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蠱惑の魔剣
ガレアの目覚めと旅立ちの食卓
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「ここは……どこだ?」
「目が覚めたのですね、ガレア様。ここはサルサ様のサナトリウムです」
「セラ……さんか? 失礼だが、見違えた。ずいぶん……美しくなったな」
ガレアの声は、以前のような力強さを欠いていた。しゃがれ、掠れ、まるで遠い地の底から響くような声だった。顔色も土のようにくすみ、怪我の痕がその身を覆っている。
「褒めても何も出ませんよ」
セラは微笑を浮かべつつも、目の奥に哀しみを宿していた。
「具合はいかがですか?」
「長い……夢を見ていた。とても、恐ろしい夢だった。まだ少し、頭がぼうっとしている。そうだ……祝祭は? 確か、祝祭があるはずだ」
ガレアは上体を起こそうとしたが、セラがすぐに肩に手を添えて止めた。
「祝祭は無事に終わりました。ガレア様はご病気なんです。まずはお薬を飲んで、ゆっくり休んでください。それが――今のあなたの“お仕事”ですよ」
「……そうか。良かった。ドラガンは頼りになるが、ローカンの警備には少し不安があったからな……」
その言葉に、セラはわずかに目を伏せた。記憶がまだ混濁している。だが、今は真実を告げる時ではない。
「さあ、薬を飲みましょう」
セラはガレアの頭をそっと支え、数種類の薬を一つずつ丁寧に飲ませていった。苦い薬の匂いが漂う。ガレアは小さく息をつき、次の瞬間、安心したように目を閉じた。静かな寝息が、再び部屋を満たす。
彼の眠りを確かめると、部屋の奥の扉が静かに開いた。
そこから姿を現したのは、サルサとローカン。
「……まったく。酷い言われようだな、ガレア。だが、無事で何よりだ」
ローカンが苦笑しながら言う。
「少しは恩を返せたかな」
「今回の働きに感謝しているよ。ありがとう、ローカン」
サルサは静かに頭を下げた。
「ローカンさん。カノンに預けてある“プレゼント”を、受け取ってください」
セラが横から口を挟む。
「了解だ。……じゃあな、ガレア」
眠る島主に向かって、ローカンは軽く手を振った。
これ以上、ここで休むわけにはいかない。事件はすでに終わった。いや、ガレアが傷つくのはこれからかもしれない――だが、彼には帰る場所がある。
ロッカたちを連れ、ヒカリと共に、小さな半島の公国サン=マリエルへ帰るつもりだ。
「また、この島に来てください!」
「ああ、もう一つの故郷だからな」
※
その頃、サナトリウムの食堂では、リコが張り切って料理をふるまっていた。
早朝に魚市場で仕入れた新鮮な魚介を使った料理の数々。香草の匂いが立ちこめている。ヴァルはちゃっかり味見係を名乗り出て、リコに大きな魚をもらっていた。
ノルドのほか、食卓を囲むのはネフェル姉妹、ラゼル一行の奴隷三人、フィオナ、カノン親子、そしてグラシアス。
「リコ、メグミさんと孤児院に戻らなくてよかったのか?」
「もう、ノルドの意地悪! あっちにはノゾミさんたちがいるし、みんな力をつけさせないといけないの!」
「ありがとう、リコ! 好き!」
サラが叫びながら抱きついた。すっかり兄妹のような仲だ。
「うるさい! 静かに食べなさい」
カリスが、寝不足気味の目をこすりながらたしなめた。
「はい、これ。ビュアン様に」
リコはデザートのケーキをノルドに手渡す。
「ありがと。きっと喜ぶよ」
笑い声が響く中、食事が終わると話題はこれからの計画へと移った。
「精霊王様とお話ししてきました。奴隷契約の解除は、ダンジョン六階層の大神殿で行います」
聖女ネフェルが静かに告げると、場の空気が引き締まる。
「ただし、その場に行けるのは対象である三人だけです」
ノルドは腕を組み、眉をひそめた。六階層――それは決して易しい場所ではない。
「お言葉ですが聖女様、私はフィオナの姉、ブランナです。同行をお許しいただけませんか」
ブランナは妹の震える手を握り、深く頭を下げた。
「うーん……」ネフェルは考え込む。
「姉ちゃん!」アマリが勢いよく口を挟んだ。
「まあ、いっか。家族だもんね。本人みたいなものだし」
「おいおい、それでいいのか?」
グラシアスが半ば呆れながら笑う。
「じゃあ僕も荷運び人として……」
ノルドが言いかけた瞬間、ネフェルがぴしゃりと遮った。
「それは却下。ノルドには別の“お仕事”があるでしょ?」
グラシアスは、ネフェルの言葉に思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ。ノルド、東方旅団の団長を知ってるよな?」
「はい。とてもお世話になりました」
「その団長 レクシオンの素性を知っていか?」
「いいえ。でも、ラゼルの兄ですよね」
夢で見た。ラゼルが何度も殺そうとしていた男。
「そうだ。モナン公国の新しい公爵になった。伝言を預かっている――『身勝手なのは承知している。だが、頼む。そして託す』と」
そう言ってネフェルは、蠱惑の魔剣を封じる鞘を差し出した。
「これは……わかりました」
ノルドは静かに頷き、それを収納魔術でしまい込んだ。レクシオンの想いをノルドは受け止めた。本当は彼が自ら決着をつけたかった筈だ。
「それじゃあ、みんなで移動しましょう! アストレイルに乗せてあげる」
ネフェルの声が響くと、全員の表情が引き締まる。最後の戦いの時が来た。
「じゃあ、気をつけてね!」
カノンとグラシアスはサナトリウムに残ることになった。リコは我儘を言ってドラゴンに同乗している。彼女なりに考えるところがあったようだ。
「子供たちだけで大丈夫かしら?」
カノンが心配そうに呟く。
「ああ、心配はいらんさ。あの子たちは弱くない」
グラシアスが笑い、そして眉間に皺を寄せて呟いた。
「それより大司祭ルカがやって来る。聖女様がいないと知ったら怒るだろうな……」
「目が覚めたのですね、ガレア様。ここはサルサ様のサナトリウムです」
「セラ……さんか? 失礼だが、見違えた。ずいぶん……美しくなったな」
ガレアの声は、以前のような力強さを欠いていた。しゃがれ、掠れ、まるで遠い地の底から響くような声だった。顔色も土のようにくすみ、怪我の痕がその身を覆っている。
「褒めても何も出ませんよ」
セラは微笑を浮かべつつも、目の奥に哀しみを宿していた。
「具合はいかがですか?」
「長い……夢を見ていた。とても、恐ろしい夢だった。まだ少し、頭がぼうっとしている。そうだ……祝祭は? 確か、祝祭があるはずだ」
ガレアは上体を起こそうとしたが、セラがすぐに肩に手を添えて止めた。
「祝祭は無事に終わりました。ガレア様はご病気なんです。まずはお薬を飲んで、ゆっくり休んでください。それが――今のあなたの“お仕事”ですよ」
「……そうか。良かった。ドラガンは頼りになるが、ローカンの警備には少し不安があったからな……」
その言葉に、セラはわずかに目を伏せた。記憶がまだ混濁している。だが、今は真実を告げる時ではない。
「さあ、薬を飲みましょう」
セラはガレアの頭をそっと支え、数種類の薬を一つずつ丁寧に飲ませていった。苦い薬の匂いが漂う。ガレアは小さく息をつき、次の瞬間、安心したように目を閉じた。静かな寝息が、再び部屋を満たす。
彼の眠りを確かめると、部屋の奥の扉が静かに開いた。
そこから姿を現したのは、サルサとローカン。
「……まったく。酷い言われようだな、ガレア。だが、無事で何よりだ」
ローカンが苦笑しながら言う。
「少しは恩を返せたかな」
「今回の働きに感謝しているよ。ありがとう、ローカン」
サルサは静かに頭を下げた。
「ローカンさん。カノンに預けてある“プレゼント”を、受け取ってください」
セラが横から口を挟む。
「了解だ。……じゃあな、ガレア」
眠る島主に向かって、ローカンは軽く手を振った。
これ以上、ここで休むわけにはいかない。事件はすでに終わった。いや、ガレアが傷つくのはこれからかもしれない――だが、彼には帰る場所がある。
ロッカたちを連れ、ヒカリと共に、小さな半島の公国サン=マリエルへ帰るつもりだ。
「また、この島に来てください!」
「ああ、もう一つの故郷だからな」
※
その頃、サナトリウムの食堂では、リコが張り切って料理をふるまっていた。
早朝に魚市場で仕入れた新鮮な魚介を使った料理の数々。香草の匂いが立ちこめている。ヴァルはちゃっかり味見係を名乗り出て、リコに大きな魚をもらっていた。
ノルドのほか、食卓を囲むのはネフェル姉妹、ラゼル一行の奴隷三人、フィオナ、カノン親子、そしてグラシアス。
「リコ、メグミさんと孤児院に戻らなくてよかったのか?」
「もう、ノルドの意地悪! あっちにはノゾミさんたちがいるし、みんな力をつけさせないといけないの!」
「ありがとう、リコ! 好き!」
サラが叫びながら抱きついた。すっかり兄妹のような仲だ。
「うるさい! 静かに食べなさい」
カリスが、寝不足気味の目をこすりながらたしなめた。
「はい、これ。ビュアン様に」
リコはデザートのケーキをノルドに手渡す。
「ありがと。きっと喜ぶよ」
笑い声が響く中、食事が終わると話題はこれからの計画へと移った。
「精霊王様とお話ししてきました。奴隷契約の解除は、ダンジョン六階層の大神殿で行います」
聖女ネフェルが静かに告げると、場の空気が引き締まる。
「ただし、その場に行けるのは対象である三人だけです」
ノルドは腕を組み、眉をひそめた。六階層――それは決して易しい場所ではない。
「お言葉ですが聖女様、私はフィオナの姉、ブランナです。同行をお許しいただけませんか」
ブランナは妹の震える手を握り、深く頭を下げた。
「うーん……」ネフェルは考え込む。
「姉ちゃん!」アマリが勢いよく口を挟んだ。
「まあ、いっか。家族だもんね。本人みたいなものだし」
「おいおい、それでいいのか?」
グラシアスが半ば呆れながら笑う。
「じゃあ僕も荷運び人として……」
ノルドが言いかけた瞬間、ネフェルがぴしゃりと遮った。
「それは却下。ノルドには別の“お仕事”があるでしょ?」
グラシアスは、ネフェルの言葉に思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ。ノルド、東方旅団の団長を知ってるよな?」
「はい。とてもお世話になりました」
「その団長 レクシオンの素性を知っていか?」
「いいえ。でも、ラゼルの兄ですよね」
夢で見た。ラゼルが何度も殺そうとしていた男。
「そうだ。モナン公国の新しい公爵になった。伝言を預かっている――『身勝手なのは承知している。だが、頼む。そして託す』と」
そう言ってネフェルは、蠱惑の魔剣を封じる鞘を差し出した。
「これは……わかりました」
ノルドは静かに頷き、それを収納魔術でしまい込んだ。レクシオンの想いをノルドは受け止めた。本当は彼が自ら決着をつけたかった筈だ。
「それじゃあ、みんなで移動しましょう! アストレイルに乗せてあげる」
ネフェルの声が響くと、全員の表情が引き締まる。最後の戦いの時が来た。
「じゃあ、気をつけてね!」
カノンとグラシアスはサナトリウムに残ることになった。リコは我儘を言ってドラゴンに同乗している。彼女なりに考えるところがあったようだ。
「子供たちだけで大丈夫かしら?」
カノンが心配そうに呟く。
「ああ、心配はいらんさ。あの子たちは弱くない」
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