シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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外伝

カノンとマルカスの捜索

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ニコラは、カノンに冷たい言葉を投げつけた。

「私は治療しない。お前を助ける義理なんてないからな」

「ああ、構わない」

「カノン、逃げてはいけないわ。サルサ様、どうしたら助けてくれるの?」セラは必死に頼み込む。

 ニコラは、無言でその様子を見守るだけだった。
「そうだな。私の頼みを聞いてくれるなら、治療してやろう。お前の交渉と同じだろう?」

「何をさせるつもりだ? 殺せって言うのか?」

「そんな簡単なことなら、自分でやる。ある男を探し、私の前に連れて来て欲しい。ただし、必ずしらふでな」



 その男の名前は、マルカス。初老の男らしい。

 シシルナ島に上陸したのはわかっているが、検問をすり抜け、その後の消息は途絶えているという。

「危険な人物なのでしょうか?」

 セラの声には、ほんのわずかな警戒が混じっていた。

 サルサに代わり、ニコラが答える。

「いや、危険ってわけじゃない。優しい男さ。でも、酒と女と賭け事にだらしない。まるで子供みたいなもんだよ」

「どこにいるか、心当たりはありますか?」

「ああ、飲み屋か、花屋か、賭博場だろうね」サルサは苛立ちを抑えるように短く言った。

 シシルナ島には、どの町や村にも飲み屋がある。花屋は港町だけ。そして賭博場は、島の奥地にあるカニナ村に限られている。

「わかりました」セラが静かに頷く。

「いや、セラにはこれ以上負担をかけられない。カノン一人で捜索してもらう。それでも、やる気はあるのか?」

 問いに、カノンは一瞬の迷いもなく答えた。

「もちろんです。途中で諦めたりしません」



 カニナ村への長距離旅客馬車には、カノンと監視役のローカンが乗っていた。

「何であんたがついてくるのよ? 大人しく港町で待っていればいいじゃない!」

「ああ、そうしたいところだが、島主様の命令だ」
「何でも言いなりなのね。本当に情けない男だわ」カノンは吐き捨てた。

 ローカンは彼女をじっと見たが、口を開くことはなかった。その沈黙に苛立ちを覚えたのか、カノンはわざと鼻を鳴らした。

「……ふん、やっぱりつまらない男ね」

 馬車は険しい山道を揺れながら進む。二人の間には、気まずくも冷たい沈黙が広がっていた。

 夕方になって、カニナ村に着いた。小さな村だが、祝祭の後、この村で遊んで帰る大陸の人間たちで既に溢れていた。

「ローカン警備総長殿!」村の警備員たちが一斉に出迎えた。

「ご苦労様。ところで、マルカスは見つかったか?」

「すいません、まだ……」警備員たちは顔を曇らせた。

「使えないわね」カノンが冷たく吐き捨てるように言った。

「いや、構わん。いつもの巡回で見つかったら至急、教えてくれ」ローカンは淡々と答えた。

「はい」そういうと、警備員達は走り去って行った。

 その日の宿泊施設である、賭博宿「カリエンテ館」に向かう途中。

「あのなぁ、あいつらは非常勤務でやってるんだぞ。今年は聖女様の来る祝祭もあって、特に忙しいんだ」

「へぇ、部下のこととなると庇うのね。そんなに気にすることかしら?」カノンが皮肉っぽく言った。

「庇ってるわけじゃない。ただ、事実を言っただけだ」ローカンは冷静に、だが少し強調して答えた。



「ですから、子供たちだけでは宿泊できません」

「ここに、ニコラ様の紹介状もあります!」

 犬人族の女の子が机に広げた紙を指差す。隣には男の子と小狼がいる。

「もちろん、本物であれば……宿は手配しますが……」

宿の受付で、何やら揉めている様子だ。

「あれ! ノルド君、リコちゃん」

 その声に振り返ると、狼族の子供ノルドはバツの悪そうな顔をして振り向いた。

「ローカンさん……」

「それは本物の書状だ。確認してくれ!」

 ローカンが受付に歩み寄り、書状を指差す。

「どうせ、セラが手伝えって言ったんでしょ。受付さん、この子たちはローカン警備総長の連れよ」

 カノンが冷たく言い放つと、受付嬢は一瞬驚いた顔をした。その時、騒ぎを聞きつけた支配人が現れた。

「失礼いたします。書状を確認させてください」

 支配人が書状を受け取り、内容に目を通す。少しの間、真剣な表情で書面を確認した後、深々と頭を下げた。

「間違いありません。本当に申し訳ありませんでした。すぐにお部屋をご用意いたします」

「いえ、何も謝ることではありませんよ」

 ローカンが冷静に答えると、受付嬢が少し戸惑いながら尋ねた。

「ご一緒でよろしいですね?」

 こうしてノルドたちはローカンと共に宿の最上階にある、豪華で広々とした部屋へと案内された。
 案内された部屋に入ると、ノルドはおどおどと辺りを見回しながらつぶやいた。

「す、すごい……こんな部屋、汚したら大変だよ……ヴァル、絶対汚しちゃだめだぞ!」

 小狼に必死で言うノルドを見て、リコが笑いながらその背中を軽く叩く。

「汚したら謝ればいいじゃん! そのためにローカンさんがいるんだから!」

「そ、そんな勝手な……!」

 ノルドが困ったように言うと、ローカンは苦笑しつつカノンに目を向けた。

「さすが警備総長様ね。特別扱いなんだ」

 カノンが窓際から振り返り、皮肉めいた口調で言い放つ。その目は鋭く、言葉の一つひとつが刺さるようだ。

「違うな、ニコラ様の書状のおかげだ」

 ローカンが淡々と返すと、カノンはわずかに肩をすくめたが、その顔には挑戦的な表情が浮かんでいる。

「それにしても、ローカン警備総長は驚かないのね?」

「馬鹿にするな、俺だって貴族の端くれだ」

 カノンがさらに挑発するように言うと、ローカンは少しだけため息をつきながら応じる。

「まあ、端の端だけどな。こういう環境には慣れてるだけだ」

「私も同じ、慣れてるだけ」傭兵団の馬鹿みたいなお金の使い方を思い出して、誰にも聞こえない小さな声で言った。

 そのやり取りの横で、リコが窓際に駆け寄り、外を見ながら声を上げた。

「見てよ! ノルド! ここから村が見える! あの広場、すっごくきれいだよ!」

「……ほんとだ。夜になったら街灯も点くのかな……」ノルドがつぶやくと、リコは大きくうなずいた。

「絶対きれいだよ! でも、ノルドのお家の方が落ち着くね」

「ああ、間違いない」

 ノルドがうなずいたところで、リコが急に思い出したように言った。

「お腹減った! ローカン様、ご飯行きましょう!」

「そうだな。ちょうど食事の場にマルカスがいるかもしれない。出かけようか」

 村にある食堂や、飲み屋を回って、それらしき人物を探したが見当たらなかった。

 諦めて仕方なく、高いが美味そうな店構えの食堂に入った。

「さぁて、楽しみの時間だぁ」ローカンは、服を着崩して、メニューを開いた。

「ホットワイン二つと、ホットチョコに……」
 
料理は、素材の旨さもあったが、値段の割には、という感じだった。

「やっぱり、母さんの料理が一番だ」

 ノルドとリコは、うなづきあっていた。

 ヴァルは、店に入れ無かったが、店から、ジビエの肉を貰ってご満悦だった。

 賭博宿に戻って、もう一度、賭博場も見渡したが、マルカスらしき男の姿は見つけられなかった。

 その夜は、穏やかに終わる筈だった。
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