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峠の血煙
しおりを挟むゴブリンキングは峠の頂上で、第二王国騎士団の登場を待っていた。
「人の女たちをもらったからな。先鋒をやらされるのは我慢しよう」
ボブゴブリンに貸したゴブリンの軍勢は、一人も帰ってこなかった。捜索にも出したが、見つからず――。
「くそっ!」
流民の民であるゴブリンキングは、『クロガミ』という偽りの神の口車に乗ったことを後悔していた。
「簡単な仕事だ。特別なスキルの代わりに馬車を襲え」
結果、派遣した軍は全滅。オーガやオークごときが領土を持つのに、我が種族は嫌われ者だ。傭兵である我らがつまらぬ夢を見たのが間違いだった。肥沃な場所を渡り歩くべきだ。
「どうしますか?」
「もう少し引きつけろ。ホブゴブリンごときと同じ手だが仕方あるまい」
峠の上から切り倒した木や岩を落とす。道の脇には柵が並び、逃げられない。馬は逃げ、馬車は壊れた。
「敵だ!」「ああ、魔物だ!」
斥候一人も出さぬ愚かな軍に、敗北は必至。柵は魔物たちが作った防衛線だ。第二王国騎士団には大きな被害はない。
しかし不用意に近づけば、魔物の森に隠れた弓兵たちの矢が刺さる。子供も多いが俊敏で、能力は高い。
「やはり、人の冒険者との子たちは能力が高い。あの女どもは大切にせねばな」
中には魔物の森に侵入する優秀な騎士もいたが、やがて行方不明となった。
ここは魔物の領域だ。子ゴブリンたちに囲まれ、彼らの成長の糧になっている。
「攻めますか?」
「狼はいないだろうな?」
ゴブリン王にとって一番大変なものは、自分の命だ。オークキングの死を知らぬわけではない。
「見当たりません」
「それでは、作戦続行だ!」
騎士団は思い思いに峠を駆け上がる。
「馬鹿なのか? 不用意すぎるだろう」
隠しておいた岩石を再び落とす。
「やめろ!」「卑怯だぞ、戦え!」
落石を避けようとして仲間とぶつかり、倒れる者たち。退こうとする者と前へ出ようとする者が入り混じり、騎士たちはたちまち混乱に陥った。
ゴブリンキングは呆れた。
「ここまで来れたら相手をしてやる!」
「ぐわっ、ぐわっ」
「かっ、かっ、かっ」
王の言葉を理解したゴブリンどもが笑う。
「喋れるのか? ゴブリン如きが?」
騎士たちは驚いて動きが止まる。如き? 二度も同じ攻撃を受け、対策も取れぬお前らの方が無能だ。
仲間から追い出された無能なゴブリンと同じにされては困る。
「おい、盾陣形だ。忘れたか!」
副騎士団長が追いつき指揮を取る。
エドガー王子の周囲を警備していたが、「指揮を取れ」と言われ仕方なく登ってきた。陣形を整えるまで、ゴブリンキングはつまらなそうに見ていた。
「いつまでかかるんだ!」
やっと陣形が整い、ゆっくり進む騎士団。ゴブリンたちは揶揄い半分で矢を降らせるが、それ以上の動きはない。
「よし、このまま押しつぶすぞ!」
どかんと、柵に全員でぶつかる。力なく倒れた柵を予測していたのか、周囲にゴブリンの姿はなかった。
次の瞬間、騎士団のいる地面が崩れ落ちた。倒れた柵が仕掛けのトリガーとなり、浅い黒い水溜りだ。
「よし、火矢を放て!」
オークたちから教えられた仕組みと材料――黒油だ。燃える、燃える。騎士たちの体を青い炎が包み、防具は赤く変色する。水魔術を使える者は慌てて使うが、逆効果。爆破が起こり、水蒸気で視界は真っ白になった。
「今だ!」
長槍を持ったゴブリンが集団で側面から攻撃を始めた。彼らは匂いで、敵を見つける。
「助けてくれ!」「早く、早く、火を消してくれ!」
みるみる体力が奪われ絶命する騎士たち。肉の焦げた臭い匂いが、その場に漂う。
第二騎士団の主力は全滅した。後方にいた副騎士団長は難を逃れ峠を降りていく。
「エドガー王子、退却しましょう」
だが、振り向いた時、王子とマリスフィア侯爵はすでに、退却を始めていた。
「あの休憩所まで戻ろう」
坂道を背を向けて逃げ切れるとは思えない。休憩所なら、無事だった馬もいるかも知れない。
「逃がさないよ」
側道から出てきたゴブリンの子供たちが待ち構えていた。
「馬鹿にするな、子ゴブリンだ。蹴散らせ!」
人の半分しかないゴブリンよりもさらに一回り小さいゴブリンが並んで立っている。
エドガーたちとほぼ同数。二桁もいない。
「誰が何匹殺せるか、競争だ」
王子たちは笑いながら剣を抜いた。
「だってさ」ゴブリンたちも同様に笑っている。ゴブリンには、クロガミから与えられた種族の加護として、魔法防御と自然治癒が備わっている。
彼らは全員手に持った弓を捨てて、一斉に剣を抜き構えた。
だが、一斉に魔術も唱え出す。幼きゴブリンウイザードの集団が彼らの真の姿だった。そして、特殊な魔術を使った。毒霧だ。
近衛騎士たちは、剣を振り回しながら口から泡を吹き倒れた。残ったのは、エドガーとマリスフィア侯爵だけ。二人を完全に包囲した。
「よくやったな」
ゴブリンキングが、坂道を走り降りてきて言った。副騎士団長の首を刺した剣からは血が流れ落ちている。
その剣を振るうと首は飛んでいき、エドガーの顔にべちゃりと当たった。
「ヒィいいい」腰を抜かして地面に倒れた。
「こいつ以外は全員殺せ!」
王の命令に従い、気絶している近衛騎士にトドメを刺した。
「助けてくれたら、好きなものなんでもやる! そこだ、そこの見える領地は俺のものだからな」
囲まれたマリスフィア侯爵は、命乞いをした。
「じゃあ、お前を殺せば俺たちのものだな」
「いや、王に献上しよう」
子ゴブリンたちは、笑いながらマリスフィア侯爵を嬲り殺した。
「ああなりたくなければ、俺の言うことを聞くんだな」
縛ったエドガー王子の耳元で、ゴブリンキングは呟いた。
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