『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第113話 近くなった死に

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 その日の夜、私はグラジオスの寝室に居た。

 私はベッドに寝そべりながら、同じベッドに座っているグラジオスの背中に声をかける。

「ねえグラジオス。お願いがあるの」

 たまに同衾はしているが、それ以上の事をしに来たわけではない。

 そういう事は結婚してからでないとダメという感覚もあったが、私のために何人もの人間が死んで行っている中で出来るほど私は神経が太くないからだ。

 頼みたいことは違う事。死を間近で見てしまったから、思う事があっただけ。

「なんだ?」

 これを口にしてしまう事を、少しためらう。

 だってこれはグラジオスを、それから兵士のみんなを信じていない事になるから。

「……ナイフとか短剣ってくれない?」

 グラジオスの背中がびくりと動き、緊張しているの事が分かる。

 相変わらず腹芸が下手だなぁと場違いな感想を抱く。

「なんでそんな物が必要なんだ? ペーパーナイフや剃刀なら持っているだろう」

 分かってるくせに。私が何を求めるかなんて。

「ん~。もしもの時に、私が自殺するための……」

 最後まで言えなかった。

 言わせてもらえなかった。

 グラジオスが私の方を振り向いて思いきり覆いかぶさると、私の口を彼の口で塞いでしまったから。

 少し勢いがつき過ぎていたせいか、前歯がぶつかってカツンと音を立てる。

 でも、こんな風に強く求められるのは嫌いじゃなかった。

 数秒ほど口づけを交わした後、グラジオスが体を離す。

「お前は絶対に渡さないし、何があっても守る!」

 グラジオスは怒っていた。泣きそうな顔で、怒っていた。

 きっと、グラジオス自身に。

 私にこんな事を言わせてしまったと、力の足りない自分を責めていた。

 そんな事をして欲しいわけじゃないのに。

「ごめんね、グラジオス」

 最後まで信じてあげられなくて、ごめん。

「雲母が謝るな! 頼むから!」

 聞くところによれば、敵は山が得意な兵士ばかりを集めて突破を謀ったらしい。

 だからモンターギュ侯爵はその全員を倒しきればこれ以上侵入されることはないと踏んで戦って、命を賭して戦ってくれた。

 相手ももう部隊としては再起不能なほどの痛手を与えてくれたらしい。

 だから、敵が通り抜けられるのは砦だけ。この場所だけだ。

 まだいける。まだ戦える。まだ守れる。

 きっとその通りだ。

 でも、これから犠牲がもっともっと増えていくだろう。

 私を守るために。

「分かってる、分かってるよ。でもね……」

「分かっていない! 俺が欲しいのは雲母だけ。俺が大切なのはお前なんだ! 雲母を守る為なら俺は悪魔にだって魂を売る!」

 グラジオスはとっても優しいのに。人に気を使ってばかりいた人なのに。

 こうして今、私のために自分を曲げてしまっている。

「グラジオス……」

 私はグラジオスの顔に左手を伸ばし頬を撫でる。

 今にも泣きそうなくらい顔をくしゃくしゃにして、それでも意地で涙を堪えている、意地っ張りでひねくれ者で私の一番愛しい人。

「私をグラジオスだけの物にして欲しいから、欲しいの」

 自決用の短剣が。

「貴方だけの物で在るために」

 これは私の覚悟なのだ。

 本気で死ぬつもりはない。大体自分で自分に剣を突き刺すとか怖すぎて出来ないと思う。

 絶対にやりたくない。

 でも、もしかしたらそれをやる必要がある時が来るかもしれない。

 私はもう、グラジオス以外に体を許すつもりは絶対にないから。

 グラジオスと離れる事なんて考えられないから。

 離れるくらいなら死んだ方がマシだ。

「他の人は嫌。私はグラジオスがいい。グラジオスじゃなきゃ嫌」

「だったらそんな物を持つな。俺は雲母を絶対に奪われない様にするから」

「ありがと。でも、もしものために……」

「駄目だっ!」

 もう一度、グラジオスが唇をぶつけてくる。

 今度はもっと積極的に、貪るように。

「……ん……ちょっ……」

 もうっ。こんな無理やりするとか……。

 雰囲気考えろっ。

 って雰囲気が良かったら許すみたいな感じになっちゃってる……。

 違うからね。私そんなに軽い女じゃないからね。

 とりあえず私は抗議のつもりでグラジオスの背中を軽く二、三回叩いておいた。

「頼む、雲母。戦場では俺がお前の言う事を聞いたんだ。こっちの我が儘も聞いてくれ……」

 それを言われると、弱いなぁ……。

 確かに無理やり戦場に私が出てて、守りたくても守りにくいしなぁ。

 しょうがないか。理解してもらうのは諦めよう。

 私のある意味自己満足のために、グラジオスを傷つけるのは違うから。

「分かった。その代わり、私が奪われそうなときはグラジオスが殺してね」

 ……我ながらヤンデレっぽい台詞。

 私ってこんな気質あったんだ。ちょっと自分でもびっくり。

「お前を殺すくらいなら全てを捨てて逃げるさ」

「……期待してる」

 私はグラジオスに抱き着く。

 どんな顔をしているか、そしてその顔からどんなことを読み取られてしまうか分からなかったから。

 私はグラジオスを信じてる。

 でも現実も知っている。

「ああ……」

 私達はしばらくベッドの上で抱き合った。不安な未来を払拭するため、今確かにある存在を確かめる。

 そうやってお互いのぬくもりを十分に確認し合ってからゆっくりと体を離す。

「じゃ、私は部屋に帰るね」

 そう言うと、グラジオスが物寂しそうな目で私を見つめる。

 何故か昔テレビで見た、大型犬が餌を取り上げられた時の様子を思い出してしまう。

 今のグラジオスはその目にそっくりだった。

 ……って事は私の事食べちゃうつもりなのかな?

「……今日のグラジオスは特に危険そうだから」

「なっ……そんな事は……」

 グラジオスは明らかに目を泳がせている。

 先ほど私の唇を感情のままに貪ったのをきちんと覚えているからだろう。

 私はグラジオスの胸に両手を当て、軽く突き放す。

「は~い、ワンちゃんは待て。おあずけ」

 そう冗談めかして言いながら無理やり笑顔を浮かべると、私はベッドから起き上がって服の乱れを直す。

 人に見られても変な事をしたとは思われないだろう。

 実際してないし。ギリギリまでだし。

「よっと」

 私はベッドから降りるとドアの前まで歩いていき、ちょっとだけ後ろ髪が引かれたので振り向いた。

 予想通り、まだあのもの欲しそうな瞳をしているため、ちょっとだけ笑ってしまいそうになる。

「ばいば~い」

 手を振ってみても、それは変わらなかった。

 も~、仕方ないなぁ。

「最後に一回だけちゅってしてあげるからおいで」

「なんだそれは……」

 不満を言いつつもいそいそとやってくる時点でやっぱりグラジオスは大型犬っぽい感じだ。

 いや、素直な分犬の方が可愛いんじゃないだろうか。

「目を閉じたらほっぺたにキスしたげてもいいよ」

「…………」

 グラジオスは不満そうな顔を崩さないのにも関わらず、言われた通り目を閉じる。

 どれだけ私にキスされたいんだろう。

 でも残念、してあげません。

 無理やり襲った罰で~す。

 私はキスしてあげてもいいよって言ったのであって、キスするとは一言も言ってないからね。

 というわけで私はクルッと反転すると、目をつぶったままのグラジオスを放置して廊下に出てしまった。

 放置されたグラジオスの顔を想像すると……ちょっとだけ笑えて来る。

「じゃ、行こっと」

 私は生まれた笑顔を大事に抱え、目的地に向かって歩き出した。







「失礼しま~す」

 目的地は処置室、私の今までの職場だ。

 もちろん、敵が攻めてこない間はここや療養室で怪我人の面倒を見るのだろうが、今の私の目的はそれじゃない。

「荷物取りに来たんですけど、まだありますか?」

 私は処置室で待機しているメイドさんの一人に問いかける。

「モンターギュ侯爵のお荷物は」

 私は知っている。

 ここに来る人達の多くは装備を付けたままだという事を。

 大概治療をするためにこの場で外すのだが、後から誰かが取りに来る事が多いため、部屋の端などに放置されている事が多い。

 もちろんもうモンターギュ侯爵の装備品は持っていかれているだろう。

 これは適当な事を言いながら部屋の端にある装備品に近づき、短剣をくすねる事が目的なだけだ。

「ああ、まだありますよ」

「へ?」

 モンターギュ侯爵の亡骸は既にない。

 多分ロイ子爵……ロイ侯爵が移動させたのだろう。

 いずれかねてからの願い通り、いち兵士として共同墓地に入れられるらしい。

 実にモンターギュ侯爵らしい願いだ。

「はい、剣と……こちらは壊れてしまっていますが兜。それから装飾品にスティレットですね」

 スティレット。自害、もしくはトドメの為に利用される短剣だ。

 モンターギュ侯爵の短剣が私の手元に来る事に、私は不思議な運命すら感じていた。

 死んでもなお、侯爵が私の事を心配してくれているのだろうかとまで思ってしまう。

「ありがとうございます」

 私はそれらを受け取り、お礼を言ってからメイドさんに別れを告げた。

 そのまま私はモンターギュ侯爵の私室に行き、荷物を届けたのだった。

 もちろん、スティレット以外を。
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