完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
206 / 221
蠱惑の魔剣

ガレアの目覚めと旅立ちの食卓

しおりを挟む
「ここは……どこだ?」
「目が覚めたのですね、ガレア様。ここはサルサ様のサナトリウムです」
「セラ……さんか? 失礼だが、見違えた。ずいぶん……美しくなったな」

 ガレアの声は、以前のような力強さを欠いていた。しゃがれ、掠れ、まるで遠い地の底から響くような声だった。顔色も土のようにくすみ、怪我の痕がその身を覆っている。

「褒めても何も出ませんよ」
 セラは微笑を浮かべつつも、目の奥に哀しみを宿していた。
「具合はいかがですか?」

「長い……夢を見ていた。とても、恐ろしい夢だった。まだ少し、頭がぼうっとしている。そうだ……祝祭は? 確か、祝祭があるはずだ」
 ガレアは上体を起こそうとしたが、セラがすぐに肩に手を添えて止めた。

「祝祭は無事に終わりました。ガレア様はご病気なんです。まずはお薬を飲んで、ゆっくり休んでください。それが――今のあなたの“お仕事”ですよ」
「……そうか。良かった。ドラガンは頼りになるが、ローカンの警備には少し不安があったからな……」

 その言葉に、セラはわずかに目を伏せた。記憶がまだ混濁している。だが、今は真実を告げる時ではない。
「さあ、薬を飲みましょう」

 セラはガレアの頭をそっと支え、数種類の薬を一つずつ丁寧に飲ませていった。苦い薬の匂いが漂う。ガレアは小さく息をつき、次の瞬間、安心したように目を閉じた。静かな寝息が、再び部屋を満たす。

 彼の眠りを確かめると、部屋の奥の扉が静かに開いた。
 そこから姿を現したのは、サルサとローカン。
「……まったく。酷い言われようだな、ガレア。だが、無事で何よりだ」
 ローカンが苦笑しながら言う。

「少しは恩を返せたかな」
「今回の働きに感謝しているよ。ありがとう、ローカン」
 サルサは静かに頭を下げた。
「ローカンさん。カノンに預けてある“プレゼント”を、受け取ってください」
 セラが横から口を挟む。

「了解だ。……じゃあな、ガレア」
 眠る島主に向かって、ローカンは軽く手を振った。

 これ以上、ここで休むわけにはいかない。事件はすでに終わった。いや、ガレアが傷つくのはこれからかもしれない――だが、彼には帰る場所がある。

 ロッカたちを連れ、ヒカリと共に、小さな半島の公国サン=マリエルへ帰るつもりだ。
「また、この島に来てください!」
「ああ、もう一つの故郷だからな」



 その頃、サナトリウムの食堂では、リコが張り切って料理をふるまっていた。
 早朝に魚市場で仕入れた新鮮な魚介を使った料理の数々。香草の匂いが立ちこめている。ヴァルはちゃっかり味見係を名乗り出て、リコに大きな魚をもらっていた。

 ノルドのほか、食卓を囲むのはネフェル姉妹、ラゼル一行の奴隷三人、フィオナ、カノン親子、そしてグラシアス。

「リコ、メグミさんと孤児院に戻らなくてよかったのか?」
「もう、ノルドの意地悪! あっちにはノゾミさんたちがいるし、みんな力をつけさせないといけないの!」

「ありがとう、リコ! 好き!」
 サラが叫びながら抱きついた。すっかり兄妹のような仲だ。
「うるさい! 静かに食べなさい」
 カリスが、寝不足気味の目をこすりながらたしなめた。

「はい、これ。ビュアン様に」
 リコはデザートのケーキをノルドに手渡す。
「ありがと。きっと喜ぶよ」
 笑い声が響く中、食事が終わると話題はこれからの計画へと移った。

「精霊王様とお話ししてきました。奴隷契約の解除は、ダンジョン六階層の大神殿で行います」
 聖女ネフェルが静かに告げると、場の空気が引き締まる。

「ただし、その場に行けるのは対象である三人だけです」
 ノルドは腕を組み、眉をひそめた。六階層――それは決して易しい場所ではない。

「お言葉ですが聖女様、私はフィオナの姉、ブランナです。同行をお許しいただけませんか」
 ブランナは妹の震える手を握り、深く頭を下げた。

「うーん……」ネフェルは考え込む。
「姉ちゃん!」アマリが勢いよく口を挟んだ。
「まあ、いっか。家族だもんね。本人みたいなものだし」
「おいおい、それでいいのか?」
 グラシアスが半ば呆れながら笑う。

「じゃあ僕も荷運び人として……」
 ノルドが言いかけた瞬間、ネフェルがぴしゃりと遮った。
「それは却下。ノルドには別の“お仕事”があるでしょ?」
 グラシアスは、ネフェルの言葉に思い出したように口を開いた。

「ああ、そうだ。ノルド、東方旅団の団長を知ってるよな?」
「はい。とてもお世話になりました」
「その団長 レクシオンの素性を知っていか?」

「いいえ。でも、ラゼルの兄ですよね」
 夢で見た。ラゼルが何度も殺そうとしていた男。

「そうだ。モナン公国の新しい公爵になった。伝言を預かっている――『身勝手なのは承知している。だが、頼む。そして託す』と」

 そう言ってネフェルは、蠱惑の魔剣を封じる鞘を差し出した。
「これは……わかりました」
 ノルドは静かに頷き、それを収納魔術でしまい込んだ。レクシオンの想いをノルドは受け止めた。本当は彼が自ら決着をつけたかった筈だ。

「それじゃあ、みんなで移動しましょう! アストレイルに乗せてあげる」
 ネフェルの声が響くと、全員の表情が引き締まる。最後の戦いの時が来た。

「じゃあ、気をつけてね!」
 カノンとグラシアスはサナトリウムに残ることになった。リコは我儘を言ってドラゴンに同乗している。彼女なりに考えるところがあったようだ。

「子供たちだけで大丈夫かしら?」
 カノンが心配そうに呟く。
「ああ、心配はいらんさ。あの子たちは弱くない」
 グラシアスが笑い、そして眉間に皺を寄せて呟いた。

「それより大司祭ルカがやって来る。聖女様がいないと知ったら怒るだろうな……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...