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蠱惑の魔剣
シシルナ島からの手紙
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聖王国──グラシアス商会の一室。その窓を、誰かが叩いている音がする。
「……誰だよ、こんな時間に」
グラシアスは寝台から身を起こし、片手で枕元の剣をつかむと、扉へ目をやった。窓を突いているのは、伝聞鳥だった。
昨日は商業ギルドの総会で、久々にしこたま飲まされた。そして、解放されたのは今朝方。寝ついたばかりというのに──。
「ルカ大司教様かな? まったく、あの人は……」
ネフェル聖女の突拍子もない頼み事の伝令かと思い、伝聞鳥の足輪を確認する。だが、そこにあるはずの聖教会ルカ家の紋章が、どこにもない。
「……違う。誰からだ?」
慌てて書簡筒を外し、封を切る。小さく息を呑んだ。
「セラさん……?」
―――――――――――――――――
〈グラシアスへ〉
〈お願いがあります。ノルドが、公国のラゼル王子の荷運びをしています。不審人物ゆえ、情報をお願いします。〉
〈お酒の飲みすぎはダメですよ。会える日を楽しみにしています。セラ〉
―――――――――――――――――
彼は、無言で鳥を室内に招き、餌と水を用意する。
「ちょっとだけ待っててくれ」
急いで返書を綴り、書簡箱に収めると、鳥が飛び立つ。その瞬間、グラシアスも着替えもそこそこに部屋を飛び出していた。
酒気はすでに抜け、足取りは軽かった。まず向かったのは執務室。商会が保有する各国の要人に関する資料をひっくり返す。
公国は二つ。ルナティス公国とモナン公国──サルサたちの出身が前者であるから、消去法で後者だ。
「……あった」
―――――――――――――――――
〈ラゼル・モナン公国第三王子〉
〈奴隷商ギルド所属〉
〈詳細不明〉
〈商会としての取引不可〉
―――――――――――――――――
「取引不可って……どういうことだ?」
この記載を残した者は、現在聖都内で行商中らしい。
「帰ったらすぐ俺のところへ寄るように伝えてくれ」
そう番頭に伝えると、今度は商業ギルドの裏手にある、ひっそりとした奴隷商ギルドへと向かった。
「おや、珍しいですね。あなたのような表の商会長がここへ?」
受付にいた妙齢の女性が、意外そうに声をかけてくる。首元には、かすかに奴隷の焼印の痕が残っていた。
「ザワンさん、おられるか?」
「ええ、いますよ。こちらへどうぞ!」
案内されたギルド長の部屋では、ザワンが酒を片手に笑っていた。小太りな体でだらしなく腰掛けている。
「昨日は総会だったでしょう? 迎え酒でもどうですか」
「情報が早いですね。誰か内通者でも?」
「いえいえ、協力者ですよ。あなた方に、これ以上変な規則を作られると困るのでね」
宗教国家であるこの聖王国では、奴隷制度への規制が年々厳しくなっている。禁止ではないが、いつ全面的に禁じられてもおかしくない。
「そんな、商人ごときに規則なんて作れませんよ」
「金を動かすのがあなた方、体を動かすのが私たちです。……くそっ、ネフェル様が元奴隷だったらなぁ……」
嫉妬混じりの冗談だろう。聖女が聖王国に降臨したのは奇跡のような出来事だった。そして、連れてきたのがグラシアス。
「無理でしょうね。あの方、グリフォン数頭を同時に使役してましたよ。捕まえるどころじゃない」
「はは、冗談ですよ」
「そうですよね。……思わず、ネフェル聖女に伝えてしまうところでした」
その瞬間──ザワンの表情が固まった。
笑みが引きつり、部屋の空気が一瞬にして凍りつく。
「……それで、何の用事だ?」
声が一段、低くなっていた。
「教えて欲しいことがあって。モナン公国のラゼル王子について」
「知らんな、と言いたいところだが、奴は有名だからな」
ザワンは、背後の金庫から貴重な魔道具を取り出した。
奴隷商人ギルドの創始者が作ったという、禁忌に近い情報端末──大陸中の奴隷取引の記録が、そこに刻まれている。
「本当は、教えてはいけないんだがな。奴はすでにギルドを辞めている」
「理由は何だ?」
「さあな……だが、闇取引は見つかった時点で死刑だ。どの国でも、だ」
グラシアスは、ふとリコの顔を思い浮かべた。あの子を島に連れて行った件──ニコラ・ヴァレンシアの力添えがなければ、今ごろどうなっていたか。そんなことはさておき。
「そんな上辺の話を聞きにきたんじゃない」
グラシアスの声に、わずかに静かな怒りが混じる。
「わかったよ。……奴は仕入れをしたが、ほとんど売っていない」
「どういうことだ?」
ザワンが、魔道具の一画面を操作する。覗き込んだグラシアスの目が、そこで止まった。
女。死亡。
女。死亡。
女。死亡──
「おいおい、勝手に見るなよ!」
「殺したのか?」
「そんなことをしたら、王子とはいえただでは済まないよ。だが、原因不明の病死らしい。……これだけ続けば、偶然とは思えないがな」
グラシアスは、ふとリコの顔を思い浮かべた。あの子を島に連れて行った件──ニコラ・ヴァレンシアの力添えがなければ、今ごろどうなっていたか。
「他にもあるんだろう? 辞めた理由が」
ザワンは、杯を傾けたまま、口元をゆがめる。
「表向きは管理不行き届き。だが、共和国でいくつか事件を起こしてるらしい。記録には載ってないし、俺も詳しくは知らん」
「……わかった。礼はするよ」
グラシアスは、旅の準備のために商会へと戻った。
──数日後。
ネフェル聖女が、奴隷商人ギルドにお忍びでやってきた。
「面白い話があるって、グラシアスに聞いたから」
その姿を見た瞬間──ザワンは椅子から滑り落ち、土下座した。
「敬愛しております、聖女様……!」
声が震えていた。グラシアスに怒りを感じながらも、聖王国民として、ネフェル聖女を間近に見られたことの光栄に、心の奥底から打ち震えていた。
「……誰だよ、こんな時間に」
グラシアスは寝台から身を起こし、片手で枕元の剣をつかむと、扉へ目をやった。窓を突いているのは、伝聞鳥だった。
昨日は商業ギルドの総会で、久々にしこたま飲まされた。そして、解放されたのは今朝方。寝ついたばかりというのに──。
「ルカ大司教様かな? まったく、あの人は……」
ネフェル聖女の突拍子もない頼み事の伝令かと思い、伝聞鳥の足輪を確認する。だが、そこにあるはずの聖教会ルカ家の紋章が、どこにもない。
「……違う。誰からだ?」
慌てて書簡筒を外し、封を切る。小さく息を呑んだ。
「セラさん……?」
―――――――――――――――――
〈グラシアスへ〉
〈お願いがあります。ノルドが、公国のラゼル王子の荷運びをしています。不審人物ゆえ、情報をお願いします。〉
〈お酒の飲みすぎはダメですよ。会える日を楽しみにしています。セラ〉
―――――――――――――――――
彼は、無言で鳥を室内に招き、餌と水を用意する。
「ちょっとだけ待っててくれ」
急いで返書を綴り、書簡箱に収めると、鳥が飛び立つ。その瞬間、グラシアスも着替えもそこそこに部屋を飛び出していた。
酒気はすでに抜け、足取りは軽かった。まず向かったのは執務室。商会が保有する各国の要人に関する資料をひっくり返す。
公国は二つ。ルナティス公国とモナン公国──サルサたちの出身が前者であるから、消去法で後者だ。
「……あった」
―――――――――――――――――
〈ラゼル・モナン公国第三王子〉
〈奴隷商ギルド所属〉
〈詳細不明〉
〈商会としての取引不可〉
―――――――――――――――――
「取引不可って……どういうことだ?」
この記載を残した者は、現在聖都内で行商中らしい。
「帰ったらすぐ俺のところへ寄るように伝えてくれ」
そう番頭に伝えると、今度は商業ギルドの裏手にある、ひっそりとした奴隷商ギルドへと向かった。
「おや、珍しいですね。あなたのような表の商会長がここへ?」
受付にいた妙齢の女性が、意外そうに声をかけてくる。首元には、かすかに奴隷の焼印の痕が残っていた。
「ザワンさん、おられるか?」
「ええ、いますよ。こちらへどうぞ!」
案内されたギルド長の部屋では、ザワンが酒を片手に笑っていた。小太りな体でだらしなく腰掛けている。
「昨日は総会だったでしょう? 迎え酒でもどうですか」
「情報が早いですね。誰か内通者でも?」
「いえいえ、協力者ですよ。あなた方に、これ以上変な規則を作られると困るのでね」
宗教国家であるこの聖王国では、奴隷制度への規制が年々厳しくなっている。禁止ではないが、いつ全面的に禁じられてもおかしくない。
「そんな、商人ごときに規則なんて作れませんよ」
「金を動かすのがあなた方、体を動かすのが私たちです。……くそっ、ネフェル様が元奴隷だったらなぁ……」
嫉妬混じりの冗談だろう。聖女が聖王国に降臨したのは奇跡のような出来事だった。そして、連れてきたのがグラシアス。
「無理でしょうね。あの方、グリフォン数頭を同時に使役してましたよ。捕まえるどころじゃない」
「はは、冗談ですよ」
「そうですよね。……思わず、ネフェル聖女に伝えてしまうところでした」
その瞬間──ザワンの表情が固まった。
笑みが引きつり、部屋の空気が一瞬にして凍りつく。
「……それで、何の用事だ?」
声が一段、低くなっていた。
「教えて欲しいことがあって。モナン公国のラゼル王子について」
「知らんな、と言いたいところだが、奴は有名だからな」
ザワンは、背後の金庫から貴重な魔道具を取り出した。
奴隷商人ギルドの創始者が作ったという、禁忌に近い情報端末──大陸中の奴隷取引の記録が、そこに刻まれている。
「本当は、教えてはいけないんだがな。奴はすでにギルドを辞めている」
「理由は何だ?」
「さあな……だが、闇取引は見つかった時点で死刑だ。どの国でも、だ」
グラシアスは、ふとリコの顔を思い浮かべた。あの子を島に連れて行った件──ニコラ・ヴァレンシアの力添えがなければ、今ごろどうなっていたか。そんなことはさておき。
「そんな上辺の話を聞きにきたんじゃない」
グラシアスの声に、わずかに静かな怒りが混じる。
「わかったよ。……奴は仕入れをしたが、ほとんど売っていない」
「どういうことだ?」
ザワンが、魔道具の一画面を操作する。覗き込んだグラシアスの目が、そこで止まった。
女。死亡。
女。死亡。
女。死亡──
「おいおい、勝手に見るなよ!」
「殺したのか?」
「そんなことをしたら、王子とはいえただでは済まないよ。だが、原因不明の病死らしい。……これだけ続けば、偶然とは思えないがな」
グラシアスは、ふとリコの顔を思い浮かべた。あの子を島に連れて行った件──ニコラ・ヴァレンシアの力添えがなければ、今ごろどうなっていたか。
「他にもあるんだろう? 辞めた理由が」
ザワンは、杯を傾けたまま、口元をゆがめる。
「表向きは管理不行き届き。だが、共和国でいくつか事件を起こしてるらしい。記録には載ってないし、俺も詳しくは知らん」
「……わかった。礼はするよ」
グラシアスは、旅の準備のために商会へと戻った。
──数日後。
ネフェル聖女が、奴隷商人ギルドにお忍びでやってきた。
「面白い話があるって、グラシアスに聞いたから」
その姿を見た瞬間──ザワンは椅子から滑り落ち、土下座した。
「敬愛しております、聖女様……!」
声が震えていた。グラシアスに怒りを感じながらも、聖王国民として、ネフェル聖女を間近に見られたことの光栄に、心の奥底から打ち震えていた。
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