完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
57 / 221
外伝

カノンと呪いの刺青

しおりを挟む
 息子が殺される瞬間を直接見たわけではない。それでも、その声だけは鮮明に耳に残り、今も消えることはない。

 だが、その運命を確かめる術も、心の強さも、引き裂かれたカノンにはもう残されていなかった。

「この女は惜しい。売らずに取っておこう」

 傭兵たちに捕らえられたカノンは、彼らの「女」となった。彼らが別の戦いに敗れて壊滅すると、また別の傭兵団に捕まり、同じ境遇を繰り返した。

 傭兵たちに心を開くことは決してなかった。彼らが自分を、欲望の捌け口や奴隷としてしか見ていないことを、嫌というほど知っていたからだ。

 愛情を持つことは、自分への裏切りだと考えていた。表面上は従順を装い、うまくやっているように見せていただけだった。それでもまだ若かったカノンは、生きることに執着していた。

 だが、それは死に場所を探すための執着にすぎなかった。

「お前らにも戦ってもらう!」

 ある日、傭兵団崩れの集団に捕まり、異形の呪術師によって体に刺青を刻まれた。その刺青は魔力を吸い取る呪いだったのだろう。

 体に合わず、数日間苦しみ続けた。

「ああ、ここでやっと死ねるのか……」

 朦朧とした意識の中で、何度も何度も同じ夢を見た。

 連れ去られる息子、足元に広がる血の海――。
「でも、あの子はきっと天国に行ける。私は地獄でいい。それでいいんだ……」

 だが、数日後、苦しみが止むと同時に、体に異変が起きた。悩みがなくなり、途方もない生への活力が湧いてきた。

 しかしそれは、生きるためではなく、ただ欲望に突き動かされる感覚だった。

 止まらない性欲、食欲、破壊欲――すべてが欲望のままに優先され、理性を奪っていく。

 それが刺青による呪いの影響だということは、理解していた。だが、それを止める気すら起きなかった。

 強盗団、暗殺者集団――次々と罪を犯し続けた。逃げた先でもその罪に追われ、裁かれる運命が待っているのは明白だった。

「自由になった……でも、何もない」

 カノンの話はそこで終わった。それは、彼女がこれまでのすべてを懺悔するような長い告白だった。

 話を聞き終えたセラは、一言だけ呟いた。

「辛かったわね」

 その言葉にカノンは、子どものように泣き崩れた。溢れ出す涙は止まることなく流れた。

 セラはそっと彼女を抱きしめた。強く、けれど優しく。

 そのとき、ノルドたちが魔物の森から帰ってきたが、セラの家には入らず、静かに立ち去っていった。

「悪いな、ノルド」

「ローカンさん、魔兎でも食べましょうか? ちょうど二匹残ってますから」

 彼らは魔物の森の小屋に行き、食事をすることにした。

 食事にあぶれたヴァルは、仕方なく獲物を探して出かけて行った。



 物音で状況を察したセラは、再びキッチンに立ち、手際よくスープを作ってカノンに差し出した。

「体の水分が無くなるわ。どうぞ!」

「え? このスープ……私の生まれ故郷の……」
「確か、山あいの国のスープって、こんな感じじゃなかった?」

「……思い出せない。でも、そうかもしれない……」

 その瞬間、カノンの頬を涙が伝い落ちた。

 少女だった頃の記憶。幸せだった日々のかけら。

 けれど、それは遠い昔に失われてしまったもの。

「今日は泊まっていきなさい」
「でも……」

「夜は、ノルドの自由時間だから。それに、私も色々話したいの」

 セラの穏やかな笑顔を見て、カノンはほんの少しだけ緊張を解いた。

「刺青を消しましょう!」

 次の日、セラはまっすぐな目でカノンに言った。

「でも……」

「怖いの?」

「……そう。ずっと私を守ってくれてた。でも、それが呪いだと分かってる。分かってるのに、怖い……」

 セラは柔らかく首を振った。

「それが呪いなら、あなたが支配される理由なんてない。消しましょう」

 カノンはじっとセラを見つめた後、震える声で答えた。

「……そうね。消すわ」

 刺青を簡単に消すことはできない。それは、カノン自身もよく分かっていた。

 セラとカノンは相談のため、ニコラとサルサを訪ねてヴァレンシア孤児院を訪れた。

「まったく、お前ら親子は、本当にお人好しだな」
 
呆れたように言うニコラだったが、セラの真剣な顔に少し考え込み、肩をすくめた。

「まあいい。サルサ、診てやってくれないか?」

「呼び出されて診察する相手が、こんな面倒な女とはね……分かりました。ただし診察だけですから」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、サルサは準備を始めた。

 ローカンとノルドには一言。

「お二人は外でお待ちください」

 二人はメイドのメグミに案内され、部屋の外へ出された。

 カノンは小さく息をつき、震える手で服を脱ぎ始めた。

 肌に刻まれた刺青が現れる。

 それは腕や首だけでなく、体全体に青く浸透するように広がり、模様というよりも、彼女自身の一部であるかのようだった。

 サルサがため息をつき、言った。

「……ひどいな。こんな状態で正気を保っているのが不思議だよ。お前、すごいな」

「別に……。いつ死んでもいいから。呪いなんて、ただの報いだもの」

 淡々と語るカノンの声は、どこか虚ろだった。しかし、その奥に宿るかすかな光をセラは感じ取った。

 セラはそっとカノンの肩に手を置き、静かに語りかけた。

「カノン、呪いの力はあなたには必要ない。呪いを捨てて、自分を取り戻さないと、罪を償えない」
 
 カノンの目に一瞬の揺らぎが生まれた。

 その涙が意味するものは、まだ彼女自身にも分からなかった。


 部屋の外で待機していた耳の良いノルドは、その言葉を聞いた瞬間、顔を真っ赤にして激怒した。

「あいつは、何なんだ! 病み上がりの母さんに世話を焼いてもらっておいて、呪いが報いだって! 母さんを侮辱するつもりか!」

「いや、セラさんのことを言っているわけでは……」ローカンは、今にも部屋に踏み込もうとするノルドに、冷や汗をかきながら必死に言い訳した。

 ヴァルが、ノルドを宥めるように擦り寄り、小さく吠えながら足元で足を引っ張る。

 その時、リコがひょっこり現れる。ノルドの怒りが頂点に達しているのを察したのだ。

「ノルド、子供達が呼んでるわ。もう、行ってあげて!」

「でも……」

「セラ母さんが、あんたが子供達を相手にしないのをどう思うか、考えたことある?」

 ノルドは、孤児院の子供達を心から大切にしており、彼らからも深く慕われていることをよく理解していた。

「わかった、行くよ」

「早く!」リコはノルドの背中を軽く押しながら急かし、孤児院へと導いた。

「女って奴は、何歳になっても男をうまく扱う術を知ってるもんだな……」

 監視役のローカンも、つられてその場を離れてしまい、後に叱られる羽目になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...