アルカディア・クロノクル ゲーム世界に囚われた俺を救うのは、妹か、かつての仲間か

織部

文字の大きさ
115 / 137

微笑む狼と沈黙の王子たち

しおりを挟む

 セレナは、ルナと狼たちと共に、北方の地から王都を目指して走っていた。

 吹きつける風の匂いに、微かに血の気配が混じる。牙を持つ者たちが、すでに戦の兆しを感じているのだ。王都への道は、静かにざわめき始めていた。

「そこに、私の兄さんたちが居るわ。あとリアナとハートフェルトも」

 走りながら、セレナはノクスと通信を続ける。魔力を通した念話には、どこか焦燥が滲んでいた。

「わかった。王都の貧民街の大倉庫ね。知ってるわ、ハンマーでしょ?」
「顔だけでも出して欲しいの!」

 ノクスの声に、どこか切実なものが宿る。妹としての願いであり、牙狼王女としての直感でもある。

 王都は、何かが動き始めている――その気配を、獣たちは肌で感じ取っていた。

 彼女たちは、王都へ向かう途中、各地に点在する魔物の小さな森を経由して進む。これは、狼たちの訓練でもあった。生きた戦場での実戦――牙狼の眷属にとっては、それが最高の学びなのだ。

「え? じゃあ何、その聖女を救出に行くの?」
「うん。そうみたい。これから救出隊のメンバーを決めるって。それと牙狼の森なんだけど」
「どうしたの?」
「死者の軍団が、境界に集まってきてる。もうすぐ戦争が始まるわ」

 その言葉に、ルナの瞳が鋭く光る。
「じゃあ、急いで帰らないとね。楽しみだわ!」

 戦闘狂の牙狼王女は微笑んだ。獣の王族にとって、戦いは血を騒がせる儀式のようなもの。

 死の匂いが漂うほどに、命は鮮烈に煌く。

 ※

 王都にいる冒険者たちは、セドリック王子の傘下に入ることになった。そして、その部隊はウエストグレン方面に進軍していく。

 その列の中には、あれほど協力を拒否していた上位ランクの冒険者の姿も、すでに引退していた者の姿もあった。

「これで、魔物の討伐も問題なく終わるだろう」

 王都の雰囲気は、討伐軍を送り出したことで一気に落ち着きを取り戻していた。いや、正確には――すでに戦勝気分へと変わりつつあった。

「そんなに簡単なものではない。馬鹿な王国民どもだ」

 セドリックは王城の高台から、その様子を眺めていた。民衆の楽観と浮かれぶりに、憐れみとも軽蔑ともつかぬ眼差しを向けて。

 その彼の元には、火山の被害状況が届いていた。

「それじゃあ、南部の半島に行く道は全て分断されているのか?」
「はい、火の川が流れて地震が起きております。近隣住民は全て避難させましたが……」
 火山の噴火は、ただの災害ではなかった。

 南部の半島――その付け根にある南公爵家、ヴァルステイア家の侯都との連絡が途絶えている。

 この王国には、潤沢な資金も食糧もある。それは、前回の魔物との大戦において被害が少なかったこと、そして王国がその後も成長を続けてこれたことの証明だった。

 だが、その繁栄の足元を揺るがすかのように、火山は地を裂き、情報の道を断った。

 そして何よりも重大なのは――ヴァルステイアの先にある聖王国や都市国家との連絡が途絶えていることだった。

「もし、その火の川が静まった後、魔物が出てきたら……その魔物は、こちらに行くか? それとも南へ向かうのか……」

 セドリックの視線が、火山のある南方へと流れる。

 できることなら、魔物と都市国家が戦闘して、互いに消耗しあった後に、そこへ攻め込みたい。血を流すのは他国でよい。王国は、収穫だけを奪えばいい。

 彼はすでに、王都に残した半分の冒険者たちに防衛陣地を作らせ、様子をうかがう態勢を整えていた。

「母様がうるさいからな。ヴァルステイアのこととなると。でも、兄が行っていると話をしたら、静かになるだろう」

 兄――ライオネル。もし彼が、ソラリス様と共に帰ってきたら、自分の立場は一時的に後退するだろう。

 だが、それで良い。敵対しているわけではない。次の機会を狙えばいいのだ。

 今は、火山が火を吹き、地形を変えている。焦る必要はない。打てる手は限られている以上、最も効果的な一手を待つべきだ。

 その時、王国第三騎士団の副団長、女騎士ネスレが控えから声をかけた。
「そろそろ会議の時間です」
「そうだな、行こうか」

 セドリックは火山の煙にくもる空を見上げた。大地を焼き尽くすその赤は、今なお王国の南を照らし続けている。

「セドリック様、妹のこと、ありがとうございます」

 整ってはいるが、無骨で毅然とした男らしい顔立ちの女騎士。彼女の妹――アゼリアのことだ。

 二人は王国では名の知れた姉妹だが、母が違う。姉ネスレの母は正妻であり、アゼリアは側室の娘。

「ああ、美しいアゼリアを死なす訳にはいかんからな」

 その言葉を聞いたネスレの顔が、ふっと曇る。

 血筋では正統の姉であるはずの自分が、なぜか常に比較され、そして何かを許されていないような気がしていた。

「そんな顔をするな。お前を大切に思っているよ」
 セドリックは、何気なく彼女を抱き寄せた。
「こんなところで何を!」

 彼女は怒ったように、だがその頬を赤らめて王子を突き放した。
 王子はその反応に気づき、満足げに微笑む。

「可愛い奴だな」

 体制派の第一王子でも、反体制の第二王子でもない。第三王子の自分についてきてくれているのは、ひねくれている彼でも嬉しいことだ。

 ノクスフォード家は、四大侯爵家だが、政治闘争には関与しない。権力にも固執しないし、実力主義だ。宰相に、優秀なフェニックスを引き上げると、引退してしまう現当主。彼女たちの父。

「魔物との戦いが最優先」

 セドリックは、無能な宰相と臆病な国王の待つ会議室へと向かっていた。

 その足取りは軽くも重くもなく、ただ計算通りの時間に、計算された姿勢で。彼にとってこの会議は、何かを期待する場ではなく、何かを見定めるための儀式に過ぎない。



 同じ頃。

 ライオネル王子と第一騎士団は、王国の南部にある聖王国で、ソラリス聖女の捕縛を試みていた――だが、それは失敗に終わった。
「くそっ。考えられる幹線道は封鎖しろ」

 静かに、慎重に動いたつもりだった。軍の規模も縮小し、移動経路も極限まで抑えた。
 それでも、彼女には逃げられた。

 密偵すら網をかけることができなかった。あらゆる追跡をすり抜け、彼女たちは霧のように消えた。

 そして、その直後だった。火山が噴火したのは――

「ライオネル様、遠征は中止して王都に戻りましょう」

 第一騎士団の副団長が進言してくる。まっとうな判断だ。だが、団員たちの顔に浮かぶ怯えと不安――それが、ライオネルの苛立ちを刺激した。

「これが、第一騎士団の胆力か……」

 ライオネルは、呆れていた。いや、それ以上に虚しさを感じていた。

 彼らは、エリートだ。王国随一の名門貴族の子息たちで構成された選ばれし騎士団。

 だが――戦場で真に頼れるのは、そういう輩ではないことを、彼は知っていた。

 弟たちの率いる騎士団の方が、ずっと無骨で、実戦的な武人が多い。彼らは命令に従い、恐れず剣を振るう。

 だが第一騎士団は違う。彼らは誇りを持って戦うが、誇りを守るために戦場を避ける。

「危険に晒してはいけない騎士団とは……全く使えないな」

 声には、皮肉よりもむしろ、諦念が滲んでいた。

 この国に真に必要な軍とは何か――この緊急事態の中で、それが皮肉にも浮き彫りになっていた。

 もはや、ヴァルステイア公爵領に戻るしかない。

 道は火山によって断たれ、彼らの任務も崩れた。だが、それでも王子である以上、次の一手を選ばねばならない。

「道の閉鎖と捜索は中止だ。火山の噴火の状況を収集しよう」

 この災厄がただの自然現象ではないことは、ライオネル自身が一番よく理解していた。

 あまりに出来すぎている。火山の噴火のタイミングも、聖女の逃走も、全てが一つの計略に見えるほどに。

 彼は、空を見上げた。南の空に昇る火山灰が、王国の未来をくすませていた。

 戦火はまだ始まっていない。だが、それはもう――遠くない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...