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ヴァル
しおりを挟む「やっと、母さんに言えた」
ノルドの心は晴れやかだった。これまでのすべての思いを母に語り終えたのだ。
「ノルド、よく頑張ったね」セラは微笑み、優しく相槌を打ちながら息子を褒めた。その声は温かく、彼の心をさらに軽くした。
話しすぎたかなと、母が疲れていないか心配しつつも、彼は思いをぶつけ続けた。
その夜、いつものように夜遊びに出ることもなく、ノルドはセラに甘え、一緒に眠った。母のそばで過ごすことで、彼の心は安らいだ。
早朝、日が昇りきらない時間、嫌な予感を感じたノルドは、魔物の森へと足を向けた。作業小屋で罠を背負い、ナイフをベルトに差し、ポケットには森で使う簡単な薬類を忍ばせた。
「クウーン」
小さな狼の泣き声が聞こえた。虫の音や風の音に混じるその微かな声を頼りに、ノルドは声の主へと向かう。そこは普段足を踏み入れない森の奥、切り立つ崖のそばにある小さな平地だった。
小狼は崖から転落し、足を骨折しているようだ。もし勢いがもう少しあれば、そのまま川に落ちていたかもしれない。
「違う……全身傷だらけで、血まみれだ」
小狼は何者かに追われ、崖を飛び降りたのだ。
「大丈夫か?」
ノルドは駆け寄り、薬草をすりつぶして作ったポーションを飲ませた。これは体力回復薬だが、効果はあまり高くない。
小狼の傷は深刻だった。回復するそばから、再び弱っていくのがわかる。
「どうすれば……」ノルドの頭は真っ白になり、思考が一瞬停止した。
「クウーン」小さな鳴き声で我に返り、ノルドは止血剤を塗り、調理用の清潔な布で小狼を包んで大切に抱き上げた。
首にかけた袋に入れるが、すぐに布が血に染まっていく。
母に見せればなんとかなるかもしれない――そう思い、ノルドは急いで森を突っ切り、出口を目指した。
だが、崖の上から大きな魔物が回り込んで追ってきている。このままでは、すぐに追いつかれてしまう。
ノルドは背負っていた罠を下ろし、準備を始めた。これは魔兎用の罠を大きく改造したもので、網が落ちてくる仕掛けだ。
「頼む、うまく掛かってくれ……」
囮は自分自身だ。恐怖で体が震え、汗が噴き出す。しかし、小狼の血で赤く染まった服を見て、ノルドは冷静さを取り戻した。
「やられない。絶対に」
もう一度ポーションを飲ませるが、飲む力すらなくなっているのか、液体は減らない。
「頑張れ!俺も頑張るから!」
そう声をかけると、小狼は少しだけポーションを飲んだ。
血の匂いをまとったノルドは、狙いやすい獲物だ。
魔熊が低く唸りながら、「ガルルル……」と喉の奥で音を立て、一気に「グワァ!」と咆哮し、飛びかかろうとした瞬間、罠の網に絡まった。
その隙にノルドは、森の出口を目指して全速力で逃げた。
「どれだけ時間を稼げるか……いや、油断はできない」
楽観的な予測は禁物だ。判断を誤れば、命取りになる。
ノルドは血のついた服を脱ぎ、森の中に投げ捨てた。母が新調してくれたばかりの大切な服だったが、これで少しでも時間が稼げるなら仕方ない。
ただ、足を引きずる彼にとって、森の中の高低差は大きな障害となり、歩みが遅くなる。
小狼の体温が徐々に失われていくのがわかる。初めて出会ったこの命が失われていくのを感じ、ノルドの涙は止まらなかった。
「エリス様、どうかこの小狼をお助けください。いつか、必ずご恩に報います」
泣きながら神に願い、歩きながら再び願い続けた。
「だめだ、冷たい……」
その瞬間、小狼の体とノルドの手が緑の光で包まれた。小狼の心臓の音が次第に強くなり、閉じられていた目がわずかに開き、ノルドを見つめた。
ノルドの片手に、狼の刻印が浮かび上がり、二人の間に絆の盟約が結ばれた。
※
とたん、ノルドの体は急激に重くなり、一歩踏み出すのもやっとの状態になった。彼の体力は、小狼に流れ込み、消えていく。
しかし、傷が治るわけではない。
もしこのままでは、共倒れになるのは明らかだった。そして、引き離したはずの大魔熊が、ものすごい勢いで近づいてきた。
「これまでか」覚悟を決め、小狼を抱きしめて俯いた。しかし、大魔熊は近づいてこれなかった。
「ゴゴゴ……!」地面が鳴動し、突き上がる土が一気に噴き出し、大魔熊を突き刺す。その光景が何度も繰り返される。
さらに、ノルドたちの後方から剣を振る音が響き、炎の剣が大魔熊に向かって飛んでいった。
弱点である魔物の顔に向けて放たれた炎の剣。しかし、守ろうと振り上げた手は何度も焼かれ、両腕は動けなくなっていく。
その戦いは、ありえないほどの魔力と峻烈さで、大魔熊は一歩も動けず、一方的に殴られ続けた。
「ノルド、覚悟をするなら、最後まで戦う覚悟をしなさい」
その声は、偉大なる母、セラのものだった。彼女が厳しい声を出すのは、ほとんどない。
セラの足元には、マナポーションという魔力回復剤が数本落ちていた。体力や魔力の回復をポーションで行うと、精神的にも厳しい。セラの顔色はあまり良くなかった。
「ノルド、大魔熊を倒しなさい。剣を貸しますから」小狼をセラに預け、ノルドは恐る恐る剣を借りて、大魔熊を斬り続けた。
数十回、それ以上。剣は全く通らなかったが、大魔熊も瀕死で動けない。やがて、大魔熊の瞳の色が消えていった。
ノルドと小狼はレベルアップし、そのおかげで体調が一時的に回復した。セラは、そのことを予期していたのだ。
ノルドと小狼は、家に着くと倒れるように眠り込んだ。久しぶりにセラに看病されるノルドは、申し訳なさと嬉しさが入り混じった感情を抱いていた。
小狼の怪我も、セラが丁寧に治療してくれた。大きな怪我と両前足の骨折で動けない状態が続く。しばらくは厄介になるしかないだろう。
「ゆっくり休養をとりなさい。ノルドは少なくとも3日はね。狼さんは、私が良いと言うまでね」
「はい」ノルドが答え、小狼は「ワオーン」と返事をした。
ノルドの眷属になってしまった小狼の扶養義務があるらしいが、母親の愛情を奪われたようで、ノルドは少し納得がいかなかった。
「見たか!母さんは強かっただろう。俺もいつか、あんな冒険者になりたいんだ」
「ワオーン」
「お前もそう思うのか!そうだ、お前に名前をつけなきゃって、母さんが言ってた。お前の名前は、ヴァルだ」
小狼とノルドの手の紋章が輝き始めた。
その日は、満月の夜だった。
【後がき】
お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします! 織部
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