シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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外伝

カノンと彼女の過去

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 聖女が祝うという歴史的な祝祭の翌日。

 強盗団、暗殺集団の刺青女、カノンは、シシルナ島に亡命を正式に許された。

 それは極めて超法規的な処置だった。

 島庁舎で、島主ガレアは厳しい表情で告げる。

「前にも言ったが、この島で一つでも法を犯せば、すぐに捕まえるからな!」

「わかってるわよ」

「好きな時に島から出て行ってもいいんだぞ」

「島から出た瞬間、捕まるじゃない。逃げ回る生活なんてまっぴらよ。それに、二度と島には入れないつもりでしょ!」

 そう言い返し、カノンは島主の部屋を後にした。
 廊下を歩きながら、これまでの人生が頭をよぎる。碌でもない、思い出したくもない過去だ。

 いろんな男に騙され、利用され、彼女自身も男たちを騙し、利用してきた。汚れた体だ。

 犯罪も犯した。時には人を殺し、仲間も殺された。血塗られた手だ。

「さて、どこに行こうか?」

 カノンは荷物一つ持たず、ただ歩き出した。

「待てよ!」

 警備総長のローカンが、慌てて後を追ってきた。

「まだ何かあるの?」

「お前なぁ、話の途中だろう」

「そうなの?」

「ああ。お前は監視対象だからな。どこに行くつもりだ?」

 ローカンは深く息を吐く。

「別に……」

 本当に行く当てなんてない。ただ、不思議なことに、彼女の足は迷いなくある場所へ向かっていた。



 彼女の目的地、それは、オルヴァ村の村はずれにあるセラ親子の家だった。ローカンも仕方なく跡をついて行く。

「何しに来た?」

 家の前に、牙狼の子が現れた。不機嫌な顔を浮かべ、鋭い声をぶつけてくる。

「別に……」

 カノンがそっけなく答えたその時、家の中からセラの声が聞こえてきた。

「あら、カノンさん、いらっしゃい」

 病み上がりの様子ではあるが、声にはしっかりとした張りがある。セラは戸口に現れると、すぐにノルドに声をかけた。

「ノルド、ヴァルとローカンさんと出かけてらっしゃい」

 不満げな顔をしながらも、ノルドはしぶしぶと魔物の森へ向かって出かけて行った。家の中には、カノンとセラだけが残る。



 静かな空間に包まれた家の中で、セラはキッチンに向かいながら声をかけた。

「飲み物は、これで良いかしら?」

 手に持っていたのは蜂蜜酒だった。カノンは軽く頷く。

「はい」

 セラはグラスに酒を注ぐと、満足げに微笑んだ。

「じゃあ、私も一杯頂くわ」

「セラ、体に悪いんじゃ?」

 カノンが少し心配そうに言うと、セラはおどけたように笑った。

「ノルドが、私のために作ったのよ」

 その声には嬉しさがにじんでいた。

 カノンは差し出されたグラスを受け取り、口元に運んだ。芳醇な甘さが口の中に広がり、表情がわずかに和らぐ。

「美味しい。あの子狼にはこんな才能もあるのね。ポーションも入っている。天才ね」

「褒めてくれるのね。ノルドは努力家の天才なの」

 その後は、沈黙が続く。窓の外からは、鳥のさえずりが微かに聞こえる。セラはふとグラスを置き、カノンの方を見た。

「話したいことあるから来たんでしょ?」

 セラが微笑みながら問いかけた。

 カノンは一瞬言葉に詰まったが、軽くため息をついてグラスを置いた。

「……まあ、そうね。少し聞きたいことがあって」
 セラは静かに頷き、腰を深くかけ直した。

「いいわ、話して!」

「別に大した話じゃないわ」 

 カノンは一瞬迷ったように視線を窓の外に向けたが、意を決したように口を開いた。

「どうして、あなたは、あの子をそこまでして庇い育てたの?」

 その言葉に、セラは少し驚いたようだったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「私の息子だからよ」

「でも、血が繋がってない」

「ええ、大切な人に託された子。でも、今はそれだけじゃない、私の愛しい子よ」

 セラの慈愛に満ちた言葉に、カノンは少し肩の力を抜いた。

 再び沈黙が二人を包む中、セラがグラスを軽く傾けた。

「……私にはわからない」とカノンはつぶやきながら、蜂蜜酒を一気に飲んだ。

「ねえ、私の物語を聞いて欲しいの」

「私に、あなたの話を?」

 カノンは少し頷きながら、再び口を開いた。

 その小さな声は、少しずつ部屋の中に静かに広がり始めた。



 カノンは、ヴァルターク王国の西方、共和国となる以前の、数多の小国がひしめく中の一つ、山間の小国の貴族の家に生まれ育った。慣例に従い、若くして政略結婚を果たし、子を授かった。

「嫁ぎ先は、バレアルナ諸島だった」

「じゃあ、シシルナ島と同じね」

「シシルナほど大きな島ではないけど、気候はほとんど同じだったわ」

 カノンは淡々と答えた。政略結婚ではあったが、夫婦仲は悪くなく、その時期は穏やかで幸せな日々だった。

 だが、その平穏も長くは続かなかった。小国同士の争いが激化し、蹂躙が繰り返された。富を持つ国は傭兵を雇い、戦乱はさらに激しさを増した。

 やがて、カノンの住む島国も敗北した。傭兵たちは戦利品を求め、当然の権利のように村を、そして人々を荒らしまわった。

 あの日、カノンたちは古代の神を祀る小さな教会に逃げ込み、隠れていた。だが、傭兵たちに見つかり、カノンは惨劇を目の当たりにした。

「私は、あなたと違って、息子を守れなかった……」

 カノンがうつむきながら言うと、セラは静かに首を振った。

「いいえ、ノルドも片目を失い、片手と片足も不自由になった。私だって守り切れなかったのよ。彼が生き延びたのは、加護と運。それだけのこと」

 カノンの嫁ぎ先の一族は、男たちが全員殺され、女たちは商品として売られた。混乱の中で、カノンの息子と彼女は引き裂かれた。

「母さん、助けて!」

 カノンの耳に響いた。
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