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エリシオンの宣告
しおりを挟む「ああ、面会での要件をお話ししましょう。一つは、新しい国を作りまして、国交を樹立したいのです。国の名はエリシオンと言います」
エリオンが気を取り直して話を続けた。
「喜んで。ところでどこに?」
「魔物の森の中です。そちらから来るのは難しいかもしれませんが」
セドリックは眉をひそめた。エルフの村との取引など山ほどあるが、どの村の名前も頭に残ってはいない。王族の眼からすれば、枝葉に過ぎないのだ。
「わざわざその為にありがとうございます」
「いえ、もう一つは、魔物の討伐での共闘関係のことで伺ったのですが」
「是非とも同盟を結んでいただけたら、嬉しいのです」
セドリックにとって、エルフの力は喉から手が出るほど欲しい。魔物と戦い、互いに削り合ってくれれば王国にとっては願ってもない話。
「ところが、事情が変わりまして。見ての通りですよ。あなたたち、人族が獣人族を不当に逮捕、抑留し、残された家族は暴行を受けたり奴隷となっている」
静かに告げられた非難に、セドリックの表情がわずかに曇る。
「ああ……」知らないとは言えなかった。戦争で疲れた民衆の不満を外に逸らすため、あえて放置していたのだ。王国批判を避けるための都合の良い生贄。
「友人の商人がお金を出してくれまして、奴隷解放しているところですよ」
エリオンの声には皮肉の響きすらあった。セドリックはすぐに察した。その“友人”とは商会連合に他ならない。
「つまり、エリオン様としては、獣人族の待遇改善ですね。さっそく、明日からでも取り掛かります」
「ありがとうございます。それでは、被害者に対する賠償金の支払いと、犯罪者への厳格な処罰をお願いします」
「ああ……。もちろん、調査して裁判を行い、支払いと裁きをさせます」
場を収めようとしたセドリックの言葉を遮るように、セレナが前に出た。侍女の立場でありながら、その瞳は王族を見下ろしていた。
「いつまでに何をやる?」
「……」
「奴隷となった獣人族が死んでいた場合、買主と売った奴隷商人は死刑だ。賠償金は、こちらで試算する。商人の知り合いが多いから計算は得意だ。お前に払ってもらう」
一方的。交渉の余地など欠片もない。
「ええ……」エリオンの悲鳴。ノクスから伝えられた“筋書き”は、無残に崩壊しつつあった。いや、最初からか。
さすがにネスレも堪えきれずに口を開く。
「それはお前の勝手な押し付けだ。王国には法律がある」
「だが、私には私のルールがある。王国にいる獣人族は全てエリシオン国民だ。国民の安全や財産は守る。どこであろうが関係無い」
エリオンは悟った。セレナは最初から交渉など考えていない。力で王国をねじ伏せるつもりなのだ。強気の駆け引きではない。本物の“強さ”である。
「おいおい!」
「アキラは好きにしろと言った」 にこりと微笑むセレナ。その笑みに、エリオンは頭を抱えた。もう止められない。女性に甘すぎる盟主の性だ。
ネスレは早々に見切りをつけ、頭を切り替えた。どうにかして、この危険極まりない場所から逃げなければ。
だが、セドリックはまだ誤解していた。これはただの駆け引きだと。
「おっしゃる通りですね。監獄からの釈放を明日から行います。どうでしょう」
少しずつ時間を稼ぐ。監獄にいる獣人族は人質同然。その命を切り札に使えるはずだった。
「お前の手間はとらせん。私が釈放しておいた」セレナは軽く告げる。
「はあ?」
馬鹿な、とセドリックは絶句した。ナタクロス監獄は王国の誇り。鉄壁の守りを誇る要塞を、破れるはずがない。
「コリンズとか言ったっけ。どろんこ遊びの好きなやつ」
「土魔術の名手、コリンズ司令官だ」
「あんなのが。悪いけどあいつだけは首を落とした。服が汚れたから」
冗談にしか聞こえない言葉。しかし真実を確かめる術はない。
「セレナさん、信じてもらえませんよ!」
エリオンが慌てて取り繕う。
「うーん、困ったなぁ。まあ、明日にでも見に行けばわかるか。今日はだめよ!」
「ふん、そんな出鱈目を!」
セドリックの嘲笑が、最後の一線を踏み越えた。セレナの瞳が細まり、殺意が零れる。
「じゃあ、見せてやろう。ついて来い!」
彼女は幻影を解き腰に剣を差し、店を飛び出す。
外には、獣人たちがまだ大勢残っていた。セレナの剣を差した姿を見るや否や、彼らは一斉に平伏する。
「救いの雷姫……!」「我らの守護者……!」
震える声が幾重にも重なり、祈りのように熱を帯び、地面を震わせる。
その光景に釣られて、人間たちまでもが膝を折った。
セレナは道の真ん中に進み出ると、剣を突き立てて叫んだ。
「よし、決闘だ。早く来い!」
ネスレとセドリックが渋々店を出てきた。目の前に立つ女の剣気に、思わず息を呑む。
リアナが蒼白になって叫ぶ。
「まずい! 何やってるの、エリオン様は……」
「無理止めれない」
エリオンは唇を噛んだ。これ以上はどうにもならない。王子を惨殺すれば、王国との関係は完全に断絶する。だが、セレナの手を止める力は自分にはなかった。
「はぁ、困ったなぁ……」
「大丈夫。影も形も残さないから。早く剣を抜け!」
挑発するセレナの目は、獲物を前にした獣そのものだった。
セドリックをどう殺せば苦しまずに済むか――それだけを考えながら、ネスレは剣を握りしめる。恐怖はとうに過ぎ去り、残っているのは覚悟だけ。
「遅いな。じゃあ、私から行くわ」
セレナが剣を抜いた瞬間、リアナの絶叫が場を裂いた。
「殺しちゃだめ! その騎士――アゼリアの姉さんだよ!」
時が止まったようだった。
セレナの殺気が霧散し、瞳に怒りが灯る。
「……っ! そういう大事なことは最初に言いなさいよ! もう! 雷剣!」
雷光がほとばしる。剣が一閃し、空気を裂いた。
焼け焦げの臭いが漂う。暗がりに潜んでいた誰かがの手配した偵察員が稲光に呑まれ、無残に地へ崩れ落ちた。
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