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沈む王国、進む船
しおりを挟むセレナは船の上にいた。
もちろん、難民を乗せた大船団の先頭だ。
「ハンマー、楽しいね!」
「はい……」
疲れ切った顔で答えるハンマーに、セレナは少し困ったように顔をしかめた。
「元気無いなぁ。もう!」
ぴょんぴょんと跳ねるように、セレナは船のマストにある見張り台へ駆け上がる。ルナも真似して続いた。
風を受け、「エリシオン国旗」が大河を下り、海に向かってゆっくり揺れる。
※
ナタクロス監獄の門の上。
セドリック王子、ネスレ、各部隊長がその様子を見ていた。
門の下には、集結した第三騎士団が、気の抜けたようにぼっと立っている。
彼らも最初は血気盛んだった。
だが、王都の惨状を目にした瞬間、戦意は消えた。
幾つかの貴族屋敷と奴隷商人の屋敷は、狼たちの襲撃を受け、死の惨劇の現場となっていた。
「酷いやられようだ……尊厳がない」
現場を目にした騎士団員や警備隊は、恐れ慄いた。
だが、その屋敷にいた女子供や一部の使用人は、傷一つなく無事だった。
「無差別殺人ではない……これが、彼女の言ってた懲罰なのか」
いつもの冷静なセドリックですら、動揺を隠せなかった。
騎士団は、ナタクロス監獄のある川へ重い足取りで移動した。
顔は全員青ざめ、歩く速度も鈍い。
ネスレも、いつもなら「気合いを入れろ」と鼓舞するはずだが、あえて沈黙。
形式的に追撃しているだけで、戦闘を仕掛ける騎士が出るのは望んでいなかった。
大型軍船が川に並び、大砲をこちらに向けている。
「あの大砲が本物で火を吹けば、王都は火の海になる」
船には、エリシオンの旗がはためいていた。
「あの大型船は、ネグラロサの船に間違いありません」
「知っている……奴ら、我が王国と蜜月関係のはずなのに。くそっ、裏切りやがって」
セドリックは悔しそうに土手の土を蹴った。
「王子、それは違います。奴らが蜜月だった相手は、昔から王国ではなく、アストリア様です」
「そうなのか? ではなぜエリシオンと手を組む……まさか、ヴァイオレット王女の亡命先なのか……」
兄や取り巻きが宰相フェニックスに王女殺害の罪を着せる計画を立てたが、事前に察知され失敗。王女もろとも逃亡した。その中にアゼリアがいた。
「はい。アゼリアは王女と共にいます。セレナ様は妹のことを知っていた。だから私たちは見逃されました」
「ああ、そういうことか……」
王国騎士団を乗せた渡し船は、白い旗を揚げてナタクロス監獄に着いた。
大陸最大の国家の騎士団にとって、味わったことのない屈辱だ。
だが、誰も口にせず下を向いていた。
「王国にも誇るべき海軍がある……今すぐに準備できないが」
誰かが呟く。だが、それでは意味がない。今は魔物との戦闘中だ。
※
ナタクロス監獄の門は破壊され、門番は雷で全員気絶。コリンズは見せしめのように死体を晒されていた。
門の上で翻る旗は、エリシオン国旗と白旗。
「まだだ。まだ降ろすな!」
ネスレは慌てて騎士団員の行動を止めた。
監獄では、牢屋に閉じ込められた(いや、閉じこもっていた)看守たちが解放された。
「助かりました。さすがセドリック王子様の第二王国騎士団です!」
「何があった?」
聞くまでもなく、制圧は一瞬で終わり、立ち向かった者は意識を刈り取られていた。
「良かったな……獣人族に危害を与えてなくて」
コリンズが、つまらぬ策を弄さず死んでくれたことを、セドリックはありがたく思った。
「はぁ……それで我々はどうしましょうか?」
看守たちの呑気さに、セドリックは苛立っていた。
『狼に牢に入れと言われ、無抵抗だったお前らが、あの軍船に攻撃を? 私が指示したら、お前たちは戦えるのか?』
だが言葉には出さなかった。
『ここを修理しろ。俺たちが攻撃する』と思われているのだろう。
※
セレナたちを乗せた船は、王都を流れる川を下り、海へと去って行った。
王都、王城。謁見の間。大臣以上が参加する緊急会議。
「エリシオンというハイエルフの国と和平を結びました。奴隷法に反した者たちは共同で摘発しました」
外務大臣ナツカが吠える。
「セドリック様、勝手に交渉をされて困りますぞ! 奴ら、この国で暴力行為をしておりますぞ! 我が一族も他の貴族や商人すら殺されておりますぞ! それを和平などとは」
「それらの者は法に違反していた。それに、獣人族への危害もありました」
セドリックは商会連合から提供された資料を示す。
「はっ、獣人ごときと我らの命を同じと言われるのか? 裁判にもかけずに。それと奴らはナタクロス監獄を壊し、コリンズを殺したんだぞ! 他の者はどう思われるのか?」
一部の貴族は賠償を求め反発した。だが大多数は下を向き、商会連合の圧力に従っていた。
「そうだ! 奴らにはそれなりの賠償を支払ってもらおう!」
「待て待て。南方とも西方とも連絡がつかない状態だ。魔物との戦闘中に、ハイエルフとことを構えるなど、正気の沙汰ではない」
アゼリアとネスレの父、四大侯爵の一つ、東部侯爵オルフィン侯爵が静かに言った。
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