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第112話 上に立つ者たちの責任
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敵は潮を引く様に撤退していった。
ただ、これは今回だけだろう。次攻めて来る時はまた別の装備を整えて攻め寄せて来るはずだ。
味方の兵士たちの間から勝ち鬨が上がる。
同時に、私を称える声も聞こえて来た。
それに私は手を突き出し、笑顔で答えながら――。
否定したかった。
私は勝利の女神でもなければ英雄でもないと。
そんな事は絶対に出来ないけれど。
私がどれだけ弱いただの人間であると思っていても、それを外に出してはいけない。
私の中にある否定的な私を他の人に知られてしまったら、下手すれば軍隊という組織自体が瓦解してしまうかもしれないから。
「私が居る限り矢とかは基本飛んでこないからね、安心して!」
その言葉で人はみんな笑顔になっていく。死の重圧から解放され安心したように深く息を吐き出す者も居る。
やっぱりやって良かったと、私は自身の選択の正しさに確信を得ていた。
「敵の作戦は崩れた。よって次の攻撃までにはだいぶ時間がある事が予想される。各自隊長命令に従って休憩を取る様に」
グラジオスの命令を受けた兵士たちは敬礼をした後嬉しそうに散っていった。
士気はまだ高い。これからも敵を受け止められるだろう。
それはすなわち、大勢の死を意味するのだが。
「ロイ卿! ロイ卿は居るか!?」
グラジオスが名前を呼ぶのはロイ・モンターギュ子爵だ。
ハイネの父親にして、先ほど無くなったアルベルト・モンターギュ侯爵の息子だ。
ハイネと同じくややきつい色をした金髪を持ちながら、落ち着いた威厳と風格を漂わせている中年の男性。
今はモンターギュ侯爵に変わって現場の指揮を執り行っている。
「はっ、いかがされましたか?」
ロイは小走りに駆けてくるとすぐさまその場に跪く。こんなに実直な人からどうしてハイネの様に珍奇な性格をした子どもが生まれたのか、ちょっと疑問に思ってしまうほど律儀な人だ。
ハイネも根本的な所ではとても義理堅いので、そういうところは親子だと確信できるのだが。
「話すことがある。少しついてきて欲しい」
その内容は、私が伝えた事で間違いないだろう。
だったら私にもするべきことがある。
モンターギュ侯爵が遺した最期のメッセージを伝えなければならない。
「私が案内します」
私はそう言ってから一礼すると、二人の前を歩き出した。
わざわざ私がこんな事をするのだから、ロイ子爵は薄々感づいているのだろう。
先ほど見た彼の顔は、表情を失っていた。
私達は薄暗い城の中を早足で移動して……処置室へと辿り着いた。
私がお別れした時からさほど時間は経っていない。予想通り、そこにはモンターギュ侯爵が穏やかな顔で眠っていた。
先ほどと違う事は、顔や体についた血が綺麗に拭き取られ、傷も目立たない様に隠されている事か。
「は……くっ……」
息を飲むような音がする。
誰がその音を立てたのかは、想像するまでもない。
私は怖くて後ろが振り向けなかった。
「ロイ卿……。御父上の忠義、気遣い。いずれも私には本当にありがたかった。心から礼を言わせていただく」
がしゃりと音がする。
やっぱりグラジオスはそうするんだ、と私は納得していた。
グラジオスはどこまでも真摯な人だから。
私はグラジオスの行動に背中を押される形でゆっくりと振り向いた。
「殿下っ」
ロイ子爵の悲鳴のような声が上がる。
当然だ。
貴族と言えど相手は子爵。言ってしまえば父を補佐する役目を負っている程度の相手で、地位としてはだいぶ格下であるはずだ。
そんな相手にこの国の最高権力者が膝を折ったのだから。しかも多くの目がある中で。
「ロイさん、私からもお礼を。モンターギュ侯爵……貴方のお父様は私にも大変よくしてくださいましたから」
私もグラジオスの真似をして跪くと、ロイ子爵の手を取ってその甲に額を押し当てて親愛を表した。
「おやめくださいっ、お二方とも! その様な……」
ロイ子爵は大いに狼狽え、迷った挙句自らも跪いて頭をグラジオスより低くする。
「御父上に直接報いる事は出来なかったが、この恩は必ず返す。だから……卿も私に力を貸して欲しい」
「もちろんでございます」
「感謝する」
グラジオスの言葉と共に私はロイ子爵の手を放す。
そしてありがとうと、もう一度頭を下げながら礼を言った。
「ロイさん。幸運にも私はモンターギュ侯爵を看取る事が出来ました。後程お話させていただいてもよろしいですか?」
「お願い致します」
それで私の用事は全てすんだ。
これからは家族で話したいこともあるだろうと考え、私はその場から離れようとしたのだが……。
「ロイ子爵、決めておかねばならない事がある」
グラジオスは立ち上がってそう言った。
そうだ。現実はこれからも戦いが続く。
多少の時間があるとはいえ、敵はまた来るのだ。
それにモンターギュ侯爵がこうなった原因にだって対処しなければならない。
「はっ」
「こんな時にすまないのだが、襲爵をして貰いたいのだが」
それはつまり、ロイ子爵が父親から爵位を襲名してロイ侯爵となる事を意味している。
きっと今までとは比べ物にならない位の責任が彼の肩にのしかかる事だろう。
それこそ泣いている暇などないほどに。
世界は非情だ。でもその非情さが安らぎになる事を、私はこの時始めて知った。
「分かりました」
「それから……」
グラジオス達が実務的な話をしている間に、私はもう一度礼をすると、怪我人の処置へと戻っていった。
ただ、これは今回だけだろう。次攻めて来る時はまた別の装備を整えて攻め寄せて来るはずだ。
味方の兵士たちの間から勝ち鬨が上がる。
同時に、私を称える声も聞こえて来た。
それに私は手を突き出し、笑顔で答えながら――。
否定したかった。
私は勝利の女神でもなければ英雄でもないと。
そんな事は絶対に出来ないけれど。
私がどれだけ弱いただの人間であると思っていても、それを外に出してはいけない。
私の中にある否定的な私を他の人に知られてしまったら、下手すれば軍隊という組織自体が瓦解してしまうかもしれないから。
「私が居る限り矢とかは基本飛んでこないからね、安心して!」
その言葉で人はみんな笑顔になっていく。死の重圧から解放され安心したように深く息を吐き出す者も居る。
やっぱりやって良かったと、私は自身の選択の正しさに確信を得ていた。
「敵の作戦は崩れた。よって次の攻撃までにはだいぶ時間がある事が予想される。各自隊長命令に従って休憩を取る様に」
グラジオスの命令を受けた兵士たちは敬礼をした後嬉しそうに散っていった。
士気はまだ高い。これからも敵を受け止められるだろう。
それはすなわち、大勢の死を意味するのだが。
「ロイ卿! ロイ卿は居るか!?」
グラジオスが名前を呼ぶのはロイ・モンターギュ子爵だ。
ハイネの父親にして、先ほど無くなったアルベルト・モンターギュ侯爵の息子だ。
ハイネと同じくややきつい色をした金髪を持ちながら、落ち着いた威厳と風格を漂わせている中年の男性。
今はモンターギュ侯爵に変わって現場の指揮を執り行っている。
「はっ、いかがされましたか?」
ロイは小走りに駆けてくるとすぐさまその場に跪く。こんなに実直な人からどうしてハイネの様に珍奇な性格をした子どもが生まれたのか、ちょっと疑問に思ってしまうほど律儀な人だ。
ハイネも根本的な所ではとても義理堅いので、そういうところは親子だと確信できるのだが。
「話すことがある。少しついてきて欲しい」
その内容は、私が伝えた事で間違いないだろう。
だったら私にもするべきことがある。
モンターギュ侯爵が遺した最期のメッセージを伝えなければならない。
「私が案内します」
私はそう言ってから一礼すると、二人の前を歩き出した。
わざわざ私がこんな事をするのだから、ロイ子爵は薄々感づいているのだろう。
先ほど見た彼の顔は、表情を失っていた。
私達は薄暗い城の中を早足で移動して……処置室へと辿り着いた。
私がお別れした時からさほど時間は経っていない。予想通り、そこにはモンターギュ侯爵が穏やかな顔で眠っていた。
先ほどと違う事は、顔や体についた血が綺麗に拭き取られ、傷も目立たない様に隠されている事か。
「は……くっ……」
息を飲むような音がする。
誰がその音を立てたのかは、想像するまでもない。
私は怖くて後ろが振り向けなかった。
「ロイ卿……。御父上の忠義、気遣い。いずれも私には本当にありがたかった。心から礼を言わせていただく」
がしゃりと音がする。
やっぱりグラジオスはそうするんだ、と私は納得していた。
グラジオスはどこまでも真摯な人だから。
私はグラジオスの行動に背中を押される形でゆっくりと振り向いた。
「殿下っ」
ロイ子爵の悲鳴のような声が上がる。
当然だ。
貴族と言えど相手は子爵。言ってしまえば父を補佐する役目を負っている程度の相手で、地位としてはだいぶ格下であるはずだ。
そんな相手にこの国の最高権力者が膝を折ったのだから。しかも多くの目がある中で。
「ロイさん、私からもお礼を。モンターギュ侯爵……貴方のお父様は私にも大変よくしてくださいましたから」
私もグラジオスの真似をして跪くと、ロイ子爵の手を取ってその甲に額を押し当てて親愛を表した。
「おやめくださいっ、お二方とも! その様な……」
ロイ子爵は大いに狼狽え、迷った挙句自らも跪いて頭をグラジオスより低くする。
「御父上に直接報いる事は出来なかったが、この恩は必ず返す。だから……卿も私に力を貸して欲しい」
「もちろんでございます」
「感謝する」
グラジオスの言葉と共に私はロイ子爵の手を放す。
そしてありがとうと、もう一度頭を下げながら礼を言った。
「ロイさん。幸運にも私はモンターギュ侯爵を看取る事が出来ました。後程お話させていただいてもよろしいですか?」
「お願い致します」
それで私の用事は全てすんだ。
これからは家族で話したいこともあるだろうと考え、私はその場から離れようとしたのだが……。
「ロイ子爵、決めておかねばならない事がある」
グラジオスは立ち上がってそう言った。
そうだ。現実はこれからも戦いが続く。
多少の時間があるとはいえ、敵はまた来るのだ。
それにモンターギュ侯爵がこうなった原因にだって対処しなければならない。
「はっ」
「こんな時にすまないのだが、襲爵をして貰いたいのだが」
それはつまり、ロイ子爵が父親から爵位を襲名してロイ侯爵となる事を意味している。
きっと今までとは比べ物にならない位の責任が彼の肩にのしかかる事だろう。
それこそ泣いている暇などないほどに。
世界は非情だ。でもその非情さが安らぎになる事を、私はこの時始めて知った。
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