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沈黙の教会と目覚めの島
しおりを挟む「ここじゃなかったわね、残念」
ソラリスは、南の都市国家連合に属する一つ、半島の対岸に位置する大きな島──シシルナ島に来ていた。
精霊王の島、海賊の島。
伝承と伝説の狭間にあるこの島に、母が埋葬されているのではないか──そう考えていた。
彼女なりに資料を集め、痕跡を調べ、行き先を二つに絞っていた。
シシルナ島、あるいは、セーヴァス沖にある無名の孤島。
「精霊王の神殿に寄ってから帰りましょう」
その瞬間、海の向こう、大陸の遥か彼方に、空を裂くような轟音が響いた。
ソラリスが振り返るより早く、地平線の端から黒煙が立ちのぼる。
空気が重い。風が逆巻いている。大地そのものが、ゆっくりと目を覚ましたような感覚。
「ソラリス様、あれは……?」
ピノの声にも、かすかに震えがあった。
かつて、何があっても傍にいてくれたあの子は、もういない。
代わりに現れたはずの“もうひとりも、今は気配がまるで感じられなかった。
「……わからない。でも、戻るしかないわね。何が起きたのか、自分の目で確かめたい」
それが正しい行動。
──聖女として。
そう、母であればきっとそうするだろう。そう、考えようとしている。
けれど、一瞬だけ思った。
わたしが行って、本当に何ができるのだろうか。
「せっかく島に来たんですよ! 美味しいもの、食べていきましょうよ!」
メイドのピノが、笑顔でソラリスの腕を掴む。その手の温かさが、ふっと思考を現実に引き戻してくれた。
「うん。もちろん、そのつもりだったから」
母アストリアは、戦いの最中でも笑っていた。
聖女である前に、ひとりの旅人として、少女として、遊び心を忘れなかったと聞いている。
「この島のダンジョンを探索しよう。火山のダンジョンらしいわ。でも……その前にチョコの村に行こう! 競争ね!」
「えー! ソラリス様、グリフィンじゃないですか! ズルいです!」
「ふふふ。じゃあ、乗って行こう!」
グリフィンの背に全員が乗り込むと、翼が力強く風をとらえ、一陣の風を切って空へ舞い上がった。
茜色に染まる空の果て、遠くに広がる煙炎の雲。
世界のどこかで、何かが崩れ始めていた。
──チョコの村と呼ばれる、大陸でも有名な美食の村で食事を楽しんだあと、一行はシシルナ島の中央にある火山ダンジョンへと足を踏み入れた。
「みんな、レベルが上がってるはずよ。スキルポイントは残ってる?」
ソラリスが軽やかに振り返る。
「カイエン、水魔法か氷魔法は? ピノは索敵強化、取れそう?」
「はいっ! 準備できてます!」
「じゃあ、取ったスキルを中心に使っていきましょう。ルノは、出てくる魔獣を使役して。好き嫌いはなしよ」
聖女は冷静だった。
戦いが始まる前に、仲間を整える──それもまた、聖女の責務。
※
一方その頃、オタルとヤハタは、ネグラロサ商会の本店に向かっていた。
「お待ちしておりました」
宿屋の店主から既に連絡が入っていたようで、一人の店員が応対に出てきた。
「お前は……? さっき会ったな?」
「ケイオスです。この店の店員は出払っておりまして。代わりに、私がこちらに」
「そんな馬鹿な。他の商会の人間が勝手に──」
がらんとした本店の荷置き場。
そこには、ケイオスの使い込まれた馬車が一台、無言で止まっていた。
ケイオスは無言で奥に下がると、あらかじめ用意してあった武器を机の上に並べた。
「今は、仲間のようなものですから。戦いが苦手な者が、こうして留守番をしております。さあ、お手に取ってお選びください」
オタルとヤハタは、慎重に武器を手に取った。
細部に至るまで磨き抜かれた意匠。刃先から漂う、わずかな魔力の波動。
──すべて、国宝級の魔剣。
ケイオスが一つひとつに説明を添えると、二人の顔に驚きと敬意が浮かぶ。
「これらの魔剣は、いかなる魔力を込めても、劣化せず、何度でも使用可能です」
貴族であるオタルですら、手が出せる代物ではない。
「ケイオス殿……残念だが、これほど高価なものは、支払いができん」
「オタル様、これはネグラロサからの支援品です。無償です。魔剣を扱える方も限られていますので。──ヤハタ様には、こちらの一振りを」
ふたりは、思わず顔を見合わせた。
戸惑いと緊張が、互いの表情ににじむ。
「……なぜ、そこまでする?」
「今は、魔物の侵攻という非常事態です。武器の提供は当然の責務です」
「……わかった。それでは、借りることにしよう」
そのときだった。
本店の前に、土煙を巻き上げて一台の馬車が止まった。
扉が開き、そこから現れたのは──アルマダ。
ネグラロサの副会長にして、現在はエリシオン国軍の最高指導者。
その目には、常に冗談めいた余裕と、誰にも抗えぬ意志が宿っている。
彼がこの忙しい最中に来た理由は、ひとつだけ。
マリスフィア侯爵の解放。
オタルとヤハタがここへ来ることは、宿屋の店主──密偵からすでに伝わっていた。
「準備した武器は……気に入ってもらえたかい?」
軽い調子で言いながらも、背後にある圧は濃い。
挨拶もそこそこに、本題が始まる。
「これから、マリスフィア侯爵を解放しに行く。同行してもらえないか?」
「どこにいるのか……把握されているのですか?」
「ははは、当然だろう。あいつの本当の狙いがわからなかったから、しばらく泳がせていた。だが──もう遊んでいる時間じゃない」
アルマダは、目を細めた。
その声の奥にあったのは、計算された冷徹さと、どこまでも深い読み。
「そろそろ働いてもらう。我らの仲間として、ね」
二人は黙って頷き、アルマダの馬車へと乗り込んだ。
腰には、選び抜かれた魔剣が静かにぶら下がっている。
馬車は侯都セーヴァスの外れへ──
王都に向かう街道とは反対側、あまり使われていない狭道を進んだ。
やがてその先に現れたのは、時の流れに取り残されたような、寂れた教会。
誰にも祈られることのなくなった神の家が、深い沈黙の中にぽつりと立っていた。
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