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商売
しおりを挟むノルドは、夜の間に大量に罠を仕掛け、早朝から魔兎の下処理を行った後、町まで歩いて売り先を探した。
本来ならば乗合馬車で行く距離だが、足を引きずりながら半日かけて歩いた。
「すいません。魔兎です。買ってもらえませんか?」ノルドは、町の立派な肉屋を見つけ、店員に声を掛けた。
「お前が狩ったのか? どれ、見せてみろ」肉屋は、傷が少なく綺麗に処理された肉に内心感心していたが、表情を険しくして価格を抑えようとした。
「駄目だな。一応魔兎だが、質が悪い。処理もイマイチだ。何匹あるんだ?」
「3匹です」ノルドは、箱から取り出した。
「じゃあ、全部買い取ってやる。手を出しな。」シシルナ島には独自の通貨は無く、この世界最大の王国の通貨が使われている。肉屋は銀貨を3枚ノルドに握らせた。
「もう少し何とかならないですか?」あまりにも不当な価格設定に感じた。
「がめついやつだな、また持ってこいよ」
渋々、肉屋はもう3枚の銀貨を道端に放り投げた。
「俺は乞食ではない」ノルドは無視してその店を離れた。
「失敗した」それは、魔兎の値段のことではなく、自分の商売の姿勢に対する反省だった。
次に、幾つかの店舗を見て回り、店の雰囲気や客の様子、店員の動きや対応を観察した。
悩んだ末、決め手は店員の匂いと肉の質だ。ノルドは自分の臭覚を頼りに選んだ。
その店は肉の専門店ではなく、小さな食料品店だった。店の名前はノシロ食料品店。
肉、魚、野菜、果物、米類、木の実など、多くの食材が並んでいた。
「すいません」ノルドが恐る恐る店に入ると、腰に剣を差した大男の店主が出迎えた。
「やっと来たか。俺の店に何のようだ?」
何度も店の前を通り、店の中を伺う様子を見ていたのだ。
大男の見えない圧力に怯えながら腹から声を出した。
「ノルドと言います。魔兎を狩りました。見てもらえませんか?」
「わかった。俺はノシロだ。こっちに来い!」
店の名と同じノシロと名乗る人間の大男の後をついて、その店の調理場に向かった。
ノルドは自家製の保冷箱から1匹の魔兎を取り出し、調理台の上に置いた。
「うん。良い肉だ。お前が解体したのか?」
「はい。今朝やりました」
「処理の仕方は間違ってはいないが、慣れてないな。ところで、お前片手でやったのか?」
「そうです」そう答えると、ノシロは「この包丁を使って、そこにある肉を捌いてみろ!」と調理台の下から包丁を取り出し、ノルドに手渡した。
「簡単に綺麗に切れる」ノシロの指導の元、ノルドは肉を捌いた。
「当たり前だ。肉切り用だ。片手の力の無いお前でも使えるだろう。ところでその箱は?」
「僕が考えて作った運搬用の箱です。保冷剤も入れてます」
普通の村人の家ではまず無い、大量の本が詰まった本棚のある勉強部屋で、母親が寝た後に薬学の本をあさり、メモをとり、作業小屋で箱を加工し、保冷剤を作った。ノルドは小遣いを使い果たして必要な薬の素を買っていた。
「ほう。面白い奴だな。ちょっと見せてくれ」ノルドは一瞬迷ったが箱を渡した。
「よく出来てる。これ、魔兎の量は……お前が狩ったのか? お前冒険者か?」
「はい」ノルドは胸を張った。
「凄いな。お前、狼人族っぽいもんな。わかった。全部売ってくれ!」
「幾らで?」
「そうだな。王国金貨1枚だ」
「それだけですか……」
「おいおい、10匹はいるじゃないか、金貨10枚だぞ!」
「え!! それはもらい過ぎです」
ノルドは慌てた。全部で金貨3枚でもなれば、薬の材料や色んな道具が買えると思って町にやってきたのだ。
「冒険者は魔兎を探して狩るより、ダンジョンに潜ってしまうからな。狩人だった元冒険者のじいさんも死んじまって、手に入り難くてな」
「はい。でも1匹だけは売りません。母さんに食べてもらいます」今まで自信が無く、食べてもらえていないことが急に寂しくなったのだ。
「それは構わない。これが一番美味そうだ。これを残しておけ。じゃあ、9匹で9金貨な。待ってろ、取引証文作るから」
「わざわざ、そんなことまでしなくても」
「馬鹿野郎! こういうことはきちんとやるべきだ。覚えておきな。もしお前が盗みを疑われたらどうする? 母さんはどう思う?」
「あ! そうですね。その通りです」
「また、おいで。それと、この包丁をお前にやる!」
「ありがとうございます。頂いたお金で買い物をしていきます」
「それはいい!」ノシロの大きな笑い声が中に響いた。
ノシロの店は貴族や富裕層が買いに来る店で、金額が高いが良質な食材が数多くあった。
調理法は、ノシロのエルフの奥さんが教えてくれた。
「母さんに食べさせたいものがいっぱいある」ノルドは目を細めて、温かい財布の紐を少しだけ緩めた。
その足で、常連になりつつある薬問屋に行き、薬の材料を仕入れた。
道具屋を回り、調合器具の値段を調べると、ノルドはその日は満足して家に帰ることにした。
帰りは乗合馬車に乗った。遅くなって母親に心配をかける訳にはいかない。
ノルドにとって、初めての商売が終わった。
※
「母さん、食事の時間だよ。兎のスープ、それに咳止めも」
「ありがとう」彼女は寝床から息子を見つめ、優しく微笑んだ。
「母さんみたいに美味しい料理はできないけど、満足してくれるかな。それと咳止めは効くだろうか?」ノルドは緊張で震えていた。
セラはスープを飲み、兎肉を口にすると、その顔色が変わった。そして、咳止め薬を一口舐めた瞬間、驚きの表情を浮かべた。
「ノルド!」セラが普段は出さない大きな声をあげた。
「どうしたの、母さん?」ノルドは青ざめた。
「この兎は魔兎だね。それに、この薬も私が作ったものじゃない。もしかして?」
「ごめんなさい、母さん。魔物の森に入ったんだ。薬は、本を読んで母さんの手順を見ながら改良したら、効き目が良くなるかと思って」
「怒ってないよ。近くにおいで、ノルド」彼女は寝床を叩き、合図した。
「もうしないから、許して」彼は片目から涙を溢れさせた。
「だから怒ってないってば」セラは困った顔をした。
「教えて、ノルド。薬師に、冒険者になれたの?」彼は声にならず、小さく頷いた。
「おめでとう!大人になったんだね」セラは息子を抱きしめた。
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
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