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蠱惑の魔剣
チョコと毒薬
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清算金額は、千ゴールドにもなった。
「取り分は、半分でもいいが」
ラゼルが二つのパーティの取り分について提案する。
「さすがに……そこまでは頂けません」
ロッカたちも多少は報酬を期待していたが、さすがにその金額を聞けば尻込みせざるを得ない。
「じゃあ、六四にしよう」
それでも十分に破格だった。通常、サポート役は三割が相場なのだから。
「……ありがたく、頂きます」
「まあ、その代わり、次も一緒に同行してもらうよ」
「喜んで!」
ラゼルは、シルヴィアとリーヴァに親しげに話していた。二つの冒険者グループは商人との清算を終えると、一緒に街に繰り出して行った。
ノルドは、ドラガンに報告と食料や酒の手配を頼んでいた。
「ああ、わかった。……あれだけ儲かったんなら、少しはギルドに還元して欲しいよな」
ダンジョン内での飲食費、ポーション代、火消薬、入場料――すべてギルド、正確にはシシルナ島の負担だった。
「それでは……」
ノルドには、向かう場所があった。サルサのサナトリウムだ。
途中で、ふと思い出したように足を止める。
「そうだ。母さんたちに、お菓子を買って行こう」
※
「これなんです」
サナトリウムの一室で、ノルドは天才医師のサルサに小さな薬玉を見せた。黒く、鈍い光を帯びたそれは、カリスから預かったものだ。
「つまりこの解毒薬を作ってほしいと……そう頼まれたのか? で、症状は?」
ノルドは、ダンジョンでのラゼル一行の様子を語った。
「……じゃあ、その馬鹿王子が女たちに、この薬を飲ませてるってことだな?」
「ええ。でも……他にも事情があるみたいなんです。ラゼル王子とカリスさんの関係を聞いても、教えてくれませんでした」
サルサは鋭い目をして、しばし黙考した。やがて、ふっと息を吐く。
「ああ、なるほどな。それで、ノルド。お前はどうしたいんだ?」
ノルドの胸中には、カリスを助けたいという思いと、薬師としての知的好奇心があった。一方で、ラゼル一行に深入りすることへの躊躇も拭いきれない。
「……わかりません」
自分でも、整理のつかない気持ちだった。
サルサは静かにうなずいた。
「いずれにせよ、現物がひとつしかない以上、成分の完全解析は困難だ。だが、症状の推移から類推すれば、可能性はある。……預かってもいいか?」
「もちろんです」
ノルドは、ようやく重い荷を下ろすような顔で薬玉を渡した。
「……そんなことより、セラに会ってこい。今日は泊まっていけ」
「はいっ」
ノルドは、来た時とは打って変わった軽い足取りで部屋を出ていった。
サルサは、わずかに笑みをこぼすと、天井を仰いだ。
「まったく……ガレアのやつ、なんて相手に子供をつけてるんだ」
彼女の頭には、大陸の要人に関する情報がすべて入っている。
公国の王子に、忌むべき職業の天啓が下った者がいた。その職業は――「奴隷商人」。
ラゼルが、その王子で間違いない。
サルサは職業に偏見を持たない。だが、そうなると彼の一行にいた女たちは――
「……奴隷」
薬の服用は、選べるものではなかったということだ。
症状から見て、あの薬は間違いなく猛毒性の媚薬。中毒性があり、体に負担もかかるものだ。
「……さて。ノルドには、どう話すべきか」
あの清らかな少年に、どこまでを、どう伝えるべきか。サルサは迷っていた。
だが、心の中ではすでに決めていた。まずはセラに相談するのが先だと。
「まったく……ガレアめ。セラに怒鳴られてくればいいのに!」
※
翌日。ノルドが帰って間もなく、妖精ビュアンがセラの病室に現れた。
「聞いてよ、セラ! 今回の荷運びの仕事、ノルド、ぜんっぜん割に合わないの!」
ノルドは彼女に負担をかけまいと、面白くない話は決してしない。
セラは、ノルドにもらった素朴なチョコの入った箱をそっと差し出した。
ビュアンは鬱憤が溜まっていたらしく、怒りながら、それでもチョコをつまみ、ラゼル一行とのダンジョン探索の顛末を、すべて打ち明けてくれた。
聞いているうちに、セラの顔色が、じわじわと変わっていく。
「……そんな、そんなこと……」
彼女の拳が震える。小さな手が、チョコの包み紙を握りつぶしていた。
「そろそろ、行くわ、セラ!」
「ええ。……ノルドを、よろしくね」
ひとしきり会話を終えて妖精が飛び去ると同時に、サルサがセラの部屋を訪ねてきた。
「サルサ様、ノルドからのお土産です。どうぞ」
「頂くよ。……ところで、ノルドが荷運びしていた連中の話、聞いたか?」
「ええ。けれど、彼は話したがりません。でも――ある方から事情を」
セラの声は、静かな怒りを含んでいた。
サルサはうなずき、ラゼルの正体と薬の分析結果について、持っている情報を彼女に伝えた。
「グラシアスに聞いてみます。彼なら裏も取れるはずです。それに……薬の出所も」
「そうだな。ノルドなら、解毒薬を作れるかもしれない。だが……」
サルサは、ほんのわずかに表情を曇らせた。
「彼には、こういう現実に関わってほしくない気持ちもあるんだ」
「……わかります。でも、彼はもう踏み出してしまった。なら私たちが――」
「支えるしかない、か。……ああ、そうだな」
サルサは微笑んだ。
まだ知らぬ、痛みと選択の先に。
ノルドは、静かに歩き始めている。
「取り分は、半分でもいいが」
ラゼルが二つのパーティの取り分について提案する。
「さすがに……そこまでは頂けません」
ロッカたちも多少は報酬を期待していたが、さすがにその金額を聞けば尻込みせざるを得ない。
「じゃあ、六四にしよう」
それでも十分に破格だった。通常、サポート役は三割が相場なのだから。
「……ありがたく、頂きます」
「まあ、その代わり、次も一緒に同行してもらうよ」
「喜んで!」
ラゼルは、シルヴィアとリーヴァに親しげに話していた。二つの冒険者グループは商人との清算を終えると、一緒に街に繰り出して行った。
ノルドは、ドラガンに報告と食料や酒の手配を頼んでいた。
「ああ、わかった。……あれだけ儲かったんなら、少しはギルドに還元して欲しいよな」
ダンジョン内での飲食費、ポーション代、火消薬、入場料――すべてギルド、正確にはシシルナ島の負担だった。
「それでは……」
ノルドには、向かう場所があった。サルサのサナトリウムだ。
途中で、ふと思い出したように足を止める。
「そうだ。母さんたちに、お菓子を買って行こう」
※
「これなんです」
サナトリウムの一室で、ノルドは天才医師のサルサに小さな薬玉を見せた。黒く、鈍い光を帯びたそれは、カリスから預かったものだ。
「つまりこの解毒薬を作ってほしいと……そう頼まれたのか? で、症状は?」
ノルドは、ダンジョンでのラゼル一行の様子を語った。
「……じゃあ、その馬鹿王子が女たちに、この薬を飲ませてるってことだな?」
「ええ。でも……他にも事情があるみたいなんです。ラゼル王子とカリスさんの関係を聞いても、教えてくれませんでした」
サルサは鋭い目をして、しばし黙考した。やがて、ふっと息を吐く。
「ああ、なるほどな。それで、ノルド。お前はどうしたいんだ?」
ノルドの胸中には、カリスを助けたいという思いと、薬師としての知的好奇心があった。一方で、ラゼル一行に深入りすることへの躊躇も拭いきれない。
「……わかりません」
自分でも、整理のつかない気持ちだった。
サルサは静かにうなずいた。
「いずれにせよ、現物がひとつしかない以上、成分の完全解析は困難だ。だが、症状の推移から類推すれば、可能性はある。……預かってもいいか?」
「もちろんです」
ノルドは、ようやく重い荷を下ろすような顔で薬玉を渡した。
「……そんなことより、セラに会ってこい。今日は泊まっていけ」
「はいっ」
ノルドは、来た時とは打って変わった軽い足取りで部屋を出ていった。
サルサは、わずかに笑みをこぼすと、天井を仰いだ。
「まったく……ガレアのやつ、なんて相手に子供をつけてるんだ」
彼女の頭には、大陸の要人に関する情報がすべて入っている。
公国の王子に、忌むべき職業の天啓が下った者がいた。その職業は――「奴隷商人」。
ラゼルが、その王子で間違いない。
サルサは職業に偏見を持たない。だが、そうなると彼の一行にいた女たちは――
「……奴隷」
薬の服用は、選べるものではなかったということだ。
症状から見て、あの薬は間違いなく猛毒性の媚薬。中毒性があり、体に負担もかかるものだ。
「……さて。ノルドには、どう話すべきか」
あの清らかな少年に、どこまでを、どう伝えるべきか。サルサは迷っていた。
だが、心の中ではすでに決めていた。まずはセラに相談するのが先だと。
「まったく……ガレアめ。セラに怒鳴られてくればいいのに!」
※
翌日。ノルドが帰って間もなく、妖精ビュアンがセラの病室に現れた。
「聞いてよ、セラ! 今回の荷運びの仕事、ノルド、ぜんっぜん割に合わないの!」
ノルドは彼女に負担をかけまいと、面白くない話は決してしない。
セラは、ノルドにもらった素朴なチョコの入った箱をそっと差し出した。
ビュアンは鬱憤が溜まっていたらしく、怒りながら、それでもチョコをつまみ、ラゼル一行とのダンジョン探索の顛末を、すべて打ち明けてくれた。
聞いているうちに、セラの顔色が、じわじわと変わっていく。
「……そんな、そんなこと……」
彼女の拳が震える。小さな手が、チョコの包み紙を握りつぶしていた。
「そろそろ、行くわ、セラ!」
「ええ。……ノルドを、よろしくね」
ひとしきり会話を終えて妖精が飛び去ると同時に、サルサがセラの部屋を訪ねてきた。
「サルサ様、ノルドからのお土産です。どうぞ」
「頂くよ。……ところで、ノルドが荷運びしていた連中の話、聞いたか?」
「ええ。けれど、彼は話したがりません。でも――ある方から事情を」
セラの声は、静かな怒りを含んでいた。
サルサはうなずき、ラゼルの正体と薬の分析結果について、持っている情報を彼女に伝えた。
「グラシアスに聞いてみます。彼なら裏も取れるはずです。それに……薬の出所も」
「そうだな。ノルドなら、解毒薬を作れるかもしれない。だが……」
サルサは、ほんのわずかに表情を曇らせた。
「彼には、こういう現実に関わってほしくない気持ちもあるんだ」
「……わかります。でも、彼はもう踏み出してしまった。なら私たちが――」
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サルサは微笑んだ。
まだ知らぬ、痛みと選択の先に。
ノルドは、静かに歩き始めている。
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