつきました」

 真実は少し違う。モンターギュ家自体は未だどちらに着くとか発表していない。

 ハイネが味方しているだけだ。でも目の前に居る貴族たちはそんな事知る由もない。

「もちろん、オーギュスト伯爵も」

 ですよね? と視線を送ればオーギュスト伯爵が重々しく頷いてくれる。

 これで公爵という大貴族に加え、ある意味国一番の信用を得ているオーギュスト伯爵、国境を守るというこの国で一番重大な仕事を任されている侯爵までもがグラジオスの味方になってしまったのだ。

 天秤の針が真ん中とはいかないまでも、かなり拮抗してきているのは確かだった。

「ちなみに、アッカマン商会もグラジオスの味方ですよ?」

 私は更にグラジオス側に掛け金を上乗せしていく。

 この意味が分からないはずはなかった。

「ああ、そう言えば私はガイザル帝国皇帝陛下のお気に入りでもありますから。それに第二皇位継承者のルドルフさまにも気に入られてますねぇ。グラジオスの楽師である私に何かあったら、帝国との経済交流の話はふいになりますよ?」

 帝国には、今やブランドとなったアッカマン商会製の衣服が大量に輸出される予定だ。服以外に多くの品物が輸出される手筈になっている。

 貴族たちの中にはそれによって大いに潤う事だろう。

 もちろん、きちんと輸出出来ればの話だが。

 帝国がもしこれらの商品を買わなければ、いったい何人の貴族が負債を抱える事になるだろうか。

「よく考えてくださいね? カシミールは、帝国から不興を買っています。帝国との取引はグラジオスが居なければできませんよ?」

 これは本当に決定的だった。

 貴族たちの何人かは、明らかによそよそしくなると、カシミールから少し距離を取り始める。

 明確にグラジオスに着くと宣言するものこそ居なかったが、カシミールの陣営から離脱した事は明白だった。

 ただ――。

「衛兵、何をしている。こいつを捕らえろ! 神聖な裁判を汚す不埒者だぞ!」

 いつまでもカシミールが私を自由にしておくわけが無かった。

 カシミールの命を受けて衛兵たちが動き出す。

 だが、それも予定通りだった。

「あれー? 私はグラジオスの弁護人なんだけどなぁ。いいの? 弁護人を兵士を使って力づくで排除しようとして」

 私は指さす。カシミール……の更に外。民衆を。

「いいのかにゃー? 見てるよ? み・ん・な」

 ぴたりと衛兵たちの動きが止まり、彼らは指示を求める様にカシミールを見る。

 カシミールは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ……それでも顎で私を指した。

 ……ちょっとまずいかな? と思ったけれど、私には隣に頼れる味方が居るのだ。

 この国で最も勇名をはせている男性、オーギュスト伯爵が。

「せいっ」

 オーギュスト伯爵は腕に付けた小手で一番近くに来ていた衛兵の短槍を打ち払い、その衛兵の襟首をむんずと掴んだ。

 そのままその衛兵の体を力づくで隣の衛兵に投げつける。

 衛兵の一部がそれによって薙ぎ払われ、囲いの一部が破れてしまった。

「弁護人が発言している最中さなかですぞ。静粛に願います、カシミール殿下」

 まるで魔法のようにオーギュスト伯爵の手の中で短槍が踊ったのち、石突がゴツンと床を叩く。

 衛兵たちは格の違いを知り、それ以上動くことが出来なかった。

「ありがとうございます、オーギュスト伯爵」

 私は短く礼を言うと、説得を続ける。

「今、グラジオスは死にかかってますよね。でも、あなた達が私達について下されば、貴方達はグラジオスにとって命の恩人ですよ。ああ、もしかして今までの事を復讐されるとか思ってます?」

 私は貴族たちからグラジオスへと視線を戻すと、にっこりと笑顔で問いかける。

「グラジオス、復讐なんてしないよね?」

「いや、お前なんかさっきから弁護というより……」

「し・な・い・よ・ね?」

「……ああ、しない」

 私の圧力に屈したグラジオスは素直に頷いた後、更にこの国で行われる誓いでもって以前の罪を問わない事を確約した。

 さあこれでほとんど決まった様なものだけど、決めの一手と行こうかな。

「これが最後の質問です」

 私は見えやすいように右腕を上げ、顔の横で人差し指を立てる。

「これから、家族を殺すような王に恐怖しながら生きるのと……」

 左手も同じように顔の横で人差し指を立てる。

「女の子に命令されてヘタレちゃうような、人畜無害な音楽好きが王になるの」

 最後は今までで一番の笑顔を浮かべ、貴族たちの顔を見回す。

「ねえ、どっちがいい?」

 それで勝敗は決した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...