シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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外伝

カノンと呪いの刺青

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 息子が殺される瞬間を直接見たわけではない。それでも、その声だけは鮮明に耳に残り、今も消えることはない。

 だが、その運命を確かめる術も、心の強さも、引き裂かれたカノンにはもう残されていなかった。

「この女は惜しい。売らずに取っておこう」

 傭兵たちに捕らえられたカノンは、彼らの「女」となった。彼らが別の戦いに敗れて壊滅すると、また別の傭兵団に捕まり、同じ境遇を繰り返した。

 傭兵たちに心を開くことは決してなかった。彼らが自分を、欲望の捌け口や奴隷としてしか見ていないことを、嫌というほど知っていたからだ。

 愛情を持つことは、自分への裏切りだと考えていた。表面上は従順を装い、うまくやっているように見せていただけだった。それでもまだ若かったカノンは、生きることに執着していた。

 だが、それは死に場所を探すための執着にすぎなかった。

「お前らにも戦ってもらう!」

 ある日、傭兵団崩れの集団に捕まり、異形の呪術師によって体に刺青を刻まれた。その刺青は魔力を吸い取る呪いだったのだろう。

 体に合わず、数日間苦しみ続けた。

「ああ、ここでやっと死ねるのか……」

 朦朧とした意識の中で、何度も何度も同じ夢を見た。

 連れ去られる息子、足元に広がる血の海――。
「でも、あの子はきっと天国に行ける。私は地獄でいい。それでいいんだ……」

 だが、数日後、苦しみが止むと同時に、体に異変が起きた。悩みがなくなり、途方もない生への活力が湧いてきた。

 しかしそれは、生きるためではなく、ただ欲望に突き動かされる感覚だった。

 止まらない性欲、食欲、破壊欲――すべてが欲望のままに優先され、理性を奪っていく。

 それが刺青による呪いの影響だということは、理解していた。だが、それを止める気すら起きなかった。

 強盗団、暗殺者集団――次々と罪を犯し続けた。逃げた先でもその罪に追われ、裁かれる運命が待っているのは明白だった。

「自由になった……でも、何もない」

 カノンの話はそこで終わった。それは、彼女がこれまでのすべてを懺悔するような長い告白だった。

 話を聞き終えたセラは、一言だけ呟いた。

「辛かったわね」

 その言葉にカノンは、子どものように泣き崩れた。溢れ出す涙は止まることなく流れた。

 セラはそっと彼女を抱きしめた。強く、けれど優しく。

 そのとき、ノルドたちが魔物の森から帰ってきたが、セラの家には入らず、静かに立ち去っていった。

「悪いな、ノルド」

「ローカンさん、魔兎でも食べましょうか? ちょうど二匹残ってますから」

 彼らは魔物の森の小屋に行き、食事をすることにした。

 食事にあぶれたヴァルは、仕方なく獲物を探して出かけて行った。



 物音で状況を察したセラは、再びキッチンに立ち、手際よくスープを作ってカノンに差し出した。

「体の水分が無くなるわ。どうぞ!」

「え? このスープ……私の生まれ故郷の……」
「確か、山あいの国のスープって、こんな感じじゃなかった?」

「……思い出せない。でも、そうかもしれない……」

 その瞬間、カノンの頬を涙が伝い落ちた。

 少女だった頃の記憶。幸せだった日々のかけら。

 けれど、それは遠い昔に失われてしまったもの。

「今日は泊まっていきなさい」
「でも……」

「夜は、ノルドの自由時間だから。それに、私も色々話したいの」

 セラの穏やかな笑顔を見て、カノンはほんの少しだけ緊張を解いた。

「刺青を消しましょう!」

 次の日、セラはまっすぐな目でカノンに言った。

「でも……」

「怖いの?」

「……そう。ずっと私を守ってくれてた。でも、それが呪いだと分かってる。分かってるのに、怖い……」

 セラは柔らかく首を振った。

「それが呪いなら、あなたが支配される理由なんてない。消しましょう」

 カノンはじっとセラを見つめた後、震える声で答えた。

「……そうね。消すわ」

 刺青を簡単に消すことはできない。それは、カノン自身もよく分かっていた。

 セラとカノンは相談のため、ニコラとサルサを訪ねてヴァレンシア孤児院を訪れた。

「まったく、お前ら親子は、本当にお人好しだな」
 
呆れたように言うニコラだったが、セラの真剣な顔に少し考え込み、肩をすくめた。

「まあいい。サルサ、診てやってくれないか?」

「呼び出されて診察する相手が、こんな面倒な女とはね……分かりました。ただし診察だけですから」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、サルサは準備を始めた。

 ローカンとノルドには一言。

「お二人は外でお待ちください」

 二人はメイドのメグミに案内され、部屋の外へ出された。

 カノンは小さく息をつき、震える手で服を脱ぎ始めた。

 肌に刻まれた刺青が現れる。

 それは腕や首だけでなく、体全体に青く浸透するように広がり、模様というよりも、彼女自身の一部であるかのようだった。

 サルサがため息をつき、言った。

「……ひどいな。こんな状態で正気を保っているのが不思議だよ。お前、すごいな」

「別に……。いつ死んでもいいから。呪いなんて、ただの報いだもの」

 淡々と語るカノンの声は、どこか虚ろだった。しかし、その奥に宿るかすかな光をセラは感じ取った。

 セラはそっとカノンの肩に手を置き、静かに語りかけた。

「カノン、呪いの力はあなたには必要ない。呪いを捨てて、自分を取り戻さないと、罪を償えない」
 
 カノンの目に一瞬の揺らぎが生まれた。

 その涙が意味するものは、まだ彼女自身にも分からなかった。


 部屋の外で待機していた耳の良いノルドは、その言葉を聞いた瞬間、顔を真っ赤にして激怒した。

「あいつは、何なんだ! 病み上がりの母さんに世話を焼いてもらっておいて、呪いが報いだって! 母さんを侮辱するつもりか!」

「いや、セラさんのことを言っているわけでは……」ローカンは、今にも部屋に踏み込もうとするノルドに、冷や汗をかきながら必死に言い訳した。

 ヴァルが、ノルドを宥めるように擦り寄り、小さく吠えながら足元で足を引っ張る。

 その時、リコがひょっこり現れる。ノルドの怒りが頂点に達しているのを察したのだ。

「ノルド、子供達が呼んでるわ。もう、行ってあげて!」

「でも……」

「セラ母さんが、あんたが子供達を相手にしないのをどう思うか、考えたことある?」

 ノルドは、孤児院の子供達を心から大切にしており、彼らからも深く慕われていることをよく理解していた。

「わかった、行くよ」

「早く!」リコはノルドの背中を軽く押しながら急かし、孤児院へと導いた。

「女って奴は、何歳になっても男をうまく扱う術を知ってるもんだな……」

 監視役のローカンも、つられてその場を離れてしまい、後に叱られる羽目になった。
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