『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第111話 私はここに居る

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 警鐘が打ち鳴らされ、カンカンと甲高い音が辺りに危機を知らせる。

 それが鳴らされたのはもう何度目だろう。

 十や二十では足りなかった。

 そして、それが鳴る度に人が死ぬのだ。

 私のせいで。

 今もまた、目の前で一つの命が失われた。

 ――いい人だったのに。優しい人だったのに!

 私の中にはある激しい感情が込み上がってくる。

 その感情は――怒り。

 不甲斐ない自分への怒りだ。

「キララ様っ!?」

 私はモンターギュ侯爵の亡骸を置いて走り出した。

 廊下を突っ走り、階段を一足飛びに駆けあがっていく。

 私は逃げているのだ。モンターギュ侯爵の死から。

 立ち向かっているのだ。これからの未来に。

 始めからこうするべきだったのだと後悔する。

 だって、私が原因で始まった戦いなのだから、私が戦わないのなんて嘘だ。

 私は息を切らせて走り、目的地にたどり着いた。

「はぁっ……はぁっ」

 鋼鉄の扉の前で一旦息を整える。

 扉の向こうでは今まさに、多くの兵士たちが戦い、命を落としている所だ。

 私が何が出来るのか……。

 答えは出ていた。

 私は鉄門に両手を押し当て、力を込めて押しのける。門はギイっという不快な音を立てながら開いた。

 ここから先は、命を落とすかもしれない戦場だ。

 私はここにもっと早く来るべきだったのに、それができなかった。

 怖かったから。死にたくなかったから。戦えないから。

 ああそうだ。これらはすべて言い訳だ。

 言い訳をいくつも用意して、私は自分がしたくない事を他人に押し付けていたのだ。

「キララ様、何故ここへ! ここは危険です、早く城の中へ!」

 雲母様、か。いつからかそう呼ばれても違和感を覚えなくなってたな。

 私みたいな自分勝手な人間が様なんてちゃんちゃらおかしいけど、そう言われるのなら、それだけの義務は果たさなきゃいけない。

 私は――みんなを守る。

 私の身を案じてくれる兵士を無視して私は走り出した。

 弓を手にしている者、盾を上空に構えている者、石を投げ落としている者。

 みんながみんな、懸命に戦っている中に私は飛び込んだ。

 小さな体を生かしてそんな兵士たちの横をすり抜ける。

 空からは死の雨が降り注いでくるが、私は怯みもしなかった。

「キララ様が! お止めしろっ!!」

 その声で多くの兵士達が私の存在に気付く。

 何故こんな場所にと、驚く顔や呆れる顔が私を見る。

 それら全てを私は無視して……壁を、未だ帝国軍の侵入を阻んでいる石造りの堅牢な城壁をよじ登った。

 城壁の天辺に立った私は、敵からも味方からも良く見えるはずだ。

 実際、そんな行動をした愚か者めがけて大量の矢が射掛けられる。

 それを一旦伏せてやり過ごすと、再び立ち上がった。

 私の足元には私を引きずり降ろそうと、何人かの兵士たちが私の後を追って城壁に足を掛けている。

「来ないでっ」

 言ってやめるはずもないだろうけど一応牽制してから、私は足元から前方に広がる敵を睨みつけた。

 敵と言っても帝国兵だ。もしかしたら私の公演に訪れた事がある人も居るかもしれない。

 そんな人たちを敵と呼んで殺し合いをしなければならない事は本当に悲しい。

 でも私は守らなければならないのだ。私の後ろに居る全ての人々を。

 ――私が、彼らの盾になる。

 そのためにも、此処に居るのが私であると知らせなければ。

 だから私は――。



――ゴーストルール――

 大声で歌い始めた。

 叫ぶように。

 更に激しく体を動かして踊る。

 手を振り回し、合図を送る様に踊る。

 私はここに居るぞと知らせるために。

 さあ来い。矢を射かけてみろ。

 私が死ぬよ。

 いいの?

 私が欲しいんじゃないの?

 少し足元に視線を移せば兵士たちがぽかんとした様子で私を見上げている。

 何故ここで歌うのか、踊り出すのか、意味が分からないだろう。

 私もそうだ。

 こんなバカな事をするとは思わなかった。

 でも――今はこれが一番いいと確信している。

 だから私は更に激しく歌い、踊り狂った。

 やがて、気付く。

 私だけでなく、全ての兵たちが理解する。

 矢と石による死の雨が止んでいた。

 射石砲が石を吐き出して城壁にぶつかる事も、大声で威嚇しながら攻め寄せてくる敵兵も居ない。

 全ての攻撃が、まるで魔法の様に止んでいた。

「奇跡だ……」

 兵士の呟きが聞こえる。

 まあ、実は奇跡でも何でもないのだけれど。

 単に私が死んでしまっては困るルドルフさまの都合で攻撃が止んだに過ぎない。

 きっとこれは一時的なもので、攻撃の種類を変えて再び侵攻してくるだろう。

 でも、飛び道具はほとんど使われないはずだ。

 私に当たって、私が死ぬと困るから。

 これで一方的に遠距離攻撃が出来るこちらの方がかなり有利になったはずだ。

「雲母、早く降りろ」

 グラジオスが血相を変えて私を見上げている。

 兵士からの報告を受けて走って来たらしい。

「大丈夫だよ、今安全だし」

「安全なわけがあるか馬鹿っ」

 確かに落ちると死んじゃうかな。結構高いし。

 足元から外を見下ろしてみると……見なきゃよかったと思わず後悔してしまう。

 高さもそうだが、既に何人もの骸《むくろ》が転がっていたからだ。

 戦争をしているのだから当たり前なのだが、やはり人が死ぬのは嫌な気分になる。

「ねえ、飛び降りたら受け止めてくれる?」

「当たり前だ!」

 当たり前という言葉に甘えて、私は城壁から飛び降りた。

 城壁の天辺はグラジオスの身長より少し上くらいなので、せいぜい二メートルなのだから、普通に飛び降りても着地できるが今は少し甘えたい気分だったのだ。

 グラジオスは空中で丸くなった私を、羽毛布団の様に柔らかくとまではいかなかったが十分に優しく抱き留めてくれる。

 私はそのままグラジオスの首筋に抱き着いた。

「これからは一緒に戦うから」

「ダメだ」

 即座に否定されてしまう。

 でもグラジオスだって知ってるはずだ。私が言い出したら聞かない事を。

「ヤダ。私がみんなの盾になる」

「絶対にダメだ」

「私は勝手にやるから。グラジオスの意見は聞いてないよ」

 私は何に遮られることもない青空を指さす。

 その意味は分かるだろう。

「私が居るだけでこれだけ違うの。何人の人を守れると思う?」

 戦争における死因はほとんどが飛び道具によるものだという事を、私は歴史で学んで知っている。

 つまり、今後死んだり怪我したりする人を一気に減らせるのだ。

 私が危ないかもしれないなんて可能性の話と実際の被害。天秤に乗せて重いのかは比べる間でもない。

「だが今後もこうなるとは限らん。勝手にすると言うんだったら俺はお前を幽閉する」

「……モンターギュ侯爵が亡くなったの」

 グラジオスが言葉を失ってしまう。

 精神的にも大きなよりどころだったのだから当然だ。

「これ以上人が死ぬのはもう絶対に嫌なの。だから私も戦う」

「だが……」

「お願いグラジオス。このままじゃ私の心が壊れちゃうよ」

「俺はお前が大切なんだ」

 私を抱くグラジオスの腕に力が籠る。

 きっと今、グラジオスの心がとても痛んでいるのだろう。

 グラジオスは責任感が強いから、私がこんな真似をした事で、自分の無力さを責めてるはずだ。

 でもそれは違う。

「グラジオスは私を宝石箱に入れて誰にも見せずに取っておきたいの? 違うでしょ?」

 私はそんな宝物じゃあない。

 私は生きている人間で、歌う存在だ。

 そうやって今までずっとグラジオスと共に歩んできたのだ。

 私が黙って箱の中に閉じこもったら、それは私じゃない。

 グラジオスの隣に居るから私なんだ。

「グラジオス、一緒に戦おう……一緒に生きよう」

 グラジオスは眉根を潜めてむっつり顔をしている。

 悩んでくれている証拠だ。あと一押し。

「私を好きなんでしょ。なら私一人くらい守ってみせろっ」

「~~~~~っ」

 グラジオスは悔しそうに歯噛みして、悩んで、悩んで……。

「俺から絶対離れるなっ」

 私を、受け入れてくれた。



※イラストはしゃみせん様が描いてくださいました
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